愚かなるものの『無限』の記録

今井士郎

1.竹馬の共の在りし日は

 うだるような暑さ、という表現は、牧歌的なものであったと思う。最近の暑さは「殺しに来ている暑さ」とか「人類の生存には適さない暑さ」とか呼ぶべきだ。

 この距離であろうと日傘を持ち出すべきだったと後悔しながら、俺は蝉の声も聞こえない快晴の中、足を動かしていた。

 ほんの十五分の徒歩行の末、目的の店にたどり着いた俺は、駆け込むような気持ちで自動ドアをくぐった。

 強めに効かせた冷房と、独特の香り。熱々になった体が急激に冷やされて蒸気を上げる様子を幻視しながら、白飛びした視界を室内照明にアジャストさせる。

 壁に、棚に、無数のカードが陳列されたおなじみの光景。

 奥のスペースでは、何度か見覚えのある学生集団が机を挟んでいた。

「いらっしゃいませ」

 と景気の悪い声が聞こえて、挨拶の主に返事を返した。

「よっ」

 背中を丸めた痩せぎすのメガネ。カードショップ『ブルーオクトーバー』の雇われ店長にして我が友人である、潮田だ。

「松本か」

「景気はどうよ」

「なんとか食ってるよ。買ってけ」

「新弾、勉強できてないんだよな。後で見せてよ。それにしても、オチャモデナイノコノミセハ」

「出るわけないだろ。自販機は後ろだ」

 もちろん、カードショップで客にお茶が出るわけもない。律儀にツッコむ潮田に敬意を表して、俺は自販機でコーラを購入した。

 学生たちが遊んでいるプレイスペースの端からパイプ椅子を一つ拝借して、レジの近くに陣取る。

「今日は休みか」

 雇われ店長が声をかけてきた。

 客の出入りもそこまでない。下手すれば営業妨害にもなりかねない俺の行動を咎める必要もないようだ。

 ふと、彼の生え際に目が行った。歳の割にはシビアな撤退戦を続けている。口に出すことはないが、彼我ともに幸あれと思わないではいられなかった。

「お盆だからな」

 俺の仕事は休みだ。

「羨ましいよ。普通に休めるサラリーマンは」

「いいだろ。上司にヘコヘコする覚悟さえすれば、君だって戻れるぜ、サラリーマン」

「だよなぁ……」

 俺の軽口には、苦笑いが返ってきた。続けて奴の口からは。

「斉木の奴は、帰って来てるのかな……」

 もう一人の、古い友人の名前が挙がった。

「昨日は迎え火だったしな。きっと、帰ってきてるさ」

 両親と暮らす我が家で、昨晩行われた宗教行事。馬に見立てられた四本足のキュウリを思い出しながら、俺は答えたのだった。

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