第3話・生け贄の因習学園

 次の日──ミズキとユズハは、因習学園の図書館で学園のコトが書かれた書籍を探した。

「ミズキ、この古い一冊の本が……本棚の隙間に隠すように押し込まれていたよ」

 そう言って、ユズハはミズキが難しそうな顔で開いた郷土史の本に頭を掻いている、数冊の本が重ねられたテーブルの上に見つけた、破れて埃まみれの本を置いた。


 ミズキが本の埃を吹き払ってクシャミをしながら、露骨に嫌そうな顔をする。

「くゅん、これはムリ……文字だらけの本を読んでいたら、頭が痛くなった……ユズハ代わりに読んでくれ……オレにはやっぱり、マンガ以外の本はムリだ」


 しかたなく、ユズハが見つけてきた本を開いて読みはじめる。

 どうやら、自主出版の数冊本らしく表紙の裏には手書き文字で。


〝Close this book right now〟《今すぐこの本を閉じろ》


 そう書かれていた。

ユズハが書かれている内容を要約してミズキに伝える。

「昔、この森に隕石が落下して……その影響で黒い森が誕生したって書いてある」

「ふ~ん、そうだったのか……それから?」

「この地域の豪族や華族たち、富を欲する者たちが共同出資して、森の一部を購入して……隕石が落下した場所に祠を建て祀ったらしいよ……財運の神として」


「財運の神?」

「当時は黄金に輝く隕石だったんだって」

「学校を建てた理由は書いてないか?」

「えーと、書いてあった……優秀な人材を育成するため……としか書いてないけれど、妙なコトも書いてある」

 ミズキが髪に付着した、少量の埃を手で払いながら言った。

「妙なコトってなんだ? くゅん」


「学園の学校名に関して……隕石から時々、聞こえてくる音があって、その音が『ぅいんしゅうぅ』って聞こえたから当て字で『因習学園』って付けたって書いてある」


 ユズハがさらに、ペラペラと本をめくる。

「『赤い月の夜には注意しろ怖ろしいことが起こる、今はアレは眠期に入って眠っているが、いつ目覚めるかはわからない』ここから先はページが破れていたり、黒く塗りつぶされているから読めない……読めるところに、『アレはつる植物の〝ヒスイカズラ〟を連想させる色をしている』って書いてある」

 ユズハは、本を閉じた。


 ユズハから書物の、要約した内容を聞いたミズキが言った。

「ユズハ、早くこの図書館から出よう……誰かに見られている気がさっきからしていて気味が悪い」


 ミズキとユズハが図書館から出ていくのを、近くの木の枝にとまっている数匹のカラスが見ていた。


  ◆◆◆◆◆◆


 緋扇 エンジュは、生徒会室で一人──本を読んでいた。

 エンジュが読んでいる本は、ユズハが図書館で発見した本の原本で、ページの破れも塗りつぶしもない完璧な書籍だった。

 忌まわしい因習の書籍を閉じたエンジュは、開いている窓に視線を向ける。


 数羽のカラスが飛んできて窓枠にとまる。

 エンジュがカラスに向かって言った。

「おまえたちの、主人あるじを抑え続けるのは……そろそろ、限界みたいね──今まで良くやってくれた今宵、赤い月の夜が来る……その時に目覚めた主人と一緒に本来の姿にもどるといい」


 そう言ってエンジュは、机の上に飾ってある熱帯植物に造詣が深い祖父の写真と一緒に写っている。

 亜熱帯のフィリピン・ルソン島やミンドロ島に自生しているターコイズブルー色をした美しいつる植物──ジェードバイン翡翠蔓を眺めた。


  ◆◆◆◆◆◆


 赤い月が山から昇ってきた──女子生徒は校舎の体育館に集められ。

 男子生徒は、夜の校庭の金網で囲まれた場所に入れられた。

 金網の上部は開いているが、人間が登れる高さではなく金網の目も指を引っ掛けて登れるような作りでは無かった。


 体育館で向かい合って並ばされた女子生徒の半数に、紙コップに入った赤い液体が配られる。

 体育館の床に描かれた、魔法陣のような図形の中央に立った、魔術的なローブを着た緋扇 エンジュいた。

 エンジュが、女子生徒たちに威厳がある口調で命じる。

「これは、数十年に一度続けられてきた、因習学園の伝統儀式です……あなたたちの母親も、この儀式に参加して名門の家系に嫁ぎました……わたしの母も」


 ロウソクの揺らめく炎の中で、エンジュが片手を挙げて言った。

「赤い飲み物を飲み干しなさい」


 向かい合って並んだ、女子生徒の列が一斉に紙コップに入った液体を飲み干す。

 飲んだフリをするコトは不可能だった、監視役の生徒会生徒が見回って飲んだフリをしている生徒に強制的に赤い液体を飲ませる。


「腕を離せよ、説明しろよ……いったい、この液体はなんなんだ! 説明を聞くまではオレは飲まない!」

 最後まで意地張って飲むのを拒否していた鏑矢 ミズキも、数人の生徒会生徒から羽交い締めにされて。

 鼻をつままれ呼吸困難になって、開いた口に紙コップの液体を流し込まれる。

「ぷはぁぁ……うぐぐぐぐッ」

 体育館の床に散乱する空の紙コップ。

 次第に赤い液体を飲まされた女子生徒の顔が赤みを帯びてきて、強制発情させられた女子生徒たちが、向かい合って立っているパートナーの女子生徒を抱擁してキスをした。


「うぐッ……んんッ」

 ミズキに抱きしめられてキスをされたユズハの双眸も、恍惚とした視線に変わる。

「ミズキ……んんッ」

「ユズハ……はぅ」

 赤い液体を飲まされた女子生徒の唾液も、化学反応で女性を強制発情させる、媚薬に変わっていた。

 興奮しながらエンジュが言った。

「何も考えずに愛し合いなさい……そして、これから起こるコトを受け入れなさい……はぁはぁ、あたしも混ぜてください興奮してきました」


 乱れる因習学園の女子生徒たち……制服も乱れ、女性の甘い吐息と歓喜の声が体育館に反響する。

 集団百合の宴──床で横臥して抱き合って愛し合う女子生徒。

 膝立ちで抱擁して互いの体と心をを愛し合う女子生徒。

 舌と舌のディープキスで愛し合う女子生徒。


 エンジュも、ミズキとユズハに混じって、三人で愛し合う。

「んぁぁ、あたしも混ぜてキスさせて……んんんッ」


 耽美で奇怪な赤い月の夜の百合の儀式──体育館の快楽を愉しむ女子生徒とは対照的に、金網で囲まれた校庭では、男子生徒たちの地獄絵が繰り広げられていた。

 

 ◇◇◇◇◇◇


 赤い月から降りてきた、オーロラのような赤い光りのカーテンが令息の男子生徒たちを切り裂く。

「ぎゃあぁぁぁ!」

「ひぃぃぃ!」

 逃げ場のない金網の中、移動をしていく赤いオーロラに切断された肉塊が転がる。

 飛び散る鮮血と臓物。

 彼らはこの生け贄の夜のためだけに養子縁組で育てられ、学園に入学させられた。


 そして、さらに金網の中に舞い降りてきた赤い目のカラスたちが、オーロラが去った金網の中で変貌する。

 鳥のような、爬虫類のような、化け物の姿になった眷属のカラスが、オーロラから生きのびた男子生徒を鋭い爪で襲ったり、切断された男子の肉塊を貪った。

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