第3話 淫魔昇天拳
唇を噛み、痛みで一瞬だけ身体の自由が戻る。
私はそのわずかな時間でヘルメットを脱ぎ捨て、腰のポーチから取り出したシリンジを首筋に宛がった。
「ふぅ……ふぅ……よぉし」
鎮静剤が火照った身体を落ち着かせてくれる。空気を肌で感じ、私は血と体液の混じった臭いに軽く咽る。だがヘルメットがなくなったことで戦術が一つ増えた。
「あはっ♪ アタリだぁ。まだちょっと幼いけど、綺麗な顔。そのクールな表情がどこまで媚びたものになるか楽しみね」
「はッ!」
私は横薙ぎに腕を振るった。それだけで指先の直線上で空気中の水分が固まるようにして氷が無数の針となって伸びた。
「――おっと」
羽をばっと動かし、セラスがデスクの上に逃れた。二メートル程度の範囲で氷柱のようになった氷塊だったが、淫魔のスピードに対応するほどの形成速度はなかった。
荒い呼吸をする私の唇から白い息が漏れた。
「今ので串刺しになってくれてたら、よかったのに……」
「おー怖い怖い。まさか雪女だったなんて」
そう。私の種族は雪女。だからこそ十代前半の少女がCRAT隊員の副官クラスの地位にいる。この部隊の大半は人に似た種族――亜人で構成されている。その中でも雪女は貴重な戦力として優遇されていた。
「これはレアものだぁ。マルベス様の供物にちょうどいいわね♪」
「誰が供物になんてなるか……っ!」
背中のガンラックから短機関銃を取り出し、氷柱の塊を土嚢に見立てて引き金を引いた。
だがやはり硬質な羽に阻まれて効果がない。しかも室内を縦横無尽に動き回る機動性に触れただけで相手を無力化する能力。悔しいがまともに戦っても私ではどうしようもない。氷結を使おうにも周りには淫魔にヤられた一般人が倒れている。下手に能力を使えば彼らを巻き込んでしまう。
だから今の私にできるのは、氷柱の中でハリネズミみたいにぐっと身を縮め、近づかせないために銃を撃ち続けることくらいだった。
「――っ」
マガジンが空になった。
「もうチクチクはおしまいかな?」
「…………」
「ふふっ、その様子だともう出せないみたいね。あなたみたいな特別な鎧の兵士が使う武器って地味に痛いから大人しくなってくれると助かるわ」
氷の防壁を飛び越え、セラスが一息に距離を詰めきた。銃は弾が切れ、逃げる暇もない。咄嗟に腰から高周波ナイフを抜いたが、奴の手に触れると滑るように受け流された。そして私はなす術もなく淫魔に組み敷かれた。
装甲服で強化されているから力では私が勝っているはずなのに触れられただけで抵抗できない。ぬるりとした手につかまれ、その媚薬ポーションがもたらす快楽の波に流されそうになる。身体が熱くてたまらない。もうこのままトロけてしまいたいくらいだ。
その私の心中を表すように周囲に形成されていた氷塊が溶けていく。
「あっさり溶けていくわね、この氷。術者の意識と一緒に消える感じ?」
余裕の笑みを浮かべるセラス。くぅ……っと唸りながら私が押しのけようとしても両手をつかまれて仰向けに張り付けられてはどうしようもない。
セラスの美しい顔が近づいてくる。ぺろっと首筋を舐められた。
「ひっ……!」
「ふふっ、可愛い反応」
「こ、このゲスめぇ……」
「いいわよぉ、ゲスで。あなたみたいな可愛い子に言われるならご褒美だし……ああもうっ、本当はじっくり楽しみたかったけど、王の供物にしないといけないから手が出せないわ」
そこで、セラスの声を遮るようにけたたましい音が鳴り響く。輸送VTOLのローター音だ。その音はどんどん大きくなり、窓際にロープが垂れてきた。
「支援要請があったんだが……そこの淫魔のことかな?」
ロープで懸垂降下し、オフィスに飛び込んできた男が、オフィスの惨状を見渡しながら訊ねてきた。深みのある渋い声。還暦を過ぎたような落ち着きある物腰に服装はダンディなスーツというある意味この場でもっとも釣り合った出で立ち。
「どうやらこの子を持っていく前に、先にそこのおじいちゃんを絞らないといけないみたいね」
セラスが立ち上がり、老人に向かって微笑みかけた。
「ほう、こんなよぼよぼの老人からも窄精する気かね。怖いのぉ」
「よぼよぼって、服越しでも分かるほどガタイがいいのによく言うわね」
「そいちゅにふえちゃ――っ!?」
震える唇で私が警告を飛ばすよりも早く、セラスが大柄の老人に肉薄した。
淫魔の手が老人を捉える刹那、老人の手も淫魔を捉えていた。女の細腕から繰り出されたとは思えないほど早く力強い攻撃を受け流し、繊細かつ大胆な動きで淫魔の身体に両手を這わせる老人。すると――
「ひゃう……っ!?」
奇妙な現象が起きた。小さな悲鳴を漏らし、セラスが反射的に老人から距離を取った。
「こ、このおじいちゃん只者じゃない……いったい何をしたの……?」
「何をしたって、わしはただ触っただけじゃよ。お前もするだろ?」
「触れられただけでこんなに感じるわけないでしょ……! 私は媚薬ポーションを使われたって耐えられる身体なのに!」
「そんなものに頼らずとも小娘サキュバスを満足させれるわい」
「誰が小娘よ……! あなたより私のほうがぜったい年上だからっ!」
セラスが睨みながら老人に詰め寄り、大きく腕を振りかぶった。だが彼女が力強く踏み込んだその時、老人が小瓶に入った液体をばら撒いた。それに足を取られ、体勢を崩す淫魔を受け止めつつ半回転。ちょうど後ろから愛撫するような状態で老人の両手がセラスの爆乳を捉えた。
「卑怯者……! 頼らないんじゃなかったの……!?」
「なにか勘違いをしているようだな。これは媚薬ポーションなのではない、セイスイじゃ」
「聖水? ああ、あの司祭によって清められた水のこと? ふふっ、おめでたい人。あんなのただの水よ」
胸を揉まれながら嘲笑するセラス。明らかに小馬鹿にされている。だがそれでも、老人は落ち着いた調子で口を開いた。
「いや、そんなオカルトめいたものじゃあない。お前が足を取られた水は性なるもの、つまりは処女シスターの股から生成されるおション水なのじゃ!」
「おション水って……おしっこってことぉ……!?」
「左様」
「こ、このっ! なんてものぶっかけるの……!? 変態、鬼畜、性癖異常者!」
「ふはははっ、
「このくらい、余裕よ。おっぱい揉んだだけで女がイクとか思ってるのっ……ふぅふぅ……恥ずかしい人……っ」
「相当消耗しているように見えるぞ? CRATとの戦闘で淫力を使いすぎたようじゃな。そぉれ仕上げじゃ……! 淫魔昇天拳奥義!
「くっ、こんな変態じじいの前戯なんかでぇぇぇ! 嫌ぁああああああああああっ!」
老人のいかがわしい手つきが一層激しくなると、熱い息を漏らしていたセラスの身体が淡く発光し始めた。
その直後、セラスの身体が無数の粒子となって霧散した。
「ふっ、
「わたひ、えんごにかんしゃする」
未だに上手く喋れない私がむくりと起き上がると、老人が歩み寄ってきた。
「三等陸尉か……こんな年端も行かない少女まで駆り出すなんて、
アーマーに記された私の階級を見つつ小さく首を振る精悍な顔。
「わしは
後ろでに撫で付けた白髪に整えられた口髭。落ち着いた物腰は強者のそれだが、今しがた見せた戦闘では淫魔の胸を揉みしだいて浄化するというふざけた退治法だった。
正直、私はさっきみたいな退治法は好きじゃなかった。さんざん人間をオモチャにして、その上なぜ退治するときまで気持ちいい思いをさせなければならいのか。納得できない。
だが淫魔級を効率よく倒すにはさっきみたいな方法が一番良いのも事実。CARTが低級淫魔を駆逐し、より強い淫魔は退魔師が担当し、エロ技で倒す。
この世界は今、そんな馬鹿げたバランスで成り立っていた。
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