第30話 快楽

 僕達がアジトまで逃げ帰る間、凜々花はずっと僕の首に抱き着いて静かに涙を流していた。


 追手もおらず、無事にアジトまで辿り着いたが、それでも凜々花は僕から降りようとしない。


「ベイビー……? 着いたよ……?」


 このまま引っ付かれていたら僕が変な気持ちになって来ちゃうし、無理矢理引き剝がせば凜々花が怪我をしてしまう。だから僕は凜々花が自主的に僕から降りてくれる事を望んでいたのだけれど、凜々花は一向に僕から離れようとしない。


「もうちょっと……少しだけ、こうしていて……」


 その様子を見ていたボスは、多少のイラつきを抑えきれずに声を荒げた。


「最初の殺しは確かにメンタルに来るもんだ。でもな、これがお前の生きる道なんだ。俺達が次に狙っているのは神明叡一だ。あいつの周りには大勢のボディーガードがいる。そいつらも殺らなきゃならねぇ。強くなれ、ベイビー!」


 凜々花はスンッと鼻水を啜ると、やっと僕から降りてボスの方を向いた。


「ごめんなさい、ボス。わたし、こんなに動揺するとは思っていなかった。自分で自分の弱さに驚いてるわ」

「無理もないですよ」


 そこに割って入ったのは博士だ。


「今まで血生臭い事とは無縁だった人生なのに、急に拳銃を渡されて人を殺めた。それは経験としてあまりにも衝撃的なものです。ボス、僕らとベイビーを同じ人種だと思わない方が良いですよ。ベイビーはピュアに連れて来られただけの一般人です。多少その人生に特殊性があったとしても、ボクらとはそもそも住む世界が違うんです」


 え……それって……ちょっと凜々花を突き放してないかな?


「そんな言い方ないじゃなぁい、博士~」

「何ですか、ガール」


 いつの間にか洋服を着替えて来たガールは、シャワーも浴びてきたようでタオルで濡れた髪を拭きながらリビングに現れた。


「ベイビーはね、子供なのよ。まだ十四歳の子が人を殺したのよ? 引き金を引けただけでも大したものじゃないの。もっと褒めてあげなさいよ」

「ボクはまだ十歳ですけどね」

「博士は子供じゃないもの」

「それって誉め言葉ですか?」

「さぁねぇ……」


 何だか場の雰囲気がピリピリしてきたような気がする。僕も何か気が利いた事を言えたら良いんだけど……。


「り……ベイビーは凄く頑張ったと思います。一発であの母親を仕留めたし、今はちょっと動揺しているけれど、銃の腕前は初めてなのに大したものだと思いませんか!?」

「ピュア……」


 ベイビーはまた泣きそうな顔をして僕を見上げている。


「ま、確かにな。一発であのばばぁの頭を吹っ飛ばしたのは大したもんだ。それについては褒めてやる。それにしても、だ。ピュア、お前、あのクソ息子に三発弾を打ち込んだな? それとお前のあの時の様子を見てピンときた。お前、殺しに快楽を覚えているだろう」

「え……?」


 ドキリとした。ボスは僕の好戦的な部分を見抜いているというのか。


「そ、そんな事ないですよ。僕だって必死だったんです。確実に仕留めようと思って……その……」


 自然と僕の目が泳ぐ。ボスは手元に置いてあったアルコールを少し口に含むと、眉間に皺を寄せて話を続けた。


「あの時、息子を殺す役割を担う人間は決めていなかった。だから、俺は俺の手であいつを殺るつもりだった。でも、何も指示していねぇのにピュア、お前があの息子を撃った。それだけでも驚いたが、お前は三発撃った。それに、あの時のお前の表情だ。妙に興奮していたし、目がバキバキにキマッてた」

「そんな……」


 そうなの? 僕ってそんな表情をして銃を撃っていたのか?


 確かに僕は血飛沫を美しいと思っているし、人を殺す事も楽しいと思っている節がある。でも、それってこの組織にとっては有益な事なんじゃないの!?


「それは……悪い事でしょうか……? 僕は、この組織の役に立ちたいと思っていて、その……」

「悪い事じゃねぇ。でもな、お前は。お前の使い方を間違えたら、お前は闇に堕ちる」


 闇に堕ちる……。それってどういう事なんだろう。僕、ダメになって行っちゃうのかな?


「俺達が殺している美食家達は、人肉の魅力に憑りつかれた故に精神を荒廃させ、自堕落な生活をするようになっていった奴らだ。俺らは食人を許さねぇ。だから殺している。だが、お前は殺しそのものを楽しんでる」

「そんな……ピュア……」


 凜々花、頼む。そんな化け物モンスターを見るような目で僕を見ないでくれ。


「あの……その……僕は……」

「ただ!」


 ボスは僕の目を真っ直ぐに見た。


「ただ、お前のフィジカルの強さ、殺しに対する貪欲さは神明を倒す事に有益に働く。あいつを倒すためには何人もの人間を殺さなきゃならねぇ。そのためには、甘さなんてミクロンもあっちゃならねぇ。とにかく心を鬼にして周囲にいるボディーガード共を殺らなきゃならねぇ。ボディーガードが美食家とは限らねぇし、ボディーガードは政治に直接関与しているわけではないから罪はねぇ。でも、神明を倒すためには邪魔だから殺す。俺が言っている意味、分かるか?」

「えーと……その……」

「俺らは、敵を倒すために罪なき一般人も殺すって事だ」

「あ……」

「そのためには! お前みたいな奴も必要だって事だ。お前なら躊躇なくボディーガード共も殺れる。俺は躊躇するかもしれねぇ。神明は倒してぇ。だが、ボディーガード共には罪はねぇんだ」


 その話を聞いていた博士は、眼鏡をくいっと上げると「ボスの言いたい事は分かりますが」と言葉を編む。


「神明叡一を敵とみなす以上、彼に仕えている人間も同じく敵です。ボスは人が良いですから彼らの事も気になるんでしょうが、ピュアだけじゃなくボクだって彼らを殺すのに躊躇なんてしませんよ?」

「だーかーらー、博士はじゃないからぁ」


 ガールの髪はいつの間にか乾いていた。今はその美しいウェーブがかったロングの髪が優雅に揺れている。


「子供も大人も関係ありませんよ。ここは戦場です。殺るか殺られるかです。僕らと神明は敵同士です。そもそも……」

「そもそも、何だよ博士」

「今日、僕らを妨害してこなかった事そのものが不自然です」

「何だって?」

「良いですか? ボス……」


 それから語られた博士の分析は、僕達のメンタルを揺らすには十分なものだった。

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