亜熱帯夜

香久山 ゆみ

亜熱帯夜

 あーなんで引き受けてもうてんやろ。

 てか、なんで私に頼むんかなあ。菊水丸ちゃうっちゅうねん。別にええけど。いっつも面倒くさいこと押し付けられがちやしな。ええと、アラレちゃん音頭と、クックロビン音頭、ようかい体操、……あとは河内音頭もたぶん大丈夫やろ。小ちゃい時からずっと聞いてきたしな。てか、家のすぐ裏が公園やから、ほんまにうるさいねん。盆踊りの日はかなわん。窓閉め切ってても、テレビの音聞こえへんくらい、うっさいねん。それがまさか、ここへきて役に立つなんてなあ。人生何があるかわかれへんもんやわ。

 ああ、すんません。けど、独り言くらい許してや。いきなり盆踊りのやぐらの上立たされてんから。愚痴くらい出るっちゅうねん。

 ほな、行きまひょか。

 え? へへ、うん。今日び「ほな、行きまひょか」とかコテコテの大阪弁喋る奴はおらんな。テレビの大阪弁やな。ええやん、サービスですやん。

 じゃあ、始めましょか。

 んんっ……。

 ドンドンドンッ、ソレッ

 エーさーてはーこのー座ァのみな~さまーへー

 おお、案外いけるもんやな。いやそら覚えてないとこは適当にごまかすけど。どうせみんな踊りに来てるだけで、盆踊りの歌詞までちゃんと聞いてる人なんておらんやろ。雰囲気や、雰囲気。

 よ~ほーほーい、ほいッ

 おー、櫓の上からやと、全体がよう見渡せるなあ。皆ぐるぐる踊ってはる顔もよう見えるわ。知り合いが来てたらすぐに見つけられそう。あ、夏彦くん! ――じゃなかったわ、残念。

 アー、エンヤコラセー、ドッコイセ

 櫓の周りを反時計回りに回るんは、死者に会うために時を戻そうっちゅうことなんかな。ぐるぐるぐるぐる……。下で踊ってたら、死者が紛れ込んでても気付かんやろうなあ。上からはよう見えるねんけど。

「――あっ!」

 ……………………、すんません。いきなり唄うのやめてもうて。ちょっと知ってる顔見たもんやから。大丈夫です、大丈夫です、続けます。

 そーらーよーいとーこーさー、さーのーよいやあさーっさ~……

 びっくりしたなあ、一気に皆こっち見上げんねんもん。向けられた目玉、目玉、目玉……、ふふ、ぞくぞくしたあ。そっか、こういう風にしたら、注目集めんねんな。あ、って言うたら。よかった、皆、踊り出したわ。人も増えてはる。

 それにしても、さっきの……。

 提灯の橙色の灯りの下で、もうどこ行ったかわかれへんけど、あれ、私やったよなあ? いやそんなはずないけど、でも、なんでそんなことあるかもとか思うんやろ。盆踊りの夜の雰囲気のせいかな。あつ。

 ほんま、あっついわ。夜になっても暑い。立ってるだけで汗かくわ。

 ドンドンドン!

 太鼓の人、上半身脱いではるやん。汗だくでてかてかしてる。見てるだけで暑いわ。

 これいつ終わるんやろなあ。

 ああそうか。なんか違和感あると思ったら、うちの近所やと盆踊りは時計回りに踊るんやわ。まあ、地域差があるっていうしな。細かいこと、どうでもええわ。

 どんどん人増えてくる。この辺、こんなに人住んでないと思うねんけど。まあ、自分の歌に集まってきたと思えば、悪い気もせえへんけど。

 なんか色々おかしい気ぃもするけど、もうどうでもええわ。全部この暑さのせいや。暑さのせいで全部おかしなってんねやろ。知らんけど。

 わらわらわらと人増えてくる。

 いけるとこまで、いったろ。

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