芽吹き始めたバレンタインデー
綿宮
昔と違うバレンタインデー
時は高校2年生のバレンタイン。前の経験を活かし、今度は結構多めにクッキーを準備してきた。なんせ前回は自らの人気を見誤っていたのか、男共からのクレクレ攻撃が量に見合っていなかった。
そう何度も作って持っていくのは面倒だったから、今回はそのニーズに答え、倍以上の供給という手札を用意しておくことで来たるホワイトデーをウハウハに過ごしたい!
熱い決意を胸に秘めながらウッキウキで生地を焼き、ラッピングしたのはいいものの……いざ当日になると、ネガティブな思考がどうしても湧き出てきてしまう。
今回も無くなってしまったらどうしよう、もう少し量を増やせばよかった。
まず前回とは逆に欲しい人なんていないんじゃないか。
もし余ってしまったらどうやって残りを消費しよう。
他にもネガティブは止まらない。まずいとか言われたらどうしよう、捨てられてたりしたらどうしよう、そもそも誰ももらってくれなかったらどうしよう――。
どうしようが重なって、どうもしようがなくなっていく。悲観しすぎっていうのは自分でもよくわかっている。でも、今はダメだ。動けない、動きたくない。
憂鬱だ。全くもって、億劫だ。
……いいや。逆に考えてみれば、これはチャンスなのかもしれない。もし考えてしまったことがあり得ても、それはそれで一つの見極めになる。
俺の目標は、いい大学に行っていい仕事に就くこと。なら、この程度で引っ込み思案になってしまうのはダメだ。あくまで自分から物事を掴みに行かなきゃ、いつまでも目標は机上の空論で終わる。
そのためにも一歩、踏み出さなくてはいけない。今ならやれる。思い出せ、もっと勇気や覚悟が必要なことがあった。ならもう、今回は覚悟を決めるだけだ。
「行ってきます」
⬛︎ ⬛︎ ⬛︎
あまりにも葛藤する時間が長かったのか、普段よりだいぶ遅めに学校に着いた。教室に向かう途中の光景は傍目から見ても浮き足立ち、どことなく学生ゆえの盛り上がりを感じる。
前に友達から聞いた話だと、バレンタインデーの時が1番告白成功率が高いと世間一般では相場が決まっているようだ。さらにその理論を実践したやつも中にはいるみたいで、もう友チョコしか渡さないと心に強く誓った勇者が何人も存在するらしい。実際に何人か見たことがあるけど、あの目はヤバい。悲しみに満ち溢れ、同時に空元気さを感じた。
そんな他愛もないことを考えながら歩くと、とうとう教室についてしまった。今朝覚悟を決めた通りに扉を開け、自分の机にリュックを下ろす。そして――。
――後ろからやってきた悪ガキを迎える。
「おはようございます。本日もお元気そうで何よりです
「そのテンションで来たなら最後の最後までやりきれよ」
挨拶して早々、お菓子を恵んでもらいに……もとい要求してきたこいつは、友達の渡辺
「とかいいながら結局くれるんだな。この恩はいつか絶対返すわ! うん、覚えてたら」
「いつかじゃなくホワイトデーに返せよ。俺は覚えてるからな」
俺と幸希の会話を聞いたのか、他の奴らもだんだんと集まってくる。
「今年もありがとう蛍パパ」
「パパじゃない。ちゃんとホワイトデーよこせよ」
「う、うん……覚えてたら、多分。きっと、メイビー」
「予防線ガッチガチじゃん」
「あーあ、
「うー……ちゃんと持ってきます……だから許して蛍パパ」
「はいギルティもうダメまた今度」
「そんなぁ……もうパパなんか嫌い! 意地悪大好き小姑!」
「誰が小姑だって? はいもうなし。ついでにパパでもありませーん」
「意地悪はあってるんだ……」
年柄年中元気な女子、渡会
相変わらず不憫ポジが似合うポニーテールだ。まさに一騎当千、歴戦のポニー……なんだそれ、ちょっと面白いかも。
配布会を終えた後に何人かと談笑し、力を抜いて席に座り、やっと一息つく。すると、後ろからにょいっと手が伸びてきた。
「へへ、今年もありがとうね蛍。来年もよろしくお願いしますわ」
「来年もまた同じクラスになれたらね? こっちとしても美味しそうなお菓子返してくれるから上客ではある」
「なにそれ、お菓子くれるやつとしか見てないっていうこと⁉︎」
「ほぼほぼそうでしょ」
「確かに……? え、そんなに関わり薄かったっけ私達」
「あぁ、後はバカやってるやつとしてしか見てない」
「印象うっす! どう思う幸希! やっぱり蛍はいじめてくるよ!」
「おい」
「そこが蛍様のとても良い部分ですので短所のように強調するのはいけません。ところで……お代わり、いただけませんでしょうか?」
「もう食べたのか……お代わりはない」
「これが悪魔のやり口……詐欺の手法」
「さらっと人のこと貶してるけど期待したお前が結構悪いぞ? なに2つももらおうとしてんだ」
「別にいいかなって」
「よくない」
「そんなぁ……」
⬛︎ ⬛︎ ⬛︎
放課後になり、ふと昼休みのことを思い出す。もう来年になるまでお菓子は作ってこないと宣言したら、弁当のおかずがだんだん豪華になっていった。流石にこれは面倒だなと感じ、どうしても欲しいやつは誕生日になったら声をかけろと伝えた。
昼休みの出来事を反芻しながら生徒会室へと向かう。そう、俺は名誉ある生徒会書記。あんまり仕事がないで有名な書記。その仕事も大概が状況を整理するだけの書記。
なぜそんな書記を目指したかというと……それは目標にある通り、いい大学に入るためだ。先生に聞いてみたところ、生徒会の役員だっただけで内申に評価が載る。少しでも評価を上げるためには地道なことを積み重ねていかなければいけないのだ。
いや、流石にもう疲れたし早く帰って寝たい。お布団が俺のことを読んでいる気がする。でも、まだ今日を終われない。
生徒会室の扉を開け、そこにいらっしゃる人物と挨拶を交わす。
「こんにちは生徒会長様。あれ、今日何かイベントありました?」
「おはよう蛍くん。今日も勉強しにきたのかな?」
「今日はやっぱり帰ろうと思いますでは今後ともよろしくお願いいたします失礼しました」
「うん、まぁ座りなよ」
「失礼します」
この人は我らが生徒会長、
そして、俺がずっとテストの順位で勝てていない相手でもある。
その差は歴然にして超えられない。結果で見たら数十点の違い。だが、その差はあまりにも大きい。テストの三週間前から復習を繰り返し、ノートの取り方も改善した。脳が記憶できるようにと、苦手な魚も普段よりは多く食べるようにした。そこまで取り組んで、この差だ。
自分でも頭いい方だと思ってたけど……プライドバッキバキだよね。もうこうやって敬うことしかできない。
そこから数十分間勉強をし、少し休憩タイムに入る。
「会長様、来週には期末テストの結果が出ますね。手応えの方はどうでした?」
「それはだね。聞いちゃだめに入るよ? 蛍くんの心が折れてもいいなら聞いてもいいけど」
「もう十分わかりました。じゃあ帰りますね」
もう目的は済ませたし、聞きたいことも聞いたから文句なしだ。あれ、おかしい。なんか涙出そう……。
「ちょっと待って」
「はい」
「蛍くん、今日はなんの日かわかるかな」
「もちろんですよ会長。それはもちろん、この
「違うよね?」
「すみませんふざけましたその構えをといてください」
会長様は合気道? か何かの有段者らしく、授賞式にはほぼ毎回居て全国にもその名が響いているだとか。ここが逆らえないうちの数ある一点でもある。
「今日はバレンタインデーです。あ、会長様もお菓子どうぞ。よかったですね、それ最後の一個でしたよ」
「わっ……! 本当にくれるんだ……ありがとう! ふへへ……じゃなくて! はい、蛍くんにもあげるよ。みんなの分も預かってきたから、その分もね」
会長が差し出したのは落ち着いた色をした手提げの紙袋。とりあえず受け取り、少し膨らんだそれを見下ろす。
「会長、ありがとうございます……やばい待って本当に泣きそう」
「いきなりどうしたの大丈夫⁉︎ いや泣いてないんだね」
「言ったじゃないですか泣きそうって。ちなみにこれは誰からです? 俺こんなにもらえる相手居ましたっけ」
「えっとねー……」
1人1人の名前を聞き、記憶と照らし合わせていく。あぁ、俺って結構人気あったんだ。今はもうバイトがあるからと辞めてしまった剣道部の後輩から、たまたま仲良くなっただけの先輩まで、結構いろいろな人たちがお菓子をくれていた。
「困ったな……ホワイトデーのお菓子も用意することになるなんて思ってなかった」
「ふふふ。驚いたね、私の人脈に」
「感動しました、会長。感動ついでに、少しお願いがあるんですけど……」
「聞ける範囲ならね」
「どんなお店のものを買ってくればいいのでしょうか」
「うーん……この後ちょっと時間あったりする?」
「今日はバイトがないので遅くならなければ」
「じゃあ一緒に見にいこっか。お姉さんがいろいろ教えてあげよう」
不意に胸が跳ねる。なんでだろう、無性に気恥ずかしい。
目の前に立つ彼女の浮き足立つ姿を見て、結構落ち着いた。ふと、笑いが込み上げてくる。
「ははっ、会長ウッキウキじゃないですか」
「仕方ないよ。事実、ちょっとワクワクしてるからね」
「道間違えたりしないでくださいよ? もし間違ってたら帰りますから」
「ちょっ! 先にいこうとしないでよぉ!」
どうしてだろう、家を出る時は早く帰りたいと思っていたのに。少しだけ、この時間を楽しんでいたい自分が勝っている。
「あれ、どうしたの? 早くいこうよ」
あぁ、ホワイトデーが楽しみだ。
芽吹き始めたバレンタインデー 綿宮 @kutatti
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