第12話 Scene:翼「バンド内恋愛禁止」

「これ、本当にお前ら二人で作ったの?」

「「そうだよ」」

「どう、どう?まあまあ良くない?」

「すげえ、いいよ!」

「よっしゃあ!」


 ハイタッチをしている二人と、それを複雑な表情で見つめる光。

 今度は、どうした?


 フェスでは慣れたカバー曲と、前に俺が作ったオリジナル曲、そして今回の新曲の3曲を演奏することになった。スタジオ練習を終えて、颯と帰る。女子二人は、なんか用事があるんだと。


「なあ、光は新曲の事なんか言ってた?」

「良いって言ってた」


 何も言ってなかったけど、それを正直に言う必要はないだろ。


「光にさ、別れたいって言われてるんだけど……知ってる?」

「まあ、なんとなく」

「別れ話、無かったことにならないかな」

「……俺に言われてもな」

「望とさ、バンド内恋愛禁止の約束しちゃってるらしいんだよ」

「へえ」


 そんなことになってんのか。


「だから、望との約束破ったのが後ろめたいんだってさ。なんとなんねえかな」

「それだけ?」

「それだけって?ま、一応、仕事も恋愛禁止って言われてんだろ?」

「ああ」


 そこじゃねえだろ。まさか……お前、望の気持ちに気付いてねえの?


「翼からさ、望に言ってやってくんない?」

「何を?」

「バンド内恋愛は解禁だって」

「勘弁して」


 ふざけんなよ。どうせ、あと少しでバンドは解散だろ。そしたら恋愛も解禁だろ。





 帰ったら光はもう居た。


「今日の夕飯当番、俺だよな」

「うん」

「なに食べたい?」

「なんでもいい」

「なんでもいい……は無しで」


 仏頂面の妹。大丈夫、お前、颯にちゃんと愛されてんぞ。


「じゃあ……ビーフシチュー」

「時間足らない」

「んじゃあ……おでん」

「味染みないって、お前、わざとだろ」

「えっと、じゃあ……餃子」

「めんどい」


 次、ふざけた事言ったら、ただじゃ置かないオーラを出す。


「ん、じゃあ……素麺でいいよ」

「よし、ちょっと薬味買ってくるわ」

「私も行こうかな」


 光は基本的に言葉数が少ないが、慣れてる俺は、この無言の時間を苦に思わない。

 だけど、これが原因で、光はなかなか友達が出来なかったことを知っている。

 望だけだ。光が何も言わなくても、ペラペラ一人でしゃべって、全く気にしていない。


「颯に聞いたよ」

「何を?」

「バンド内恋愛禁止」

「私、バカですから」

「自虐的だな」


 ミョウガ、大葉、小葱、きゅうり、トマト、ハム、ショウガ……あと、何いるかな……


「ひーかーりー!つーばーさー!」


 この間延びした呼び方……げっ、やっぱ、望か。


「どうしたんだ?」

「お買い物だよー!今日、お母さんいなくって、お弁当買いに来たのー」

「自分で作れよ」

「無理無理、私、料理なんてできないもーん」


 ま、そう見えるから驚かないけど。


「翼たちはー?何食べるのー?」

「素麺」

「そーめん!それなら私にも出来そうな気がするー」

「一緒に食うか?」


 言ってしまってから、しまった、と思った。

 光を見たけど……出た、得意の無表情。お前、やっぱ女優に向いてるよ。


「いーのー?わーい、一緒に食べたーい!手伝う、手伝う」


 そう言って、買い物かごを奪われた。


「いいよ、俺が持つから」

「いいってばー、望も手伝うー!」


 結局、買ったものを入れたエコバッグは望に拉致られたまま、返ってこなかった。


「お邪魔しまーす」


 俺はエプロンを付けてキッチンに立つ。望が隣で子犬のように『待て』をしている。


「まず、手を洗え」

「らじゃ」


 俺のエプロンで手を拭く。こら。


「じゃ、当番よろしく」


 光が部屋に引っ込んでしまった。気まずいだろうが居て欲しかったよ。


「らじゃ!」


 敬礼なんかして……この張り切った子猫をどう扱ったらいいのか、もう何年も分からないままに一緒にいる。


「なにか刻めるか?」

「やってみる」


 大葉を袋から出して、そのまままな板に置いた。


「洗えよ!」

「アイアイサー!」


 すげぇ、時間かかる。

 ジャバジャバジャバジャバ


「なんで、そんな水飛ばさないとできないんだよ」

「えー?そんなー?」

「ビチャビチャじゃねえか」


 俺のエプロンを望に着けかえる。


「きゃ、お嫁さんみたーい」

「なんだそれ」


 そういう事言うなよ。アホ。


「望、洗うの専門で行くねー」


 そう言って、トマトと小葱を洗ってくれた。

 そして、素麺を持って、固まっている。


「まさか、洗う気じゃないよな?」

「まさかー!」


 はいっと袋ごと渡してきたけど、お前、裏面見てたよな?

 作り方見て、洗うのか確認してたよな……たまんねぇ。


「みょーが?……は、洗う……よ、ね?」

「さあ、どっちでしょう」

「えっと、洗うと思うけど……」

「ブブー」


 からかってみる。


「あ、洗わないに決まってるー!」


 またそのまま、まな板に放った。望、ホントおもしれ―。


「本当に、なんも出来ねえんだな」

「はい?」

「さっきのは引っ掛けだ。ちゃんと洗ってください」

「むむむっー」


 その反応がたまんねぇ。


「出来たから、光呼んできて」

「アイアイサー!ひーかーりー!」


 ぴょこぴょこと歩く望は、きっと何も分かってない。

 俺の気持ちも、光の気持ちも。


「ねぇねぇ、私、ミョウガって苦手かもー」

「んなに、自分とこ乗っけてから言うなよ」

「ねぇ、おつゆ交換してー?」

「しゃあねぇな」


 未だ手を付けてない俺の器をくれてやる。


「ありがとー。あのさぁ、光、あのこと、翼に言ったー?」

「え?」

「フェスが終わったら、私が颯に告ることだよー」


 そういうことか。



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