第35話 邂逅・懺悔

 僕は、ついこの間まで普通の学生だった。


 勉強は苦手だったし、オンライン経由でもスクーリングでも友達が出来なくて、いつもぼっちだったけど、それでも家族に囲まれて生活をしていた。


 いつか大人になったら、AIに結婚相手を決めてもらって、それで結婚をして、人工授精で子供を持つんだって思っていた。出来る事なら子供は沢山欲しいな、とか、そういう事も考えていた。


 あの日、父さんから工場行きを告げられて、僕の世界は一変した。


 僕は両親から逃げて、ボスに拾われてレジスタンスの一員になって、人を殺して、しかもそれに快感を感じてしまって、僕は自分で自分の事が分からなくなって行った。


 幼馴染の蓮とこの組織で再会して、それから蓮を失って、そんな絶望の中で凜々花に出会った。凜々花は一輪の花のように僕の心の隙間を埋めてくれた。


 凜々花はまだ幼い。性欲抑制剤を飲まなくなっていた僕は、彼女に邪な欲情を抱くようになっていた。でも、僕の中にある理性がそれを行動化する事を留まらせてくれた。


 凜々花とは将来結婚したいって思っている。まさか自分が恋愛をして結婚する事になるだなんて思わなかったし、そもそも恋愛をする事になるとは思っていなかった。


 両親だって親戚だってAIが決めた人と結婚している。この世の中のほとんどの人間はAI婚なんだ。僕の方が珍しいんだ。


 僕にはもう家族と呼べる人はいない、凜々花にもいない。でも、僕らの事はノンエデュリスの皆が祝福してくれるはずだ。


 でも、僕らはリーダーであるボスを失ってしまった。それから流されるように僕がリーダーになった。


 僕の最初の仕事はワールド総裁である神明叡一を倒す事だ。いきなりラスボスと戦うようなものなんだ。


 もしもこれが古典文学だったら、僕はチート能力を持っていて、いとも簡単にラスボスを倒して、それから凜々花と結ばれて幸せに暮らすんだろう。


 でも、これは現実だ。ワールドはそんなに甘い世界ではない。弱いものは淘汰される、工場に送られて食肉になる、そんな世の中だ。


 僕らは絶対に神明叡一に勝たなくてはならない。凜々花を食肉になんてさせるわけにはいかない。ガールも、博士も、そして僕も、食肉になんてなりたくないんだ。


***

 

 考え事をしている内に眠ってしまったみたいだ。何だか長い夢を見た気がする。


 今は……朝の五時。この時間に起きているのは博士くらいかな?


 ──トントントン


 僕の部屋のドアがノックされた。誰だろう。博士しかいないだろうけど……。


「誰ですか?」


 そっとドアを開けると、そこにいたのはやっぱり博士だった。


「ちょっと話そうと思いまして」

 

 博士の手には二つのマグカップが握られていて、その中身はコーヒー風飲料だ。


「ピュアの分には人工甘味料と人工ミルクを入れておきましたから」

「あ、ありがとうございます」


 さすが博士だ。僕の好みまでちゃんと覚えてくれている。


 ローテーブルに飲み物を置いて、二人でベッドに腰かける。博士はまだ背が小さいから、この距離でも飲み物を取るのが大変そうだ。だから僕はそっとローテーブルをベッド側に引き寄せた。


「気が利くようになったじゃないですか、ピュア」


 博士が静かに微笑む。博士が笑みを浮かべるのは珍しい事だ。


「それで、話って?」


 博士はブラックのコーヒー風飲料を一口含むと、「まぁ、焦らないで下さいよ。時間はあります」と言った。


「ボクの、懺悔を聞いてくれますか?」

「え?」


 懺悔? 懺悔って何だ? 博士、あなたも人に言えないような秘密があるんですか!? でも、あの博士がそんな重大な事を秘密にしているって、一体どんな内容なのか聞くのが怖い……。


「そんなに身構えないで下さい。これは、ボクとボスの中でなされた秘密の契約みたいなものでしてね」


 益々聞くのが怖い。一体何なんだ。


「ボクは、政府のサーバーですらハッキング出来る能力を持っています。銀行のセキュリティーくらいなら朝飯前。政府のサーバーでも数日あれば突破できます」


 僕は黙って頷く。


「だから、今まで関わった人間については、片っ端から戸籍データを盗み見ていました。もちろんピュア、あなたの戸籍データも見ました」


 それ、僕の目の前でしていましたよね。


「そう、だから、当たり前のようにガールの戸籍も盗み見ました。ガールはボスが連れて来た最初の部外者ですからね」

「あ……」


 そういえば、ガールはボスには両親が死んだって嘘を吐いたって言っていた。そんな嘘、戸籍を見ればすぐにバレるんだ。


「ボクはガールの戸籍を見て、彼女には父親がおらず、母親もすでに死亡している事を知りました。だから、嘘を吐いてボスに近付いた彼女をスパイか何かだと思い、ボスに警告をしました」


 それは、そうしますよね……。


「でも、ボスはボクの警告を受け入れませんでした。直感的にガールは信用できると思った、と。それと、嘘を吐いているのには何かワケがあるはずだ、と譲りませんでした」


 博士はまたコーヒー風飲料を口に含む。そして溜息を吐いた。


「ボクとボスはその時、二人でいるようになってからもそれまでまでも無かった激しい口論をしました。その口論は、夜通し続きました。でも、ボスはガール……藍部マリアを信じるの一点張りでした。ボスは彼女に心酔しているくらいに惚れこんでしまったんです」


 僕もちょっと狼狽えて来た。ボスはどうしてそこまでガールを信用したんだろう。


「『あいつの目を見れば分かる。あいつは悪い嘘が吐ける人間じゃねぇ!』と、ボスはその一点張りでした。ボクは理論的に考え、ボスは感情論的に考える。その絶妙なバランスが良かったのに、その時だけは直情型のボスを恨みました」


 博士は僕の目を真っ直ぐに見た。


「結局ボクはボスを信じる事にしました。ガールを信用したわけではない。信用したんです。だから、ガールの嘘を飲み込んでここまで来ました。それが……まさか彼女が神明叡一の娘だっただなんて。もしかしたら、だからこそ神明は何かしらの方法でボクらに目を付け、監視し、情報を抜き取っているのではないかと考えたのです」

「何かしらの方法って?」

「ボクが考えたのは、世にも恐ろしい禁断の方法です。倫理的にアウトなやつです」

「え? それって……」

「もしもその方法をボクが口にしたら、ピュア、あなたはガールを殺すかもしれない」

「え……?」

「ピュア、あなたは自分で思っているよりもさらに残酷な人間です。あのボスでも、ボクですら、殺しをして快楽を感じる事は無かった。美食家を殺す時だって、心の中はいつも悲鳴を上げていた。でもあなたは違う」

「そんな……」

「ボクが今日これまでの事を懺悔したのは、それを黙っていた罪が重すぎてキャパがオーバーしそうだったからです。ボクは、いくら優秀とは言えまだ十歳の子供なんです」


 そんな……今更子供ぶられても……。


「ボクは幼い頃からボクを可愛がってくれた親戚であるボスを亡くしました。今更親元に帰ろうなどとは思っていませんが、ボスは……武蔵兄さんは本当のボクの兄みたいな存在でした」


 博士の目頭に少しだけ涙が浮いている。博士でも泣く事があるのか……。やはりそこは十歳の子供って事なのか……?


「今のリーダーはあなたです、ピュア。ボクはボクの罪をあなたに懺悔する事で少しでも重荷を肩から降ろそうとしたんです。ボクは卑怯ですね」

「卑怯だなんて! そんな事ないですよ!」

「ありがとう、ピュア。でも、ボクはこれからも、あなたに懺悔しなければいけない事をするかもしれない」

「それって……?」

「直に分かります。でも、あなたに、いや、ノンエデュリスに害を成す事はしません。あくまで神明叡一を倒すための作戦です」

「今、教えてはくれないんですか?」

「言えません。言えないんです。ただ、ボクは本気で神明叡一を倒したいと思っています」

「僕だってそうですよ!」

「ピュア、強くなって下さい。身も心も。そして、この組織を守って下さい。お願いします」


 そう言うと、博士は自分のマグカップを持ってベッドから立ち上がった。


「朝からすみませんでしたね。まだ早い。二度寝でもしたらどうですか。ボクはこれで失礼します。やる事が沢山ありますのでね」


 博士は少し寂しそうに遠い目をした。この人、本当に何を考えているのか読めないんだよな……。


 博士が出て行った後時計を見た。まだ六時だった。


 二度寝をするって言ってももうすっかり目が覚めてしまっていたし、仕方がないから僕は筋トレをする事にした。


 神明叡一を倒す。凜々花を守る。博士を守る。ガールを守る。ノンエデュリスを守る。そして自分を守る。


 誰かを守るためには、揺らがない強さが必要なんだ。そう、ボスみたいに……。


 ボス……フラッと帰って来てくれませんか……。そして、いつもみたく豪快に笑ってくれませんか……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る