明るい朝の往来を
鹿ノ杜
第1話
ここ数日、死神を見かけるようになった。
ずいぶん昔につき合っていた人が亡くなったのだと人づてに聞いたのも、この頃だった。だから、何か関係があるのかもな、とミナミは考えていた。
死神は、明るい朝の往来を、にこにこしながら歩いていた。小学生の男の子くらいの見た目だった。ちょうど、陽気な週末の一日を過ごしてきたばかりのように楽しげなのだけれど、やはり彼は死神だった。朝日に目を細めている、その足元に影がなかったから。
ミナミが仕事に向かおうとする道すがら、何度か見かけるうちに、どうやら彼に気づいているのは自分だけだということがわかった。
死神はポケットから木の実のようなものを取り出して、道行く人に投げつけていた。だけど誰も反応を見せなかった。死神はそれでも笑いながら一人で遊んでいた。
投げつけられてみてわかったが、それは傘のついたどんぐりだった。ミナミはアスファルトに転がったどんぐりを拾い上げ、死神に投げ返した。思わず、死神のおでこに当たった。
「あ、ごめん」
ミナミが謝ると、死神は笑い声を上げた。
死神の顔には何となく見覚えがあって、そうした感覚がミナミの中でずっと消えないで、仕事をしているときも、恋人と会っているときも、眠ろうとするときにだってわだかまっていたのだけれど、たった今、おでこを押さえながら大きく笑う死神を見て、ようやく思い出した。
かつての恋人に、一度だけ古いアルバムを見せてもらった、そこで見た、彼の子どもの頃の顔だった。
さっき食べたばかりのトーストのことを考えながら、
「たとえば、気持ちは、溶けたバターだよ」
と、ミナミは言った。こんがり焼けたトースト、残るのは、空っぽになった白い丸皿。訃報を受けたとき、あまり詳しいことは聞かなかった。
「成仏しなよ」
言ってから、つめたすぎるかなと思い、
「たまにきみのこと、思い出すからさ」
できるかぎり、あたたかな言い方で、心を込めて、言った。
「じゃあ、もう行かないと」
ミナミは歩きはじめ、一度だけ、振り返った。死神が小さく手を振っていた。
それ以降、死神は、ミナミの前には、もう姿を現さなかった。
明るい朝の往来を 鹿ノ杜 @shikanomori
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