第二章「どれだけ食べても減らないもの」

第6話

 七種が魔女の胃袋を掴んだ、もとい七種が魔女に雇われた次の日。

 結局あのあと、七種お手製のオムライスをおかわりした挙句、イリアのアトリエにお泊まりしたレレン。


 蛇がとぐろを巻くが如く、ソファの上で丸まって寝息を立てるレレンにブランケットをかけ直した七種は、二人の朝食を用意していた。


 自分が長年愛用していたキッチンさながらに、手馴れた手つきで数人分の作業を並行してこなす七種。

 一流レストランのシェフ顔負けのその動きに、無駄の介在する余地は微塵もない。 

「あら、おはよう七種。早いのね」

「おはようございます塔條さん。今日は学校なので」

「そう言えば貴女学生だったわね、すっかり忘れてたわ。……それに引き換えレレンは、まだ寝てるの?」

「あはは……昨日結構遅くまで騒いでましたもんね」

「仮にも先見なんて名前で恐れ崇められてる魔女がだらしない──あら? 二人分しかないように見えるけど、貴女は食べていかないの?」

「はい、そろそろ出発しないと間に合わないので。近くのコンビニでなにか買っていくので大丈夫ですよ」

「そう、ならいいけど。そうだ、これを持っていきなさい」

「……これは?」

「お守り。昨日みたいな悪魔にまた目をつけられても大丈夫なように、いざとなれば貴女を守ってくれるはずよ」

「塔條さん……ありがとうございます、行ってきますね!」

「はいはい、気をつけてね」

「────……あれがお守り? 面白いこと言うの」

「あらレレン、起きていたの?」

「仮にも先見なんてー、ってとこから起きてたの」

 七種のかけてくれたブランケットくるまりながら、アトリエを後にする七種の背を眺めたレレンは、欠伸を一つ。

 テーブルに並べられた朝食のメニューを吟味して笑みをこぼした。


 色鮮やかな野菜たちの折り混ぜられたサラダを始めとし、小麦の風味を香らせる食パンは理想的なきつね色。

 規則的な切込みの入れられたソーセージからは、本能を刺激するような野性的な香ばしさ。


 先ほどまで寝起きで未だうとうとしていたレレンも、そそくさとテーブルに着く。

「先に顔洗ってきなさいよ」

「むぅ、おかんみたいなこと言うななの。それより、あんなの渡して大丈夫なの? もし七種が……」

「だからよ、あの子なら大丈夫。良い未来の匂いを感じた貴女のお墨付きじゃない」

「調子いいこと言ってるのねー。それじゃ顔洗ってくるの、おかーさん」

「誰がお母さんよ、気持ち悪いわね……」


 魔女二人が自分の朝食ごときで憎まれ口を叩き合っているなど知る由もない七種。

 久々に謳歌する不審な出来事のない登下校に若干の感動を覚えた。


 校舎へ向かう道中、合流した同級生たちと軽い挨拶を交わす。

 こんな何気ない光景でさえ、イリアたち魔女との出会いがなければ決して実現しなかったのだと、何度も反芻し噛み締めた。

「おはよぉななちゃ〜ん。お、なんか機嫌よさそーじゃん」

「あ、エリちゃんおはよー。エリちゃんが紹介してくれた人に相談したら悩み事を解決してくれたんだ。ほんとにありがと!」

「よかったじゃ〜ん。ダメ元で噂に縋ってみたけど、ほんとだったんだねぇ」

 校舎に到着するとほぼ同時に顔を合わせた七種の親友、頸城くびき エリ。

 七種にアトリエ〈いりあ〉を紹介した本人だ。


 年齢にしては少しばかり小柄だが、寝る子は育つと言わんばかりに授業中の睡眠を身体能力に活かしているのか。

 運動神経は全学年でもトップクラスである。

「そう言えばエリちゃんはどこであのお店のこと聞いたの?」

「えー分かんない、多分部活の助っ人した時に聞いたんだと思うけど」

「エリちゃん身体能力すごいし、よくお呼ばれするよね」

「その分燃費悪いんだよねぇ。すぅ〜ぐお腹空くもん……」

「育ち盛りだね」

「それなー。ほんじゃまた昼休みにねぇ〜」

 早くも空腹感に苛まれているエリと別れ、七種は自分の教室へと向かう。


 七種のいるクラスの隣は、いつも昼休みになると騒がしくなる。

 自分の机含め、周囲にあるクラスメイトの机三つを連結させた即席大テーブルに、購買でこれでもかと買い込んできた菓子パンを山ほど積み重ねた異様な光景。


 何より信じ難いのは、それがたった一人の昼ご飯だと言う点だ。


 見慣れているクラスメイトたちでさえ、いったいどういう身体の構造をしているのかと日々困惑するほど。

 同級生と比べても小柄りにも関わらず、食事量はクラスメイト全員分よりも多い。

 そう、何を隠そう七種の親友であるエリの昼ご飯である。

「エリー、もしかして購買部のパンまーた買い占めてきたの?」

「お前どんなバイトしたらそんな大量のパン毎日買えんだよ」

「らってらって、もぐっ……! どんだけ食べてもお腹空くんだも〜ん」

「ほーんとどんな胃袋してんだろうねーエリって」

「クジラやん、もう」

「いやブラックホールだろこれ」

「っぷはぁ〜……! ふぅ、腹四分目かな、うん」

「「どこがだよ!」」

 隣のクラスでどれだけ食えるか検証などと言う、くだらないイベントが開催されているなどつゆも知らず、七種はスマホに飛んできたメッセージに対応していた。


 連絡相手はイリア。

 すっかり雇用主として連絡先に登録されたイリアから、夕飯の買い出しを頼まれたのだ。


 長年自炊してきた七種には、箇条書きにされた買い物リストの食材を見れば、今晩何を作って欲しいのかが大方把握できてしまう。

「くす……今日の夕飯はハンバーグがお好みかな」

「えらくご機嫌じゃん、ななっち」

「あ、エトちゃん。珍しいね、お昼に教室にいるなんて」

「人をいつも図書室にいる本の虫みたいに言ってくれるじゃん。ぼくだって教室でご飯食べることもあるよ」

 ご機嫌な七種の元に現れたのは、日頃図書室にこもって昼寝をしているか、さして興味もないであろう歴史にまつわる本を無機質に捲っているかの暇人。

 殁江しにえ エト、中学時代からの付き合いである七種の友人だ。


 折り重なる二つの蛍光色が眩い黄金の短い髪を後頭部でまとめており、制服が女子のものでなければ少年と間違えられてしまいそうな、中性的な出で立ちをしている。

「それよりななっち、最近バイト始めたってほんと?」

「ふぇ、昨日のことなのにもう知ってるの?」

「まぁね、こう見えて情報通なんで」

「エリちゃんに紹介してもらったんだー。すごくいい人だったよ」

「ふぅん……魔女のアトリエねぇ。今度ぼくもお邪魔してみよっかな」

「うん、いつでもおいでよ。って、私多分バイトだから勝手においでって言うのも変な感じだけど……」

「ま、がんばりなよ。ぼくはお昼ご飯買ってくる」

 手のひらを翻し、廊下の向こう側へと消えていったエトの後ろ姿を見送り、七種もお昼ご飯に戻った。

 やがて迎えた放課後、校舎にはまだたくさんの人影。

 部活に励む生徒の声や教師たちの話し声、沢山の息遣いに囲まれたその場所をかき分けて七種は校舎を後にする。


 時を同じくしてアトリエ〈いりあ〉では、イリアが一人でアトリエ内の片付けを終えて出かける準備を整えていた。

 イリアにとっては、あまり望ましくない相手と会うための準備を。


 魔女には大きく分けて二種類の派閥がある。

 一つはインナーと呼ばれる派閥。

 同じ魔女や一般人からの依頼を受けて、それを解決して成功報酬を貰うなど、いわゆる何でも屋に相当する。

 基本は特定の依頼を専門的に請け負う、レレンのような魔女がほとんどだ。


 中には一般的な医療、及び法的機関では取り扱って貰えないような依頼を請け負うこともあるが、インナーの魔女たちは一般人との共存に重きを置いているため、法に反する行動を取ることはほとんどない。


 しかし二つ目の派閥、アウターは違う。

 依頼を請け負う相手に大きな変わりないが、一つだけ違う点がある。

 依頼人となる相手は、ある意味では一般人とは言えない相手ばかり。


 一般的な医療、及び法的機関では違う意味で決して取り合って貰えないような、法に反するであろう依頼を専門的に請け負うものが大半を占めている。


 暗殺は勿論のこと。

 臓器や違法薬物の売買に加え、時には国同士の戦争を引き起こす火種すら作るなど、報酬次第では町や国が滅びかねないこともする。


 故に情に流されて安い報酬で依頼を請け負っているインナーのことをアウターは嘲笑い、報酬のために法を犯し命を弄ぶような行動ばかりするアウターのことを、インナーもまた軽蔑していた。


 一般人や魔女からの依頼を請け負い、またその依頼を解決するに適した人材を斡旋する。

 そんな仲介人としての役割を担っているイリアがこれから会おうとしているのは、時には国家転覆さえ起こしかねない、そんなアウターに属する魔女の一人だ。

『……私はあまり、奴は好かん』

「私もよ。だけど彼女は、時にはあの調査依頼のスペシャリストであるレレンにすら探れない情報を見つけ出すことさえある」

『裏ルート、と言うやつだな』

「それだけじゃないけどね。少なくとも現状、負の蕾トゥーバッドについての情報を探れる可能性があるのは彼女だけよ」

「────……興味深い話してるじゃん、ブローカー」

「錬成の……どうしてここに?」

「いやぁ、知り合いの話をしてたからつい、ね。別におっぱじめようなんて気はないよ、そもそも荒事は専門外だし」

「なら悪いけど、私これからその知り合いに用があるの。おっぱじめる気がないなら今日のところはお引き取り願うわ」

「嫌われたもんだね……ま、当然か。招かれざる客であることに違いはないし。また近いうちに会おうよ。そのうち立場なんて言ってられなくなるからさ」

「……何を知っているの、貴女は」

「逆だよ。何も知らないから来たんだ、挨拶に。じゃあねブローカー」

 扉越しに挨拶を済ませた錬成の魔女は、煙とともに姿を消した。

 ただ事ではない。

 などと言う言葉は、王権より調査依頼が持ちかけられた時点ですでに察していたこと。


 しかしアウターに属する魔女が自ら、インナーの顔たるイリアの前にまで姿を現すなど、王権の依頼以上に尋常ではない事態なのだと理解させるには十分だ。

「急ぎましょう、この胸騒ぎ……嫌な予感しかしない」

『事が荒立たなければいいんだがな』

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