第6話

 「全員テストもらったなー。再試の文字がある人は良く復習して試験に臨むように!」

今日は英語だけが返された。カズがこちらを向いて小さくガッツポーズをしている。赤点回避ということか。僕もふーっと小さく息を吐いて、答案用紙を広げる。七十点か。平均点が六十四点だから可もなく不可もなくといったところだ。

この調子で数日掛けて答案が返された。その度にカズが小さくガッツポーズしたりVサインを送ったりしてくる。少々鬱陶しくも感じるがそれだけ嬉しいのだろう。これは僕や梢ちゃんのおかげというよりひかりのおかげだろうな。

こうして僕らは無事に期末試験を終え、夏休みに入った。


 ミンミンミンとセミの声が耳を刺す。そして空に浮かぶ溶けた水銀のような真夏の太陽が僕らを焼き付ける。その熱は地面じりじりとしみ込んでゆく。アスファルトがまるで鉄板のように熱くなる。夏が来た。

♪ピロリン♪

梢ちゃんからメールだ。

『今度の月曜日、水族館に行きませんか?』

 よく見ると、一斉送信になっている。僕のほかに二人、カズとひかりだ。僕は快くオーケーした。カズとひかりも来られるようだ。

 今は10時46分。少し早く着きすぎたか…、と思いながら待ち合わせ場所に行くと薄桃色のワンピースが風に吹かれて揺れている。梢ちゃんだ。僕に気が付くと嬉しそうに手を振った。

「早いね、あおいくん。私もだけど」

梢ちゃんが息を漏らすようにふふっと笑う。

まもなくしてカズとひかりもやってきた。

「見て!チンアナゴ!」

意外だった。ひかりが一番はしゃいでいる…。今日の日記にはひかりの意外な一面を見たと書いておこう。はしゃぐひかりの横で梢ちゃんは静かにチンアナゴを見つめていた。緩んだ表情をしている。その顔に僕は惹きつけられるように見入ってしまった。梢ちゃんが僕の視線に気が付き、頭を傾けた。

「なっ、なんでもないよ」

「そう?」

「う、うん」

なぜか心臓が跳ねた。

水族館を存分に堪能した僕たちはお土産にイルカのスノードームとキーホルダーをそれぞれ買った。おそろいである。なんだかちぐはぐな僕たちだけどこれからもっと仲良くなれそうな、そんな気がした一日だった。

家に着き、鍵を開けた。階段を上がって自室に入ると、ふと一冊の本が目に留まった。おばあちゃんが進学祝いに買ってくれた本が薄く埃をかぶっている。毎日絵を描いてばかりいてまだ読めていない。

「そろそろこれ、読むか」

一ページ目を静かにめくった。文字を目でなぞるようにたどるが、一向に頭に入ってこない。頭に浮かぶのは今日のあの瞬間。梢ちゃんがチンアナゴを見つめていた、その光景だけだった。


 「あおい、おばあちゃんから」

そう言ってお母さんは僕に受話器を差し出した。

「もしもし、あおちゃん?元気にしてた?」

おばあちゃんの声を聞くとどこか温かくなる。

「元気だよ。どうしたの?」

「いいお友達ができたみたいね。お母さんから聞いたわよ。今度お友達を連れてうちにいらっしゃい」

お母さんの方をちらりと見る。お母さんは窓の外を見ていた。

「ありがとう。友達と相談するね」

「そうね。また連絡頂戴ね」

そう言っておばあちゃんは電話を切った。

電話を終えてすぐ液晶画面に向かった。

『よかったらみんなで僕のおばあちゃんの家に行かない?』

[送信]を押した。

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