第35話

「やはりそうなるよね……仕方がない」

 ダンタリオンの説得も虚しく、ディリアンはウァラクと一体化を始めた。

 渦巻く鱗のハリケーン。

 嘆きの牢獄の放つ鳴き声と張り合う風圧に、さしものダンタリオンもその顔を庇い後ずさってしまう。


 細かな鱗の集合体が小手となって、ディリアンの両手を包む。

 するとその小手より這い出してきたおびただしい数のトカゲが、薄汚れた布となってディリアンの全身にまとわりついた。


 それは返り血に薄汚れたナース服。

 短いスカート丈より伸びる両足には、格子柄のストッキングをまとっている。

 深いスリットの刻まれたスカートを捲りあげてまでもたげられた尻尾は、その先端がばっさりと切り落とされており、断面より常に赤黒い液体を垂れ流していた。

「っはぁー……さーて、診療のお時間だよ患者さん」

「君のような看護師に看病される患者には同情するよ。……さあ、診るならこの子を診てあげてくれ。少なくとも君では、この子につける薬は分からないだろうけどね」

「そりゃお気の毒、ジブンが取り揃えてるのはどれも正常な患者に効くのだけだよ。異常な患者は​──安楽とは程遠い死に方するしかないねっ♪」

「出ておいで患者さん、綺麗な看護師さんがお待ちだよ」

 ダンタリオンの気配が気薄となる。

 物事を俯瞰的に見る落ち着いた雰囲気は消え去り、その肩より立ち上る稲妻は、おもちゃを目の前にした子供の昂りを思わせる。

 ​──さあ、主役の登場だ。

「ずるいずるい! ダンタリオンばっか! やっぱあたしがやる! まーぜーて!」

『まったく君は、本当に駄々っ子だね。存分に暴れるといいよ』

「あははっ! 遊ぼうよゾンビのナースさん! 契約締結っ!」

 ダンタリオンより入れ替わって、再び自身の体を自身で動かし始めたエリィ。

 稲妻を握り締め、その手を振り下ろすと同時にダンタリオンとの融合を始めた。


 背後に次々と出現するのは、重低音を吐き出すウーファー。

 鳴り響く音色を横糸に、降り注ぐ稲妻を縦糸に、エリィの全身を書き換えていく。


 豊満な胸を締めるコルセット。

 その上から肩甲骨より下ほどまでしか丈のないジャケットを羽織る。

 規則正しくクリスタルの並べられたベルトによって、へその下から広がるのは、太ももを余すことなく見せつけるプリーツスカート。

 厚底のブーツが地面を踏み抜き、荒ぶる電流が空へ向けて立ち上る。

「かーんりょ! ロックスターのお出ましぃ!」

「すんごい魔力なのは認めるけど……ダダ漏れだよロックスター。魔力ってのは垂れ流すより研ぎ澄ました方が強い。こんなふうにッ!」

 先ほどまでダンタリオンの能力のせいで持ち上げられなかったバルトアンデルスを拾い上げたディリアンは、異様に低い姿勢からエリィへと突撃した。


 速い、と言うよりは進行方向が読めない。

 手足の表面に備わっている特殊な魔力が引力を持ち、それを利用して地面や公園の遊具など、ありとあらゆる地形に張り付き、余すことなく利用しているのだ。


 軌道を追っていれば、気づけばそこはエリィの真上。

 縦回転を加えて頭上よりバルトアンデルスを振り下ろす。

「っとぉ、させないよーん! 雷面踊歩ペアニマステップ!」

 速さではこちらも負けていない。

 否、追いつくどころか凌駕している。

 軌道の読めない動きに翻弄されて、明らかに反応が遅れていたにも関わらず、エリィは頭上から迫るバルトアンデルスを目で見てから回避した。

「はっや……んな動きもできんの?」

「言ったでしょー? あたしは全部の魔女でいっちばん速いんだよ」

 その発言はなにもハッタリではない。

 エリィが雷属性の魔力を用いて攻撃する際、最初に電気の通り道を作り出す。

 それが先駆放電。

 この時点ですでにおおよそ秒速二〇〇キロメートル、マッハにして実に六〇〇と言う、桁外れの速度を叩き出している。

 一般的な拳銃の弾速でさえおよそ秒速四〇〇メートル前後、マッハ一程度と聞けば先駆放電がどれほどの速度かは想像しやすいだろう。


 だがこれはあくまで、電気の通り道を作る先駆放電の速度。

 実際の攻撃速度は

「先駆放電​──ロックオン! ​あたしのライブは一瞬でおわるから、聞きのがさないでね。雷面急襲ペアニマスティンガー!」

「軌道は読めてるっての……! タイミングはここっ!」

 エリィの攻撃が放たれてから回避していては間に合わない。

 なにせ先駆放電でさえマッハ六〇〇、帰還電撃リターンストロークともなればその速度は、最高にしてマッハ十万にも到達するのだから。

 ディリアンはエリィの攻撃に合わせて瞬時に上空へと飛び上がった。

「あは、残念で​──ぇげ、ぎ、ぃ……!? 電流が、下から上にっ!?」

「電気は電気でも、雷属性の魔力だよ? 向かう先はあたしが決める!」

 軌道を予測して上に飛び退いたはずのディリアンだが、エリィの放った低空の電撃はそれを追いかけるようにして空へと立ち上る。

 上空では回避するすべなし。

 ディリアンは自身を追いかけてきた電撃に焼かれて、不自然に手足を痙攣させた。

「こん、の……ッ! 調子乗んなっ!」

「エリィは、ディリアンにとっては相性最悪なんだ」

「相性?」

「エリィはその戦略の都合上、中距離がベストレンジ。しかもその攻撃速度はマッハの世界。対してあのゾンビは岩を投げてきたとこを見るに、離れた相手に対する攻撃手段が乏しい。増してや鈍足な岩の投擲なんてエリィに当てるのは至難の業」

「そっか、仮に死ななくても攻める手段がないんだ。……でも、戦闘が長引けばどっちが勝つか分からないよね」

「​──​──……正解。エリィは瞬間火力や攻撃速度がずば抜けてる分、それを長時間は維持できない」

「じゃあディリアンさんは……」

「それが分かってて、ディリアンはあえて逆上したフリをしてエリィを総力戦に追い込んでる。より早くエリィを電池切れさせるように」

 エリィは短期決戦において無類の強さを誇る。

 だがディリアンは真逆、長期戦であればどんな魔女が相手だったとしても、最終的には競り勝ってしまうだろう。

 エリィの電撃がディリアンを失神させるか、ディリアンの再生能力がエリィを削り切るか。

 これは短期決戦の我慢比べだ。

「加勢しなきゃ……!」

「エリィは味方に気遣いながら戦えるほど器用じゃない。巻き込まれて感電するのがオチ」

「で、でもこのままじゃ! ……リジェちゃん、震えてるの?」

「っ……震えてない、問題ない」

「はぁ、はぁ​……ぜんっぜん倒れないね、ほんとにゾンビみたい」

「そりゃ当然、ジブンの再生能力を上回るにゃ細胞一つ残さず消し飛ばすしかないから。そう言うオマエは……随分息切れしてるけど?」

「ぜんっぜん余裕だし? まだまだ元気だし!」

「ならよかった、続きを楽しもうよ。これから分かるんだからさ、ほんとに相性最悪なのはどっちなのか、ね……♡」

 性悪ゾンビナースvs電撃ロックスター。

 永遠に生きるディリアンと、刹那に生きるエリィの我慢比べは、いよいよ佳境に入ろうとしていた。

『エリィ、そろそろ魔力の残量が危ない。次の一撃で決めるべきだ』

「おっけーダンタリオン、任せて。じゃあアレでいくね」

『気をつけろディリアン……次で決め切るらしい』

「みたいだねぇ。まぁーあ、受けて立つ以外の選択肢とかないけど」

 エリィはその手に携えたボルテアフェンダーへと、自身の持てる魔力のほとんどをチャージし始めた。

 とめどない電力の供給。

 ボルテアフェンダーが悲鳴をあげるかのごとく電流を漏らしている。


 その場に留めておけないほどの電圧、果たしてどれほどの破壊力を生んでくれようか。

 エリィは無邪気な子供のように、そして極めて凄惨な面持ちで笑った。

「先駆放電​──ロックオン、さあいくよ! ファイナルステージ!」

「眩しいったらありゃしないね、うっざいわぁー」

「掻き鳴らせっ! はぁぁあっ​──」​

「​スー、お姉ちゃん……?」

「なっ​なんで出てきた​──逃げろバカッ!!」

「へ……? あ​──」

「だれ、子供……? 反転世界なのに、どこから……!?」

「まずっ、急にはっ!」

 どこから現れたのか、おぼつかない足取りでそこに現れたのは一人の小さな少女だった。

 しかし気づいた時にはもう遅い。

 充填の終わったボルテアフェンダーが、この場にいる全員の視界を埋め尽くさんばかりのスパークとともにその一撃を吐き出した。


 エリィの今持てる魔力全てを注ぎ込んで放たれた、膨大な雷属性の塊はその余波だけで地面を抉り、一直線にディリアンへと向かう。

 しかしその近くには少女がいる。

 魔女同士の戦いなど知るはずもない小さな少女が。


 エリィは可能な限り射線をずらそうと力いっぱい踏ん張るも、自身の魔力のほとんどをボルテアフェンダーに注ぎ込んだため、自分自身はすでにガス欠。

 軌道を変えるに足る力など残っていなかった。


 ディリアンは咄嗟に射線上に立ち塞がり、自身の背に持てる魔力を集中させる。

 しかしその程度でどうにかできるほど、エリィの攻撃力が生半可なものではないことは、対面していたディリアンが一番よく知っている。

「ごめんユズ​──」

「間に合え​──ッ!!」

 翼の羽ばたく音が聞こえる。

 間一髪、瞬時にストラスと契約締結した七種によって少女は抱えられて射線上より逃れた。

 刹那走る高電圧、全身の血液を煮立たせるような痺れに、七種の血管が悲鳴をあげてちぎれる。


 直撃したわけではない、翼に少し掠っただけだ。

 にも関わらず締結状態でありながらこのダメージ、もし生身の少女がわずかでも掠っていれば命はない。

 幸い少女は七種に抱き抱えられている上、翼により二重にガードされていたため無傷で済んだ。

「はっ……はっ……できた、一瞬​──冥梟転醒メイビスドライヴ

「あれは師匠の……ボスにも、ヴェロ姉にもできないはずの転醒ドライヴシステムを……! 七種、あなたは……」

「​──​──……げほっ、か……ぁは……っ! 大丈、夫かユズっ……!」

「スー、お姉ちゃ……」

 電磁砲の軌道をほんの少しでもズラす。

 そのためだけに全霊を注ぎ込んだディリアンの右半身が、舐め溶かされたかのように綺麗に消し飛んでいた。


 右手首から下は繋がりを失って地面に落ち、脇腹は内臓ごと内部があらわとなって背骨の断面すら覗かせている。

 普通の魔女であれば、いやいかなる魔女であっても半身を吹き飛ばされた状態で一命を繋ぎ止めるなど、奇跡が起きても不可能だ。

 しかし不死の魔女ディリアンは、半身を失ってなお生き残り意識を保っている。

 それでも魔力のほとんどを軌道を逸らすためだけに費やしたせいか、身体の失った部分がなかなか再生しない。


 それもそのはず、ディリアンは無条件に不死身の身体を得ているわけではない。

 いくつもの治癒や復元と言った効果を持つ魔術を自身に重ねがけした結果、自身の魔力を食い続けて再生すると言う特異体質へと成り果てたのだ。


 つまり魔力の供給源である、ディリアン自身の魔力が底をつけば肉体の再生が滞るのは自明。

 それでも未だディリアンの命が繋がっているのは、本人の執念のなせる技か。

「はぁ、はぁ……っよかった、怪我はない……み、たいで……」

「スーお姉ちゃん、けが……っ」

「心配、しなくて……いい。ぐ、ぅ……」

「じっとしててください、今治します。付与​──高速治癒ハイヒファイル!」

「こ、れは……傷が、魔力まで」

 今にも死に絶えそうなディリアンの体が垂れ流していた血液は徐々に止まり、わずかながら魔力が回復したことで、ディリアンの驚異的な再生能力が再び機能を始める。

 満身創痍に変わりはないが、ひとまずディリアンは自力で立てるまでに回復した。

「あの、この子は……」

「触るな! ……っ、いや、守ってくれてさんきゅ。でもこの子はオマエらには渡せない。転移トランスファー​──」

「あっまだ傷がっ」

 七種から少女を奪い返したディリアン。

 傷も治り切らぬまま、転移魔術を用いてその場から姿を消した。

 本来の目的であるディリアンの撃退自体は成功した、が……。

「七種ちゃん、大丈夫!?」

「あ、エリィさん! はい、私は大丈夫です。それにしてもほんとにすごい威力ですね、さっきの。ちょっと掠っただけなのにまだ少し痺れてます」

「ごめんっ、まさかいきなり女の子が出てくるなんて思わなくて……」

「あの子、いったいなんだったんでしょう。反転世界に入ってこれるのは魔女と悪魔だけなのに」

「わっかんないよもぉー。もいーや、リジェ! ちょーさしちゃお!」

「あ、うん……分かった、今からやる。二人は休んでて」

「リジェちゃん、どうしたんだろ……」

「だーかーらー、分かんないのー! むぃー、ちかれたぁ」

 ……その後、結局変死体の情報源であった肉塊は欠片一つ残さず消し飛んでおり、また魔力で感知しようにもエリィの凄まじい大技により辺り一帯が雷属性の魔力で塗り潰されているためそれも不可能。

 この場では、調査自体は何ひとつとして進行することはなかった。

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貴女の抱いた花の名は shion @shion0506

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