後編 3章 混じり合う時間/ 4章 音は重なり合う

3章 混じり合う時間

 さて、今日は何を飲もうかな。この喫茶店には好きでたまに来てたけど、彼女に会ってから良く来るようになったな。

「橘さん。今日も来たんですか?今週三日目ですよ」

 メニューを持ってきてくれた山下さんが、話しかけてきた。

「いや、なんか足がむいんちゃうんだよね」

 僕はメニューを受け取って、パラパラとメニューを見渡す。

「で、今日は何にします?」

「今日はアイスカフェオレを頼もうかな」

「まだ暑いですもんね。分かりました」

 山下さんは厨房にオーダーを頼みに行った。僕はあたりを軽く見渡した。この時間帯はランチも終わって比較的人が少なくて、ゆっくりできる。店内に流れている音楽も綺麗で爽やかな音楽が多く、落ち着くことが出来た。僕はメモ帳を取り出してこの後の予定を確認する。次の会社の名前を見て僕はため息をついた。

「橘さんどうかしたの?」

 カフェオレを持ってきた山下さんだ。不思議そうな顔をしてこっちを見ている。

「次に行く部長さんの話が、少し苦手なんだよ」

「そういう事か。頑張って」

 山下さんは、小さくガッツポーズをしてくれた。

「ありがとう。頑張るよ」

 山下さんのこういう小さい応援は、午後からの活力になるな。

「最近はギターの練習してる?」

 気落ちしている僕を気遣ってか、山下さんが話題を変えてくれる。

「してるよ。山下さんこそ公園に行ってる?」

「私は雨の日、以外は行ってますよ。いつもは会った時間より遅い時間に行くんです。たまにあの時間に行って、橘さん見かけてたんですよ。いつ気づいてくれるかと思ってました」

 山下さんは少し意地悪な顔をした。僕はなんて返していいか分からず困ってしまった。

「冗談ですよ。ではごゆっくり」

 山下さんは、別のテーブルに注文を取りにいった。カフェオレを飲み終え、レジでお金を払って店を出ると、山下さんの驚いた声が聞こえてきた。

「いけなくなったの?もう払い戻しはきかないよ」

 僕の顔を見て、慌てて電話を切った山下さん。

「どうしたの?」

「明日の夜に、友達と行こうとしてたライブがあるんですけど、友達が急にいけなくなったって言われたんです」

 山下さんは、肩から力が抜けた様にがっかりしている。

「そりゃ驚きだね」

 彼女が大きなため息を吐いた。

「そうなんですよ。明日ですよ。他の友達はあまり興味ないバンドなんですよ。せっかく一緒に盛り上がろうと思ってたのに、チケットがもったいないですよ」

「ちなみになんてバンド?」

 山下さんはチケットを見せてくれた。よく知らないバンドだった。目線を山下さんに戻してみるとこっちを見ている。

「どうしたの?」

「あの」

 いつも明るい彼女だったが、なんか言いにくそうにしている。

「えっと、明日の夕方時間ありますか?一緒に行きません?」

 え、僕の頭は真っ白になった。

「無理にとは言わないですけど、どうですか?」

「僕と一緒にいってもきっとつまらないよ」

 元カノに言われた言葉が頭をよぎった。

「それって忙しいってことですか?」

 山下さんはじっとこちらを見ていて、思わず一歩下がってしまった。 

「明日は特に予定はないけど」

 山下さんはニコっとして、スマホを取り出した。

「じゃ、決まりですね。ライン交換しましょう」


 まだ心臓がバクバクいっている。勢いで誘ってしまった。迷惑じゃなかったかな?

 ラインの音が鳴って、確認すると橘さんからだった。

『楽しみにしてますね』


4章 音は重なり合う

 待ち合わせの駅前に少し早く着いてしまった。スマホで時間を確認すると、待ち合わせの十五分前だった。辺りを見渡しても、山下さんの姿はなかったので、スマホを見ながら待っていることにした。

 昨日、山下さんに今日行くバンドのことを教わったけど、割と好みの音楽だった。来る途中も聞いていたくらいだ。

 次に聞く音楽を選んでいると、山下さんの姿が見えたのでイヤホンを外した。

「ごめんなさい。おまたせして」

「いえいえ、あまり待っていないので、気にしないで良いですよ。そしたら行きましょうか」

「はい。ここから十分くらい歩いたところが、会場ですよ」

「みたいですね。さっき調べました」

 僕達は会場に向かって歩きだした。

「山下さんって、こんな激しめの曲を聞くんですね。ちょっと意外でした」

 山下さんはフフっと笑った。

「みんなにも良く言われます。橘さんはもしかして苦手でしたか?」

「いえ。むしろ好きな方ですね」

「本当ですか。良かった」

 彼女は少しホッとした様子だった。

「山下さんはいつ頃から好きなんですか?」

「デビューくらいだから三年くらいですかね」

 話していると会場に着いて、割とすぐに開始した。

 ライブ中、山下さんは目をキラキラさせて楽しそうにしていて、他の人に負けないくらい声を上げていた。僕はというと、楽しかったが合いの手の場所とか、盛り上がるところがイマイチわからず、彼女を見て楽しんでいた。

 ライブの帰り道、彼女が興奮した様子で、ライブの感想を楽しそうに話している。聞いているこっちも楽しくなってくるほどだ。しばらくして、彼女が黙ってしまった。街灯の下に行くと、彼女は少し恥ずかしそうに、こっちの顔を見ていることに気付いた。

「どうしたんですか?」

「私ばっかり話してませんか?」

「えぇ、話してますね」

 僕は笑顔で返した。

「楽しいですか?」

「えぇ、楽しいですよ。子どもみたいで」

「子どもみたいってなんですか」

 彼女はぷいっと反対側を向いた。

「怒りました?」

「どうせ、私は子供っぽいですよ」

「冗談ですよ」

 山下さんは僕の方を向き直して、ニコッとした笑顔を見せてくれた。

「私も冗談です」

 僕はその笑顔にドキッとした。この笑顔を見るために僕は喫茶店に通っているのかもしれない。

「山下さんが、彼女だったら楽しいだろうな」

「・・・」

 彼女が視界から急に消えた。

「え、橘さん?」

 さっき呟いた事を思い出した。僕は何を言っているんだ。

「あ、ごめんなさい。忘れてください」

 山下さんも立ち止まってしまったじゃないか。

「僕と付き合ってもつまらないだけですよ」

 僕は山下さんの表情が怖くて見れない。少し沈黙があって、山下さんのフフっと笑った声が聞こえた。

「忘れませんよ。その言葉、私も思っていた所だったんで」

「え?」

 僕は山下さんの方を向いた。

「それに橘さんと今日一緒にいて、とても楽しかったですよ」

 彼女の言葉が信じられなかった。

「僕と一緒にいて楽しかった?」

「はい。とても、もっとお話したいです」

 彼女は優しい表情を浮かべていた。

「また、公園で弾いていた曲、聞かせてくれるんですよね?」

 初めて話した時の約束だった。

「覚えていたんですか」

「忘れるわけないじゃないですか、橘さんと始めて話した時のこと」

 少し俯いた彼女は少し照れている様子だった。

 涼しくなってきた風が、僕の鼓動をやさしく撫でて、心の霧が晴れていく気がした。

 終わり

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音が重なる時 千夢来人 @semurito

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