第9話:無防備

鍵を合致する鍵穴に差し込み、回せばガチャリと音を立てて扉の鍵が開く。

扉が開いた瞬間、2人は家の中に飛び込んだ。


「ただいま!」


椿は先程の暗い雰囲気から切り替えて元気に朗らかな声を上げたが、彼女の家ではなく青嵐の家なので正しくは「お邪魔します」である。


「勝手にお前の家にするな、風呂場そこだから先にシャワー浴びてこいよ」


「りょーかい」


椿は靴を慌ただしく脱ぎ捨てて、青嵐が指差す部屋に駆け込んだ。

早くシャワーを浴びたくて大急ぎで駆け込んだのも束の間、椿は首から上だけをひょっこりと扉から覗かせて、悪戯に微笑んだ。


「覗かないでよ?」


「覗かねえよ!」


脱ぎ捨てられた靴を整頓しつつ青嵐は過剰に反応した。

青嵐の顔が赤く染まるのを見てくすくすと笑い、今度こそ頭を引っ込めた。


既に青嵐の脳裏には雨に濡れたせいで中身が見えてしまいそうなぐらいに制服が透けた姿が脳裏に焼き付けられているのを鼻歌でメロディを奏でている本人が知る由はないだろう。


玄関に常備しているタオルで髪と体をざっと拭き、ウォークインクローゼットから椿が着ても問題なさそうな服を探す。

青嵐と椿に大きな身長差はないが、どれを選んだとしてもオーバーサイズになってしまうだろう。


自身の着替えと別に出来る限り布面積の多い服をピックアップして、風呂場へと向かう。

念の為にドアをノックする、中からはシャワーの音が聞こえるから事故は起こらないだろう。


入るからなー…」


恐る恐るドアを開けてもそこに椿の姿はない、青嵐はホッとした。

わかりやすいようにバスタオルの準備してある棚に椿の着替えを、もうワンセットをカゴにわかりやすいように置いておく。


そろーっと、洗面所から椿に悟られないようにコソ泥の如く抜け出してドアを閉じた。

ミッションコンプリート、青嵐は肺に溜め込んでいた空気をホッと吐き出した。


ただの鼻歌のはずなのに、シャワーの音が混じるだけでこんなにも艶かしく聞こえるものだろうか。

しばらく待てばシャワーの音は止まり、代わりにドライヤーの音が聞こえてくる、その音すら止まるとようやく扉が開いた。


「ごめん待たせちゃった?」


「いや全然」


例え待っていたとしてもそう言うのが紳士というものだ。


「そういえば制服俺のと洗っちゃっていいか?一緒に洗いたくないとかあれば別で洗うけど」


「問題ないよそれぐらい、着替えありがとね」


「それぐらいどうってこと…」


着替えの話をされたのだ、視線はどうしても青嵐のTシャツを着た椿を物色するようなものになってしまうわけで。


考える間もなく青嵐はその行動が愚かだった事を認識した。


「…霞草、何で下履いてないんだ」


用意したはずのズボンを、椿は履いていなかった。

Tシャツが思ったよりもぶかぶかだったため中が見えることはないのだが、それでも無防備な格好なのに変わりなかった。


「別に見えないから良くない?」


「良くない、履け」


「なに青嵐、意識しちゃってるの?」


またもや悪戯な笑みを浮かべる椿に、またもや青嵐は顔を真っ赤にした。


「誘ったのは俺の方だけど知り合って初日の男の家に上がった挙句にその格好はどうなんだって事だよ!」


そう、実際のところおかしいのは椿の方だ。


青嵐とふとしたアクシデントをきっかけに知り合ったのは今朝の出来事だ。

出会ってからの時間が蜂蜜のように濃密だったせいで混乱してしまうが、2人の初対面は1日、いや半日程度だ。

それにも関わらずこの警戒心の無さは危ういと言っていいだろう。


「だって青嵐えっちな事する度胸ないでしょ?」


「だとしても流石に無防備すぎるぞ」


はーいと適当な返事をする椿を横目に風呂場へと入れ替わる青嵐は悩ましいため息を吐き出した。

濡れた制服を脱いで洗濯機に放り込む。

濡れて身体は冷たくなっているはずなのに熱く感じた、もしかすると熱があるかもしれない。


そういえばリビングの場所を教えていない事に気づいたが、椿のことだから自由気儘に動き回って探し当てるだろう。

青嵐は椿に関する思考が雑になっていた。

こんなに振り回される相棒で本当に母親が見つかるのか、青嵐は少し不安になった。


「あいつの方がよっぽど魔女だろ…」


白髪の魔女なんかよりも黒髪の少女の方がよっぽど魔女の名に相応しい性格をしているだろう。

今頃、椿はきっと悪い笑みを浮かべて自分のことを笑っているのだろう。

青嵐はその光景が容易に想像できてしまった。


今頃自分は好き放題に言われているのだろうと苦笑いを浮かべて、青嵐はシャワーの蛇口を捻った。

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