02
それからも大和さんと俺達兄妹の交流は続いた。
性別も年齢も違うから、俺だけだとどうしても真昼の事まで手が回らない事が多いが、大和さんが色々手助けしてくれるからなんとかやっていけている。
もし今の状況で大和さんが我が家に来なくなったら、うちの兄妹仲はぎこちなくなってしまうかもしれない。
俺には、女の子のお洒落の事も分からないし、その年頃の小学生が抱える悩み事なんてまったく想像できないのだから。
「おにーちゃん、今度大和お姉ちゃんと一緒にお出かけする事になったよ」
「本当か? それは嬉しいけど、そんな事まで面倒見させちゃうのはちょっとなあ」
「えー、大和さんも楽しみって言ってたのにー」
ある日、俺は真昼から聞いた言葉を耳にして悩むはめになる。
確かに大和さん無しの我が家は危ないと自覚したばかりだけど、そんなところまで甘えてもいいのかと躊躇ってしまう。
いくら大和さんが優しくて良い人だったとしても、超えてはいけない線というものがあるんじゃないだろうか。
あれやこれや頼んでいるうちにあんなにいい人に嫌われたくはないし、大和さんほどの人に嫌われるほど厚かましくはなりたくない。
眉間に皺を寄せて悩んでると、真昼がしょんぼりした顔になった。
「だめなの?」
「いや、それは……」
両親がほぼいない我が家では、真昼を気軽に旅行に連れていくことができない。
たまにはお出かけなんかをして、真昼を遊ばせてやりたいと思ってはいるが、なかなかできていないのが現状だ。
真昼は日頃から聞き分けが良く、明るい子として生活しているが、心の中では不満やストレスが溜まっているかもしれない。
だから、出来る事ならお出かけに連れていきたいところであるのだがーー。
「一度ちゃんと大和さんとお話してから決めないとな、こういう事は口約束だけで決めちゃダメなんだぞ」
「そっかー」
とりあえず世間の常識とか良識さんを出して盾になってもらいながら、本当の事情を隠しつつ、問題を引き延ばし。
駄目なパターンに片足突っ込んでいるような気がしなくもないが、純粋な小学生の笑顔を曇らせてしまうとなれば、つい。
とりあえず俺は、時間がある時に大和さんに電話をしてみる事にした。
休日の朝に、スマホでさくっと。
真昼のための朝食をつくるため、冷蔵庫の中を見ながらだ。
大和さんが我が家と交流し始めてから、彼女に電話するのも慣れたもの。
だが、緊張感だけは最初にかけた時とまったく同じだった。
「はい、大和です。夜一さんですか?」
「ええ、俺です。そのー、この間うちにやってきたとき、真昼と何か約束しませんでしたか?」
「約束ですか? ……ああ、お出かけの事ですね!」
ただの冗談だったパターンか、忘れていたケースならまだ楽だったのだが、彼女がそんな人間であるはずがない。電話を掛ける前に思った通りの返事が返ってきた。
「ごめんなさい、お兄さんである夜一さんに言わずに真昼ちゃんと約束してしまって
。後で言おうと思っていたんですけど、ちょうどその時に友達と先生と昔の友達から電話がかかってきたものですから、忘れちゃって」
すごい連続で来るな連絡。
それは忘れる。
「いいえ、その事は別にいいんです。気にしていませんから、ただ、えっとー。良いんですか?」
「え?」
「こういう事ってなかなか他人の手を借りないでしょうし。ほら、今は昔と違って近所付き合いとかもなかなかないですから。負担になったりしないかな……と」
失礼なことを言ってないかどうか不安になりつつ、やや早口になりながら喋る俺は、大和さんの反応を窺う。
「負担だなんて。むしろ楽しみで仕方がありません。私、家族と一緒にお出かけなんて、今までにした事なかったので。こういった事に憧れていたんですよ」
「そうだったんですか」
考えてみれば大和さんも家族に恵まれない生活を強いられてきた人間だ。
ふつうの子が経験するような事をさせてもらえなかったというのは十分ありえるだろう。
こんな事を言わせておいて、遠慮なんてするのは逆に相手を傷つけるのではないだろうか。
迷惑だろうしとか言って断ったら、きっと彼女は電話をきった後、しょんぼりしてしまうかもしれない。
「それなら、真昼の事をお願いできませんか。正直、俺の手が回っていなくて」
「はい、もちろんですよ。でも、そうなると夜一さんは一緒に来られないんですね」
「ええ、用事がありますから」
すると、あからさまに彼女の声が沈んだものになった。
結局しょんぼりさせてしまった事に罪悪感を覚えつつも、俺付きのお出かけよりも純粋な真昼が一人いたほうが、彼女の心を明るくしてくれるだろうと考えなおす。
「楽しい話聞かせてください」
「じゃあ、たくさん思い出を作って、お土産も買ってきますね」
「はい、楽しみにしています」
どこか使命感に満ちた声でそう言った大和さんの様子を思い浮かべてに、俺も口元がほころぶ。
その日から数日後、真昼と大和さんは無事お出かけに出発。
行き先は近場の動物園だった。
もうちょっと遠くでも良かったが、小学生の真昼の体力も考えてのチョイスになった。
俺はもちろん用事で、学校のイベントへ。
履歴書作りに役立てるための教師の手伝いをやってきた。
疲れたが数時間後には、真昼から可愛い動物の人形を、大和さんからは美味しいお菓子をお土産にもらったのだった。
それから月日が流れ、受験勉強が佳境に入ってきた時、大和さんが家にやってきた。
自前の可愛らしいバッグをごそごそした彼女は、カラフルな絵本を取り出す。
「夜一さん、出たみたいです」
どこか自慢げな彼女が、玄関で出迎えた俺に見せたのは、アイス太郎マンの絵本(未来編その3)だった。
「続き、出たんですか!?」
もたらされたのは、まさかの新情報だった。
大団円のハッピーエンドで終わったはずなのに3が出ていていいのだろうかという気持ちと。続きがあるなら読んでみたいという気持ちがせめぎあっている。
そんな俺の顔色を読んだかのように、大和さんが俺の顔を覗き込んでくる。
「気になりますよね? 後で一緒に読みませんか?」
「ええと、まあ。それなりに」
ここで恥ずかしいと言って断り切れなかったのは、あれから何度か似たようなシチュエーションがあったことと、内容が気になりすぎたせいだ。
色っぽい理由はない。
最初の方は年上のお姉さんにドギマギしていたのだが、なんだか彼女がいるのが日常に思えてきたせいで、今では視界の中で笑っているのを見ると和むほどだ。
そう思えるようになったのは彼女の生い立ちを知ってからだろう。
シビアな家庭環境を知ってなお邪な思いを抱けるほど、色恋に生きている男じゃなかったらしい。
あと単純に勉強が大変でそれどころじゃなかった。
玄関から廊下を歩きながら、心の中で涙する。
「あ、でも」
そんな事を考えていたら大和さんが悪戯っぽく笑った。
「今日は真昼ちゃんとお風呂に入る約束があったので、いつもより後ですよ? 待ちどおしいからといってノゾキにきては駄目ですからね?」
廊下の隅にある台に足をぶつけた。
前言撤回。
俺の男の部分はまだ息していたようだ。
だが、何もなかった。
大和さんは普通に我が家で真昼とお風呂を楽しみ、ごくごく普通にそのまま寝かしつけフェーズに移行した。
それが正常なのに、損した気分になるのはなぜだろう。
もんもんとした思いを抱えつつも勉強に集中。
一時間半くらい経過した頃に、真昼の部屋から大和さんが出てきた。
お風呂上りから数十分経過しているというのに、妙に色っぽく見えてしまう。
若干意識しつつも、近寄ってきた大和さんからいい匂いがしてきて、秘めたる煩悩がこんにちはしそうになる。
だが、ここはぐっと我慢。
「ようやくアイス太朗マンの時間ですね」
「はい、読み聞かせの時間です。お待たせいたしました」
意識をそらすために俺は、絵本の内容が仕方なくてたまらない男を演じるのだった。
そういうわけで始まったアイス太朗マンタイム。
未来編その3。
「アイス太朗マンが去った後の未来のアイス町では、皆が支え合いながら平和な日々を過ごしていました」
穏やかな大和さんの声が室内に響く。
始まりは、まさかのアイス太朗マン不在から始まった導入。
分かりにくい絵本だってたまにはあってもいいとは思うが、続き物でしかも主人公がいない場面から始まっていいのだろうか。
絵本の専門家でもないからよくわからないが。
ちなみに絵本の一ページ目には、前回と同様に今までのストーリーの場面がピックアップされて載っていた。
「しかし、そこにアイス太朗マンがやってきます」
開かれた次のページ。
そこはゲームの2Pカラーの様なアイス太朗マンの姿があった。
姿は全く同じだったが、あからさまに偽物とわかるキャラクターだ。
だって表情が、まがまがしい。
思わず「偽物だ」と呟いてしまった。
大和さんも「子供向けですからね」苦笑しながら、分かりやすすぎる展開にコメントした後、話を続ける。
その後、偽物のアイス太朗マンが暴れ回り、元通りになりかけていたアイス町が、大変な事になった。
しかし、未来のアイス町の人々はアイス太朗マンの言葉を思い出しながら、主人公に頼る事なく黒幕に立ち向かっていく。
「ぼくたちはもう、彼に頼ってはいけないんだ。正義の味方だって、平和な時間をすごしたいはずだから」
登場人物たちは多種多様な未来武器で、敵を攻撃。
そのまま主人公不在で最後までいくのかと思いきや、最後にひょっこりアイス太朗マンが現れ、死にかけの偽アイス太朗マンを倒していった。
もちろん未来のアイス町の人たちの事を考え、裏でこっそりとだが。
「これで本当の本当に未来にアイス町に、平和が訪れたのでした。彼らはこれからも互いに支え合いながら、困難を乗り越えていくことでしょう」
そして最後には大団円。
皆が笑顔で喜んでいる端の方で、アイス太朗マンが控えめに佇んでいるページで終わっていた。
「いい話ですね」
「ですよね?」
「主人公の影が薄かったですし、もはやアイス太朗マンの絵本ではないような気がしますが」
「……ですよね」
得意げな顔で胸を張った大和さんは、すぐに苦笑した顔になった。
互いに詳しくのべなくても、大体考えている事は同じの様だ。
「正義のヒーローが出てくる物語は苦手でしたけど、このお話は面白く読めてよかったです」
「苦手なんですか?」
「ええ、子供の頃の事を思い出すとどうしても」
「あっ」
「大丈夫です。昔の事ですから」
気丈にほほ笑む大和さんだが、俺の心が激しく痛い。
どうやら、まったりしすぎたようだ。
俺はどうにも余計なことを聞いてしまったらしい。
大和さんを悲しませてしまった。
今度からもう少し緊張感をもって接しよう。
彼女を傷つけたくはない。
あと数日で、こんな日々は終わりだ。
受験勉強は永遠には続かないし、真昼だって日々少しずつ成長していくのだから。
この間なんて、一人で果敢にG退治にいそしんでいたし、夜の入眠もスムーズになってきたからな。
けれど、俺は彼女のいない日常がどうしても受け入れがたくなっていた。
我儘かもしれないが、今後も大和さんとの交流を続けていきたい。
いつも通りの見送りの際、玄関で俺は勇気をもって話し掛ける。
「あの、たまにでいいので、今回の事が終わっても内に遊びに来てはくれませんか?」
すると大和さんは控えめに笑いながら「ご迷惑でないのなら」と口にする。
「お2人と過ごす日々は、私にとってもとても楽しいものですから」
俺の背後家の中を見つめる彼女の瞳は、温かい感情が込められているように感じる。
俺達が思うように、彼女のこの日々をあたりまえのものだと考えていてくれるのだろうか。
「普通の家庭がどういうものかはよくわかりませんけど、家族のぬくもりってきっとお二人のような関係生の事を言うんでしょうね。できれば私も、その中のピースの一つでありたい。そうおもってしまうんです」
最初は真昼にちょっとした親切心で手助けしてくれただけなのだろう。
けれど、今は俺達家族の事をそれなりに気に入ってくれていると信じたい。
大和さんは「だから」と言って、微笑みながら俺に頭を下げる。
「これからもどうか、よろしくお願いしますね」
「こちらこそですよ」
いつか終わる関係かもしれないけれど、もう少しだけ彼女がいる日常を味わっていたい。
おれはあらためて、顔を上げた大和さんを見てそう思った。
大学生のお姉さんに絵本を読み聞かせてもらう俺の話 仲仁へび(旧:離久) @howaito3032
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