大学生のお姉さんに絵本を読み聞かせてもらう俺の話
仲仁へび(旧:離久)
01
俺の名前は
学校の教師、友人、後輩たちからは声をそろえて、「呼びにくい」とよく言われる、ちょっぴり可哀想な男だ。
そんな俺は、現在高校生3年生で、受験勉強の真っ最中。
目標としているお医者さんになるため、難関大学の入学にチャレンジ中だ。
幼い頃に病気でお世話になった人達に憧れ、夢を叶えるために努力している。
だから、寝る間も惜しんで勉強に励む毎日だ。
けれど、諸事情あって勉強ばかりにはかまけてられない。
なぜなら。
「おにいちゃーん! 台所にGが出たー! やっけつけてー!」
俺には手のかかる妹がいるからな。
妹の名前は
よく笑ってよく泣く、感情の分かりやすい少女だ。
小学3年生のかなり年の離れた妹である。
しかし血は繋がっていなくて、ちょっと前までは他人だった女の子だ。
数年前までは
色々あって、父親が再婚して最近できた新しい家族である。
俺の父親である
そのせいで、あちこちに女性がいるのだ。
それでも、さすがに子供までは作っていないだろうと思っていたのだが、父の女性関係のだらしなさは、俺の想像を超えていたようだ。
とある事故死した女性との間に、真昼という子供ができていた。
真昼には、頼りに出来る親戚も家族もいない。
そのため、放っておくわけにはいかないという事で、俺の家で世話する事になった。
それで、父親がちゃんと妹の面倒を見てくれていたらいいんだが、なんやかんやあってホストの仕事でまったく家にいないため、俺が実質保護者のような役割をしている状態だ。
俺だって忙しいんだけど、素直に頼ってくれる妹に不満をぶつけるわけにもいかない。
「お兄ちゃーん、たすけてー! なんかカサカサいってるー。こっちに突撃しようとしてるよー!」
親のだらしなさと子供には何の関係もないからな。
「はいはい、今いく今いく」
そういうわけで俺は、受験勉強をいったん置いて、G退治にしゃれ込もうとした。
が、ちょうどよく救世主がやってきてくれたようだ。
ピンポーンという何気ないチャイム音が、こんなにも救いに満ちたものに聞こえるとは。
「こんばんは。何か騒がしい音がするんですけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないです。手を貸してください」
ネコの手も借りたいような状況でやってきてくれたのは、近所のマンションにすむ女性。
大学2年生の大和山撫子さんだ。
町内会のお掃除の時に、気分を悪くした真昼に声をかけてくれ、それから付き合いが続いている。
真昼の勉強まで見てやれない状況を不憫に思ったのか、たまに家まできてくれるのだ。
「わー、大和お姉ちゃん、すごーい。Gさんぺしゃんこ!」
とても優しく包容力のある女性なのだが、このように意外と逞しい。
我が家にGが出た日なんかは、あざやかな手さばきでGをしばき倒してくれるのだ。
俺も真昼も虫が嫌いだからすごくありがたい。惚れる。
お嫁さんになりたいくらいだ。
完璧なG退治をしてくれた後、大和さんは真昼のお勉強を見てくれた。
みっちり1時間。
短期集中型で、あれこれ教えてくれる。
その後、疲れた真昼が眠たくなると、寝かしつけてくれるというサービスまで!
あなたは、神様仏様ですか!
くそ親父ーーではなく父親がいないこの家にとっては、ものすごく有難い存在だ。
真昼は前の家で放置されていたらしく、夜が怖いみたいなので、本当に助かっている。
受験に忙しい俺が面倒を見るのは大変だからな。
自分の勉強を終わらせた俺が真昼の部屋の前に行くと、ちょうど大和さんが出てくるところだった。
「いつもありがとうございます。真昼の様子はどうですか?」
「ぐっすり眠っちゃいました。勉強の方はほどほどですね」
「そうですか。でも成績が悪くなっても気に病まないでくださいね。こういうのは向き不向きってものがありますし。大和さんに見てもらえてるだけでもありがたいんですから」
「ふふ、そうですか」
善意で協力してくれる第三者に、「うちの子の学力がぜんぜん伸びないわ!」なんて文句をつけるつもりはさらさらない。
実質家族二人だけ状態であまり余裕のある家庭ではないけれど、他人に甘えきりな生活は送りたくないからな。
「今日は真昼ちゃんに「アイス太朗マン」の本を読み聞かせましたよ。新しいのが出てきたので、買ってきちゃいました」
「え、わざわざ買ってくれたんですか。すみません。そんな……」
「いんんです。私も内容が気になってましたし、好きで買ったものですから」
真昼はこの年になっても絵本の読み聞かせがないと眠れないお子様だった。
それで、毎回大和さんがうちにある絵本を選んで読み聞かせてくれるのだが、今日は自腹で購入した絵本を持ってきてくれたらしい。
「意外と面白いんですよ「アイス太朗マン」。子供向けなのに、大人でも共感できる要素が散りばめられていて、もらい泣きしちゃいそうな時もあります」
「え? そんなにですか?」
まさか絵本で、と思いつつ尋ねると、意味深な笑みを浮かべられる。
「良かったら、読み聞かせてみましょうか?」
「い、いやそこまでは」
意外なアイス太朗マンの話に興味がそそられたが、さすがにそこまでしてもらうわけにはいかないし、年上の女性から読み聞かせだなんて恥ずかしい。
そういったわけで断ろうとしたが、なぜか今日の大和さんはいつもより強引だった。
俺の服の袖をひきながら、耳に顔をよせて、得意げな声音で喋りかける。
「ちょうど今、未来編に突入していて、人類がいなくなったディストピアの世界で、生き残ったたった一人の人類がアイス太郎マンと出会ったところなんですよ」
何それ凄い気になる!
好奇心に負けてしまった俺は、そういうわけでリビングで大学生のお姉さんから読み聞かせてもらう事になった。
適当に入れたおちゃっ葉と、適当に用意した百円のチョコレートを二人でつまみながら、大和さんは自前の絵本を広げる。
リビングで隣に二人並んで椅子に座り、お行儀よく読み聞かせタイムの始まりだ。
「その前にざっとあらすじを伝えておきますね」
未来編の内容が衝撃過ぎてそういえば、今までの内容は未履修だったなと思い至る。
真昼のために買った絵本と、朝川家から持ってきたものはあるが、俺はあまり目を通していないのだ。
そんなアイス太郎マン初心者のためにも、絵本の最初のページにあらすじっぽいものが書いてあるのは親切設計だった。
詳しい絵本事情なんて知らないけど、子供向けの絵本で続きものって、あるんだな。
「アイス工場で生まれたアイス太郎マンは、世のため人のため、毎日人助けを行う正義のヒーロー。お年寄りから小さな子供達まで、困っている皆に手を差し伸べます」
導入の内容はわかりやすいな。
善行を働くヒーローが、何か問題を抱えている人の元へ訪れて、それを解決するというものらしい。
それなら絵本で一話完結にしても、小さな子供は内容を飲み込めるだろう。
実際他の本の内容は、単体でも読めるものらしい。
静かな口調と落ち着いたトーンで話す大和さんが教えてくれた。
でも、なぜ大和さんが購入した絵本は続きものなんだろうか。
謎である。
「そんなアイス太郎マンは、ある日喋る魔法の鏡から未来のアイス町がディストピアになってしまっている事を教えてもらいました」
ちなみにアイス町はアイス太郎マンが住んでいる街だ。
分かりやすいネーミングで覚えやすく、すごく助かる。
アイス太郎マンはアイスでできた男の子で、頭にカラフルな綿菓子をつけている。
勉強でならうところも、これくらい分かりやすければよかったんだがな。
「未来のアイス町に一体なにがあったのか。それを知るためにアイス太郎マンは魔法道具博士プリンさんに頼んで、タイムマシンを使います」
絵本に書かれているのは白衣を着た女の人だ。
可愛い名前で子供受けしそうなカラフルな靴と手袋をしている。
非情に視覚的にインパクトがあって、勉強でならう図表もこれくらいだったらなと心の中で涙する。
「そうしてたどり着いた未来のアイス町には、まったく人間がいませんでした。一体何が起こってしまったのでしょう」
ようやく本編開始だな。
ここで次のページ。
しかし、なんて色気のない時間なんだ。
別に邪な心を持って接したいわけではないのだが、良い年をした女性と二人きりで絵本の読み聞かせだなんて。
友達に話しをしたら「何やってんだ」って目をされる事間違いなしだ。
夜の闇が深まる中、通りを進む自動車の音は少なくなり、道端を歩く人の声もあまり聞こえない。
一軒家な我が家は、それなりに大きな通りの横に立っているのだが、しんと静まり返っている。
そんな中、大和さんの声だけが室内に響く。
落ち着いた調子でゆっくりとしゃべる彼女の声を聴いていると、眠たくなりそうだ。
これはわざわざ真昼が読み聞かせてもらうのも分かる気がするな。
静かすぎる環境ってかえってストレスになる事があるし。そんな時に人の柔らかい声を聴くと、心が落ち着く気がする。
それから10分が経過。
未来のアイス町にたどり着いたアイス太郎マンが、人のいない町にショックを受け、その理由を調査して黒幕にたどり着き、生き残ったたった一人の人類を仲間に加えながら厳しい戦いに臨むというーーストーリーラインだけはそこそこシリアス映画並みの物語を味わった。
「そういうわけで、アイス太郎マンは無事にディストピアマンを倒して、過去の世界に帰る事ができました。未来のアイス町にはこれから明るい未来が待っている事でしょう」
明るいトーンになった大和さんが、そう言って話を締めくくる。
ディストピアマンは機械でできたロボットのような敵。
先ほどのページでは、ウィーンガッチョンいいながら、故障した様子で倒れていた。
最後のページには、未来のアイス町に溢れるたくさんの人たちのイラストが描かれている。
大団円のハッピーエンドだ。
絵本が閉じられてまず感想。
「やる媒体、間違ってない?」
思わず、敬語もとれてしまう突っ込みが出た。
絵本でやるような内容でない事は確かだし、子供に理解できるのか若干怪しい複雑で厳しいストーリーだった。
短い文章の中によくもあれだけ詰め込めたなと感心するしかない。
映画館とかで特別編で上映したり、アニメ特別放送みたいなのにしたりした方がよい気がする。
「そのあたりにはいろいろな事情があって、制作にかかわっていた人がSNSでぼやいていましたね」
ああ、やっぱり色々あったのか。
と得心がいったのと同時に、そんな裏側の事を会社の人がSNSで軽はずみにぼやいていいのだろうかと心配になる。
「大人も楽しめる絵本路線を目指したそうですけれど、このお話は子供には少し難しいと思います。私達は十分楽しめましたけど」
「ですよね。真昼なんかはギリギリ内容理解できそうですけど、それ対象年齢何歳かわかりますか?」
「えっと、一応5、6歳あたりって言われているような」
開発に関わった人達の間でさぞ色々な事があったのだろうなと思わずにはいられない。
絵本をとじた大和さんが、食器を洗おうとするのを断って、帰宅を促す。
「これ洗っちゃいますね」
「いやいや、いいですよ。それより帰りが遅くなると危ないんで」
「大丈夫ですよ、ちょっとくらい」
「そんなわけにはいきませんって」
行ってる間に洗い出してしまう。
大和さんは自己評価が低いのか、自分が夜道を歩くのに十分危ない層だという事を分かっていないふしがある。
もちろん他の年代、性別、多種多様な方々だって危ないと思うけれど、特に若い女性というのは危険がつきものだ。
けれど、大和さんは犯罪に巻き込まれるなんて、想像もしていないようなそぶりを時々見せるのだ。
たまにこうして家に来てくれるのは助かるのだが、それで何か危ない目にあったらと思うと、心配になってしまう。
「大和さんは本当に自分の事に無頓着ですよね」
「そうですか? そうかもしれませんね。小さい頃から「お前なんかいらない人間だってよく言われてきましたから」」
何気ない雑談の中で、今まで聞いたことのないシビアな内容が含まれていたのでぎょっとしてしまう。
食器と水の音がしつないによく響くな。
大和さんの事に関しては、近くに住んでいる大学生のお姉さんという事と、マンションの一室で一人で生活している事くらいしかしらない。
だからそういった個人的な事に話が及ぶのは初めてだった。
「父も母も、私をいないもののように扱っていましたから、誰かが私の事を気にしてくれるなんて状況になれていなくて。あ、もちろん真昼ちゃんと夜一さんは別ですよ?」
悲し気な顔をしながらつぶやかれる内容を、これ以上聞いてよいのか迷ってしまう。
けれど、一人暮らしでシビアなバックボーン持ちなんて、ストレスたまるだろうし、俺でいいのなら愚痴くらいは聞いてあげた方がいのかもしれない。
「あの、俺で良かったら愚痴とか聞きますから、お世話になるだけじゃ申し訳ないですし。これからもよろしくお願いできたらいいかな、と」
「すみません、暗い話をしちゃって。でも私もお二人と一緒に過ごすのはとても楽しいですから、これからも良かったらお伺いしてもよろしいですか?」
「もちろんです」
それから俺は、大和さんを玄関で見送ってから、真昼の様子をもう一度確認。
健やかな寝息を立てている真昼に何も異変がない事を確認してそっとドアを閉めた。
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