第12話 Bar 歌舞伎町

 僕に絡んで来たチンピラを殴り倒した後、ボスと僕はさらに歓楽街を奥に進んで行った。


「あらぁ、かわいい坊ちゃんねぇ。ねぇお兄さん達、アタシ達と遊んでいかなぁい?」


 やたらと胸を強調した服を着てけばけばしいメイクをした、ちょっと小汚い女が僕らに寄って来た。


「あぁ? 何だお前。立ちんぼか?」

「違うわよぉ。アタシはちゃんと店舗付きのお・ん・な。この路地の奥に店があるの。お兄さん達かっこいいからサービスしちゃうわぁ。何なら食べ物もあるわよ。うふふ」

「ほう?」


 ボスは眉を吊り上げる。


「食べ物ってぇと、何を揃えてるんだ?」

「えぇとねぇ、お菓子とぉ、お魚とぉ……」


 女は指を折って数えている。この人、三十歳は過ぎていそうなのに随分と幼稚な仕草をするんだなぁ。


「……あとね、お・に・く♡」

「……肉、か……。お前んとこ、本番ありか? なしか?」


 ボスは何を聞いているんだろう。本番って、お芝居か何かするの……?


「もちろんありよぅ。だってそれがメインのサービスだものぉ」


 うん。何を言っているのか全くもって分からない。


「お前んとこ、美食家の情報持ってる奴はいるか?」

「あ~ん。アタシじんじんして来ちゃったぁ。お兄さん、早く店に行こうよ~。お肉食べてヤる事ヤろうよ~」


 僕はどうしていいのか分からずにボスを見る。また殴れば良いのだろうか。でも、女性に手を上げるだなんて……そんな事僕には……。


 するとボスは、「こいつは何も知らなそうだな」と呟くと、急に女の首に腕をかけた。


「店がある事は分かった。お前が何も知らないって事も分かった。お前が美食家なのも分かった。だからな……死ね」


 ボスは女の首にかけた腕を全力で引くと、女の首は妙な方向に折れた。その姿はまるで壊れた人形のようだ。


「おい、ピュア。こんな雑魚置いておいて懇意にしている情報屋の所行くぞ」

「ボス……この人……殺したんですか……?」

「あぁ。本当は店ごと潰してぇが、派手に殺しをやると目立っちまうからな。この女が一人転がってようと気に留める場所でもねぇし」


 ボスは飄々としている。人を一人殺したとは思えない肝の据わり方だ。僕もこのくらいにならなきゃいけないんだな。


「情報屋さん……? はどこにいるんですか?」

「この路地の最奥の飲み屋だ。行くぞ」


 ボスに連れられてその場を後にしたけど、僕はもう一度殺された女を見た。首は変な方向に曲がっているし、目も見開いているけど、そんな事ここの人達は気にしないって本当なのかな。



 薄暗い路地を歩いて行くと、その店、『Bar 歌舞伎町』はあった。歌舞伎町って歴史の時間に習った事がある。二十一世紀以前に地上にあった歓楽街の名前だ。


「マスター、久々だな。連れは未成年だから酒は出してくれるなよ」


 マスターと呼ばれた老人は、老人とは思えない屈強な身体つきをしていて、白い髭を豊富にたくわえている。サングラスをしているけど、そもそもこの店の中は薄暗くて周囲が見渡しづらい。


 所々に赤いLEDが点灯されていて、店内は全体的に赤く見えている。棚には大量のお酒が並んでいて、世の中にはこんなにお酒があるものなのかと驚いた。


 店内には大音量で二十世紀頃の古典音楽が流れている。これはメタルとかいうジャンルの音楽だ。今の音楽と違ってドラムの音が凄く大きいし、ギターの音もうるさくてはっきり言って騒音に近い。今の音楽はどちらかというと静かな空間でリラックスしながら聞く電子音楽が多いし、こんなにうるさい音楽は授業でちょこっと聞いた事があるだけだ。


「あいよ。今日は何にするんだ?」

「いつものバーボン」

「相変わらず羽振り良いな。若いのにこんなたっけぇ酒飲みやがって」


 そういうとマスターは氷の入ったグラスに茶色い液体を入れてボスに手渡した。このマスターが情報屋なんだろうか?


紫雨しぐれはいるか?」

「やっぱ今日もそっちか。いるけどたけぇぞ」

「ぼったくってもらって結構だよ。あいつの持っている情報ならいくら払ってもいい」

「お前のその資金はどこから来るんだろうな……」


 銀行のサーバーをハッキングしてるんです。


 とは言えないから僕は黙っていた。僕には氷水が出されていた。一口口に含むと、緊張からか喉が渇いていた事に気付かされた。そういえばさっき吐いたんだし、口の中が不味くなっていて当然だ。


 少し待つと、飲み屋の奥から長髪を一つに束ねた痩せ細った男が出て来た。顔色が悪くて、着ている黒い服の印象も相まって死神みたく見えた。年は四十代といった所だろうか。大きな眼鏡をかけていて、インパクトのある外見だ。


「紫雨、こいつは俺の新たな仲間のピュアだ。よろしく頼むぜ」

「……紫雨だ。よろしく」


 男は無表情、しかも小声で僕にそう言った。


「早速だが、神明の居場所は特定出来たか?」


 店内が騒々しいからこんな話も出来るんだな。どこで誰が聞いているのか分からないのに神明叡一の居場所の話が出来る。周りのテーブルの客はそれぞれ会話を楽しんでいるけど、店内の音楽が騒々しいせいでそれぞれの声がでかい。


 打って変わってボスと紫雨さんは、耳打ちするように話している。至近距離にいる僕ですら耳をそばだてないと聞き取れないくらいの音量だ。


「神明の居場所はまだはっきりとはしない。ただ、最近日本の中央エリアで一件だけ目撃情報があった。それが信頼できる情報かどうか精査している所だ」

「そうか。さすが頼りになるぜ」

「それと、新たな美食家の情報だがな……」


 

 帰り道、ボスは何やら機嫌が良さそうに鼻歌を歌っていた。これはさっきの店で流れていたメタルだ。


「お前も、紫雨に用がある時はあの店に行くんだぞ。大体道順は覚えただろう?」

「えぇ……? 一人で行く事ってあるんですか?」

「ま、無いと言えば無いけど、俺に何かあった時とかだな」

「縁起でもない事言わないで下さいよ」

「俺達はいつだって命を懸けて戦ってるからな。何かあっても不思議ではねぇよ」

「紫雨さんって、何者なんですか?」

「さぁな、俺も知らねぇ」

「知らないのに情報を買ってるんですか?」

「むしろ個人情報駄々洩れの情報屋の方が信用できないだろう」


 なるほど……。僕は妙に納得してしまった。


 あの店にいたのは三十分くらいなんだけど、それだけ聞いているとメタルにも慣れてしまって、その夜、僕は何となく興奮して眠れなかった。


 歓楽街……倒したチンピラ……殺されてしまった女性……Bar 歌舞伎町……紫雨さん……。


 でも何でだろう。色々あったのに、特にあの女性の胸元が妙に僕の頭をちらついてくる。こんな事初めてだ。どうしたんだろう、僕……。

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