勇者だったハムスターと、野望高し王女様の話し

案山子

勇者だったハムスターと、野望高し王女様の話し

『皆さま、どうも初めまして。

俺は神秘と魔法の世界バゥードハルヤワールドで勇者をしていたラハイル・レヤハードという二十二歳の青年です。

つい一年程前に、バゥードハルヤワールドを恐怖と混沌に陥れていた魔王を、頼もしい仲間たち(その内の一人は異世界から召喚したとおるという青年でしたが)と共に激闘の末なんとか倒し、再びバゥードハルヤワールドに平穏と希望を取り戻して、その功績を称えられ王都でなに不自由のない静穏せいおんな暮らしをしていたのですが……………。

ある日突然眠りから目を覚ますと、なぜか俺は日本という異世界にいて、ごく一般的な家庭である鈴木さんのお宅で飼育されているハムスターという生き物にその姿を変えていたのです。

なんでこんなことになったのか原因はまったくわかりませんが、俺がハムスターになってからもう五ヶ月ぐらいは経とうとしています。

もうなんの恥じらいもなくヒマワリの種をむさぼり食べてます。

いまではなんだが勇者だった頃が、いや人間であったあの頃が、遠い遠い昔のように感じられます。

でも鈴木さん宅のお父さんやお母さん、また九、十歳ぐらいの一人娘である少女からはとても愛情をもって育ててもらっており、もうこのままハムスターとして生涯をまっとうするのもいいのかもしれないと諦観の境地に至ろうとしていたある日の早朝、俺の目の前にバゥードハルヤワールドの王都に居るはずのテメリアナ・ルア・キファーイル王女(御年二十歳)がその姿を現したのです!』



「勇者ラハイルよ、久しぶりですね」


「テ、テメリアナ王女様! なぜこのような場所に!」


「当然アナタに会いに来たのですよ」


「お、俺に会いに………。もしかして俺をバゥードハルヤワールドに戻すため会いにきてくれたのですか!」


「いいえ、違います。アナタに会いにきただけです。勇者ラハイル」


「え? その? え? 会いに来ただけ?」


「はい、そうです。会いに来ただけです」


「あの、その、俺、もう五ヶ月ぐらいハムスターのままなんですけど、いい加減ヒマワリの種も食べ飽きてきたんですけど」


「あらあら。そんな我儘わがままを言ってはいけませんよラハイル。食べ物を与えられるだけでも幸福だというのに」


「いやいやいや。ハムスターになった時点でどう幸福感を感じろとおっしゃるのか」


「どのような物事も考え方ひとつで幸福感を感じられるようになるものですよ、ラハイル」


「人間から突然ハムスターになったら、どのような考え方をしようとも幸福感より絶望感を感じると思うのですが……。

といいますか今更ではありますが、テメリアナ王女様はどうしてハムスターである俺と会話することができているのですか?」


「それはこの幻影を通した魔法の力でアナタの心とわたくしの心を繋げているからです。そしてこの幻影を通してアナタのことを視認してもいるのですよ」


「はぁ、なるほど。目の前にいらっしゃるテメリアナ王女様は実体ではなく幻影だったのですね。

で、あの、大事な大事な本題に戻りますが、俺に会いに来ただけっていうのはどういう意味なのでしょうか? 俺をバゥードハルヤワールドに連れ戻すためにわざわざ幻影を寄越してくださったのではないのでしょうか?」


「それは違います。

まったくの勘違いです。

見当外れもはなはだしいです」


「うっほぉ。

俺の希望を粉々に打ち砕く力強い否定の言葉三連発!」


「もっと正確な言い方をしますと、アナタをいまバゥードハルヤワールドに帰還させるわけにはいかないのです」


「帰還させるわけにはいかない? それってどういうことなのですか」


「いまアナタがバゥードハルヤワールドに帰還すると、わたくしの立場がひじょーーーーーーーに危うくなるからです」


「……………はい?」


「アナタがこの日本という異世界でハムスターになっているのは、わたくしが代表マスターを務める王都魔法技術向上発展組合“無限の飛翔”が大きく関わっているのです」


「“無限の飛翔”が? というかその前に立場が危うくなるっていう部分をより詳しく説明してもらいたいんですけど……」


「わかりました。事の発端は“無限の飛翔”が禁忌とされている魂と魂との入れ替え魔法の研究を秘密裏に行っていたことでした。その実験の最中に突如魔法が暴走し、その結果どういうわけかアナタの魂と、この日本という異世界で飼われていたペットのハムスターなる小動物との魂が入れ替わってしまったのです」


「……なるほど。そういう経緯いきさつで俺はハムスターになってしまったのですね。

そしてそんな禁忌の魔法を研究していた“無限の飛翔”の代表マスターはテメリアナ王女様。

たしかにこれは管理不十分のそしりは受けるかもしれません。

ですか、日々王族としての忙しい職務をこなすなかで、“無限の飛翔”に対する管理の目が行き届かなくなるのも無理はないこと。

その点もしっかり考慮されるはずなので、テメリアナ王女様がお考えになっているようなお立場が危うくなるようなことはないと思いますが」


「いえ。“無限の飛翔”にこの禁忌の魔法の研究をするよう指示したのはわたくしなので、そうはならないと思います」


「首謀者はオマエかいっ!! なんとなくそんな気はしてたけど、やっぱりオマエなんかいっ!!」


「そういう理由ワケですので、アナタをバゥードハルヤワールドに帰還させるわけにはいかないのです」


「うっわ。一切の自省心のない眼差しでこちらのことを見てきているよこの人。ある意味凄いな。

…………わかりました、テメリアナ王女。断じてこのことは誰にも口外しませんので、俺をバゥードハルヤワールドに戻してください。そして俺の魂を元の身体に還してください」


何度懇願なんどこんがんされてもアナタをバゥードハルヤワールドに帰還はさせません。ましてや入れ替わった魂の還し方もわかりませんし、ハムスターの魂が宿ったアナタの身体も匿っていた場所からつい先日逃げ出してしまい、現在行方不明になっているというのに」


「オマエはどんだけ俺に絶望を叩きつければ気が済むんだ!!」


「それになにより、サティール兄様がこちらの不祥事に感づき始めてきたようですし」


「サティール王子が?」


「そうなのです。あのルックスと愛想だけしか取り柄のない、能無しで陰湿で執念深いだけの、クソ兄様です」


「ハハハハハ。兄妹の仲は宜しくないと噂では聞いていましたが、まさかここまでだったとは。とりあえずどう受け答えればいいのかわからないので笑っておきますね、ハハハハハハ」


「笑ってる場合ではありませんラハイル。この事はなんとしてもゲス兄様に知られるわけにはいかないのです。

元々この魔法はクズ兄様の魂を小汚くて弱っちぃ動物と入れ替えさせ、そのバカ兄様の魂が宿った動物をわたくしが見下しながら一生ペットとして飼い続け、さらには魂が動物となって使い物にならなくなったアホ兄様に変わってわたくしが王位に就く。

そんな壮大なる計画のためにこの魔法の研究を推し進めているのですから」


「困ったなぁ、おい。絶対に聞いちゃいけない陰謀の話しを聞いちゃったよ、俺。バゥードハルヤワールドに戻れてももう普通の生活できないかもしれないなぁ〜。ハハハ(涙)」


「というわけで、アナタに会いに来たのです。ラハイルよ」


「え? なにが『というわけで』なんですか?」


「まったく、アナタも案外物分りが悪いですね。魂が入れ替わってから数カ月。魂が元に戻りそうな兆候や異変が起きていないかどうか見に来たのではないですか」


「ほほぉ。つまりは時間がそれなりに経過して、俺の魂がバゥードハルヤワールドに戻りそうになっていないかどうかを確認しに来たというわけですね」


「はい、その通りです。やっと理解できたようですね。で、どうなんですか、最近の魂の調子のほうは」


「……残念ながら、そのような予兆は今のところありませんね」


「ヨーーーーーーシァっ!! アナタさえ帰還しなければ、あのアホンダラ兄様に不祥事の確かな証拠を掴まれる心配はありませんわ!」


「喜んでるねぇ。オタクのしょうもない計画のために多大なる被害を被っている人間が目の前にいるのに、無茶苦茶むちゃくちゃ喜んでるねぇ。

アンタには罪悪感というもんがないのかい?」


「それでは用が済みましたので、わたくしは帰らせてもらいますね。さようなら、勇者ラハイルよ」


「え!? 帰るってどういうことですか! 俺をこのままにしてほんとうに……………帰っていっちゃたよ、あの人」



『ここでこの物語は終わりだそうです。

どうも、勇者であり今は憤怒と憎悪を心に秘めたハムスターをしているラハイル・レヤハードです。

いや〜。本物の魔王がいましたね。

一年程前に倒した魔王はどうやら偽物だったらしいです。

でも俺は勇者なので、必ずバゥードハルヤワールドに戻り、正真正銘の魔王、テメリアナ・ルア・キファーイルを倒そうと思いま…………いや、倒すと絶対に誓います!!

またその時になったら、どうか俺の物語を聞いてください。

それまではしばしのお別れです。

皆様、さようなら』


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