四話 恋の宮と龍穴の社

 この結社に祀られている神様は、縁結びの女神様らしい。神話では、この国の総氏神のお孫さんが天から地上に降り立った際、それはそれは美しい娘さんに出会い結婚を申し出たら、その娘の父親である山神から美しい娘の姉も是非にと二人を嫁に出した。ところが、お姉さんはどうもブサイクだったらしく、せっかく嫁いできたのにお姉さんだけ返されてしまった。そんなエピソードがこの神様にはある。


 私がいたく感心したのは、この女神様、恥をかかされた上深く傷ついているにも関わらず、この地に留まり人々に良縁を授けよう、とご鎮座したという伝承がありる。なんとも健気で愛溢れる女神様ではないですか。推したい。


 そんな女神様の社に参るが、ここの景色も夢とは違う。どうやら、奥宮がそれらしいが、その前にここでもしっかりと参拝をしていく。特に人とのご縁は望んでもいないし、特に恋愛もお願いすることはない。私はただ、同じ女として、尊敬と感謝だけ念じて、結社を後にする。


 さて、相変わらずの勢いの雨の中、とうとう夢に現れた社に辿り着けそうだ。さらに坂を登っていく。程なくして、また左手に朱色の鳥居と灯籠が見えた。鳥居を潜った先の道は砂利道でそのまま道なりに進んでいく。


 山門が姿を現す。この先に、奥宮がある。いよいよだ。いよいよ謎の正体に迫れる。意気込み、山門を抜けようと目やった時、私は戦慄した。


 山門から覗く景色が、夢で見たそれと全く同じだった。あまりの衝撃に足がピタッと止まり、思考も停止してしまうほどだった。息を呑み、景色を凝視する。何度見ても同じだ。意を決し、足を踏み入れる。


 全身に走る電気のような感覚。体にビリビリとした目に見えない力がまとわりついているようだ。私は吸い寄せられるように、奥宮の拝殿へと進む。拝殿の左側には、岩の壁のようなものが見えた。よくよく見ると、これは岩の壁ではなく、石が積まれ船の形をしていたらしい。


 拝殿の前に立ち、正対する。ここだ。ここから、何かしらの力が溢れてきている。天候はいよいよ大荒れで、雷まで鳴り始めた。だが、私はこの拝殿の前から一歩も動けずにいる。


 気づけば、私の体は震えていた。雷鳴の恐怖か、それとも社への畏怖か。恐れの正体が分からないままに、私は参拝をする。


 深々と二度頭を下げ、2回拍手を打ち鳴らす。そして、唱える。只今、参りましたと。

 

 だが、頭の中には何も声が響かない。ただ雷鳴と打ちつける雨の音が境内に響くだけだった。レインウェアの下は、自分の汗で群れ汗が流れていく。雨にも打たれ、さすがにいくらか体が濡れ始めていた。その不快感もさることながら、ここまできて謎の存在が姿を現さないことに、沸々と怒りが湧く。


「本当にもう・・・」


 このような不快な時は、怒りが怒りを呼び覚ましていく。謎の存在に呼び付けられたことから、最近の嫌な出来事が頭の中を駆け抜け、どんどんどんどん怒りが溜まったいき、いつの間にか恐れではなく怒りによって体が震え始めた。


 いかづちが至近に落ち、轟音が山に響く。それを皮切りに、私の何かがプチッと切れる感触がした。


「もう‼︎いい加減にしてくださいよ‼︎」


 私は手を合わせたまま、拝殿に向け吠え始めた。


「あなたは神様なんでしょう⁈偉いのか知りませんけど、ちゃんとここまで来たんですから、何か応えたっていいじゃないですか‼︎今までだって私は神社に何度も参拝しました・・・。神頼みだってしました・・・。でも、あなたは何もしてくれませんでした。神様はいつも見守ってくれるなんて言いますけれど、そんなの、本当に困った人間には慰めにもならない・・・」


 辛かった日々が走馬灯のように駆け巡る。つい最近の出来事だけではない。過去のトラウマに始まり、今まで舐めてきた辛酸を思い出し、吐き気がする。


「この世界を見てくださいよ‼︎あなたが見守っていたこの世界で、一体どれだけの人間が苦しんでると思ってるんですか!!神様だったら・・・神様だったら、本当に助けを求めている人に手を差し伸べてくださいよ・・・。あの時だって・・・‼︎」


 感情が昂り、涙がポロポロとこぼれ落ちて止まらない。


「いい加減、姿を現せ‼︎コンニャローーー‼︎」


 背後に雷が落ちる。


「キャアッ‼︎」


 轟音と振動で、倒れるようにその場で伏せてしまった。耳がキンと鳴り響き、目も雷の光でチカチカしてよく見えない。少しずつ耳と目が戻りつつある中、私は雷が落ちた背後を見る。そこには舞殿があり、舞殿の中心の宙にぷかぷかと水玉が浮いていた。風の影響なのかなんなのか分からないが、その水玉はややウネウネとした動きをしていて、広がろうとしているかのようだ。


 目を疑う光景だ。疑ったので、目を腕で擦ってみる。


 だめだ、見える。どうやらこれは幻覚ではないらしい。


 現実を受け入れるより先に、水玉が動き出した。ウネウネとした動きが活発になり、水玉の周囲にバチバチと小さな雷が乱舞する。水玉から5本の水柱が伸びていく。バチバチと雷が舞いながら、それは人の形をとっていく。


 やがて、完全に人型と化した水玉は最後、凄じい光と雷鳴と共に人の姿を現し、まさしく舞殿に舞い降りてきたのだ。長く艶のある水色の髪、美しい純白の装束。その美しさに、思わず見惚れてしまう。まるで女神のようだ。そして、気づく。頭に角が生えている。まるで鹿のような角が二本、頭から生えていた。


 舞殿に降り立った存在は、私に正対し、口を開く。よく、参った、と。

 

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