第2話 孤独に灯る声

翔太が我が家に顔を出すようになってから、数日が経った。


最初は本当に偶然の再会だったはずなのに、その翌日も、その次の日も、彼は夕方になると玄関に立っていた。


「家だと落ち着かなくて……」

そう言って、参考書を抱えて居間のテーブルに広げる。


詳しくは語らなかったが、断片的に聞こえてくる言葉で、事情は察せられた。

両親は共働きで帰りが遅く、弟は部活で夜まで騒がしい。

静かに勉強できる場所など、彼にはなかったのだった。


「少しだけなら、いいわよ」

最初はそう答えていた。


けれど、ノートに向かう姿を見ていると、不思議と部屋の空気が和らぐ気がして……気づけば、彼が来るのを待ち遠しく思っている自分がいた。

夕飯をひとりで食べるのは、あまりに味気ない。


だからつい

「食べていく?」

と声をかけてしまった。


彼は少し照れたように笑い、遠慮がちに

「いいんですか」

と答える。


その笑顔に、胸の奥の淋しさが温かさへとすり替わっていくのを感じた。

食卓に並ぶのは、いつもの簡単な家庭料理。


「やっぱり手作りは美味しいですね」

そんな何気ない一言が、心に沁みた。

夫も娘もいない食卓に、久しぶりに人の声が響く。

それだけで世界が少し彩りを取り戻したように思えた。


──これは母親としての情だ。

そう、自分に言い聞かせる。


浪人生の翔太に、せめて静かな居場所を与えているだけ。

けれど、彼がふと見せる横顔に、私はどうしようもなく娘・彩花を重ねてしまう。

笑い方も、真剣に文字を追う瞳も。


“かつて彩花と並んで勉強していた少年”が、今は私とこうして同じ食卓を囲んでいる──その事実が胸の奥をざわつかせた。


夜、翔太が帰ったあと、ひとり残されたテーブルの上には、飲みかけのコップが置き去りにされていた。

それを見つめながら、私は気づく。


──彼を招き入れたのは、翔太のためじゃない。

孤独に耐えきれない自分自身のためだったのだった。

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