第4話 寓象の梟
翌朝、宿を出ると街はすでに活気に満ちていた。市場のざわめき、荷車の軋む音、子供たちの笑い声。二つの太陽は、白い石畳を黄金のように染め上げている。
昨日の出来事を思い返しながら歩いていると、ふと胸の奥でざらついた違和感を覚えた。女神が最後に告げた言葉。
――「魔法については、あなた自身で確かめるといいわ」
僕は小さな広場に足を止め、深呼吸した。周囲の人々は行き交うだけで誰も気には留めていない。
(試してみるか、、、)
掌を胸の前にかざし、静かに言葉を紡ぐ。
「寓象召喚――アレゴリア」
その瞬間、影は揺らぎ、空気にひびが走るような感覚があたりに広がった。そこから現れたのは、一羽の梟だった。翅は済色に染まり、瞳は夜明けの空のように澄んでいる。
「……梟?」
その梟は声を発することなく、ただ首をかしげて僕を見つめ返す。その眼差しは、言葉以上に雄弁だった。
知識が流れ込む。これは寓象――寓話や象徴を形にした存在。僕の思考を媒介に現れ役割を帯びる。梟は知恵と観察を象徴し、僕の目となる。
「なるほど、偵察役ってわけね」
梟は小さく羽ばたき、街路も上空へと舞い上がった。僕の視界に一瞬、異なる視界が重なった。梟の視点。屋根の上、街を縫う路地、喧噪の流れ。
まるで二つの目を持つように、同時に異なる景色を見ている。
その時だった。
「やめ、ろ!!離せっつ!」
路地の奥から少年の叫び声が聞こえた。梟の視界が即座に切り替わり、そこには二人の大柄な男に腕をつかまれた少年の姿が映った。粗末な服におびえた目。様子を見るに、どうやら市場でのスリが捕まったのだろう。
だが、男たちは店の店員というよりも、ならず者といったところだろうか?男たちの表情には正義感というよりも私欲が濃く滲んでいる。罰金と称して金を巻き上げようとしているのだろう。
僕は迷わず路地へと向かった。
「その子をどうするつもりだ?」
声をかけると、男たちは舌打ちをし睨んできた。
「関係ねぇだろう。こいつが盗みを働いたから、俺たちは街のためを思って罰を与えてやるだけさ」
「そうか、でも街のためという言葉を盾に、自分の欲を満たすならそれこそ犯罪じゃないのか?」
僕は一歩踏み出しさらに続ける。
「そうか、街のためねぇ。この街はこういう子供たちに優しく盗みをするような子はいないと女将さんに聞いたんだが?それを知らない君たちは、よそ者と見た、結局のところ、君たちは子供から金を巻き上げようとしたクズってわけだ」
朝、宿屋を出る前に少しおかみさんと話したが、この街の孤児や貧しい子供たちは街みんなで育てるってのが信条らしい。それを知らない彼らはよそ者だったというわけだ。
沈黙ののち、男の一人が吐き捨てるように言った。
「チッ、勝手にしろ」
そう言って二人は去っていった。少年はまだおびえている、その怯えた目で僕を見上げて震える声で呟いた。
「あ、ありがとう」
僕は肩をすくめて、軽く笑った。
「例なんていらないよ。ただ、路地や裏の通りは危ないから、なるべく通るなよ」
新顔の僕が言えたことではないが、忠告はしておく。
少年はこくりと頷き駆け足で去っていった。
見上げれば梟が旋回し、静かに僕の肩へと舞い降りる。
「……そうだな、この世界での歩き方もわかってきた気がする」
僕はそう呟き、再び街の雑踏へと歩き出した。
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