第3話 雨に濡れた少年
その日は朝から雨だった。
梅雨に入ったばかりの、湿り気を含んだ空気が部屋中に重く漂っていた。
洗濯物を干すこともできず、私はぼんやりと窓の外を眺めていた。
夕方。
インターホンが鳴り、玄関を開けると、びしょ濡れになった翔太が立っていた。
「……すみません。急に。
図書館から帰る途中で、傘が壊れて……」
制服ではなく、Tシャツに薄手のパーカー姿。
髪から雫が滴り落ちて、靴下まで濡れている。
思わずタオルを手渡すと、彼は申し訳なさそうに頭を下げた。
「すぐ帰るつもりだったんですけど……電車も止まってて」
彼の視線は落ち着かず、どこか不安げだった。
──このまま外に追い出すわけにはいかない。
そんな思いが、口より先に動いていた。
「今日は泊まっていきなさい。風邪をひいたら大変だから」
言ってから、自分の心臓が強く跳ねるのを感じた。
“泊める”なんて、簡単に口にすべきことではなかったのに。
浴室にタオルと替えのジャージを用意すると、翔太は素直に
「ありがとうございます」
と答えてシャワーを浴びた。
湯気に満ちた浴室の扉越しに、しばらく水音が響く。
私は居間で待ちながら、胸の奥が落ち着かなくて仕方なかった。
「お借りしました」
浴室から出てきた翔太は、私のジャージを着ていた。
サイズが少し大きく、袖口から覗く手首や首筋が妙に頼りなく見えて──視線を逸らした。
夕飯を一緒に食べ、夜も更けていく。
「……布団、出しますね」
そう言って押し入れを開けると、娘が使っていた布団が残っていた。
彩花の気配がまだ残るその布団を、私は迷いながら翔太のために敷いた。
雨音は強まり、窓を打つ水滴が絶え間なく響いている。
居間に並んだ二つの布団。
「ありがとうございます。今日は、本当に助かりました」
そう言って頭を下げる翔太の笑顔が、心に突き刺さる。
──夫も娘もいない家で、若い男と同じ屋根の下で夜を過ごす。
その背徳を、私は誰よりもわかっていた。
けれど、雨音にかき消されるようにして、その恐れよりも甘美な高鳴りが胸を支配していった。
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