探知だけしか無い俺はそれを伸ばすしかない

品画十帆

第1話 殺気は感知されません

 ここはどこなんだ。


 俺はさっきまで会社の車を運転していたように思う。

 確か高速道路を走っていたはずだ。


 古い車だからスピードが出ないんだ。

 アクセルをベタみにしてた感触がまだ左足に残っている。


 そうだったかな。

 左足で踏んだのはブレーキだったように思える。


 ボーっとして頭が上手く回らないが、なんとなくそんな気もする。

 自分のことなのにどうしてだ。

 ハッキリ思い出せないことに焦燥感が生まれた俺はイラついてしまう。


 「クソッが」


 俺の名前はなんと言うんだっけ。


 〈クロヤ〉と言う名前が頭に浮かんできた。

 自分の名前なんだろうがまるで他人の名前のように聞こえる。

 おまけになんとなくだけど縁起えんぎが悪い気もする。

 黒という響きがそう感じさせてしまうんだろうな。


 歳はいくつだっけ。


 会社に勤めていたんだから、20歳は超えているよな。

 どこかに鏡があった良いのだが、そんな物がここにはありそうもない。

 手で体に触れてみると太ってもいないし、痩せてもいない。

 筋肉隆々だとはとても言えないがヒョロヒョロでもない。


 まるで個性が無い男なんだな。

 俺みたいのを普通の人って言うのだろう。


 そうだ。

 少しだけ思い出したぞ。

 高速道路を走っていたのに前から軽自動車が俺に迫ってきたんだ。

 

 嘘だろう逆走じゃないか。


 そう思った時にはもうブレーキが間に合わなかったんだ。

 大きな音と衝撃に全身が包まれた記憶がある。


 でもおかしいじゃないか。

 そんな事故の後にどうして、俺はこんな場所にいるんだ。


 白い雲の中にいるみたいだ。

 辺り一面が真っ白で何も見えない。

 

 見えないんじゃなくて何も無いのかも知れないな。


 「お前に特異能力を与えた。 それを使い王となり我をまつれ。 我が名は〈オクヌノコ〉」


 高い場所から威厳のある声が聞こえてくる。

 まさかとは思うけど今のは神様なのか。


 「お前は何者なんだ?  俺をどうするつもりなんだ?」


 「お前に特異能力を与えた。 それを使い王となり我を祭れ。 我が名は〈オクヌノコ〉」


 同じことを繰り返しやがった。

 俺の問いかけに答える気がないんだな。

 

 それともこの声は機械っていうオチもあるな。

 単純な機械だから高度な対応が出来ないってことか。


 どっちにしても俺はバカにされているんだろう。


 「ちくしょう」


 こう言った直後に俺はまた違う場所へ飛ばされたらしい。




 「ジョジョ、ジョ、ショロショロ」


 水が流れる音が近くでする。

 近くに水があるのか。

 そう認識すると急にのどがカラカラだと感じた。


 水が飲みたい、と思った俺は体を起こしてみる。

 俺は長い草が生えている場所に気を失って倒れていたみたいだ。


 口の中に入っていた草をペッとはき出す。

 かび臭い嫌な味が舌の上に残って消えない。

 口が枯れた草の匂いで満ちているから、この匂いを水で早く洗い流したい。


 水の音がする方へ顔を向けると、そこには一人の女性が尻もちをついていた。


 【〈殺気探知〉を発動しましたが、殺気は感知されません】


 特異能力ってこれの事なんだろうな。

 能力を使わなくても、この女性が俺を殺そうとしていないのは直ぐに分かる。

 かっこ悪く尻もちをついているんだからな。


 どっちかと言えば逆の事を女性が心配している感じだ。

 俺を怖がっている、としか思えない顔をしている。

 ふぅー、こんなの全く使えない能力だよ。


 この女性は40歳より若いが、俺よりも年上だと思う。

 驚いた顔は美人と言える範囲に入っているな。

 

 ハッキリとは思い出せないが、俺は40歳より若いんだな。

 20歳から40歳の間ってことだ。


 肩まである金髪の髪をしているからきっと外国の女性なんだろう。

 眉毛も金色だし、金髪に染めているわけじゃない。


 この女性は草の陰でおしっこをしていたようだ。


 急には止められないのだろう。

 股の間からおしっこがチョロチョロとまだ流れているのが見える。

 大きく股間を広げたまま尻もちをついているから、あの恥ずかしい部分も丸見えだ。


 その部分を凝視したまま俺は固まってしまう。

 股間の柔肌やわはだは目に痛いほど白いし、びっしょりと濡れた金色がそこに張りついているので目を離せなくなったんだ。


 正常な男ならみんなそうなるに決まっている。


 「きゃあー」


 三呼吸ほど経って女性が恐怖の悲鳴をあげた。

 凶暴な熊と変わらない、と俺を驚愕の表情で見ているじゃないか。

 理由は良く分かるがどうしたことだろう。


 「初めまして、こんにちは。 どこかに水はありますか?」


 俺は最大限に優しげな声で話しかけてみた。

 ファーストコンタクトなんだから慎重さが重要になる場面だろう。


 「ひぃー、許してください」


 かすれて弱弱しい声だ。

 女性はまだ大きく股を開いたまま体を固くしている。

 あまりの恐怖に、自分の体だけど言う事を聞かないのかも知れないな。


 悲鳴は別にして辛うじて小さな声が出せるだけらしい。

 俺のことがとても怖いのだろう。

 股間から目が離せない俺に襲われる、と思っているようだ。


 「残念です。 水は無いのですね」


 もう一度俺は優しげな声で話しかけてみた。

 襲う気はなくて水が欲しい、と目的も言ってみる。


 「なんでもしますから、殺さないで。 お願いします」


 女性はようやく股を閉じてくれた。

 もう股の間に気をとられなくて済む。

 少し長く話させるようになったが、まだ女性の声は震えているな。


 体を奪うだけでは済ませない、俺のことを殺人鬼だと思っているようだ。

 俺はそんな凶悪な顔をしているのだろうか。


 「えっ、殺すなんてしませんよ。 怖いことを言いますね」


 俺の言葉が信じられないのはしょうがない。

 見知らぬ男が突然草の中から現れたんだ。

 それは怖いだろう。

 反対の立場だったら男の俺でも怖くなるよ。


 それに排尿シーンを見られたんだから、どんな女性でも逃げ出すんじゃないかな。

 立ちションを見られたら俺も直ぐに立ち去ると思う。


 その直後、想像したとおりに女性が逃げようとしたんだけど、あわてていたのとたぶん腰が抜けていたせいだろう。

 自分の排出したおっしこにすべったのか盛大せいだいにコケてしまっている。


 「きゃっ、痛い」


 足首を押さえているのはコケた時に運悪く足をひねってしまったようだ。

 それにスカートがべちゃべちゃになってしまい、すごく悲惨な状況になっている。

 

 他人のことは言えないが。この女性の今日の運勢は最悪だと思う。


 こんなの可哀そうだよ。

 あまりの気の毒さに俺は両脇に両手を差し入れて立たせてあげた。


 フワフワの大きな胸が腕に当たったのは意図的じゃないと信じてほしい。


 「うぅ、お願いしたのに。 私にひどいことをするのですか?」


 「何もしませんよ。 立たせてあげただけです」


 「立たせる?」


 女性が青い顔で俺の股間を凝視しているのは、なにか大きな勘違いをしているみたいだ。

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