第3話 黒髪の旅人、名をレオンとす

 市場での騒ぎのあと、夕暮れの道を歩いて宿屋を見つけた。気の看板には麦とランプの絵。素朴だが、どこか温かみのあるものだ。


 扉を押してはいると、奥から張りのある声が飛んできた。


「おや、新顔だね。旅人さん、部屋を探しているのかい?」


 丸顔に笑皺を浮かべた女将がそこにいた。年のころは四十ばかり。豪快な気配の奥には、母親のような優しさがのぞいて見えた。


「えぇ、一泊できれば助かります」


「代金は銀貨一枚だよ」


 少し慌てて懐を探ると、布袋の感触があった。取り出してみれば、中には見慣れない銀貨と金貨がいくつか入っていた。

 ――そういえば女神が最後、ポケットへ忍ばせていた気がした。


 僕はその銀貨を一枚、女将に渡した。


「おや、ちゃんと持ってるじゃないか。じゃあ安心だね、、、ところで名前は?」


 一瞬言葉に詰まる。異世界に来た僕にとって、本当の名を名乗るべきか迷った。

 しかし、ここで名乗らないわけにもいかない。少し考え、かつて聞いたことのある名前を思い出す。


「そうですね、レオンと呼んでください」


 それは本名ではない、けれどこの世界で僕を形づくる、新しい仮面のようなものだった。


 女将は目を細めて笑った。


「レオンね、黒い髪に黒い瞳なんてこの変じゃ珍しい。顔だちも悪くないし、何より落ち着いている。…旅人らしくない旅人さんだこと」


「そうでしょうか?僕は緊張を言葉で隠しているだけなんですけどね」


 僕の答えに女将はからからと笑った。


「いいじゃないか。人はみんな、何かしら隠して生きているもんさね。隠し方がうまいほど逆に人を安心させるものだよ」


 部屋に案内された後、窓辺に腰を下ろして思索に沈む。


 昼間のことだ、市場で若者に問いかけを投げただけだ。怒鳴りも脅しもせず淡々と彼らは銅貨を置いて行った。


「これが”魅導特性カリスマ・ロゴス”」


 試しに卓上のパンに語り掛けてみたが反応は皆無だ。それもそのはず、このスキルは生命に対してしか作用しないのだから、共鳴ではなく導き、これがこのスキルの力なのだろう。



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