曇天（どんてん）である。

　宙を舞った黒い大翼が繰り出す羽搏（はばた）きは、暴風を伴った。

　大翼の主の姿は鷲（わし）に似ている。しかし、眼尻を走る毛並みと冠羽（かんう）、鋭い鈎状（かぎじょう）の嘴（くちばし）も黒いが、虹彩（こうさい）は黄、頭から胴は深紅で、脚には虎のような爪を携えていた。異様な容姿に加え、全長二百尺（六十ｍ）ほどもある。

　これこそ、颶風（ぐふう）を産み出す怪鳥、大鶚（たいがく）だった。大鶚は人を喰らう。両翼を羽搏（はばた）かせ、暴風を巻き起こし、人を宙に吹き飛ばし狩る。

　この大鶚にしてみれば、今回ばかりは厄介な獲物だった。眼下には、同じような漆黒の襤褸（ぼろ）を纏（まと）った者が五人もいたのである。

　ひとりは不動の老夫（ろうふ）だった。片手でしっかりと抑えた蓑笠（みのがさ）の下で、不敵な笑みを浮かべている。その風貌骨格（ふうぼうこっかく）は何とも奇妙だった。

「あの嘴か爪に身を穿（うが）たれては、一溜（ひとた）まりもないのう」

　放たれた声音（こわね）は銅鑼（どら）のようだった。

　しかし、容赦のない黒い羽搏きが、その声を搔（か）き消した。

　身の丈は五尺（約百五十㎝）にも満たず、額は異常に突出し、鼻はひしゃげ、反歯（そっぱ）である。どういう訳か右脚が木脚（もっきゃく）で、藜（あかざ）の杖を突いている。纏った漆黒の襤褸が、勢い良く風に波打っていた。

　大鶚が繰り出す烈風に抗（あらが）うように、四つの黒い疾風（はやて）が右へ左へと走り、飛び回っている。

　見れば、三体は漆黒の襤褸を纏った龍頭人身の妖（あやか）し、計蒙（けいもう）だった。赤、青、黄――。それぞれの違いは、背負った剣の柄の色だけだった。

「ギャ、ギャッ」

　これから起こることを予見しているとでも云うのだろうか。けたたましく鳴いた大鶚は、見慣れぬ獲物に苛立（いらだ）った。狙いを定め大翼から暴風を放とうとも、素早い身の熟（こな）しで芯を外されている。

　そして、もうひとり。

　腰には三振りの剣を佩（お）びていた。壮室（そうしつ）の頃も半ばを過ぎているだろうか。無造作な黒髪は肩まで伸び、眉は昂（あ）がり、鼻梁（びりょう）高く、首は太い。眼を開けば爛（らん）と輝く精悍（せいかん）な偉丈夫（いじょうぶ）は、纏った漆黒の襤褸を翻（ひるがえ）らせ、計蒙と違わぬ黒い疾風となって無尽蔵に走り、飛び回っていた。

　煩（わずら）わしさを覚えた大鶚が、再び大きな翼を羽搏かせようとした、その時だった。