「ダルセーニョとフェルマータ」パリで、長い時間な末に繰り返す出会いと強い思いの物語

@Tokotoka

第1話パリでの出会ったのは

      ※※※※※

ダルセーニョとは、最初に戻る音楽記号。略したら、D.S。

ゲーム機のような名前だけど。


フェルマータは、音符や休符を長く伸ばす意味。記号はあるけど、このスマホの辞書には、記号は無い。


       ※ ※ ※ ※ ※


土屋光一郎は、五十六歳。

自分の会社を始めて十年。大学で教え始めて、ニ年になる。

広告のクリエイター、ディレクターをしている。

ある、世界で展開する、ファッションブランドから、オファーがあった。

パリでのオシャレな生活を、写真や動画にして、シリーズでやりたいと言う話。

写真を撮って、合成するとか、言って色々案は出た。

が、今ある観光地の写真では無くて、普通に生活してる中に、ちょっとエッフェル塔が端にあったりする画像。


光一郎は打ち合わせの度に、面倒になっていた。この案件で、テキトーな物を作ると、先の評価は下がる。なら、むしろ断るつもりで、「パリへ行って自由に撮影させて下さい。でないと、辞退させていただきます」そう言った。


クライアントとは、リモートで会議してるし、使うのは英語と日本語、打ち合わせがリモートなら、制作もリモートが、今の流れ。

インフルエンサーか誰かに、色々撮らせても、それなりに閲覧数は増えるだろうし、そんなやり方が今風なら、俺はそんなことに時間を使いたくは無い。


人生の残り時間は、減って来た。

まだまだ大丈夫だと考えていたが、何年か前、階段を踏み外したら、足を骨折した。 足の指、小指と薬指。足首は捻挫。痛いけど、ギプスをしたら、足だけガンダムみたいになった。

松葉杖を使えば、歩けるし、都内ならタクシーで行ける。ズボンがギブスが引っかかって、太い幅のしか入らないのが、唯一不便なことだった。

自然にくっつくまで、待つしか無い。

医者は「若くないから、少し時間がかかります」と言った。毎週診察に行くのも、面倒だ。

その頃は彼女がいて、助けてはくれた。40代の若い子で、その骨折の時期、長く一緒にいたせいか、お互いアレコレが気になり、距離を置いた関係なら良いけど、一緒に暮らすのは無理そうだと、お互い考えた。


それ以来、恋愛はもう終わりか、と考えた。老い先短いこと、若く無いことを突きつけられた気がした。誰かの重荷にしかならない自分が、情けなくもなり。仕事は、リモートが増え、そのまま継続してる案件は多い。だから、イマドキ現地で撮影なんか、あり得ないだろうと、言う気持ちで、そう話した。


相手のリモート音声がしばらくオフになり、その間に、トイレへ行った。

しばらくして、返って来た返事は、やりたいから、案を考えで欲しいこと。カメラマンは現地で手配。パリへ行くのは、ディレクターの俺のみで、見積もりと案を出すことになった.そして、今パリ行きの飛行機に乗っている。


パリは三度目。学生時代と、仕事で。

夏前の時期。気の早い欧米人は、すっかり半袖だ。人は多過ぎず、少な過ぎず。セーヌ川をゆく、遊覧船が涼しげに見えた。


空港までは、日本の知り合いから紹介された、若手のカメラマンが、出迎えてくれ、車で市内へ向かった。

日本人で在住六年。年齢は三十歳過ぎ。

一旦サラリーマンをしたが、やはりカメラが、写真が撮りたくて、こちらの学校に入り、カメラマンのアシスタントから、最近独立したらしい。知り合いのカメラマンから、面白い発想の持ち主だと推薦された。


人物写真でも背景が面白い。パリではあるけど、観光地じゃ無い、色々な場所の写真があった。バス停とか、近所の公園の端だったり。今回の企画に合いそうだから、決めた。

風景を入れるなら、ロケ場所のアイデアがあるほうが良い。商品のバッグやスカーフを、さりげなく配置して、自分の自撮り写真と合成して、楽しむ写真。

観光地の動画も、同じように背景と合成して、現場を歩く気分の動画が作れる。

日本での知名度が、まだ高く無いから、名前と商品の可愛さを、知って貰うのが目的。


ホテルに荷物を入れて、彼の車で市内を周る予定だ。

ランチをカフェで食べた。

街の匂いがした。

「パリはどう?面白い?」

「住めば普通に東京と変わらない部分もあるけど、しょっちゅう電車がストでなかなか来ないとか、度々デモで道を占拠されたり、フランスならではも、たくさんありますね。予測不能な感じは、東京より面白いかも?」と笑っている。

「物価は高いし、親しくなるまでは、アジア人は除け者だし、嫌な部分もたくさんあるけど。若い人が、世界の色々な場所から集まってくる、何かをしようと思ってやってくる街なのは、やっぱりいて面白い街ではありますね。緊張感はあるし」


「緊張感って?」

「店で、テーブルにスマホを置いてたら、すぐ盗られるとか?」

「まだそんな感じ?」

「変わらないですよ〜。車を盗られたりとか。日本とは違いますよね。まあ、路駐してるから、仕方ないけど」

明るい人柄なのか、悲壮感もハッタリも無く、人当たりも良い。サラリーマン経験もあるから、芸術家気取りでも無さそうで、ホッとした。何日か一緒に仕事するなら、気を遣う奴は避けたい。


その後ある何でもない、路面電車の乗り場あたりで、ロケハンしていると、近くから声がした。

「森口さん?」恐る恐る近づいてきて、

「やっぱりそうだった。先日はありがとうございました」

若い女の子。見た瞬間、ある人を思い出した。


「ああ、こんにちは。響ちゃん久しぶり」

「写真ありがとうございます。今回の写真は評判が良くて。誰に撮って貰ったの?ってよく聞かれます」

「あれは、ポスターとかに使うの?」

「ええ、どれを使うか迷ってます。パンフレット用も。個人的には、ここに座ってる写真が、1番気に入ってますけど、相方は嫌らしく…。悩んでます」 

「そうなんだ。僕もアレが良いと思ったけどね。こちらは、日本から来た土屋さん、CM用の写真のロケハンに来てて」土屋は、「どうも」と頭を下げた。 

「彼女は、水野響ちゃん。ピアニストなんですよ」

モデルの知り合いかと思った。身長は170センチ越えてるようだったから。

「ピアニストなんて。私はまだまだで。卵ですかね」と笑った。


また、記憶がフラッシュバックする。

「この場所良いですよね〜」彼女は懐かしそうな表情をした。

目が合った。少しドキドキした。

「この場所で、彼女のアーティスト写真を撮ったのが、コレなんですよ」森口君は、俺にそれを見せた。今見せているのとは、また違う表情の彼女がそこにいた。


「他はこんなのとか」と、ドレスを着た写真もあった。

全身も写っている。スラリとして、顔も小さい。

今回使うのは、背景の風景だけだが、実際の雰囲気をプレゼンするのに、誰かが座ってたり,写真の中に人をハメたらこんな感じを、何枚か撮りたい。インフルエンサーの知り合いとかに、頼むか?とか、森口君と話してたが、彼女なら充分かも?

日本人をハメたらこんな雰囲気がよくわかる、和風の顔立ちだから。中国や韓国でも展開するなら、そこでも使えそうだ。


俺は改めて、ポケットから名刺入れを出して、彼女に「土屋です。よろしくお願いいたします」と、渡した。

彼女は少し驚いたような顔で「水野です.よろしくお願いいたします」と小さな声で言った。

「名刺今日は持ってなくて。申し訳ありません」と頭を下げた。

「連絡先は、森口君は知ってる?」

「もちろん知ってますよ」と、森口君はちょっとニヤリとした。


そう言えば…と思い出した。明日だった。

「いきなりなんだけど、明日の夜はお時間ありますか?」

彼女はビックリした顔をした。

「はあ。予定は入ってませんが、ヒマって訳では…」と、口篭っている。

「実は招待券を貰ったけど、2枚あって。クラッシックのオペラなんだけど。

オペラ座でやるらしくて。中をご覧なるだけでもって。僕は全くクラッシックには疎いから、良かったら一緒に行って貰えないかと」

「オペラ何ですか?」

「タイトルも覚えて無いけど…」俺がそう言うと、彼女はスマホで、オペラ座のページで、明日の演目を調べている。

「あー、明日は『カルメン』みたいですね。なら、めちゃくちゃ行きたいかも?」と、顔が綻んでいる。


「なら、明日一緒に行ってくれる?」

「私もオペラは詳しく無いですけど、流石にコレは知ってます。高いチケットでは?良いんですか?」と聴いた。

「パリに知り合いは、男しかいない。一人はこの森口君。もう一人は予定があるらしくて。一人か、森口君と行くしか無いけど、オペラはカップル?男女で行く物だろう?」

森口君は、ニヤケながら「そうですよ」

と答えた。

「今日、森口君に誰か知り合いの女性を紹介して貰うか?って考えてたから」と、頭を掻くと

「もう頼むしか無いですね。ちょうど会ったんだし。僕の知り合いだと、オペラなら、響ちゃんぐらいしか、浮かばないし」

「なら、おじさんで申し訳ないけど、お願い出来る?」と、手を合わせた。


彼女は

「いえいえ、こちらこそ。正規のチケットは高いし、手に入らないから、こんなの私が行っても良いんでしょうか?」

「一応、タキシード的なのは、持っては来たから、観に行かない訳には行かなくて。今回のブランドから貰ったから。お願い出来たら、嬉しいです。お願いします』

「なら、喜んで」と、小さく笑った。 さっそく、LINEと電話番号を交換した。

待ち合わせ場所とかは、またって話になり。

彼女は、電車には乗らずに、地下鉄の駅のほうへと歩いて行った。


「いきなりナンパですか?」森口君に冷やかされた。

「そんなんじゃ無いから。それより、何枚か人を入れた素材を作るのに、彼女に協力して貰ったらどうかなぁ?」

「僕も考えてました。が、彼女はまあまあ忙しいんですよ。バイトはほぼ平日昼間にしてるし、学校もある。夜はピアノの練習だから。何なら,僕から明日以降の予定を聞いてみますか?」

「そうしてくれる?服装は、ブランドのほうで、用意して貰う段取りはするから、彼女のサイズも一緒に聞いておいてくれるかな?」

「嫌がるかも?私を見てってタイプじゃ無いから」と笑った。

「社内でサンプルで観るだけ。一応外には出さない予定だから、何とか頼んでみてくれない。時間がなかったら、他を探すしか無いけど」

「次の場所に車止めたら、聞いてみますね。返事遅いかも?ですが」


次へ向かいながら、彼女が時間が合うことを祈ろうと思った。明日が金曜日。週末なら、予定が無ければ昼は空いていそうだし。 

「彼女は幾つ?」

「多分二十六歳だったかと、僕より五歳下だから」

「そうか。なら、尚更ターゲットの年齢だし。若そうに見えるけど」

「ラフなカッコなら、若く見えますし。学生だからかなぁ。明日ラッキーですね。良かった。彼女はフランス語はパッチリだし。キチンと習ってるから、キチンとした話し方が出来る子です。文章も読めるし、書けるし。僕より前からいるから。先輩なんですよ」

「いつから?」

「十九歳の誕生日は、パリだったとか。

だから、七年以上かなぁ。ずっといるけど、練習があるから、院の途中までは、ずっと仕送りして貰ったらしいですから。貧乏なんです〜。ロクに演奏会も行けないとか言ってたから、良かったと思いますよ」

「それなら、こっちも安心出来るし、明日ブランドの顔合せに、さっきの写真を持って来てくれない?」

「了解です」


話してる間に次へ着いた。

「メッセージ入れるから、ブラブラしてて下さい」と言われた。

十分ほどして、森口君が来た。 

「彼女、とりあえず週末は、特に予定は無いみたいです。練習はするらしいけど。モデルは、外に写真が出ないなら、オペラのお礼に、やりますってことです」

良かった。彼女以外を探す気力が無くなってたから。

「朝早いのは苦手とか、化粧に時間がかかるとか来てました」と笑った。


俺もブランド側に、服のサイズを伝えた。明日見てみるから、何点か用意して欲しいことも。靴まで全部。

「色々動けば、早くに終わるかも?ですね〜。残りは写真もあるし、だいたい雰囲気はわかるかと。もう一つだけ、ここは僕の住んでる場所なんですが、使えるかなぁって」と、彼の家へ向かった。


彼の家は、明るい窓とテラスがある、アパートで、今ルームメイトがいないから、いつでも使えるらしい。

「明日、オペラの後遅くなったら、ウチに彼女を泊めても良いですよ。僕が友達のところへ行けば良いし。朝から撮影出来たら、ここ良いでしょ?」と、森口君は言った。

確かに、朝日で起きたばかりで、コーヒーとか飲んで、座ると良い感じの写真になりそうなテラスだった。角度によれば、遠景にエッフェル塔が入る。ドカンと入ると、いかにもパリ過ぎて、トゥーマッチな感じになるけど。


そのまま、彼の部屋で、他の場所の写真とかを、見せて貰った。

位置関係がわからないから、段取りは彼に任せる。明日のプランドの顔合わせにも、同行して貰う。

色々話していると、森口君は

「明日のオペラは、ブランドから、一式借りられ無いですか?ドレスは持ってるけど、最新じゃないし、土屋さんのSNSに一緒の写真上げるぐらいなら、良いのでは?イブニングドレスは、彼女似合うと思いますよ〜」と。


急いでブランドに、追加で連絡して、彼女にも連絡しないといけない。

着替えはどこ?ブランドは明日夜人はいるのか?

オペラ座なら、俺のホテルは近い。

森口君の話では、彼女は今は郊外に住んでるらしいから、遠い。イブニングドレス姿で、メトロに長く乗るのは目立つし、狙われ兼ねないとも。

「明日ですが、服装はブランドで、用意することになったので、市内の会社か、僕のホテルで着替えて、出かけるのはいかがでしょうか?」と送ってみた。

今は7時過ぎ。

なかなか返信は来ない。

三十分ぐらいで、「すみません。練習していて、見てませんでした。わからないので、お任せします」と返って来た。


「モデルのギャラは、洋服や靴は貰える条件にして、1日百〜二百ユーロで、明日交渉の上で決めます」と送ると、「承知しました」と返って来た。

ひとまず、人の手配は付いた。背景に合う服の色や、メインになるバックの色や形選びを始めた。

長くかかりそうだから、近くのカフェへ夕食を食べに行き。

ワイン無しで、蕎麦粉のガレットを食べた。野菜サラダが、横に満杯にのっていて、満腹になった。


コーヒーを飲みながら、続きの作業をして、タクシーでホテルに戻った。

長い一日だった。

朝早くに飛行機で起こされてから、だともう十七時間は経っていた。

眠いけど、明日があるから、シャワーは浴びた。

朝1番から、ブランド側との打ち合わせがある。

森口君は、8時過ぎに車で来る予定になっているから、とにかくタキシードを吊るして、寝る用意をした。

疲れ果ててたから、すぐに寝たらしく、アラームで直ぐには起きられなかった。


とりあえず荷物を持って降りたら、森口君は車にいた。

「おはようございます」

「待たせた?ごめん」

「いや、僕も渋滞だとまずいから、早めの時間を言っただけで。それほど混んで無いから、間に合いますよ」と笑っている。


「寝癖とか付いてるか?何かマズい?」と聞くと、「大丈夫です。焦った顔が良いなあって思っただけですから」と、完全に笑われている。

バックミラーで確認しながら、ブランドの話をした。


元は高級馬具から始まったのは、エルメスと同じ。で、バッグを始めたけど、ブランディングが今一つ。

名前も良くなかったか?で、買収を機に名前を短縮して、モップスと呼ばせるように。

アパレルも始めたが、狙う路線はディオールぐらいの、若さとコスパを狙いたい。でも現状は、強みの無い、中途半端なプランドに。

今回革のバッグのコスパと、可愛さで若い層に知名度を上げるのが、目的。

アパレルは、始めて間もないから、知られていないから、少しはあることを知らせたい。

Mの文字のロゴマークも作ったけど、エルメスのHの真似のようとか、色々言われている。

デザイナーを引き抜き、かなり違う路線で、巻き返しをしたい。


狙うはディオールの位置。

ディオールは、洋服から始まり、一旦安物にもライセンスを付けて、ブランドイメージが下落したが、またイメージを一新して、ここ20年は若い子に人気がある。

若くても、自分でお金を稼いで違う年齢の.25歳〜30歳あたりが、ターゲット。

お子様向けでは無いけど、おばさんイメージからは、脱したいし、可愛いと思わせたい。それが、今回のリニューアル全体のコンセプトだし、日本で人気になれば、中国人が日本で買う。そこを見据えたマーケティング、ブランド戦略の一貫らしい。

だから、送られて来た見本写真は、派手な色のバッグも多い。

「だから、赤だったり、ピンクだったり、黄色のバッグが映えるような背景の場所が良い。でも、緑や白だけはつまらないし、昨日の場所選びは、そんな感じで、選んでみたけど、実物のバッグがチープだったり、可愛くないとだから、見てみないとな」と言うと、森口君は

「なるほね」とうなづいた。

「了解しました。ならあの路面電車の場所は、良いですね。他とは違う色味が背景になるし」と。


ブランドのオフィスには、フランス人が5人ほどいた。一人はスタイリスト的な、アパレル関係の人のようで、アシスタントたちが、洋服のラックを3つ運び入れた。

バッグは机の上に、たくさん置かれている。


パリでの本当の仕事が、始まった。




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