第19話 チンピラ

 凜々花は今日初めてここ歓楽街に連れて来られたらしく、僕以上に土地勘が無かった。


 凜々花を連れた僕は、おぼろげな記憶を辿ってBar 歌舞伎町を探す。もちろん、道中にボスらしき人物かいないか目を凝らしている。


「お兄さん、ボスって人はそのバーにいるの?」

「多分そうだと思うんだけど。それか別の店に入っちゃってるかなんだよなぁ。そうなると見付け出すのに苦労するんだけど……」

「っていうか、お兄さんの名前を教えて。いつまでも『お兄さん』って呼ぶのも何だか嫌だし、出来れば名前で呼びたいの」


 うっかりしていた。僕はまだこの子に名乗ってすらいなかった。


「僕は……じゅ……ピュアだよ。皆からはピュアって呼ばれてる」

「ピュア? 日本エリアの人間の特徴を持った見た目をしているのに、名前が妙に他エリアチックね」

「ははは……そうかもね……」


 危なかった。危うくこんな危険な場所で本名を名乗る所だった。外の世界じゃどこに監視AIが設置されているか分からないし、うかつに本名は名乗らない方が良いって博士が言っていた。


「じゃぁ、これからは『ピュアさん』って呼べば良い?」

「『ピュア』で良いよ。『さん』を付けられるほど僕は立派な人間ではないしね」

「ありがとう。じゃぁ、ピュア……」


 凜々花は僕のコードネームを呟きながら、俯き加減で少し頬を紅潮させている。


「おーい、兄ちゃん、随分若い女連れて歩いてんじゃねぇのー?」

「ほんとだ兄貴! こいつロリコンだ! 見て下さいよ! 連れの女まだ子供ですぜ!」


 目の前にいかつい体躯にスキンヘッド、サングラスをして顔も首も腕にもタトゥーという風体の男と、何やら髪の毛がくるくるとしている顔に傷がある痩せた男が立ち塞がった。


「誰……!?」


 凜々花は怯えて僕の背後に隠れる。


「どいて下さい。どいてくれないと、僕は自分を抑えられるか分かりません」


 自分も凜々花もバカにされている気がして、腹の奥底が煮えくり返るようなむかつきを覚えていた。


「どいて下さいだって兄貴! こいつこんな弱そうな顔してる癖に俺らに楯突こうとしてますぜ!」

「おうおうおう、お前らここがどこか分かってんのか? 泣く子も黙る歓楽街だぞ?」


 臭い。こいつらが手に持っている熱源が臭い。これは確か、タバコって名前の違法薬物だ。学校の歴史の授業で現存する違法薬物として臭いを嗅ぐ授業があった。その時は復元した臭いだったけど、実際のそれは白煙がもくもくと出ていてより強烈だ。


「おう、ここを通りたかったらよ、俺らを倒してみせるかもしくはその女置いて行けや」

「この子をどうするつもりだ……!?」

「もちろん工場に売るのよ。子供の肉は高く売れるからな。ただ、その子供はガリガリの骨ばった体つきだからその前にすこし太らせなきゃならんけどな。ついでに俺が味見もしといてやるよ! ぐはははは!」


 下卑た笑いを浮かべるチンピラに吐き気を催す。こいつらも殴り殺してやろうか。しかし、二対一で肉弾戦は少々分が悪い。


「この子は渡さないし、ここも通らせてもらう。殺されたくなかったら道を開けて下さい」


 すると、二人組は腹を抱えて爆笑し出した。


「兄貴! 聞きましたか!? 俺らをぶっ殺すってよこのガキが!」

「お前、そんな蚊も殺した事ねぇようなツラで俺らを倒せるとでも思ってるのかよ!」


 ダメだ。今すぐこいつらを殺るしかない。


 僕が腕を振り上げて拳を突き出そうとした刹那──!


「きゃぁぁぁ! 誰か助けてぇ! 殺されるぅぅぅ!」


 凜々花が絶叫した。


 僕はハッとした。この子はさっき目の前で母親が殺されるのを見たばかりだ。目の前で人が殺されるのを見るのに慣れている子供なんてそうそういない。僕は最近の出来事のせいで感覚が鈍っていたんだ。


「逃げるぞ!」


 僕は凜々花を横抱きにすると、ターボシューズの出力を上げて方向転換をしダッシュした。


「兄貴! 獲物が逃げますぜ!」

「何だあいつ! なんて靴履いてんだよ‼」


 チンピラ共の喚き声が遠くなっていく。


 僕はそこから逃げ出して、くねくねと続く路地を縦横無尽に飛んで行った。それにしても凜々花は軽い。まるで軽量布団を抱えているかのような抱き心地だ。一緒に暮らすようになったら沢山の栄養サプリを与えよう。


 

 どれくらい飛んだだろうか。歓楽街は狭そうでいて広い。日本エリア各地に歓楽街はあるみたいだけど、東京直下のこの歓楽街の広さは日本エリア随一だという。


「ここまで来れば大丈夫かな」


 僕の首に抱き着いていた凜々花は、「もう大丈夫?」と不安そうな目をしている。


「夢中で飛んできたからここがどこか分からないけど、さっきの所からは大分離れたから大丈夫だよ」

「ありがとうピュア」

「え……うん。でも僕は何も……」

「わたしの前で、また人を殺さないでくれてありがとう」

「あ、あぁ。うん……」


 この純粋な子を、ノンエデュリスに招き入れて大丈夫なのだろうか。十歳の博士はすでに手を血に染めているけれど、彼は天才だしそもそもノンエデュリスの創立メンバーだ。ノンエデュリスのメンバーと寝食を共にする以上、凜々花も直に美食家の殺害や神明叡一の殺害に関与せざるを得なくなる。


「あ、あれ……? あれ、Bar 歌舞伎町じゃない?」


 凜々花が指さした先は、まさに僕が探していたBar 歌舞伎町だった。


「こんな所にあったのかぁ。そういえばこの間来た時も随分奥まった所にあるな、とは思ったんだよね」

「さっきの所とは全然違う場所だよ? もう、ピュアったら……」


 凜々花はくすくすと楽しそうに笑う。良かった。


 ──この笑顔を、守りたい。


 僕は純粋にそう思った。凜々花のこの笑顔を守りたい。凜々花の純粋さも守りたい。


 凜々花こそコードネームは『ピュア』が似合うのではないだろうか。そうだ、ノンエデュリスの仲間になる以上、凜々花にもコードネームがあてがわれる。凜々花には一体どんなコードネームが付けられるのだろうか。


 でも、今はそんな心配をしている場合ではない。


「ここにボスがいると良いなぁ」


 そして僕はBar 歌舞伎町の扉を開いた。

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