第14話

「よーし、これで広くなった」

「ひやぁー、まっさか建物ごとぶった斬るとは思ってなかったや」

「あんな狭い場所でやりあってたらこっち不利じゃん。幸いここならどんだけ暴れたってもみ消されるし、派手に行ってみようか」

「やれるもんなら? 荒立つ波レイズィーウェイブ!」

 行動範囲が広がれば、その分開けた天井の分まで水流の槍が全方位を取り囲むように展開される。


 しかし閉鎖的空間ならばとった遅れも、空間が解放されれば話は別。

 広い空間を余すことなく活用し、縦横無尽に駆け回った。


 文字通り人間離れした機動力を誇るエリス相手では、例え物量で追い込んだとしても水流の速度ではたかが知れている。

「ばかっぱやぁー、噂に聞く白兵戦最強もあながちホラじゃなさそうやな」

「あんたが遅いだけでない? ななちゃんと観光する約束してるし、とっととそっ首飛ばすけど恨まないでね」

「観光地は地獄やな、二人揃って。──后鮫の牙ゼレキアタスク

 地面に深々と突き刺さるほどに振り下ろされたレイズィーズド。

 指揮者に呼び起こされた水流たちが、再びエリスへ牙を剥く。


 地面より突き上げられた水柱と、上顎のごとき水流の槍が噛み合い、周囲の建造物を根こそぎ喰らい尽くす。

 巨大な獣に噛み付かれたかのような噛み跡。

 歯型に抉られた建造物が音を立てて崩れ、巻き込まれたエリスはすべてを防ぎ切れずに後方へ大きく押し出された。

「本腰か、だったら──飢猿の慟哭ゲルギオガンプー! すぅぅ──」

「んぁー? 深呼吸か? ……んなわけないやな」

 ミーシャの察した通り、エリスはただ単に息を整えるために大きく酸素を吸い込んだわけではない。

 身構えたミーシャがわずかに距離を取ろうとした、次の瞬間。

 エリスの喉より解き放たれた尋常ではない大声が大気を揺らし、建物のガラスを吹き飛ばし、砂埃を巻き上げて全方位に広がった。


 それは叫び声などと言う生易しいものでは決してない。

 エリスの魔力や体力、栄養素を根こそぎ奪い去る能力の付与された特殊な魔力が、超音波となり周囲を無差別に攻撃しているのだ。


 周囲の逃げ惑う通行人は栄養失調でその場に蹲り、想定していた範囲の外にまで対比させていたはずの七種にまでわずかに影響を及ぼした。


 軽度の目眩やふらつき。

 前もってエリスの能力を聞かされていた七種は、それが自身の身体からエネルギーが削り取られているのだと察して、すぐさまもう一つ隣の建物にまで距離をとる。

「ぐ、くぅ……っ! なんて、声を……っ!」

(舐めんな、集中砲火にしてやる……!)

 ボリュームを調整するかのように、エリスの放つ声質が変化する。

 すると周囲への影響が収まる代わりに、エリスの正面にいるミーシャへの影響力が凄まじく倍増した。


 魔術の音波を正面へと絞り、効果を凝縮させたのだ。

 そのあまりの衝撃に水流の牙は四方八方へ吹き飛ばされ、ミーシャは大幅に魔力を削られてようやく範囲外へ避難する。

「く、はぁっ……はっ……! やって、くれるやな……!」

「音の振動は空気よりも水の方が五倍近く早く伝わる。それにうちの吸収能力を乗っけた超高圧の音波、いくらあんたでも相当こたえたっしょ」

「た、しかに……水を操るあーしには、かなり効いたや」

「どーする? このまま大人しく帰るならうちも引くけど」

「んぁー、確かにおめーの持ってる前金を奪うためにおめーとやるのはちょいと割に合わんやな。ま、憂さ晴らしもできたし今回は引くや」

「随分潔いーじゃん。なに企んでんの?」

「うちそんな企むタイプじゃないやよ。欲しいもんは力ずくでぶんどるし、労力に割合わないなら諦めるや」

「分かりやすいんだか分かりにくいんだか」

「はいはい、おーしまい。ちかれたぁ──フォルネウス、締結解除や」

『────……ふぅ、少し遊べたわね。満足したの?』

「んやぁ、あの飢餓のとマジバトルできたし楽しかったや。どーせちょっとからかったらそのままトンズラこくつもりだったし、想像以上の儲けもんやね」

「なーにがちょっとからかうだよ、いけそうならそのまま潰す気満々だったでしょ。グシオン、終わりだよ」

『────……キキッ! まあまあ遊べたなァ、おい』

「じょーだんじゃないよ、ななちゃん連れてる時に冥海とやり合うとか」

「え、エリちゃーん! もう終わったのー?」

「あ、ななちゃーん! ごめーん、大丈夫だったー?」

「うーん! ちょっとふらつくけど、多分大丈夫ー!」

「あー、それうちのせいだ……でも軽いふらつき程度でよかったぁ」

 建物三つ分も離れた七種が、その場で小さく飛び跳ねて自身の無事を知らせる。

 幸いちょっとした擦り傷に、エリスの魔術の効果範囲内に触れていたがためにわずかに栄養を失ってはいるが、それほど大事ではない。


 エリスはすぐさま自身の魔導書グリモワールより、吸収したエネルギーを治癒力として付与する魔術を用いて、七種の擦り傷及び失った栄養を補填した。

「あ、あの……」

「んぁ? なんや?」

「どうして、あの人を殺したんですか?」

「んぁー? 変なこと聞く子やね。あーしのことをやっすい金で雇おうとしたから殺した、そんだけやよ」

「……そんなことで」

「おめー、見たとこただの学生やな? あーしらみたいに裏の世界に生きとるヤツらは実力以上にメンツが大事なんよ。舐められて看板に泥がついたら終わり。だから舐めた対応するヤツは殺す。ま、ただの学生に理解できるとは思ってないやよ」

「エリちゃんも、そうなの?」

「んー、まあ……否定はしないけど。うちとコイツとじゃ立場が違うから、うちはそこまで意識してないけどね」

「そりゃそーだ。あーしはマフィアで、おめーは殺し屋やもんな」

「ま、マフィアって……」

「今回はあーしの気まぐれで関係ないおめーにちょい迷惑かけたし、お詫びに今度なんかあったらあーしを頼りにきな。一回だけ無料で依頼受けてやるや」

「いいよーだ。わざわざあんたなんかに頼んなくてもうちがいるんだから」

「おめーには言ってねーや! あーしはこの、えーと? おめー名前なんだっけ?」

「あ、七種です。名取 七種」

「そう、なとりんに言うとるんやよ」

「な、なとりん……?」

「また会おうや、なとりん。これあーしの連絡先な」

「二度と会いに来んなばーか!」

「うっせーやい飢餓の! おめーには言っとらんや! 閲覧アクセス転移トランスファー──ストレット」

 嵐のように過ぎ去ったマフィアのボス、冥海の魔女ミーシャは七種へ連絡先を半ば強制的に押し付けていった。

 残されたのは水浸しの暗黒街。

 散々暴れて崩壊したドラッグ密売グループの拠点だったもの。


 かくしてエリスの受けた依頼であるドラッグ密売グループ、及びそれを護衛する魔女の排除は完了した。

 本来の想定よりはるかに消耗したせいで、結局仕事終わりの観光は叶わず。


 依頼者の手配したホテルに泊まることとなった二人。

 武装した六人の人間と二人の魔女を相手するだけと言う内容にしては、用意されていたホテルの質も食事の内容も全てがあまりに高待遇だった。


 やがて二人仲良く入浴した七種とエリスは、一人で寝るには余りのありすぎるほど大きなベッドで身を寄せ合った。

「ごめんねーななちゃん、ほんとはもっとサクッと終わるはずだったんだけど」

「ううん、エリちゃんが守ってくれたから大丈夫だよ」

「まさかあんなのが出てくるとは……普段は特定の依頼者からしか仕事受けないって聞いてたのに」

「じゃあ、普通は来るはずじゃなかったんだね」

「たまーにターゲットが重なる時はあるけどねぇ。正直あのまま続けてたらうちもかぁ〜なりヤバかったぽい」

「でもエリちゃん、すっごく強かったよ?」

「ひははー、そりゃこう見えてアウターの中でも屈指の実力派ですから」

 鼻息を荒くして胸を張るエリスだが、ミーシャとの戦いの中で想像以上に追い詰められていたのもまた事実。

 インナーであれアウターであれ、その名を広く知られているのはそれなりの実績を積み重ねているからに他ならず、またその実績は当人の実力の高さに直結すると言っていい。


 事実アウターの中でも屈指の実力を誇るエリスと、ターゲットが重なる機会があるミーシャもまた、裏社会では大きく名の知れ渡った実力者だ。

「……ねーななちゃん、今日うちの仕事に同行してみて、どーだった?」

「うん……最初はすっごく怖くて、途中からなんとなく楽しくなってきたんだけど、でもミーシャって人が来てからは……ほんとに怖かった。もしかしたらエリちゃんが死んじゃうんじゃないかって……」

「ひはは、うちは死なないよ」

「エリちゃんは仕事のたびにいつもあんなことしてるの?」

「さっすがに毎回ミーシャみたいなヤツとドンパチやってるわけじゃないけど、それ以外はいつも大体あんな感じかもね」

「エリちゃんと長いこと友達やってるつもりだったけど、私の知らないとこであんなに危険なことしてるって全然知らなかった」

「小さい頃からこれしか生きるすべを知らなくてさ。……それで、今回うちの仕事に同行してみて、魔女同士のガチンコバトルも見たわけだけど。どう? 魔女になってみる気になった?」

「……流石に、今は怖くてうんとは言えないかな」

「ひはっ、そりゃとーぜんだよね。ま、ななちゃんが見たのはあくまでアウターの世界だし、インナーの魔女ならまた違うんだろうけど。魔女の危険な部分ってんなら今回よく知れたと思うよ」

「で、でも、でもね! でも……もし、今回みたいに身近な人が危ない目に合うことがあるのなら、私も戦って守ってあげたい。だから、もし私の力が必要になることがあるのなら、私は魔女になるよ」

「……くすっ、ななちゃんらしいね。今はそれでいいと思うよ」

「だって、エリちゃんは大切な友達だもん。怪我して欲しくないんだ」

「ななちゃん……えへへぇ、こーりゃ誰とぶつかることになっても怪我できないなぁ」

「うん、必ず無事に帰ってきてくれなきゃね」

 ……アウターの世界には、こんな言葉がある。

 夢は見るな、夢は食え。

 昨日のはらわた今日の餌。


 いつ死ぬかも知れぬこの界隈で、明日が必ずあるとは限らない。

 夢を見るくらいなら、後悔なきようその日を精一杯生きろ。


 五体満足揃っていたとしても、好きなものを食えるだけの臓物が今日も揃っているとは限らない。

 過去を踏み締め、今日を生き、あるかもしれぬ明日のため。

 今を全力で生きろ。


 今平然と笑いあっている友人と、少しでも長く過ごすためにも。

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