音が重なる時

千夢来人

前編 1章 出会いの音/2章 再会の香り

1章 出会いの音

「今日は場所空いてるかな」

 この間、いつもより少し早くこの公園に来たら、椅子が空いてなかったんだよな。今日はいつもの時間に来てみたけど、どうかな?

「良かった。今日は空いてた」

 僕はギターを肩から降ろしてベンチに座った。

 最近は夕方くらいになると、涼しくなってきたから、練習がしやすくなってきたな。

 さて、始めますか。今日はこの間の続きからしようかな。人もいい感じにまばらだし、気にせずできるぞ。一弦五弦三弦、えっと次はこのフレットの二弦、やっぱり難しいな。続けて弾くとこんな感じかな、

 ジャン、ジャジャンジャン。

 うん。悪くない。そしたら次は一弦二弦でこのフレットの三弦で二弦か。ここも難しいな。

 練習をしていると、涼しくなってきた風が僕の横を過ぎ去っていく。

「つまらない人」

 二年前、彼女に言われたのもこんな時期だったな。嫌なことを思い出してしまった。

 ふと周りを見ると日が沈みかけていた。何時かな。僕は袖をめくって時計を見ると、練習して1時間が経っていた。最近は日が落ちるのが早くなってきたし、そろそろ帰るか。最後にいつものやって帰ろう。

 ジャーンジャン、ジャララン、ジャジャン、ジャンララン。

 やっぱり、この曲は弾いていると楽しいな。

 ん?女性が立ち止まってこっちを見てる。どうしたんだろう。うるさかったかな?

「あの、すみません。その曲ってcmに使われてた曲ですか?」

 あ、この曲の事が気になったのか。

「そうですよ。あのお菓子のやつです」

 この曲は数年前にcmに使われていて、好きになった曲だった。

「優しくて、いい曲ですね」

「この曲、好きなんですよ」

 この曲は一番初めに覚えた曲でもある。

「ちょっと聞いてて良いですか?」

「僕の演奏で良ければ喜んで」

 僕が弾き始めると、女性は隣の席に座って、静かに目を閉じて聞いていた。演奏が終わると、彼女は拍手してくれた。

「ありがとうございました」

 彼女はすくっと立ち上がった。

「また、会えたら弾いてください」

「喜んで」

 彼女は会釈して、暗くなった公園のライトに向かって、静かに歩いていった。

「さて、僕もそろそろ帰ろうかな」

 それにしても、声が優しい人だったな。


 やった。やっと彼と話せた。今までずっと話したかったけど、話すきっかけがなかったんだよね。お店でも気づいてくれるかな?


2章 再会の香り 

 昨日のあの人は、あの公園によく来るのかな?あの曲の事を知ってる人は、あまりいないからまた話したいな。

 あ、この書類こっちだ。僕は書類を棚に戻していく。

「橘、どうした?」

 一緒に書類を整理していた同僚の並河に、声をかけられた。

「体調悪い?」

「なんで?」

「午前中、なんというか仕事に身が入ってないというか、そんな感じがするんだが、昼からの営業周りは大丈夫か?」

 午前中は、今まで営業で回っていた会社の整理をしていた。

「事務処理って、楽しくないじゃない」 

 僕はわざと、大げさな態度を取って誤魔化した。昨日の子の事を考え過ぎていたようだ。

「そうだな。俺も苦手だな〜」

 並河も表情を曇らせて頷いた。僕達は書類整理を午前中で終わらせて、午後から営業先に向かうために会社を出た。

 今日は並河とは別の所に行く予定だ。並河とは音楽の趣味が似ていて入社当時から良く話をしていた。二年くらい前に彼女に振られたときにも話を聞いてくれた。

 元カノからは、

「あなたと付き合ってもつまらない」

 と言われて相当ショックだった事を今でも覚えている。その時の僕の顔が酷かったのか、

「気分転換に新しいことを初めてみないか?」

 と軽い気持ちで、ギターを進められた。並河は高校からしているらしくて、友達とバンドも組んでると言っていた。意外と楽しくて、良い仕事の息抜きにもなっていた。

 僕は営業に行く時に、たまに寄る喫茶店の扉を開ける。カラン、カラン、と気持ち良い音が聞こえる。夏も終わりかけだというのに、まだまだ外は暑い。中に入ると店の涼しい風とコーヒーの香りが身にしみる。この喫茶店はコーヒーの香りが好きで気に入っていた。

「お好きな席にお座りください」

 女性のきれいで優しい声が聞こえてくる。僕は席についてメニューを見る。

「今日のご注文は何にしますか?」

 注文を取りにきた彼女の声は、聞き覚えのある声だった。どこかであったかな?僕は考えながら注文を口にする。

「アイスコーヒーと、クッキーをお願いします」

 メニューを店員に渡そうとすると、昨日の夜に公園であった女性と姿が重なった。

「あれ?昨日の」

 僕の曲を聞いてくれた彼女だった。

「やっぱり、気づいちゃいました?」

 やっぱりってどういう事?彼女はくすっと笑った。

「私、以前からお客さんの事は知ってたんですよ。あの曲が印象的だったので知ってたんですよ」

 彼女は伝票で口元を隠してクスッと笑った。

「公園では私のこと、気づいてなかったみたいですけどね」

 そんなに前から気づいていた事に、僕はまったく気づいてなかった。

「そうなんですか。すみません。気づいてなくて」

 彼女は優しく微笑んだ。

「昨日の反応を見てわかりました。コーヒーを持ってきますね」

 彼女は奥に入っていく、店内にはギターの優しい曲が流れていた。

 きっとこういうところがつまらない所なんだよな。


「コーヒーお願いします」

 厨房の方からマスターの渋い声ではいと聞こえる。

 やっぱり気づいてなかったな。でも気づいてくれて嬉しかった。もっと彼と話をしたいな。

 後編へ続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る