出会い

 「やぁ、少年。星は好きか?」


 その声は、少しかすれたようなハスキーさが混じっていた。

 長身の女性が、白衣を着て立っていた。

 思わず一歩後ずさる。


 「……べつに、好きじゃない」


 声は、思った以上にぶっきらぼうになってしまった。

 でも、それは本心じゃない。

 本当は大好きだ。誰よりも、ずっと。

 だけど、今の僕はそんなことを言える自分じゃなかった。


 女性は口の端をゆっくりと上げ、楽しそうに笑った。


 「ほう、好きじゃないのか。それなら、君は嫌いなものに何時間も向き合えるほどの変人というわけか」


 「……っ」


 少し、いやかなりカチンと来た。

 なんで、この人は見ず知らずの僕にこんなに踏み込めるんだ。

 それが腹立たしくもあり、怖くもあった。


 「……本当は、好きですよ。小さい頃からずっと……それで、あなたは何なんですか。何しに来たんですか」


 言葉を吐き捨てるように投げると、彼女は片手をあげて笑った。


 「私は春海奏。大学三年で、星の研究をしている。いわゆる“リケジョ”というやつだな」


 僕は思わず目を見張った。

 白衣の理由が分かった気がした。

 でも、それ以上に彼女の目には、どこか鋭い光があった。

 「僕は白木真冬。絶賛文理選択に迷っている高校一年です」

 「君は真冬、いや少年と呼んだ方がしっくりくるな。まぁそれは一旦置いといて、やはり少年は悩んでいたか」

 「……なんで、そんなに人のことを簡単に見抜けるんですか」

 「見抜いてなどいないさ。ただ、君の目に『迷ってます』って書いてあっただけだよ」


 目を伏せた。

 見透かされたくなかったのに、何もかも暴かれたようで、悔しくて、恥ずかしくて、胸が苦しかった。


 「少年、一緒に星を見ないか? 今日は機材を持ってきていないが、明日、またこの場所に来い。二十二時に。そうしたら、もっと面白いものを見せてやる」


 「……そんなの、行くわけ……」


 言いかけた言葉が喉で止まる。

 彼女の目が真っ直ぐで、まるで夜空の星のように冷たく、そして優しかった。


 「……分かりました。行きます」


 声は小さかった。

 でも、それは確かに僕自身の意志だった。


 「楽しみにしているぞ、少年」


 春海奏――奏さんは、最後に小さく笑ってから、闇に溶けるように歩き去っていった。


 ベンチに座り直した僕は、また空を見上げた。

 さっきよりも星の数が増えていた気がする。


 (……明日、何を見せてくれるんだろう)


 心の奥に、ほんの少しだけ、温かい火が灯る。

 でも、それを手で覆うように恐れと不安が押し寄せてきた。


 (怖い……でも、見たい……)


 迷いの残るまま、冷えきった指先をポケットに押し込み、立ち上がる。


 ――ここから、何かが変わるのだろうか。


 それとも、この小さな灯はまた風に吹かれて消えてしまうのか。

 僕はまだ、その答えを知らなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る