心音探偵セレナ

匿名AI共創作家・春

第1話

放課後の教室は、人の気配が嘘のように消え、空気が澄んでいる。セレナはいつも通り、ヘッドフォンを深く被り、世界のノイズから自分を隔離していた。周囲の心の声──「早く帰りたい」「宿題まだ終わってない」「あの人の服、可愛い」──といった断片的な声の洪水が、音楽によってかき消されていく。それが、彼女の日常だった。

​ある日、彼女の耳に、いつものノイズとは違う、奇妙な音が流れ込んできた。それは、特定の場所から発せられる、単調な不協和音。まるで、壊れたオルゴールのような、歪んだ旋律。

​音楽室のピアノ。

​セレナがヘッドフォンを外すと、その音はより鮮明になった。ピアノの鍵盤を叩くような、不安定で、途切れ途切れの音。音のする方へ向かうと、そこには転校生の水無瀬澪が一人、消え入りそうな音でピアノを弾いていた。その背中に、セレナは触れた。

​その瞬間、頭の中に声が流れ込む。

「…私が消えれば、みんな笑うんでしょ」

「…助けて」

言葉ではない。感情の渦。恐怖、絶望、そして微かな希望。それらが、ピアノの旋律に乗ってセレナの心を揺らす。

​数日後、澪が学校に来なくなった。教室の机の上には、何も置かれていない。クラスメイトたちは「転校したらしいよ」と囁き合う。その言葉に、嘘はなかった。

​しかし、セレナには聞こえていた。

空っぽになった澪の机に触れた瞬間、彼女の心が残した「語りの残響」が、微かに響く。

​「…誰にも言えなかった」

​その声を手がかりに、セレナは「語られなかった物語」を紡ぎ始める。

​「澪さんは、いじめられていた」

​セレナが放ったその言葉は、まるで教室の静寂を切り裂くナイフのようだった。

向かいの席で本を読んでいた東雲灯里が、顔を上げる。彼女は生徒会副会長であり、クラス委員も務める、まさに「制度の常識」を体現する存在だった。

​「どうしてそう思うの? 証拠は? 先生も何も言ってないし、誰もそんなこと言ってないわ」

​灯里の言葉は、完璧な論理でセレナの言葉を否定する。彼女の心の声は、セレナには聞こえない。無音を愛し、沈黙を美学とする灯里の心は、強固な壁で守られているようだった。

​「……心の声が、そう言ってた」

​セレナは、自分の能力について説明しようとはしなかった。ただ、聞いたことだけを伝える。

​「心の声? それ、証明できるの? それは“証言”でも“記録”でもない。ただの、あなたの……」

​灯里は言葉を詰まらせる。セレナの瞳は、嘘をついていなかった。だが、彼女の知る「常識」や「制度」の中には、セレナの言葉を正当化する根拠はどこにもなかった。

​沈黙が二人の間に流れる。それは、セレナが聞く無数のノイズとは異なる、透明で、どこか重苦しい静寂だった。

​その時、一人の少女が教室に入ってきた。鷹取茜。加害者グループ「十五夜」の中心人物だ。彼女の視線が、空っぽの机に向けられる。

​「あーあ、澪ちゃん、転校しちゃったんだ。ちょっと寂しいな」

​茜の言葉は、親友を気遣う優しさに満ちていた。しかし、セレナの耳には、その言葉の裏側で、「邪魔者が消えて清々した」という心の声が、歪んで響いていた。

​茜は灯里に向き直る。「何かあったの? 灯里ちゃんも大変だよね、クラス委員だし」

灯里は、茜の言葉に違和感を感じながらも、言葉に詰まる。

​「…ううん、何でもない。ただの噂話よ」

​灯里は、制度を守るために「噂話」という言葉でセレナの言葉を否定した。

その瞬間、セレナは、灯里の心が微かに揺れているのを感じた。

​「…私を、信じてくれないの?」

​セレナの問いに、灯里は静かに答える。

​「違う。……どうすれば、それを証明できる? あなたを信じるための“言葉”を、私に教えて」

​それは、セレナの「語りの残響」と、灯里の「制度の論理」が交差する、初めての瞬間だった。


私がセレナを信じたいと思ったのは、彼女の言葉に嘘がなかったからだ。心の声が聞こえる、なんて話は非現実的で、生徒会副会長としての私の常識からすれば、受け入れがたいものだった。だが、彼女の瞳は、決して虚構を語っていなかった。

​「どうすれば、それを証明できる?」

​私が口にしたその言葉は、セレナの言葉を否定するためのものではなかった。むしろ、彼女の言葉を「制度の言葉」に翻訳し、真実として扱うための方法を探る、私なりの問いかけだった。

​翌日、私はセレナを呼び出した。放課後の図書館。風紀委員の巡回ルートから外れた、古書の並ぶ一角。ここは「制度」の目が届きにくい場所だ。

​「昨日の話、もう少し詳しく聞かせてくれないか。澪さんがいじめられていたという、その“心の声”について」

​セレナはヘッドフォンを外し、静かに語り始めた。彼女が聞く「声」は、言葉ではなく、感情や記憶の「断片」であること。そして、その断片が、今回の事件の加害者である「十五夜」のメンバーたちの心に強く残っていること。

​「一番は、鷹取茜さん。彼女の心の声は、言葉と全然違う。…嘘をついている」

​セレナの言葉を聞きながら、私はメモを取る。彼女が「言葉と心のズレ」として語るそれを、私は「語りの不一致」と名付けた。これは、論理的に分析できるはずだ。

​「彼女たちの心の声は、いつ、どこで聞こえるんだ?」

​「場所や物に残っている、感情の残り香みたいなもの。教室、下駄箱、あとは…よく彼女たちが集まっている、中庭のベンチとか」

​「分かった。今日から、私が**『記録係』**になる」

​私の役割は、セレナが拾い集める「語りの断片」を、現実の「記録」として残していくこと。それは、彼女の“感性”を、私の“論理”で補強していく作業だ。

​その日から、私たちの奇妙な調査が始まった。

​セレナはヘッドフォンを外し、中庭のベンチに触れる。数秒間、目を閉じ、何かに耳を傾けるように集中する。そして、私に告げる。

​「…『あいつ、泣きそうになってて面白かった』…って、声が聞こえた。誰かの心の声」

​私は、その言葉をメモに書き留める。日付、時間、場所。そして、「鷹取茜の心の声」と、彼女の言葉と心のズレを推測で書き加える。

​次の場所は、教室の片隅。誰も使っていない、空っぽになったロッカー。セレナが扉に触れると、微かな「音」がする。

​「『もう、あそこにいなくてもいいんだって、安心した』…」

​私はその言葉を「語りの残響」として記録した。それは、澪さんの心が最後に残した、安堵の感情の欠片だった。

​セレナが「語りの断片」を拾い、私がそれを「記録」していく。

私たちの推理は、従来の探偵譚とはまったく違っていた。証拠や証言を集めるのではなく、言葉の裏側にある「心の声」を再構築していく。

​しかし、鷹取茜の心の声は、あまりにも巧みに偽装されていた。表向きは優等生で、周りからの評判も良い。彼女の言葉は完璧な「制度の言葉」で、セレナの聞く「心の声」を、ただの妄想に過ぎないと否定することもできる。

​このままでは、「語りの不一致」だけでは、決定的な証拠にはならない。

​「…足りない。茜さんの心を揺さぶる、もっと強い“語り”が必要だよ」

​セレナが呟く。その言葉に、私ははっとした。

彼女が聴くのは、感情の残響。ならば、感情を強く揺さぶる出来事を起こせば、彼女の心の声が、偽装できないほど露わになるのではないか?

​私は、論理と常識の枠を超え、一つの計画を立てた。

それは、いじめの被害者である澪が、もう一度学校に戻ってくるという噂を流すこと。

澪さんの「語りの残響」が、加害者たちの心の奥底に眠る「語りの歪み」を、表面に引きずり出すだろう。

​そして、その計画は、私たちの予想をはるかに超えた、新たな事件の引き金となることを、まだ誰も知らなかった。


​私は、自分が何をしようとしているのか、冷静に考えていた。生徒会副会長としての私が、根拠のない「噂」を流す。これは、私の信念と常識に反する行為だ。だが、セレナの**「どうすれば証明できる?」**という問いは、私の常識では答えられない場所へと私を連れてきた。

​放課後、私はこっそりとSNSにアカウントを作り、「水無瀬澪さんが学校に戻ってくるらしい」という匿名の一文を投稿した。情報源は「確かな筋からの情報」として匂わせる。それは、私がこれまで最も軽蔑してきた、不確かな「語り」の形式だった。しかし、これがセレナの「心の声」を証明するための唯一の手段だと、私は信じていた。

​翌日。教室は、いつもと変わらない賑やかさだ。しかし、セレナの横顔が、いつもより緊張しているように見えた。彼女のヘッドフォンからは、いつもの音楽ではなく、私たちが作った「噂」に反応する、加害者たちの心の声が流れ込んでくる。

​「…は? 戻ってくるって、どういうこと?」

​セレナが耳元でささやく。それは、鷹取茜の心の声だった。表向きは何も変わらない表情だが、その心の声は、明らかに動揺している。

​「…私たちがしたこと、バレるんじゃ…」

​それは、別のメンバーの心の声。この「噂」は、彼女たちの心の奥底に眠る、罪悪感や恐怖といった「語りの歪み」を、鮮明に浮かび上がらせていた。

​私が流した「噂」は、加害者たちの心の声を揺さぶる「語りの揺さぶり」として機能している。その記録を、私はノートに書き留めていった。

​「『あの話、本当なの?』って、皆で集まって話してる。心の声は、焦ってて、すごく汚い音になってる…」

​セレナは、まるで汚い音を聴くかのように、顔をしかめる。彼女の能力は、加害者たちの心の声から、その醜さや歪みをそのまま拾ってしまう。

​しかし、この日の放課後、事態は急変した。

私は、生徒会の会議に出席していた。議題は「いじめ防止対策」。そこへ、一台の救急車が校門に到着したという連絡が入る。

​「…屋上から、生徒が転落した」

​言葉にならない動揺が、会議室を包んだ。私は頭が真っ白になりながら、セレナの居場所を考える。彼女は、きっとこの「事件」の現場にいるはずだ。そして、そこにいる人々の「語りの残響」を聴いているに違いない。

​私は、生徒会の会議を抜け出し、屋上へ駆け上がった。そこにいたのは、風紀委員の柊真澄。彼女の表情は、いつになく強張っていた。

​「東雲さん…君の流した噂のせいで、こんなことになったんじゃないだろうな?」

​真澄の言葉は、私の心を突き刺す。彼女のいう「噂」とは、私が流した「澪さんが戻ってくる」という匿名の投稿のことだ。

​屋上を見下ろすと、地面に救急隊員が集まっているのが見える。その中心には、うずくまる人影。

​そして、その人影のそばに、呆然と立ち尽くすセレナの姿があった。

​彼女の顔は青ざめ、ヘッドフォンは床に落ちている。

その場に、無数の心の声が響き渡る。

​「…私が突き落としたんじゃない!」

「…見られた? 誰かに見られた?」

​そして、セレナの耳には、転落した人物の、最後の「語りの残響」が響いていた。

​「…許さない」

​私が流した「噂」は、加害者たちの心の声に火をつけ、新たな事件を引き起こした。

私たちは、単なる「いじめ」という事件ではなく、「語りの歪み」によって引き起こされた、殺人未遂事件に巻き込まれたのだ。

​私の「論理」とセレナの「感性」は、この事件の真実を「証明」できるのか?

そして、事件の鍵を握る、「許さない」という最後の心の声は、一体誰に向けられたものだったのか?

​物語は、ここから本格的に動き出す。

屋上へ向かう階段を駆け上がりながら、私の頭の中は混乱していた。「噂」を流したのは、セレナを信じるための、そして真実を証明するための手段だったはずだ。それが、なぜこんな結末を招いた? 柊真澄の鋭い視線が、私の罪を問うように突き刺さる。生徒会という「秩序」を守ってきた私が、その秩序を自らの手で崩してしまった。

​屋上のドアを開けると、冷たい風が吹き付け、血の匂いが混じった鉄の匂いが鼻をついた。転落したのは、いじめの加害者グループ「十五夜」のメンバーの一人、葉山朱音。彼女は意識を失い、救急隊員に囲まれていた。そのそばに、呆然と立ち尽くすセレナの姿があった。

​セレナの顔は、あまりにも青ざめていた。彼女はヘッドフォンを落としたまま、一点を見つめて動かない。無数の心の声が、彼女の耳に洪水のように押し寄せているのだろう。

​「東雲さん…」

​真澄の声が、私を現実に引き戻す。

​「どうしてここに? 君の責任を追及する前に、屋上での出来事を話してもらおうか」

​真澄の言葉は、完璧な論理で私を追い詰める。だが、私が知るべきは「論理」ではなく、セレナが聴いた「心の声」だった。私は真澄を無視し、セレナのもとへ駆け寄る。

​「セレナ! 大丈夫? 何が聞こえたの?」

​私の声に、セレナはゆっくりと顔を上げた。彼女の瞳は、まるで遠い場所を見ているようだった。

​「…汚い音だった。嘘と、恐怖と、裏切りの…」

​セレナが呟く。それは、十五夜のメンバーたちの心の声。

​「…『朱音が勝手に…』『私は見てない…』『これで全部バレる…』」

​彼女たちが、朱音の転落を見ていたこと。そして、互いに責任をなすりつけ合っていることが、心の声から読み取れた。

​「でも…」

​セレナは震える声で続ける。

​「…一番聞こえたのは、**『許さない』**って声。朱音さんの心の声…最後に聞こえた、一番大きな音」

​私はノートを取り出し、その言葉を書き留めた。「許さない」という、被害者の最後の言葉。

しかし、次の瞬間、セレナは別の「心の声」に耳を澄ませた。それは、私には聞こえない、別の誰かの声。

​「…違う。その声は、朱音さんのものじゃない。突き落とした犯人の心の声よ!」

​セレナの言葉に、私は息をのんだ。

朱音は、自分を突き落とした犯人の顔を見ていた。そして、その犯人の心は、「許さない」という感情で満たされていた。

​私は、セレナの言葉を「語りの歪み」として、論理的に分析する。犯人の心が「許さない」という言葉を発する。それは、犯人が朱音に対して、個人的な恨みを抱いていたことを示唆している。

​犯人は、十五夜のメンバーの中にいる。

そして、その動機は「復讐」だ。

だが、十五夜は全員が加害者。一体、誰が、誰に復讐するというのか?

​その時、私は、私たちの推理が抜けていた一つの「語り」に気づいた。

それは、いじめの被害者である水無瀬澪の「語り」。彼女は、転校という形でこの場を去った。だが、彼女は、本当に「語り」を終えたのだろうか?

​私は、セレナに問いかける。

​「…セレナ。澪さんは、本当に学校からいなくなったの?」

​「…心の声は、そう言ってる。でも、もう一つ、別の『語り』が聞こえる…」

​セレナは、目を閉じて、その声なき声に耳を澄ませる。

​「『ゲームオーバー』…って、誰かが言ってる…」

​それは、ゲームを終わらせる合図。

そして、この事件の真犯人は、「十五夜」をゲームとして支配し、楽しんでいた人物だったのかもしれない。

​私の論理とセレナの感性が、新たな容疑者を突き止めた。それは、私たちが見ていた世界とはまったく異なる、もう一つの「語りの世界」の住人。

​私たちの推理は、ここから「語りの真犯人」を追う、最終章へと突入する。


「ゲームオーバー」

​セレナが呟いたその言葉は、私に電流が走ったような衝撃を与えた。それは、単なる心の声ではない。この事件全体を、一つの「ゲーム」として見立てている、第三者の存在を示唆していた。

​私が流した「噂」。それによって動揺した「十五夜」のメンバーたち。その混乱に乗じて起きた転落事件。すべてが、まるで誰かの計画通りに進行したかのように思えた。

​「セレナ、もう一度、その声を聞かせて」

​私はセレナに、落ちていたヘッドフォンを渡す。彼女は深く息を吸い込み、再びそれを耳に当てた。

​「…聞こえる。屋上だけじゃない。この学校の、あちこちで…誰かの心が、笑ってる…」

​セレナの能力は、その人物の感情が強ければ強いほど、遠くからでも声として拾える。その「笑い」は、屋上での転落事件を、心から楽しんでいるようだった。

​「その笑い声…誰の声? 誰が笑ってるの?」

​セレナは首を横に振った。

​「分からない。言葉は聞こえない…ただ、笑い声だけ…」

​その時、私たちの背後から声がした。生徒会副会長として、冷静な判断を求める柊真澄だった。

​「屋上での転落事故について、君たちから話を聞かせてもらいたい。目撃証言は?」

​私たちは、真澄に真実を語ることはできない。セレナの能力を明かせば、彼女は異端者として扱われ、この事件の「論理」から排除されてしまうだろう。

​私は、セレナの能力を「感情の観察」という言葉に置き換えて、真澄に語った。

​「私たちは、いじめを苦に、誰かが自殺しようとしているのではないかと思い、様子を見に来ました。その時、屋上から誰かが転落するのを目撃しました」

​「誰が転落したのかは、分かりますか?」

​「…葉山朱音さんです」

​私の言葉は、真実と嘘を巧妙に混ぜ合わせたものだった。真澄は、私の言葉を記録しながら、冷静に事件の状況を整理していく。

​「朱音さんのいじめ加害について、以前から噂はあった。今回の件も、いじめが原因のトラブルだったのだろう」

​真澄の「語り」は、この事件を「いじめ」という枠組みに収めようとしている。それは、学校という「制度」が、事件をコントロールするための、安全な解釈だった。

​「…違う」

​セレナが、小さく呟いた。

​「この事件は、いじめじゃない。ゲームだ…」

​私は、慌ててセレナの肩を掴んだ。真澄の「論理」は、セレナの「感性」を、ただの妄想として切り捨てるだろう。

​しかし、真澄はセレナの言葉を、静かに受け止めた。

​「ゲーム? 面白い表現ね。…だが、それはあくまで、君たちの個人的な感情だ。この学校の秩序を守るためには、客観的な証拠が必要だ」

​真澄の言葉は、私に新たな「論理」を与えた。

​「…ゲームの、ルールを見つければいい」

​私は、セレナに呼びかけた。

​「セレナ、あの「ゲームオーバー」の声。その声が、他にはどんな言葉を発しているか、探せる?」

​セレナは、静かに目を閉じて、その「ゲームマスター」の声を探し始める。

​「…『よくやった』『素晴らしい結末だ』…そして…」

​セレナは、はっと目を見開いた。

​「…『次は、風紀委員の君だ』…って…」

​セレナが聞いたのは、真澄に向けられた、次のゲームの予告だった。

​私は、真澄の顔を見た。彼女は、私の言葉を聞いて、顔色一つ変えていなかった。

​「…どういうこと?」

​真澄の心の声は、セレナには聞こえない。だが、その言葉の裏には、私には理解できない、彼女なりの「語り」が隠されているように感じた。

​「ゲームマスター」は、私たちを、そして真澄を、次の事件へと誘おうとしている。

​私たちの推理は、「語りの真犯人」を突き止めると同時に、新たな「ゲーム」の始まりを告げたのだ。

セレナが「次は、風紀委員の君だ」と告げた瞬間、私の視線は柊真澄に向けられた。しかし、彼女の表情は変わらなかった。まるで、その言葉が自分に向けられたものではないかのように。その無表情さが、私には逆に不気味に思えた。

​「今の言葉…聞こえましたか?」

​私は問いかけた。だが、真澄は私の言葉を無視し、淡々と尋問を続ける。

​「君は、転落事件の目撃者。その証言を生徒会記録に残す必要がある」

​真澄の言葉は、完璧な「制度」の言葉だ。彼女は、目の前で起こった不可解な出来事や、セレナが語る「ゲームマスター」の存在を、あくまで「いじめによるトラブル」という枠に収めようとしている。

​私の頭の中で、二つの思考が衝突する。一つは、真澄の言葉に従い、論理的な手続きを進めるべきだという「秩序」の思考。もう一つは、セレナの言葉を信じ、真澄の心の奥底に隠された真実を暴くべきだという「共鳴」の思考。

​私は、セレナを信じることを選んだ。

​「柊さん、もう一度聞きます。あなたは、転落した葉山朱音さんと、何か関係があったのですか?」

​真澄の表情に、初めて微かな動揺が走った。しかし、彼女はすぐにそれを隠し、私を冷たく見据えた。

​「個人的な質問は、生徒会記録に関係ない」

​真澄はそう言って、私たちから立ち去ろうとした。その時、セレナが震える声で呟いた。

​「…『よくやった』って、心の声が聞こえる…」

​私は、真澄の背中に叫んだ。

​「誰の心の声ですか、柊さん! あなたは、この事件を『ゲーム』として見ている誰かと、つながりがあるのですか?」

​私の言葉に、真澄は振り返った。彼女の瞳は、まるで奥底に暗い秘密を隠しているかのように、揺れている。

​その瞬間、セレナは真澄に駆け寄り、彼女の手に触れた。セレナの能力は、他者の「語りの残響」を聴く力。真澄の心に触れれば、彼女の「語り」の真相がわかるかもしれない。

​セレナは目を閉じ、真澄の「心の声」に耳を澄ませた。

聞こえてきたのは、言葉ではなかった。

​「…私が、この学校のルールブックだ」

​その心の声は、怒りや悲しみではなく、絶対的な「秩序」と「支配」の意思に満ちていた。そして、その「声」は、かつて私が流した「噂」や、十五夜のいじめ、そして今回の転落事件を、一つの物語として再構築していた。

​「…いじめという『歪んだ語り』は、秩序を乱す。だから、私はそれを『検閲』した」

​真澄の心の声は、自らを「語りの検閲者」と名乗った。彼女は、いじめという「不完全な物語」を許せず、自らの手で「結末」を書き換えようとしていたのだ。

​「…『ゲームオーバー』は、彼女の心の声。柊さんは、加害者たちを裁くために、今回の事件を起こした…」

​セレナが、震える声で推理を組み立てる。

その時、真澄は静かに口を開いた。

​「…無駄なことだ。君たちの推理は、誰にも証明できない」

​真澄の言葉は、私に深い絶望を与えた。セレナが聴いた「心の声」は、あくまで彼女の主観であり、客観的な証拠にはなり得ない。真澄は、そのことを知っている。

​しかし、セレナは諦めなかった。

​「違う。まだ、最後の語りが残ってる」

​セレナは、真澄の瞳をまっすぐに見つめ、最後の問いを投げかける。

​「水無瀬澪さんは、本当にこの学校から去ったの? あなたの『ゲーム』は、まだ終わってないんじゃないの?」

​その言葉に、真澄の顔から全ての表情が消えた。彼女の心は、完全な沈黙に包まれていた。セレナの「感性」が、真澄の「論理」を揺さぶったのだ。

​真澄は、まるで何かに憑かれたように、ゆっくりと口を開いた。

​「…水無瀬澪は、最初から存在しない。あれは、私の『語り』だ」

​その言葉は、私たちのこれまでの推理を、根底から覆すものだった。

​真澄の衝撃的な告白は、物語を新たな局面へと導きました。彼女の「ゲーム」の本当の目的とは? そして、水無瀬澪の「語り」に隠された真実とは?

​次の章では、真澄の告白の真相に迫り、この「ゲーム」の本当のルールを解き明かしていきましょう。


「水無瀬澪は、最初から存在しない。あれは、私の『語り』だ」

​真澄の言葉が、私の頭の中で反響する。

​もし、彼女の言葉が真実なら、私たちのこれまでの推理は、根底から崩れ去ることになる。いじめの被害者は存在せず、セレナが拾い集めた「心の声」は、存在しない人物の残響だったということになる。

​セレナは、真澄の告白に動揺しているようだった。

​「…そんなはずない。だって、澪さんの心の声は、ちゃんと聞こえた…」

​セレナの「感性」は、存在しないはずの「真実」を捉えていた。この矛盾こそが、この事件の鍵なのだと、私の「論理」が叫んでいる。

​私は、真澄の告白を論理的に分解した。

​「真澄の語り」

​柊真澄が、「水無瀬澪」という架空の人物を作り出した。

​彼女は、その「虚構の語り」を、いじめの加害者たち「十五夜」に吹き込んだ。

​転校生という「語り」で十五夜を動揺させ、いじめを誘発させた。

​そして、そのいじめを「検閲」するため、転落事件という「結末」を用意した。

​しかし、この論理には、一つだけ欠陥がある。

​「どうして、そんなことをする必要があったのですか? いじめを止めるなら、先生に告げ口すればいい。あなたがそんな回りくどいことをする理由は何ですか?」

​私の問いに、真澄は静かに答える。

​「告げ口? それは最も無意味な行為だ。口で語られた言葉は、簡単に嘘で塗り固められる。いじめの証拠は、言葉では証明できない。だから、**行動という『語り』**で、彼女たちに罰を与える必要があった」

​真澄は、いじめという「言葉の暴力」を、より強力な「行動の暴力」で裁こうとしたのだ。それは、彼女の考える「秩序」だった。

​しかし、セレナは諦めていなかった。彼女は、真澄の「論理」の奥底に隠された、もう一つの「心の声」を聴こうとしていた。

​「…違う。まだ、何か隠してる」

​セレナが呟く。

​「『ゲーム』は、まだ終わってない。…『復讐のゲーム』…」

​その言葉に、私ははっとした。転落した葉山朱音の、最後の「語りの残響」。「許さない」。そして、セレナが聴いた、真犯人の心の声。「許さない」。

​真澄の「語り」には、復讐という要素が含まれていない。彼女の目的は「検閲」であり、「復讐」ではない。ならば、真犯人は、他にいる。

​「柊さん。あなたは、このゲームを仕掛けた**『ゲームマスター』ではあるかもしれない。でも、あなたは、『復讐者』**ではない」

​私の言葉に、真澄の瞳が微かに揺れた。

​「復讐者…?」

​その時、セレナが、真澄の心の声の奥に隠された、微かな「音」を拾った。

​「…『あの子、私と似ている』…って…」

​セレナの「感性」が、真澄の「論理」の隙間を突き、彼女の過去に触れた。真澄は、かつて、いじめの被害者だったのではないか? そして、その復讐を果たすため、「ゲームマスター」として振る舞い、加害者たちを追い詰めたのではないか?

​だが、真澄の心の声は、それ以上何も語らなかった。

​その時、一人の少女が、屋上へ続く階段を静かに上がってきた。

​その姿は、いじめの加害者グループ「十五夜」のメンバーの一人、望月美羽。可憐な外見とは裏腹に、その瞳は冷たく、どこか高揚しているように見えた。

​美羽は、私たちをまっすぐに見据え、不気味な笑みを浮かべた。

​「…ゲームは、まだ終わらないよ、柊さん」

​その言葉と、心の声が一致していた。

​私たちは、「ゲームマスター」である柊真澄の「語り」の奥に隠された、真の「復讐者」、望月美羽の存在にたどり着いたのだ。


望月美羽。彼女は、いじめの加害者グループ「十五夜」のメンバーでありながら、その実、最も危険な「語り」の使い手だった。彼女の言葉と心の声が完全に一致していることに、私は背筋が凍るような恐怖を感じた。

​「ゲームは、まだ終わらないよ、柊さん」

​美羽は、真澄を挑発するように言った。その声は、まるで舞台のクライマックスを告げる役者のようだった。

​「どういうこと…?」

​真澄の「論理」は、美羽の出現により完全に崩壊していた。彼女は、自らの「語り」で作り上げた虚構の秩序が、美羽という予期せぬ「語り」によって破壊されたことに、動揺を隠せないでいた。

​美羽は、私たちの問いに答えず、自らの「語り」を始めた。

​「私は、朱音さんと一緒に、いじめをしていた。でも、本当は、朱音さんが憎かった」

​彼女の言葉は、まるで日記を読み上げるかのように、淡々としていた。

​「朱音さんは、いじめを『遊び』だと言っていた。でも、私には、それがいじめをしていた自分自身への復讐にしか見えなかった」

​その言葉に、私ははっとした。朱音は、過去にいじめの被害者だったのかもしれない。そして、加害者となることで、過去の自分に復讐しようとしていた。その心の歪みを、美羽は知っていたのだ。

​「私には、朱音さんが過去に自分をいじめていた誰かに見えた。だから、私は、朱音さんを突き落とした」

​美羽は、まるで当然のことのように告白した。彼女にとって、この事件は、過去のいじめに対する「復讐」だったのだ。

​「…君が、澪をいじめるように仕向けたのか?」

​私は、核心に迫る問いを投げかけた。美羽は、静かに頷く。

​「柊さんは、いじめの証拠を掴むために、澪ちゃんという『物語』を創作した。でも、私は、その『物語』を利用して、朱音さんをいじめる『ゲーム』を仕掛けたの」

​美羽は、真澄が作り上げた「虚構の語り」を、自らの「復讐の語り」へと転用した。

​その時、セレナが、美羽の心の声の奥に隠された、もう一つの「語り」を拾った。それは、悲しい、寂しい、といった感情の断片だった。

​「…『もう、誰も私を、悲しい気持ちにさせないで』」

​セレナが呟いたその言葉は、美羽の心の奥底に隠された、真実の叫びだった。彼女もまた、かつていじめの被害者だったのかもしれない。そして、その悲しみから逃れるために、加害者となり、復讐者となったのだ。

​美羽は、セレナの言葉に、初めて動揺した。彼女の完璧な「語り」が、セレナの「感性」によって破られた瞬間だった。

​その隙を見逃さず、真澄が動いた。彼女は、美羽の前に立ち、静かに語りかける。

​「望月さん。君の復讐は、何も終わっていない」

​真澄は、美羽の心の声の奥に隠された、もう一つの「語り」を、セレナが聴いたことを知っていた。

​「君の語りは、まだ未完成だ。このゲームを本当に終わらせたければ、君が抱えている悲しみの『語り』を、私たちに語りなさい」

​真澄は、美羽を裁くのではなく、彼女の「語り」を受け入れ、完成させようとしていた。それは、彼女の「論理」が、セレナの「感性」に触れたことで、新たな段階へと進化したことを意味していた。

​美羽は、戸惑いながらも、静かに目を閉じた。彼女の心の中に、彼女自身が閉じ込めていた、悲しい「語り」が流れ出す。

​私たちは、美羽の心の声を、静かに聴き続けた。それは、誰もが知っていたいじめの「物語」の裏側に隠された、悲しく、そして美しい「詩」だった。


美羽の語りを聞き終えた後、屋上には静寂が満ちていた。彼女が語ったのは、かつて自分が受けた言葉の暴力、そしてその痛みを他者に転嫁することでしか生きられなかった、悲しい物語だった。彼女の心の声は、もう歪んでいなかった。ただ、痛みに満ちた、透明な音を奏でていた。

​私はノートに、その語りの全てを書き記した。それは、法律や学校の規則にはない、もう一つの「真実の記録」だった。いじめの被害者、加害者、そして復讐者…誰もが、それぞれの「語り」の中に囚われていた。

​真澄は、静かに美羽に語りかけた。

​「君の『語り』は、ここで終わるべきではない。自分の物語を、自分で書き換えるんだ」

​真澄の言葉は、美羽の心の奥底に響いた。彼女は、真澄という「秩序」の担い手でありながら、セレナという「感性」の共鳴者と出会ったことで、裁きではなく、救済の道を選んだのだ。

​しかし、このままでは終わらない。私たちには、まだやるべきことがある。

​私は、真澄と美羽に向き直り、静かに言った。

​「…この事件の真相は、私たちが語らなければならない」

​それは、セレナの能力を明かす、ということだった。

​「待って、東雲さん!」

​セレナが慌てて私を止めようとする。彼女の能力が、世間に知られれば、異端者として扱われるかもしれない。

​しかし、私は決意していた。この事件は、単なる転落事故ではない。言葉の暴力、語りの検閲、そして復讐の連鎖…これら全てを、社会という「制度」に語り、真実を認めさせる必要がある。

​「セレナ。君が語った『心の声』を、私が『論理』で補強する。柊さんが作った『物語』を、美羽さんの『真実』で塗り替える。そして、私たちが、この事件の全ての『語り』を、一つに紡いで、社会に提出するんだ」

​私の言葉に、セレナは戸惑いながらも、頷いてくれた。

​そして、私たちは、学校の校長室へと向かった。そこには、生徒会の教員と、柊真澄の両親が待っていた。

​私たちは、一冊のノートを校長に差し出した。その中には、いじめの記録、転落事故の経緯、そして、セレナが聴いた「心の声」の全てが、私の「論理」で詳細に記録されていた。

​校長は、信じられない、といった表情でノートを読み進める。

​「これは…まるで、小説のようだ。こんなものは、証拠にはなり得ない」

​校長の言葉は、私にとっての最後の試練だった。彼は、私の「語り」を、ただの虚構として切り捨てようとしている。

​その時、セレナが、静かにヘッドフォンを外し、校長に差し出した。

​「…もしよろしければ、これを。私の『語り』です」

​校長は、戸惑いながらもヘッドフォンを受け取り、耳に当てた。

​セレナの能力は、他者の心の声を聞く力。だが、そのヘッドフォンには、彼女が日々聴き続けてきた、無数の「語りの残響」が、音楽となって記録されていた。いじめに苦しんだ生徒たちの心の声。その痛みを笑い、支配しようとした加害者たちの心の声。そして、その全てを、悲しい旋律として再構築した、セレナ自身の「心の声」。

​校長は、ヘッドフォンを外し、涙を流していた。

​「…こんな、悲しい旋律は、聴いたことがない」

​彼は、セレナの「心の声」を聴くことで、初めて、この事件の真実を、心で理解したのだ。

​私たちの「語り」は、校長の心を動かし、この事件は、いじめ防止策の新たな一歩となった。

​セレナの「感性」と、私の「論理」が交差した時、私たちは、言葉だけでは語れない、本当の真実にたどり着くことができた。

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