第2話「フェイトリアリー、出動」

「……日比谷さん。資料できましたよ」


「おっ、ありがとう。助かる」


 整然としているオフィス。そこに資料をまとめている、2人のスーツ姿の職員がいた。


 彼らは、『フェイトリアリー避けられぬ現実』と呼ばれる組織の隊員だ。


 ――フェイトリアリーとは、数年前に国によって極秘に設立された対魔法現象対策組織である。


 突如として出現した裂け目から現れる魔法災害に対処する部隊を保有しており、年齢を問わない軽いフットワークが持ち味の組織だ。


 そんなフェイトリアリーの対魔法使用者鎮圧部隊『バインドチェーン』に所属した新人隊員が、資料を作っていたあの女性、『東雲実来しののめ みらい』である。


 少し弱気な様子からは、物静かな控えめな印象を感じる。年齢は20歳。


 そして向こうにいるのが彼女の上司「日比谷 努ひびや つとむ」である。


 くたびれたスーツに、どこか皮肉げのあるダンディーな男性だ。見た目は30代くらいだが、年齢は教えてくれない。


「……最近、また裂け目が増えてませんか? なんだか通報が多……」


 (ビーッ!ビーッ!)


 実來の言葉を遮るように、施設に警報が鳴り響く。それを聞いて、2人は急いで机から立ち上がった。アナウンスが続いて流れる。


「緊急出動要請。渋谷区周辺でカラミティが出現、鎮圧隊員は直ちに現場へ急行せよ」


「なお、クリムゾンクラスのカラミティにつき、『サルベージュ救済のクリスタル結晶』の使用を許可する。適合者はサルベージュクリスタルを携帯せよ」


「東雲、仕事だ。行くぞ!」


「わかりました……!」


 2人は施設から出ると、車に乗り込んでアクセルを踏んだ。ここからは少し遠いが、遠くで土煙が上がってるのが見えた。


「いいか? 初めてのクリムゾンクラスだと思うが、落ち着いてやれば大丈夫だ。サルベージュクリスタルは持ってるな?」


「はい……! ここに」


 実来はポケットから淡緑に輝く宝石を取り出した。それは光を受けて、一層輝いている。


 ここでひとつ、カラミティの危険度とサルベージュクリスタルについて解説を挟もう。


 魔物や魔女など、敵対的な魔法生物には被害想定や鎮圧難度により、主に5つの危険度が制定されている。


 Feather(フェザー) ――危険度:極低

 羽のように軽く、我々への脅威とはなり得ない存在。観察・放置が許容される。推奨対応は接触不要であり、記録のみで済む。主に無害な魔法生物に多く分類される。


 Dusk(ダスク) ――危険度:低

  未熟な隊員でも、夕暮れまでに鎮圧可能とされる。被害は軽微で局地的である。推奨対応は新人~下士隊員での対応が可能であり。市民被害の拡大前に制圧することである。


 Crimson(クリムゾン) ――危険度:中

  鎮圧には負傷者の発生が不可避な危険な存在。中隊規模での作戦行動が必要となる。推奨対応は十分な戦力の集結後、短期決戦を推奨。


 Blackout(ブラックアウト) ――危険度:高

  社会機能に甚大な被害を及ぼす恐れがある強大な対象。大規模停電、通信断、交通網崩壊等が想定される。推奨対応は即時市街を封鎖し、精鋭部隊を投入することである。


 Abyss(アビス) ――危険度:極高

  底知れぬ深淵。制御は不可能に近く、長期戦・甚大な犠牲を伴う。推奨対応は全面避難、最終鎮圧作戦を準備すること。


 そして、サルベージュクリスタルを説明する前に、ひとつ知っておかねばならぬことがある。


 それは、魔法少女たちがどのようにして変身するかだ。


 結論から言うと、彼女たちは『ホープクリスタル願いの結晶』という宝石を利用して魔法を使っているのだ。


 ホープクリスタルは裂け目が初めて出現した時と同時期に存在が知られ始め、誰が・どこから持ち込んだのかは不明である。


 ただし、10代の少女の元に突如として現れることが多く、現れたホープクリスタルを使用して魔法少女になる子が後を絶たない。


 そして、実はホープクリスタルにはとんでもないデメリットが隠されているのだ。


 これについては後述することになるが、そのデメリットを無くすためにフェイトリアリー研究チームが再形成したのがこのサルベージュクリスタルということになる。


 しばらく車を走らせていた2人。すると車載無線から声が聞こえる。


「こちら、フェイトリアリー指令本部よりバインドチェーン第一班へ。目標のクリムゾンクラスカラミティが鎮圧された。やったのは……魔法少女だ」


「なんだと!? ヤバいな……これは……」


「……現場に到着次第、対象者を拘束せよ」


 ――衝撃的な言葉が無線から聞こえた。正義の味方である魔法少女を拘束しろという命令。普通の人なら、そんなことは良心が許さないだろう。


 しかし2人は、緊張した様子で無線の指示を聞いていた。


「こちら第一班、了解した」


「はぁ……東雲、やれるか?」


「大丈夫です……絶対に……止めなくちゃ……!」


 やがてカラミティが暴れていた警戒区域に車を止めると、2人は素早く降車して現場近くへ向かった。


「東雲、まずはお前ひとりでやってみろ。危なくなったらすぐに駆けつける」


「私だけ!? わ……わかりました……!」


 実来は覚悟を決めると、宝石を胸に当て、精神を集中させた。


「……変身!」


 するとサルベージュクリスタルがまばゆく輝き始め、光が実来を包んだ。


 スーツ姿だった彼女は控え目つつも鮮やかな黒と灰色の変身服へと変わった。髪色も、黒髪からベージュブラウンへと変化している。


「……こちら『プリベント』! 魔法使用者の鎮圧を開始する!」


 実来もといプリベントは、カラミティが暴れていたであろう場所へ移動する。すると、ひとりの魔法少女がいた。そう、ビリーヴである。


 ――遠くから日比谷が見守る中、プリベントはビリーヴの前にたちはだかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る