チェックメイトはバニラ味
藤泉都理
チェックメイトはバニラ味
チェックメイトだな。
師匠である
焼き鳥、焼きそば、お好み焼き、たこ焼き、イカ焼き、はし巻き、焼きとうもろこし、焼きおにぎりなどのソースや醤油の食欲をそそる香りが立ち込める中。
かき氷、チョコバナナ、きゅうりの一本漬け、冷やしパイン、ソフトクリーム、りんご飴、いちご飴、ベビーカステラ、クレープ、ユーホー綿菓子などの食欲をそそる色彩が立ち並ぶ中。
夏の灼熱に負けず誰も彼もが笑顔になってはしゃぎ回る中。
白の基調に朝顔が描かれた甚平を着る一人の少年は顔面蒼白になって、身体を大きく震わせていた。
手に持っていたバニラ味のソフトクリームを一人の男性の浴衣にぶつけてしまったのである。
その丸禿の男性は、黒いサングラスに黒い浴衣を身に着けているのである。
外見で人を判断してはだめよと祖母には言われ、外見もその人の要素だから外見で判断するのも大事よと母に言われては、どちらの意見も大事にしようと思いつつ、やっぱり外見が怖いと、怖いと思ってしまうのはしょうがないと、半べそになりながら、少年は財布を男性に差し出したのである。
「ご、ごめんなしゃっ」
「おう。坊主」
声も怖かった男性の手が伸びて来てしまい、少年はとうとう大泣きしてしまった。
「お、おい」
「ころしゃないでくだしゃい!!!」
「殺さなねえよ。落ち着けって」
「ちょっといいですか」
駆け走って来た警察官にお話を聞かせてくださいと言われたので、男性は素直について行ったのであった。
「ご協力感謝しました。
「お疲れさん」
夏祭りの一画に設けられた出張交番所まで連れて行かれた男性、佐竹実は、頭を下げる警察官に軽く手を振って、出張交番所を背に歩き出した。
(時間食っちまったなあ。師匠はもう着いているだろうな)
出張交番所から歩く事、五分。
目当ての出店に辿り着いた実はサングラスを外して浴衣の帯にかけると、箱椅子に座って、純白の長髪を団子にして括り、白の基調に朝顔が描かれた甚平を着ている男性に話しかけた。
「よう、師匠。待たせたな」
「おう。遅かったな。実」
実に師匠と話しかけられた男性、
「「さあ。カタヌキ勝負の開始だ」」
カタヌキ(型抜き)。
澱粉、砂糖、ゼラチン、香料などでできた板状の菓子に描かれた動物や星や建造物など様々なデザインの型を、針や爪楊枝や画鋲などでくり貫いていく縁日の遊戯である。
年に一回、今年で二十回目の勝負となるカタヌキのデザインの型は、正一が店主に特注で作ってもらった大阪万博の目玉の一つ、大屋根リングであった。
勝負はいたってシンプル。
割ったり欠けたりさせずに相手より早くに完成させた方が勝ちである。
実は正一に一度も勝った事はなく、ただ、勝利品である高級カップのバニラアイスを食べる正一を見つめる事しかできなかった。
しかし今年こそは。
実は少年が浴衣につけてしまったバニラ味のソフトクリームの甘い香りを嗅ぐともなしに嗅ぎながら、全集中してカタヌキに挑んだのであった。
「チェックメイトだな」
実は不敵な笑みを浮かべて、正一に勝負終了を告げたのである。
あともう少しでカタヌキを終えるところだった正一は、最後までカタヌキを終えたのち、画鋲をテーブルに置いては、見守っていた実に片手を差し出した。
「初チェックメイト宣言。初勝利。おめでとう。弟子よ」
「おうよ。じゃあ。師匠がいつも食べている高級カップのバニラアイスをくれ」
「おう。私の馴染みの店が作っている高級カップのバニラアイスをたんと味わえ」
「あっ。おじいちゃん! やっと見つけたよもう!」
保冷バッグから高級カップのバニラアイスを取り出そうとしている正一を見つめていた実の耳に、何やら聞き覚えのある少年の声がするなあと思い振り返った矢先の事だった。
甘ったるくて冷たいものが顔面に突撃してきたのである。
「っぎゃあああ!!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!!!」
「おう。
「おう」
地面に蹴躓いて手に持っていたバニラ味のソフトクリームを実の顔面に叩きつけてしまった少年、正一の孫である健一は顔面蒼白、身体を大きく震わせながら、正一の元へとすり寄り、実の言葉を固唾を飲んで待った。
外見は怖い人だったけれど、怖い人ではないと出張交番所で分かったけれど、怖いという印象がどうしても拭えない健一に、バニラ味のソフトクリームを正一から受け取ったタオルで拭き終わった実は、一緒にカタヌキやろうやと不敵な笑みを浮かべて言ったのであった。
(2025.8.23)
チェックメイトはバニラ味 藤泉都理 @fujitori
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