加代と竜神

ミクラ レイコ

加代と竜神

 天下統一を夢見て武将達が動き回る時代。ある農村の湖に、人々が集まっていた。


「……済まない、加代かよ。だが、全てお前が悪いのだ」


 村長が、眉根を寄せて加代を見る。加代は今、白い死に装束を着て湖の縁に建てられたやぐらに立っている。加代は今から、贄として龍神に捧げられるのだ。


「ああ、可哀想な姉様。でも、仕方ないわよね。姉様は私を虐めていたのだから」


 ニヤニヤした顔で、加代の妹の沙耶さやが加代に話し掛ける。



 加代の母親が亡くなってから、加代の父親である村長は新しい妻を迎えた。その妻が連れていたのが沙耶だった。


 しばらくは平和な日々が過ぎていったが、徐々に加代の立場は苦しくなった。沙耶が、加代に虐められていると両親に訴えるようになったのだ。

 もちろん加代は虐めてなどいないのだが、両親は沙耶の話を鵜吞みにし、加代に冷たく当たるようになった。


 そんな中、村に飢饉が起こり、龍神の祟りではないかと囁かれるようになった。そして、龍神への贄として、加代を捧げる事になったのだ。



「どの家も、自分の娘を贄になど出したくない。しかし、お前のような意地の悪い娘なら話は別だ。せめて、贄になって村の役に立て」


 父親である村長は、そう言って櫓に上ると、加代を櫓からドンと突き落とした。大きな波音を立てて加代は湖に沈む。


 冷たい水に身体を包まれながら、加代は考えた。どうしてこんな事になったんだろう。私は何か沙耶を傷つけるような事をしただろうか。……どうでもいいか。今更考えたところで、誰も助けてなどくれない。


 そう思っていると、不意に加代の身体が温かくなった。まるで、誰かに抱きかかえられているようだ。


 目を開けると、目の前には白髪の若い男がいた。美しい顔で、頭に角が生えているのも見える。その男は、加代を抱えながら優しい笑みを浮かべていた。



 気が付くと、加代は男に横抱きにされた状態で湖の上に出てきていた。男は、湖の上に立っている。


「な……何だ、この男!」

「待て!その白髪に大きな角……まさか、龍神の化身!?」


 男の姿を見た村人達は驚き、騒ぎ出す。龍神は、村人達をジロリと睨んで口を開いた。


「私の将来の妻を亡き者にしようとしたのはお前達か」


 村人達も加代も、一瞬龍神が何を言っているのか分からなかった。何せ、加代自身も龍神と夫婦になる約束をした覚えなど無いのだ。


「ここにいる加代は、昔怪我をした私を助けてくれた。その時から、私は加代を妻にすると決めているのだ。……まあ、私はその時人間に扮していたから、加代は私が龍神だと気付いていなかったようだが」


 思い出した。確かに加代は八年前、怪我をした旅人の手当てをした事がある。あの時は彼が黒髪だったから気付かなかったが、龍神だったのか。


「嘘よ……姉様が龍神様の妻になるなんて……」


 沙耶が震える声で呟く。龍神は、沙耶の方を振り向くと、冷たい声で言った。


「加代がこんな扱いを受けていたのは、全てお前が原因だな。……報いを受けるがいい」


 龍神が宙に手を翳すと、沙耶が顔を覆ってその場に屈みこんだ。


「あああっ!痛い、痛いいいいいい……!!」


 しばらくして痛みが治まったのか、沙耶は顔から手を離す。その顔を見て、村人は皆ぎょっとした。

 目を除いた沙耶の顔の右半分が、緑色の鱗で覆われていたのだ。


「私としては、命を奪っても良かったのだがな。そうなると、優しい加代は心を痛めるかもしれないし、これくらいにしてやろう。……嫁の貰い手があるといいな」


 龍神は、冷たくわらった。自身の状況を理解した沙耶は、再び両手で顔を覆うと、絶望の叫びをあげた。


「ああああああ……!!」


「さて、加代。いきなりで申し訳ないが、私の妻になってくれ。全力でお前を幸せにすると誓おう」


 いきなりそんな事を言われても、すぐに頷く事など出来ない。でも、この龍神が自分を救ってくれた事も事実。

加代は、龍神の美しい顔を見ながら、顔を真っ赤にして「もう少しあなたの事を知ってから返事をしても宜しいでしょうか……」と呟くのが精一杯だった。

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加代と竜神 ミクラ レイコ @mikurareiko

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