第三章 レジスタンスとして生きる

第8話 初めての殺人

 その男の家は、通りから奥まった所にある間口の広い作りをしていた。通りに面した窓からは光が漏れているが、外から覗き見えるリビングには人の気配が感じられなかった。

 

 僕らはフェイスカバーをして上下黒の洋服、バイザーを目深にしキャップを被っている。


「これで監視カメラから僕らの身元が割れる事はないんですか?」

「大丈夫ですよ。ターボシューズはボクの特製だから足跡からはボクらを辿れませんし、目元はノーガードとはいえ、一応政府のデータベースはハッキングしていじれるだけいじってボク達に簡単に辿り着けないようにしてあります。そもそも、ここまで目深にキャップを被っていれば目元が見えているかすら疑問ですけどね」


 それにしても……十歳の博士まで美食家の殺害に連れて来るとは……。ボスってやっぱり怖い男なのかもしれない。


「大抵美食家の奴らは家の奥で享楽に耽っている事が多いんだ。地下世界の家は奥に広い造りをしているから、奴らが快楽に浸る空間を作る事は容易ってワケだ」

「鍵は……掛かってますよね? どうやって内部に入るんですか?」


 用心深い人類は、窓ガラスを防衝撃仕様にする事で強盗や不埒者の侵入を阻んで来た。僕の実家だって家のガラスはとても丈夫で割れた事が無い。地上にあったビルのガラスはもうすでに粉々に割れていたけれど、今のガラスは経年劣化で割れるなんて事も無いだろう。


「お前、博士を見くびってるな? この銃の柄の部分をよーく見てみろよ」


 僕は自分が手にしていた銃の柄をよくよく観察する。すると、そこには何か鉄板とも取れる特殊な素材のカバーが付けられていた。


「超硬合金と合金工具鋼を合わせて作った特殊素材で出来ている柄だ。こいつで全力で叩けば防衝撃仕様のガラスだって突破する事が出来る。さすが天才博士だぜ!」


 何だか良く分からないけど、この銃の柄はとにかく凄い物で出来ているらしい。


「お前、ターボシューズを履くのが初めてだって割に、けっこうスムーズにここまで来れたじゃねぇか。さすがの身体能力だな。フィジカル面でお前は頼りになりそうだ」


 ボスに褒められて、僕はちょっとむず痒い気持ちになった。


 ターボシューズは地面すれすれの距離をジェット噴射して移動する靴で、なんなら三メートルくらいなら上空にも飛べる。僕はまだそこまで乗りこなしてはいないけれど、博士からも「筋が良い」と言われた。


 銃のレクチャーも受けたし、何かあったら自分の身は自分で守らなければならない。気を引き締めないと……。


「じゃ、突撃するぞ。中に入ったらAI警備会社の奴らが来るまでの五分がリミットだ。一気に突破して、美食家のじじいを殺る!」


 僕はごくりと唾を飲み込む。


「じゃぁ行くぞ! 五……四……三……二……一……行くぞ!」


 ボスのカウントダウンで、僕達は一斉に窓ガラスを銃の柄で叩き割った。防衝撃ガラスは、恐ろしいほど簡単に砕け散った。


 ターボシューズの出力を上げて屋内に飛び込む。通りに面したリビングの先に廊下がある。僕らはそれを駆け抜けながら、一個ずつ扉を開いていく。


「多分あそこだ! 突き当りだ!」


 ボスが叫ぶ。ボスは一気に奥まで駆け抜けてその扉を勢いよく開けた。


 開いた扉の中から飛び込んで来た光景は衝撃だった。


 部屋の奥中央に座っている年老いた男は裸で、ぶよぶよの腹を揺らしながら焼いた肉にがっついている。その傍には五人の年若い女性がいて、皆薄衣しか羽織っておらずやたらと胸を強調した格好をしている。一人は男に飲み物を注いでいる所で、後の四人はただただ男にしなだれかかっていた。


「おいじじい! 随分お楽しみの様だなぁ!?」


 じじいと呼ばれた美食家は、「んぁ?」と間抜けな声を上げたかと思うと、こちらをとろりとした目で見つめた。


「若い肉! うまそう‼」


 男は今にも僕達に飛びついて来そうなテンションで僕達に向かって『うまそう』と放った。


「うまそう! じゃねぇよこの肉ボケ色ボケじじいが! 人肉だけじゃなくの方もお盛んみてぇだな。マジで殺し甲斐があるってもんだぜ」

「ころすぅ? わしをか?」


 男はよだれを垂らしながら呆けた顔でこちらを見る。


「姉ちゃん達、お前らもこんなじじいに抱かれてて怖気が走るとか思わねぇの?」


 五人の女性たちはこそこそと声を出し目線を僕らから外す。


「……でも、お肉は美味しいから……」


 左から二番目のショートカット美女がそう口にした。他の四人もそれに同調してこくこくと頷いている。


「なぁ、お前らもわしと一緒に肉食べようやぁ……!」


 男が僕に手を伸ばして来た。一瞬その指先が触れて、僕は「ひっ!」と咄嗟にその手を振り払う。


「お前、肉、嫌いかぁ? わしのかわいこちゃん達はみぃんな肉が好きだぞ~。肉好きの女は良いぞ~。肉付きが良くなってたまらん抱き心地だ」


 男は下卑た笑いを浮かべて僕らを舐めまわす様に見る。


「同じ女としてあなた達を軽蔑するわね。何もこんなじじいに仕えなくても他に生きる道はあったでしょう?」


 ガールが女性達を一瞥する。


「そこの坊ちゃんには刺激が強いかのう。まだまだ子供じゃないかぁ。柔らかくてうまそうだなぁ」

「反吐が出ますね」


 博士は氷のような視線で男を見つめている。蓮は銃を構えて男を牽制する姿勢を取っている。


「お前ら、全員殺すのに躊躇しねぇな」


 その言葉通り、ボスは何のためらいもなく男の頭部を撃ち抜いた。男の頭蓋骨が割れ、噴水のような血と共に脳が飛び散る。一体どんな威力なんだこの『銃』ってやつは。


「きゃぁぁぁぁ‼」


 女性達が一斉に悲鳴を上げ、逃げようとして出口に走り寄る。その出口の前にいたのは蓮だ。


「ついにわいの出番ってか?」


 蓮は今まで人を殺した事は無いと言っていたが、あっさりと女性の一人を撃った。それも、心臓を撃ち抜いた。


「せめて即死しろや」


 その態度に躊躇いは一切無い。本当に今まで人を殺した事が無いのか?


 残された女性四人は激しく室内を逃げまどう。


 そして、ボスが一人撃ち、ガールが一人撃ち、博士が一人撃った。後は……?


「ピュア! 殺れ!」


 えぇい、もうどうにでもなれ!


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」


 僕は残された一人に銃口を向けると、引き金を引いた。


 僕の天性の運動神経が功を奏したのか運の尽きだったのか、とにかく銃弾は女の頭部に命中し、辺り一面が鮮血に染まり、その光景はまるで真紅の薔薇が咲き乱れているかのようだった。

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