第13話 Scene:翼「みんなで望の為に頑張ろう!」
会場は既に熱気に包まれている。
25組出演中の俺たちは7組目で、もう出番が目前だ。
「すっごい人だねぇ!」
「さ、さすが、に、緊張する、な」
「う、うん」
颯と光が真っ青だ。
「なに言ってんのー?光はプロじゃん、これくらい平気だってー」
「い、いや、全っ然、違うからっ」
黒いショートパンツに、なぜか矢印の尻尾を生やした望はまるで小悪魔だ。
「楽しもうっ!」
まったく、人の気も知らないで……マイペースは昔からだ。
だけど、いつも通りの望がどれだけ俺たちの緊張をほぐしてくれてるかは計り知れない。
十分とは言えないかもしれないけど、練習はしてきた。苦い思い出になりかけている気もするけど、颯と望が作ってくれた新曲は間違いなく俺たちの宝だ。
両手を大きく振って、前に走っていく望。
お前の度胸は凄い。デビューしたくて、本気で頑張って来てるんだもんな。
「さ、望を援護するぞ!」
颯と光に声を掛ける。
「そうだ!主役は俺たちじゃない!」
颯が大きな声で言った。
「みんなで望の為に頑張ろう!」
光が言った。
俺たちの心が一つになる。
このバンドを結成した時から、慣れない楽器を手にした時から、思っていることは同じだ。
『望の為に』
わあああぁぁぁ!!!!!!
大きな歓声に包まれて、それぞれの楽器が耳をつんざく。
全力で走りながら歌う望の姿は、これが見納めになるだろうと思うと、スティックを握る手に力がみなぎる。任せろ、お前の歌声が最高に広がるドラムを届けてやっからな。
曲が始まってしまえば、俺たちは無心で演奏するしかない。颯も光も集中している。
3曲なんてあっと言うまで、少ししっとりした新曲の時は、危うく泣きそうになった。
「ありがとうございましたぁ!」
望が尻尾を掴んで、舞台袖にはける。
「えーん、おわっちゃったぁ、えーん、えーん」
大粒の涙を流す望を光が抱きしめている。
「楽しかったよぉ、おわってほしくないよぉ」
「そうだね、最高だったね」
「ひーかーりー」
望が泣き止むまで、しばらくそうしてた。
打ち上げは、颯んちですることになった。
スーパーでいろいろ買い込んで、部屋に上がりこむ。
「またさぁ、4人で集まれるよねー?」
「うん。たまにはいいんじゃない?」
望の話に合わせてると、また痛い目見るぞ、と光に言ってやりたい。
「チキンー、チキンー、ピッザ、ピッザ」
歌いながら、買ってきたものを並べる望。笑顔が少ない様子を見ると、少し無理してるかもしれない。
「とりあえず、乾杯だな」
そう言って、思い思いの飲み物を手に持つ。
「なにに、乾杯するー?」
「フェスの成功じゃないか?」
「それで行こう!」
「「「「かんぱーい!!!!」」」」
程よく酔って、腹も満たされ、のんびりとくつろぎながら会話する。
「ねぇねぇ、新曲良くなかったぁ?」
「すごくよかった!前の2曲と違う雰囲気で、ガラッと会場の空気が変わったよね」
「あれね、颯がやろうって言い出したんだよ、ねー?」
女子たちの会話が盛り上がるにつれて、俺の危機管理センサーがアラートを発し出す。
食い散らかしたテーブルを見ながら、少し焦る。
「光が喜ぶんじゃないかって、颯ったら、曲の作り方の本とか買っちゃってー、可愛かったよぉ」
「可愛いってなんだよ」
「もぉさ、『光が、光が』ってそればっか。歌うの私なのにねー」
いけない。嫌な予感しかしない。
「今日の衣装よかったね」
光が話題を変えた。ふぅ。
「あれね、一度着てみたかったんだぁ!ハロウィンの衣装だよぉ」
「似合ってたよ」
「嬉しいー!」
颯がドンッと飲み物をテーブルに叩きつけた。
ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!
「俺、光とやり直したくって……!」
「な、おい!酔っぱらってんだろ」
声を掛けたけど、「どういうことー?」と望が反応してしまった。
「やり直すって、なーに?」
遅かった。光、ごめん。
望が光の顔を覗き込むように四つ這いになった。
「付き合ってたんだよ、光と俺、もう、3年」
「はー?」
颯の突然の告白を避けるように、望はのけ反り、不信感を俺たちに向けた。
「嘘でしょー?」
「ごめん、望」
「まさか、翼も知ってたのー?」
ぽろぽろと涙をこぼしながら俺を見てきた。
「ごめん」
「みんな、知ってて、私にだけ内緒にしてたのー?」
「そうじゃないんだ」
赤い目で睨まれた。
「そうじゃないのー?」
言葉に詰まる。
「私、帰るー」
望が立ち上がった。
「望!」
追いかけようと立ち上がった光に、望が手をパーにして制する。
「ついて来ないでー!」
光に目配せしてから、黙って俺が立つ。
「翼も来ないでー!」
そうは言われたが、黙って付いて行く。
「光と笑ってたんでしょー!どうせ私が颯に告ったって無駄なのにってー!」
「そんなことないよ」
「あの二人、3年も付き合ってたって……どうして言ってくれなかったのー?」
「どうしてって、俺に言われても」
とりあえず望を捕まえて、バス停のベンチに座った。
「颯がやり直すって言ってたけど、別れたのー?あの二人」
「そうみたいだな」
「どうしてー?」
「だから俺に聞かれても……」
「私のせいー?」
答えられないことを聞くなよ。
「私が颯のこと好きだって知って、光が別れようって言い出したんでしょー」
「……」
「もう、いいよー」
望が立ち上がった。
「ついて来ないでってばっ!」
あまりの語気の強さに、もう動けなかった。
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