第16話 すれ違う救い

無人のトラックが急停車した交差点に、まだ煙のような熱気が漂っていた。

僕と未來は互いを抱きしめたまま、しばらく動けなかった。


「……怖かった」

未來の声は涙で震えていた。

「私、もう君を失いたくない」


「俺だってそうだ」

ぎゅっと彼女を抱きしめ返す。

――けれど、御影の声がまだ耳に残っている。


『犠牲は避けられない。お前が死ななければ、彼女が死ぬ』


離れた場所で羽村がスマホを睨んでいた。

「車は完全に遠隔操作だ。信号の制御も同じ……裏で“観測者”が操ってる」

額に汗をにじませながら、羽村が続ける。

「次は……もっと大きな犠牲が出る」



その夜。

僕と未來は屋上にいた。

夜風が髪を揺らし、遠くの街灯りが瞬いている。


「もし……代わりに私が死ねば、全部終わるのかな」

未來がぽつりと呟いた。


胸が凍りつく。

「馬鹿なこと言うな!」

思わず声を荒げる。

「俺は何度だって死ぬ。でも……君だけは絶対に生きててほしい!」


未來は首を振る。

「君がいない世界なんて、私には意味がない。だったら……私が」


「違う!」

言葉を遮るように、ポケットから小さな花火を取り出した。

夏祭りで残った線香花火だ。


火をつけると、小さな火玉が夜に揺れた。

「願いを言えよ」僕は言った。

「落ちる前に、願いを」


未來は火玉を見つめながら、唇を震わせた。

「君と一緒に、未来を生きたい」


火玉がぱちりと弾け、闇に消えた。

その瞬間、屋上のスピーカーがノイズを発し、御影の声が響く。


「……願いは叶わない。固定点は動かない。次に誰が死ぬか――すぐにわかる」


未來が顔を上げたとき、遠くでサイレンの音が鳴り響いた。

校舎の下から人々の叫び声。

フェンス越しに見下ろすと、グラウンドの中央に――羽村が倒れていた。


「羽村!?」


未來の悲鳴が夜空に響く。

僕はフェンスを掴み、歯を食いしばった。

“すれ違う救い”。

僕と未來が互いを守ろうとした隙に、今度は親友が犠牲にされようとしている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る