世、妖(あやかし)おらず ー以遠煙羅(いえんえんら)ー

銀満ノ錦平

以遠煙羅(いえんえんら)

 私はとある病気を抱えてしまっていた。


 それが発症したのは大学を卒業し、何とか就職出来た24歳の春の頃だったと思う。


 それが数年…今も続いている…。


 今日も…今日もそうだ。


 いつもいつも…遠い場所に向かう度に煙が纏わりつく。


 しかもその煙は…恐らく意思がある様な反応をしている。


 何故そう私が感じているのかは…それは分からない。


 煙に意思があるなんて他人に相談したら馬鹿にされるし、それこそ何か疑われてしまうから誰にも言っていない。


 だが…確実に私の周囲には煙が漂っている。


 しかし、普段は見えることは無く、本当に遠出をしようとある程度の距離を走ると煙が現れ、私を阻害するのだ。


 これが鬱陶しくてたまらない。


 そもそも前が見えず、慣れない時期はしょっちゅう事故に遭ったりして、本当に辛く一時期はノイローゼ寸前にまで陥りそうになってく程に苦痛で頭を抱えいた。


 私自身も何度も何度も対策を施した。


 病院にも行ったし、煙の出る場所は極力避けたもしたが、失敗…なんの結果も得る事が出来ず、その怪現象も、身体から煙が出てくる特殊体質でも無いのは当たり前にしても、身体から出てくるというよりは元々纏わりついていたナニカが遠出をした際に邪魔をしてくるというものであった。


 ただ、その煙は吸っても体内に入ることもないし蒸せる事もなく、本当にただ遠出をしようとすると視界を邪魔してくるだけなのだ…まるで、私と離れるのを妨げる様に…。


 因みにその煙は我が家から周囲数キロ…仕事場までの範囲内は出てこないが、それを越してしまうと発生してしまう。


 最初はとても薄いモヤみたいなのが発生するのだが段々と離れる毎にモヤが濃くなり、最終的には目の前が真っ白の霧状の煙が漂う様になり、その場で引き返さない限りは煙が晴れることがないのだ…。


 もし幻覚でないのなら、この煙は何か土地柄が関係しているのではないかと思ったが…それを知ろうにも必ず両親にこの事を話さなければならないし、それを聞かされた日にゃ、翌日即入院されてしまうだろうが、この問題は流石に野放しには出来ないと思い…結局話す事となってしまった。


 それはもう緊張した。


 両親にありえない非現実的な超常現象が起きていて、しかもそれがこの家と関わっているのかもしれないと言わなければならないからだ…。


 それに、父も目の病気を患っていて私が生まれる前から黒い眼鏡を掛けていて父の目を一度も見たことがなく、母はそんな父をずっと看病をしている為にこれ以上何かしらの負担を与えるわけにはいかなかった…。


 だがこれを放置するわけにもいけない…おちおち遠出もすることができないし、最悪…引っ越しも旅行も出来ないとなるとこれはどうしても解決しなければならない…言わなければならないと決心し、団欒でテレビを見ていた際に思い切って私は親にこの事を声を震わせながら話す事となった。


 最初は両親何方も、「夢でも見ていたのではないか。」とか「きっと気の所為だよ。」と笑いながら聞いていたが余りにも必死に述べる姿に流石に顔を顰め、真剣に話を聞き始める。


 私も途中からこのままだといけない…本当に解決したい…もしかしたら変な病気なのではないか…という不安に駆られてしまい、涙を流しながらこの現象を訴えかけてしまっていた。


 話を終えると私は少し息が苦しくなってしまったが、それを心配した母が私の背中を擦りながら宥めてくれ、父は顔を少し下に向け、何か真剣に熟考していた。


 そして、両親は私の顔を真剣な表情で顔を見つめると父が口を開いた。


 「やはりお前にまで苦労を掛けてしまうことになるとはな…多分お前は自分が恐らく何かしらの病気だと不安に思ったが、何処の病院で診てもらっても異常が無いと判断されて頭が抱えていたんだろ?で、それを俺達に告げれば心配を掛けてしまう上に、自分が最悪精神的な面での病状と判断されて入院してしまうんじゃって悩んでたんだろ。…まぁ気持ちは分かる。だがな?そういうのは言わねえと一緒に住んでる意味もないしもうちょっと周りを信頼してくれ…。」


 父の優しい声に私はより涙が溢れて母に寄りかりながら父はそのまま話を続けた。


 「実はな…これはお前がもし煙が見え始めたと言ってくれれば話すことだったんだが…これはまぁ、この土地と私達の家系の問題というか…。」


 「え?家系と…土地の?」


 「あぁ、なんというか俺も本当は信じたくない話なんだが…。」


 父は神妙な顔で語り始めた。


 「これは俺の祖父から聞いた話なんだがな。俺から見て曾祖父が体験した話らしいんだが…まぁその曾祖父は結構お前に似て優男っていうのかな?まぁイケメンってほどでは無いが寄って来やすい顔だったんだろうな…で、曾祖父は丁度ここに住んでいたらしいんだ。」


 私は弱々しく相槌を打つ。


 「それで、ある理由でこの地を離れていた時期があったんだが…その直前にここから少し見渡せる程の距離の一軒家に住む女性に目を付けられてしまったらしい。」


 「えっと…どの辺り?」


 「今は道が変わっているが隣に空き地があるだろ?」


 確かにこの家の隣には広々とした空き地があり、目で見ても約一軒家4つ分位の広さはあったと思う。


 「まあ、その一番遠い場所の所にあったんだが…余り近所付き合いをしない上に、中々外に出ない変わった人だったんだが…その女性にどうやら目をつけられたらしくてな。」


 「成る…程。」


 「…で、曾祖父はその女の視線には気付いたが、無視したらしいんだ。」


 「無視?」


 「あぁ…なんといえばいいかなあ、その女から見られる度に悪寒がしたそうなんだよ。なんというか心臓を鷲掴みにされているというか…とは言ってたらしいんだな。で、不気味がってはいたものの…まぁ当時はストーカーという言葉も無かったわけだし、それが犯罪行為として認知されているわけでもない…更にただ見つめられてるだけでストーカーには今でもならんだろうしな…本当にただ見られていただけらしいんだ。」


 「それで?」


 「その後、近所に言って多少変わった人扱いになったが、それでもお構い無しにずっと視線を浴びせられていたらしくて、それに恐怖した曾祖父は高校卒業と共に家族全員で引っ越しをしたらしいんだよ。」


 「引っ越し?それは初耳だけど…。」


 「俺もその時初めて聞いたよ。それでだな…その後、大学を卒業した後にこの土地に戻ってきたらしいんだよ。」


 「え?また戻ってきたの?その女にまた会う可能性が…。」


 「それがな…その女は曾祖父が引っ越しした翌年に自殺したらしい。」


 私は息を飲んだ…。


 人の死にこういう感情を抱くのは申し訳なく思うが、余りにも不気味で得体の知れなさを感じ取った。


 「自殺の原因は、確か焼死…だったかな。その情報を聞いて安心した曾祖父は地元に戻る事にしたみたいなんだ。で、偶々というかその女の自殺騒動のせいで、引っ越す前に住んでいた土地が安く買えたらしくて…まぁそれがここなわけなんだが。」


 「え、じゃあ…焼死場所がここ?」


 「いや、女は自宅で焼死していたらしい。ただ幸い家は少しボヤ程度で済んだらしいから二次被害は発生はしなかった…が、なんというか余り良い気はしなかったんだろうな。結局その家の周囲は、引っ越すとかしてほぼ全員いなくなってそれも相まっての土地価格だったんだろう。…で、その情報を聞いた曾祖父の親が土地を買ってくれ、そのままここで過ごす事になったんだが…。」


 ここで父は一度深いため息をついた…何かを決心した様に…。


 「そこかららしいんだ…不可解な現象が曾祖父に起き始めたのは…。」


 「不可解な現象?」


 「そう…なんというかここに再び引っ越して間もなく、曾祖父の目に異常が発生したんだ。」


 「え…それって。」


 「あぁ…正にお前が今発症しているその遠出する度に目の前に発生する謎のケムリが…な。」


 私は愕然とするが、父は話を続ける。


 「最初はお前…と同じく気の所為かと放置していたんだが…徐々に薄いモヤは段々霧状に濃くなって、時間が経つに連れて煙になって視界を妨げる様になっていった…と。」


 「それって…。」


 「あぁ、それで様々な医療機関に診てもらったが…結局原因は分からず頭を抱えてしまったらしい…。ただ運が良かったのか知らないが生活圏内ではケムリは出てこなかったのと、この家の周囲に人がいなかったから変な噂を掻き立てられる事も無かった…が、プライベートで遠出が出来ず嘆いていた…と言ってたなあ。」


 正に今の私と同じ症状だ…。


 「その後は、そのままここの土地から離れる事が出来ないまま余生を過ごした…と此処までなら曾祖父に掛けられた女の呪い…という怪談話で終わったんだが…話はここからなんだ。」


 父が黒い眼鏡を外した。


 父の目は閉じていた。


 私は緊張で唾を飲み込む事しか出来なかった。


 父は目を閉じたまま話出した。


 「曾祖父は、歳を追う毎に目がケムリに侵食されていったらしい…そして…最後には目がおかしくなってしまった…私のようにな。」


 父は目を開ける。


 目の中がケムリで包まれていた。


 私は慣れない悲鳴をあげてしまった。


 母は私を宥める。


 「私も曾祖父、お前と同じ時期に同じ症状が発症したんだ。ある日にバカンスに行こうとまだ付き合ってる状態だった妻と車に乗った時に目がぼんやりとし始めたかと思ったら目の前にケムリが発生してな…だが妻には見えないしそのまま病院に行こうと引き返すとそのケムリも消えた…それが何度も続いて、俺はノイローゼになりそうだった…よく妻は俺を今まで支えてくれたよ…この時点ならもう俺なら怖くて別れてたかもしれないのにな。それを祖父に言ったら…曾祖父の事を聞かされたって訳だ…。」


 「そういや、じいちゃんは…確か別の県に住んでたけど…?」


 「あぁ…これは俺の持論だが祖父の顔はどちらかというと曽祖母の血が濃かったのか、ちょっと女性的な顔してたんだよ。多分曾祖父には似てなかったからケムリが纏わりつく事が無かった…って言えばやっぱ怪談話になるよな…多分偶々発症し無かったんだろうとは思うが…。」


 父は再び大きい溜息をつきながら眼鏡を掛けた。


 「ただな…もしかしたらお前をこの因縁に巻き込んでしまったんじゃないかって…俺はお前が生まれた事は感謝をしているし、大事にしている。だから本当に俺は悔しいんだ…迷信に振り回されているのかもしれないが、今の医療機関でも役に立たない存在が俺達を苦しめているなら…曾祖父の言っていた女のせいなら…俺は…覚悟を決めたいと思う。お前には迷惑を掛けない。少し離れているが近くのアパートを借りた…そこに住んでてくれ。何もかも終わったらまた連絡をさせる。」


 父が小声でそう述べるとそのまま自室の方に向かっていった。


 母は何かを決意したような表情で父の背中を見送った後私に顔を向け、「後の事は任せて…。」と告げた…私はその数日後、父に言われた場所のアパートに住むこととなった。


 生活圏内なのか、ケムリが出てくることはなかった。


 その後も何かにつけて他の病院に診てもらったが結局は原因は分からず…遺伝的な問題かとも思ったがそういうわけではないらしい…となれば頭に思い浮かべてしまうのは、父が話した曾祖父の体験談…。


 それこそ嘘臭さがあるというか、そんな一目惚れして片思いした女が焼死自殺しただけで代々の呪いとなって私にまで影響を与える…そんな安い怪談話を信じろ…と言うのか。


 しかしあの父の目…目の中にケムリが覆っていた…あれは私も目で見たが嘘ではなかったと思う…。


 だが余りにも現実離れをしている光景に、今思えば変な話を聞かされて精神的にそう見えていたのかもしれない…私は余計に混乱していた…。


 そして更に数日後…アパートに母が訪問してきた。


 母の姿は以前会った時より憔悴しているのか、顔色がとても悪く、心配しているとその母の口から告げられた言葉に私は何も考えられなくなってしまう…。


 「父さんが…亡くなったよ…。」






 


 

 

 


 




 



 

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