ベルギアの刻報せ

フランネルと会い始めてから数週間。

昨日は今日の用事の為早く寝たから会いに行くことは出来なかった。


この村は時間を記す便利なものは無い故、何人かの『報せ屋』を体力が少ない、体が弱いなど力仕事ができない一部の子供たちに任せられている。

その一人がベルギアだ。

だから周りの影を見て、時間を推測して1時間ごとに鐘を鳴らさねばならない。

これは朝を伝える大事なことでもあるからして、早起きしなければいけない。


このせいでフランネルといられる時間が減ったことにベルギアは腹を立て、

「めんどくさい」「貴重な時間が…」などごちゃごちゃ愚痴を零しながらじっと人々の様子を見ている。

だがこの時間は嫌いじゃない。

慌ただしく荷車を引いて走るミルク屋。

ベンチに座り駄べっているマダムたち。

花畑をゆったりと歩く仲睦まじい老夫婦。

パンを食べさせ合う恋人。

芝生で遊んでいる子供たち。

いつも通りの風景だが、愛おしい。

この時だけはいつか来るタイムリミットを憎く感じる。


(フランネルがここに来てくれたらなー…)


フランネルは人間を好ましく思っていない気がする。だがベルギアとは最近は普通に会ってくれる。向こうから話はしないが。

だったら人馴れしてきているのではないか?前のフランネルならきっと無視し尽くすだろうが、今のフランネルは聞いてくれるだろう。


ベルギアは村デートプランを頭の中で組み立てながら、じっとしている。


「おい、ハーデン!」


さて、家にフランネルを紹介すべきか。

まあ伴侶…とまではまだ行かないかもしれないが、とりあえず未来の恋人ではあるはずだから親に言っておいた方がいいだろう。


「…ハーデ、ハーデン?え、生きてる?おい、ハーデン!死んでないよな?まさかもう…」


いや、すっかり忘れていたが確か言い伝えでフランネル、恐ろしい奴扱いされていたな。なんでそうなったかは知らないが、その状態で紹介したらめっちゃ怒られるな。

じゃあ先に誤解を解かなくちゃ行けないのか。つまりフランネルがどれだけ…


「ハーデーーーン!!!!」


ベルギアは引っぱたかれ、ようやく呼ばれていることに気がついた。


「あ、あああごめん。考え事してて…あとさ、ロンド。肩痛い。そんなぐわしって掴まないでいででででででで」

「だ、って!しんだかとおもっただろぉ!!

な、なななななななにもいわないからぁっ!」


ロンドの褐色肌が真っ青になっている。

若干パニック気味で涙目の状態でベルギアの肩をもぎそうな勢いで掴み揺さぶり、ベルギアに強いダメージを与える。


「あんた力弱いのにどっからその力出てんのよ!普通の仕事いけんじゃない!?あまってやめてもげるもげるもげる!!!」

「どんだけしんぱいしたかとおもってんだよぉ!!!!!!!ばかぁ!!!」

「1回落ち着こう!?ね!?1回落ち着こう!?」


落ち着いた。


「大袈裟でしょうよさすがに…」

「まだいうかぁ!!」

「やめよう。一旦その手離そうか。」

「…うん」


ロンドとはこの刻報せの仕事で出会った。

一度一緒に刻報せをした後にベルギアが一方的にアタックしまくった結果二人は親友と呼べる仲になった。

ロンドは片目を失っており、元々の透き通った碧眼と埋め込まれた綺麗なエメラルド色の眼球のようなガラス細工があわさり特殊なオッドアイになっているのがベルギアの美しいセンサーに引っかかった。

内気な性格だったのもあって最初は避けられていたものの、知らないうちに仲良くなっていた。

そしてよくくだらないことを話すようになったのだ。


「…ロンド」

「ん?」

「ずっと向こうのさ、桜の木の話。そのトラウマうえつけたって男…どう思う?」

「……!」


ロンドの顔が険しくなる。


「怖いとか、恐ろしいとか、…美しい、とか」

「…………だめだよ」

「え?」

「だめだよッ!あいつは、あいつは…オレなんかと友達になってくれた子達を、傷つけたんだよ!オレからっ、急に、引き剥がしてっ、う、」


ロンドはついに泣き出してしまった。

急にまた肩を掴んできたかと思えば、必死に話だし、泣いてしまった。

あいつというのは恐らくフランネルで間違いないはずだ。


(フランネルが?フランネルが、ロンドの友達を傷つけた?言い伝えっていうには割と最近だし…まさかあの事件ってロンドも関係してたの?!)


ぐるぐると思考が回転する。

フランネルは意味無くそういうことをしない。いや、しないと信じたい。


(いや馬鹿!その前に泣き止ませるのが先でしょうよ!)


「ロ、ロンドごめんね?きついこと聞いちゃって、そりゃ友達傷つけられてたらトラウマなるよね?ごめん流石にデリカシー無さすぎた!」

「う、うん。いいんだ…けど、ぉ…」

「そんなボロ泣きしといていいわけなくね!?」


ロンドは力なくベルギアに抱き着いて、

ぽつりと懇願した。


「お願い、だから…ハーデンはあそこに行かないで…ハーデンも、ああなっちゃうのは、やだよ………」





それから数分、沈黙が続いた。

その沈黙を破ったのはベルギアだ。


「あの…14時になったから、鐘、鳴らしていい…?」


ぎこちない様子でロンドに話しかける。

自分がこうなる原因だから、かなり気まずい。


「…!ごめん!動けないよね?!どくねっ?!」


ロンドは顔を赤らめる。

年相応の反応だ。


【ガーン………ガーン………】


そして14時を報せる鐘がなる。

周りの人々は変わらず過ごしているものもいれば、鐘を聞いてばっと動き出す者もいる。


「あー、一旦帰りな。ロンド体弱いでしょ?一回ゆっくり休んできなよ」

「…そうだね!ありがとハーデン!」

「じゃ、またあした」

「ハ、ハーデン!」

「ど、どうした?!」

「…行かないでね、桜の木。」

「……じゃあねー!」

「じゃあ、な」


ロンドが帰っていった。

そのあと、『行かないで』という言葉を思い出す。

悪いが、ベルギアにはそうする気は無い。

本人は『わかったとは言ってないからセーフ』

らしい。


(今夜、フランネルに聞いてみないとな。ロンドのこと。)


そしてベルギアはまた村の観察に戻った。

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永久の貴方に へりお @honokasenpai

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