はぐれ者の俺と、メタる勇者。

赤色ノ人

魔物に負けた男


 捨てキャラ———。

 

 それは、RPGにおいて序盤でしか使われることのない登場人物たちを揶揄やゆした言葉。


 例えばストーリーの進行上、仲間にはなるが戦闘において特段活躍するわけでもなく、後半になればなるほど、『コイツ、パーティにいらなくね?』と疑問を抱かせてしまうような……はずれ枠、壁、妥協ポジ、そんな存在である。


 そして、そんな不遇な扱いを受けてきた者たちを引き受ける、一風変わった酒場があった。

 

 『ミランダの酒場』


 読者に分かりやすく、ゲームシステム的な感じで言うのであれば――捨てキャラたちのである———。




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 街にぽつりぽつりと明かりが灯り始めると、冒険者たちは足早に酒場へと向かう。


 篤い木扉を開ければ、揺らめく炉の光と肉料理の香りが迎えてくれる。

 マスターの背後にある飾り棚には、冒険者たちの証である武器の数々がずらりと並んでいた。


 賑わう酒場の喧騒から少し離れた一番奥のテーブルに、2人の男が座っている。


 1人は、年季の入った軽鎧に身を包んだ中年男。

 もう1人は、またあどけなさが残る青年だ。


 小さな丸テーブルの上にはいくつかの料理が湯気を立てているが、2人はそれに目もくれず、ただうつむいていた。


 ……くそッ、魔物が蔓延るこの世界はいつだってそうだ。


 生き抜くためには、常に強く、頼もしい味方が求められる。

 国王の命令で、そこそこ名の知れた兵士だった俺が勇者の付き人になったのも、そういう理由イベントがあってのこと。


 戦いに身を投じる者なら誰もが持ち合わせている常識だ。

 だからこそ――。


「ハハハ、ちょ、ちょっと待ってくれ。悪い、酔ってる上に周りの客の声がうるさくてな。もう一度聞かせてくれよ、エクス」


 何杯目だろうか。

 数えるのも面倒なくらい飲んだ気がする。


 いや、そんな事よりもっと気にすべき事があるだろ。


「状況が受けいれられず、混乱してるのは分かります。でも、僕は本気で言っているんです、ハルヒトさん」

 

 今、本気と言ったか?

 このバカ勇者は。

 

 酒でバカになった頭をゆっくりと回転させていく。

 

 ……つまりこれはそういうことなのか?

 もしかしたらそうじゃないかとずっと思っていたけど、やっぱりそういう……。

 いや違う、きっと勘違いだ。

 でもひょっとして本当に……?


 だとすれば、どうする。


 とりあえず酒で酔い潰すという手を思いついたけど、この顔を見る限り効いてない。

 

 さすがは勇者だ。

 

「えぇーっと」


「必ず迎えに参ります……だからっ!この酒場で僕の帰りを待っていてくれませんか!」

 

 あ、ダメだ。

 完全に酔いがさめた。

 

「え、え、なんで?」


「なんでって。この酒場……仲間を呼び出して編成に加えたり、逆に外して待機させるといった『システム』があるんですよね……」


「ちょ、バカッ!そういうメタいことじゃなくてだなッ!?分かった質問変えるわ!俺たちが王国を出て、この街までいくつの村を通ったと思う?」


「3つくらいでしょうか」


「そう!まだ3つ!旅も序盤の序盤!」


「はい」


「それで?いつまで待てばいいんだっけ?」


「魔王をこの手で討つまでです!」


「おまッ、やっぱ頭おかしいんじゃねぇの!!?」

 

 感情のままに叫んでしまった。

 

 しかしそれも当然だろう。

 成り行きで入った飲食店に突然、骨を埋めろと言われたのだから。


 店にいる客たちもなんだなんだと視線をこちらに向けてくる。


「大丈夫です、ハルヒトさん!何も一生の別れってわけじゃないんです!!世界を救うまでの間だけですから!!」


「何一つ大丈夫じゃないんだよッつ!馬鹿野郎ッッッ!!!せめてそのセリフ、旅の終盤で言えよ!!こちとら国に帰るどころか、この酒場に半永住させられかけてんだぞ!人の人生なんだと思ってんだ!」


 そうだ、こんな形で役目を解かれても納得出来るわけない。

 いや、そもそもなぜこのタイミングなのかマジで意味が分からない。

 

「僕も出来ればハルヒトさんと別れたくはないんですよ……」


「じゃあ、言わなきゃいいんじゃないかな?」


「でも……気付いてしまったんです」


「な、なにをだよ」


「最近、仲間になった魔物の方が……ハルヒトさんより遥かに優秀なことを!」

 

『ブグフぁッ!!!』

 

 隣の席で知らんオッサンが酒を吹き出していた。

 

「楽なんです……戦闘がッ!!最近仲間になった、スライム騎士なんて回復魔法使えるし!属性耐性だってズバ抜けている!その上……可愛いんですよ?がむしゃらに敵を殴ることしかできない、脳筋がそばにいても……僕の心は癒されない!!」

 

『ガッハぁッッッ!!』

 

 今度は隣のオッサンの連れが酒を吹いた。

 周りの視線が痛い。

 

「お、落ち着けエクス。分かった、俺が悪かった、もうそれ以上は。な?」


「……ハルヒトさん。仲間になった魔物はホントにいい奴らばかりなんです。村にいた頃は、魔物に偏見を持っていましたが、戦闘面においてこれほど心強い存在はいません。僕はこれからの旅も、魔物を仲間にしたいんです……。殺人マシンに巨大な竜、緑色の回復特化スライムに液体金属のスライム……」


「後半、スライムだらけじゃねぇか」


「僕は、僕は……魔物を仲間にしたくて勇者になったと言っても過言ではなぁああいッ!!」


「過言だよぉぉおおおッ!!!魔物に魅入られて人としての道徳、失ってんだろうがぁぁあッ!!っざっけんなぁあ!」


 マズイ……この流れ……こいつマジで俺のこと切り捨てる気だぞ。

 

「では、そういうことなので」


「ま、待てよォ!俺だってそこそこ強くなってきてるぞ!!?腕力あるしさぁ!!ほら見ろッ!この力こぶ――」


「腕力だけじゃ生き残れないのがなぜ分からないんですかッ!!」


「ぐッ……!」


「ここしばらく様子を見てましたが……呪文や特技全般、覚えそうな兆し一切ないですよね?ステータスだけ上がって、正直地味なんですよ!!完全にパーティのハズレ枠じゃないですか!!!」


「グハぁあッッつ!」

 

 全部見透かされていた。

 しかも痛い所を的確に狙ってきやがって。

 

 やるじゃん、『会心の一撃』だよ。

 

 俺でさえ、俺いらないよなって思ってきた。


「安心してください。当面の資金はあります。しばらくは生活に困らないはずです」

 

「え、なにそのパンパンの袋……まさかそれ……始まりの国で、王から餞別でもらった軍資金……」


「こういうこともあるかと思って、手をつけませんでした」


 最初っから!?

 ……ああクソ、心が折れそうだ!

 いや、まだだ! !

 俺にだってプライドってもんがある!!!


「せ、せめて!荷物持ちくらい――!」


「ハルヒトさんッッッ!!!!!」


「………ッ」


 今までにない語気の強さに思わず続きが言えなくなった。


「例え数か月の付き合いだとしても……アナタは僕にとって大事な仲間だ。でもそれだけで……魔王を討てるほど、旅は甘くありません」


「ハ……ハハハ……その割にはエグってくるよな、ホント、オマエ……そういうとこあるよな」


「…………」


「そっか、俺……魔物に負けたのか」


「すみません………………、ここでハルヒトさんを酒場に預けといた方が、もう1枠分、将来性のある仲間を早い段階で育成出来そうなので」


「こいつ!!!慰めるどころか畳み掛けてきやがって……!!もういいよッ!!さっさと行けよォォお!!」


 半泣きになりながら、手元にあった枝豆を投げつける。


 「…………」


 最後に、もう一度だけ、アホ面を見ようと顔を上げた。


 その眼は———。


 ああ……そうか、こいつは覚悟を決めて言ったんだ。

 不器用なりに考えて……『魔王』を最善手で、確実に討つために。


「……どうやら半端者は、俺だったようだな」


 その通りだ。

 俺に実力がないのは、紛れもない事実。

 あれこれ言う資格なんてない。


 だが、せめて……言っておかないと気が済まない。


「エクス……絶対だぞ、生きて帰って来い」


「……ええ、必ず。約束です」

 

 そう言ってエクスは酒場を後にし、俺は1人になった。


「あーあ。マジで行っちまった……ここの勘定もアイツ持ちにさせとくんだったな……」

 

 ……エクス、上手くやれよ。


 この日を境に、俺は勇者と別れた。

 




 それから、半年後。





 勇者が『幼なじみ』か『令嬢』、どちらと結婚するか決めないでいれば、二人とも永遠にそばに置いておけるという、狂った結論にたどり着いて旅が滞っている噂を耳にした。


 この後、痺れを切らした俺が捨てキャラの軍団を率いて、ゴリ押しで魔王の首を討ち取ることになるのは、また別の話だ。

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