第13話 お家訪問

 次の日、学校へ行くとまだ予鈴が鳴る前だと言うのに有栖川さんが頬杖をついて席に座っていた。いつもよりも何倍も禍々しいオーラを放ちながら。

 

「ごきげんよう、稲葉くん。」

「おはよう。有栖川さん。今日は早いね。」

「昨日のことをおじい様とおばあ様に咎められて、しばらく、一人での行動は禁止よ。だから、送られて学校に来たの。やっと最近、昼間の外出は許可されていたのに。」

 

 なるほど、昨日のあれは有栖川家にとっては大問題だったのか。まあ、女の子が一人で夜道を出歩くのは危ないもんな。それにお嬢さまときたら。

 

「そっか。有栖川さん、お嬢様だから。」 

「違うわよ。確かにちょーとばっかり金銭的余裕が?由緒正しい家柄が?あるかもしれないけれど、私が女の子だからとか、お嬢さまだからじゃないわ。過保護なのよ。か、ほ、ご!」

 

 使用人がいるほどのお嬢さまだから、過保護になるんじゃないの。ああ、でも、亜希さんは有栖川さんに前科があるとかって言ってたな。

 

「そうなんだ」

「そうよ。」

 

 いつもよりも目と眉毛の距離が近い彼女は、大きなため息をつく。

 

「はあ、いつもより妄想がはかどるわね。」

 窓の先を眺めて、また、ため息をつく。

 

「なんで、昨日は出歩いたの?」

「さあ?気分だったのよ。なんとなくあなたに会える気がしたし。」

 

 恥ずかしくもなく、よくそんなセリフをすらすら言えるよな。僕は、少し目を逸らして、平然を装うのに必死なのに。

 

「勘?勘で僕にたどり着いたの?」

「そうね。もしかしたら、そう願ったのかも。でも、エリスがいたのは想定外。あなたたち、何をしていたのかしら。」

 

 少し考えるけど、エリスは何をしたかったんだろ。

 

「……分かんない。ブランコに乗ろうって誘われただけだし。」

「まあ、いいわ。本人に聞くし。昨日は楽しかったし。」

「それは何より。」


 ざわざわと教室は賑やかになっていく。

 担任が有栖川さんを見て

 

「おはよう。ここ最近、がんばってるじゃないか。」

「ええ、今日は祖母が学校まで送ってくださったので。」

 

 よそ行きのような取り繕った顔で彼女は微笑む。こんな朝から彼女がいるのは珍しいもんな。にしても、よそ行きの顔はお世辞にでも上手いとは言えず、あまり接点のない僕でもわかるほど下手くそな笑顔だった。


 四限目が終わり、お昼休みに入ると、何も言わず有栖川さんが机をくっつけてきた。

 

「え?」

 

 僕はびっくりして固まってしまった。だって、こんなの想定外だ。

 

「なに?」

 

 と有栖川さんは僕に気にせずお弁当の風呂敷を広げる。

  

「ほら、お昼休みにご飯を一緒に食べるのは、日直の間だけって。」

「いいじゃない。何も減るもんじゃないし。」

 


 いやいやだって、周りの視線が気になるんだもの。僕の心がすり減っていく。ほら、なんか今日もいつにもまして鋭い視線が突き刺さっているようだし、1週間だけどと思って我慢したのに。どうしてまた、僕とご飯を食べたがるのだろうか。

 有栖川さんは


「稲葉くんは今日もパンなのね。」


 と話しかけてくるので僕は諦めた。きっと有栖川さんに何を言っても無駄だと悟った。今までの経験がそう物語っているのは明白だ。

 

「まあね、両親どっちも仕事で忙しいから。」

「焼きそばパンの紅生姜って私要らないと思うの。あんなの色味だけじゃない。焼きそばの味も存在も邪魔するのよ?私邪道だと思うわ。」

「敵を増やすような発言だ。」

 

 別に、有栖川さんとご飯をともにするのは苦ではないし、周りさえ気にしなければ、どうってことない。

 そう、他人さえ気にしなければだ。


「そう言えば、祖父母があなたを家に招待したいんですって。」

「え?何で?」

「昨日のお詫びと、お礼を兼ねてだそうよ。」

「僕、そこまで大したことしてないし。」

「あの人たち、案外頑固だから、素直に受け取るのが得策よ。」

「なるほど、分かったよ。」

「きっと、おいしいごはんにありつけるに違いないわ。楽しみにしていて。」

「うん。分かったよ。お腹、腹ペコにしていくね。」


 というわけで僕は今週末に有栖川さんの家にお邪魔する事になった。


 多分、僕が想像するに、有栖川家は豪邸だと思う。爺ちゃん婆ちゃんを様付けで呼び、使用人がいる。その人からも様付け。格式が高いお家にお呼ばれするのだ。それなりの身なりで行かなければ失礼だろう。

 有栖川家にお邪魔する前日の夜、僕はタンスとにらめっこしていた。あまり出歩かない僕は洋服が少ないのだから、いつもはこんなにも悩まない。しかし、服が少ない分、どれもお屋敷に着ていく服装ではないような気がして、一層悩ましい。これから、買いに行こうか。そっちのほうが手っ取り早そうだし。

 時計をチラリと見ると、僕のデジタル時計は二十時を示していた。……もう閉まってる時間のはずだ。

 どうにかして、マトモな服を取り繕わなければ!

 

「おにい、お風呂ー!」

 

 妹が僕の部屋を覗き込む。

 

「うわっ!何?どうしたの?断捨離?」

 妹は異様な光景でも見たかのように目を丸くし、広がった洋服を見る。

 

「いや、明日の服どうしよかなって……。」

「明日の服⁉いつも適当じゃん!」

 

 何か勘づいたように、だんだんと妹の顔が青ざめていく。

 

「ま、まままままさか!おにい、デート⁉デートじゃないよね⁉」

 

 僕の肩に手を置いて、前後に揺らすが首がもげそうだから止めてほしい。

 

「デートなわけないよー」

「だ、だだだよねっ!おにい、そもそも友達いないし……。」

 

 とっても失礼だが、事実なので何も言い返せない。それにしても、兄がデートに行くかもしれないことでこんなに取り乱すとは。今は少しマシになったが、妹は少々ブラコン気味なのだ。

 

「でも、デートくらいのビッグイベントなんだよね?」

「ビッグイベントなのかな。ちょっと格式の高いお家にお呼ばれしたんだけど。」

「……っ!娘さんを僕にくださいってやつ……!?」

 

 彼女は一つのことに夢中になると周りが見えなくなるタイプなので、僕の「家」という単語だけに反応したんだろう。

 それ、結婚の挨拶だし。デートじゃないって言ってるのに。

 

「別に女の人ってことはないでしょ?知り合いが家に招待してくれるって言うから、どんな服を着ていけば恥欠かないかなって。」

 

 嘘だ。有栖川さんは女の子なので、僕は女の子の家にお呼ばれしたのだ。知りあいは嘘じゃないけど。

 まあ、嘘も方便だ。このままだと埒が明かなそうだし。

 

「……確かに。友達がいないおにいに女の子なんて早いもんね!じゃあさ、お父さんに借りればいいんじゃない?」

「そっか!お父さんなら持ってるか。」

「格式が高いってどれくらい高いの?」

「さあ?使用人がいるくらいには立派なお屋敷だと思うけど。」


 事なきを得た僕は、無事にお父さんからベストと時計を貸してくれた。それにしても、なんだかビックリしたような顔をしていたな。鳩が豆鉄砲を食ったようだった。そして、それを聞いていたお母さんが目元を押さえていたのはどうしたのだろうか。そんなにも感動すること?それに、手土産と急いで買ってきてくれたのは、いかにも高級そうな菓子だった。普段、目にすることのないおいしいやつだ。誰かの家にお邪魔する機会がない僕はそこまで頭が回っていなかったのでありがたい。


 翌日、いつもよりも時間にゆとりを持って起きた僕は、出かける準備をする。如何せん、家族以外と出かける機会が少ない僕は朝からソワソワしっぱなしだ。もともと持っていた白いシャツに落ち着いた色のチノパンを履く。お父さんから借りたベストは少し肩幅が大きく、見慣れない格好のせいか借り物感があるが、致し方ない。

 鏡を見て、寝ぐせがないかを念入りにチェックして髪を整える。多分大丈夫だろう。

 高校の入学式以来に取り出した革靴を履き、お母さんが買ってきてくれた手土産の入った紙袋を持ち、家を出ようとすると、家族が総出で出送る。

 

「行ってらっしゃい‼」

 

 と父母妹は手を振る。まるで大ごとのように。

 家を出る前から緊張していた僕は震えそうな手で靴ひもを結び

 

「い、ってきます。」


 と三人の圧に押され、よろめきながら家を出た。

 そこまでのビックイベントではないはずなのに僕の入学試験のときぐらいの熱量を感じた。

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