世界を救いますか。
華
世界の破滅
素っ頓狂な声が漏れる。
「……なんだこれ 」
平和であった世界が混沌に包まれていた。炎の波浪が猛威を奮って、豪雨が更なる悲劇を生んだ。沈静化することを願ったが、無情にも全ての願いが無に帰す。
スマホに限らずあらゆるメディア媒体がどこもかしこも、脳髄が揺れそうなほどのけたたましい警告を鳴らしている。それに負けじと絶叫と言わんばかりの泣き叫ぶ声に怒号、罵詈雑言、──なぜ。と嘆きの言葉が耳を劈く。これはまさに阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
昨日、普段通り友達と学校帰りの、昨日の眩しい夕焼けが気のせいだった気さえする。どうしてこうなったのかすら分からずに立ちすくむ男に、小さな少女が笑顔を向けている。
「これは酷いねえ……」
間延びした声が響く。緊張感の感じられない声だった。だが男が災害に見舞われずに無事でいられるのは、達観していられるのは、この少女が『無の空間』とやらに連れてきたからであった。
「………………なあ、アンタ」
──懐かしい。胸の内を占拠する。昨日の夕焼けが胸中を埋め尽くす。あの日、あの時、曲がり角を歩く彼女に悲劇が襲った。飲酒運転に四肢を捥がれ声をあげることすらままならず息を引き取った幼なじみ、そのままの姿。皮肉にも血飛沫が夕焼けを彩った惨劇のこと。
まずは謝りたかった。あの時、引き止めていれば存命だったかもしれない彼女に懺悔がしたかった。だから名を呼ぼうとして、口を開こうとすると少女は眦を釣り上げて睨みつけた。
「わたしは、貴方の探してる人じゃない」
「え……」
覇気のある声は圧倒した。安易に詮索するな、と雄弁に物語っている。どちらにせよ彼女はこの世にいない。
「それよりも、今は貴方の生きる場所が」
危ないよ。そう諭す声音は、やはり間延びしている。緊迫した世界がいよいよ絶望で満たされ、涙で溢れた頃だ。政治家もお手上げ。この世は終わる。誰もが確信していた。
「そんなこと言われたって、オレに何が」
「貴方にしか出来ないことあるよ」
少女は、ゆっくりと円を描いていく。すると円盤が手のひらに現れ、まじまじと見つめると読めない文字ばかりが羅列されていた。──何もかもが意味不明だ。
「あなたにこれを。これで怒り狂った閻魔を殺して」
彼女の声が、爛れていくように聞こえなくなってくる。文句の一つや二つ、それでは足りないほど言いたいことはあるが「あなたの生きる世界に放ってしまってごめんね」と眉を垂らす少女に何も言えなくなった。
円盤が指し示す方向は、あまりにも苦難の道のりだった。ただの人間の一人が天災に敵うはずもない。身なりはぼろぼろだし、心も何度も折れかけた。
相変わらず天地が荒れ狂う中で、辿り着いた場所に息を飲んだ。■■ノ墓と記された、幼なじみの墓だ。見たことの無い赤い石が瞬いて侵食するように、周りを汚染している。
円盤からコロン、と音を立てて落ちたものを拾うと御札が巻かれたナイフであることに気づく。
「………オレにやれってのかよ、ほんと」
なんて残酷なのだろうと、この徒し世を呪いながら、赤い石を突き刺すとぐちゃ、と果実が弾けるような、何かを潰したような、気色悪い感覚に涙が溢れる。どくん、どくん、脈打つ石はやがて機能を停止させると、叢雲はどんどん晴れ渡っていき、目蓋を刺激するような眩しい日差しが突き刺さる。
全て終わった、万事休すかと思われた事態。耳に反響するのは、もう滅亡するのだと泣き叫んだ声や苛立ちからの怒号。──困惑から次第に喜びへと変わる。あらゆる声が鼓膜を揺らす中で微かに「ありがとう、わたしの勇者」そう聞こえた気がした。
世界を救いますか。 華 @laviyua
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