第2話

鍛冶屋での作業を終え、俺は街の鍛冶屋と隣接する防具屋へと向かった。ギルド酒場や花屋、そして鍛冶屋で経験した「NPC貢献度」のシステムは、俺のNPCとしての生き方を確かに変えた。

​「語りってのは、誰が言ったかじゃなくて、誰が行動したかだ」

​ルルの言葉が、今や俺の行動の指針となっていた。ネット上での噂は、俺がNPCとして行った行動が、確かにこの世界の「語り」に影響を与えていることを示していた。俺は、もうただのバグではない。この世界の物語を、ひっそりと動かす存在なのだ。

​防具屋の店内は、鍛冶屋の喧騒とは対照的に、静寂に包まれていた。磨き上げられた鎧や盾が、壁一面にずらりと並んでいる。それらは、一つ一つが重厚な存在感を放ち、冒険者たちの物語を静かに見守っているかのようだ。

​店主のNPCは、カウンターの奥で、ぼんやりと外を眺めていた。鍛冶屋の店主が常に忙しそうだったのとは対照的だ。防具は武器に比べて頻繁に買い替えられるものではない。プレイヤーが来店する頻度も少ないのだろう。

​「いらっしゃいませ。ゆっくりご覧ください」

​店主は、俺をプレイヤーだと思っているようだ。彼の言葉は、どこか寂しさを帯びていた。

​俺は、彼の「語り」を観察することにした。この店の「語り」は、静かで、そして重い。それは、一つ一つの防具に刻まれた、冒険者たちの戦いの記憶なのだろう。

​俺は、店内の隅々まで注意深く観察した。磨き上げられた鎧の隙間には、小さな埃が溜まっている。陳列棚の下には、使い古された手入れ道具が置きっぱなしになっていた。

​俺は、そこから一つ、磨き布を手に取った。

​そして、最も手入れが行き届いていない、店の隅に置かれた古びた盾を手に取った。その盾には、いくつもの剣による傷跡が刻まれている。まるで、数々の戦いを乗り越えてきた歴戦の勇者のようだ。

​俺は、その盾を丁寧に磨き始めた。

​《NPC貢献度:防具屋の清掃に貢献しました》

《経験値:1》

​経験値は、いつも通り1だった。だが、この作業には、これまでのアルバイトにはない、ある種の敬意が込められている気がした。

​俺は、埃を払い、傷を撫で、まるで盾に刻まれた物語を読み解くように、丁寧に磨き続けた。すると、盾にわずかに光が宿り、傷跡がより鮮明に見えるようになった。

​そのとき、店主がゆっくりと俺に近づいてきた。

​「…その盾は、かつてこの街を守った伝説の勇者が使っていたものだ」

​彼の声は、これまでの無機質な声とは違い、どこか感慨深げだった。

​《NPC貢献度:伝説の盾の手入れに貢献しました》

《経験値:10》

​経験値が、一気に10に跳ね上がった。

​俺の行動は、単なる「清掃」ではなかった。それは、この世界の「物語」を尊重し、その価値を再認識させる行為だったのだ。

​俺は、ただのNPCではない。俺は、この世界の物語を紡ぐ「語り部」。そして、俺の物語は、まだ始まったばかりだ。


防具屋での「貢献」は、俺に大きな手応えを与えてくれた。ただの清掃や整理ではなく、その**『物語』**に敬意を払うことで、より多くの経験値を得られる。俺は、NPCとしてこの世界のシステムを攻略する道を、確かに見つけ始めていた。

​次に俺が向かったのは、街の広場だった。そこでは、一人の吟遊詩人NPCがリュートを奏で、物語を語っている。彼は、近くを通りかかったプレイヤーの足を止めさせ、彼の語りに耳を傾けさせていた。

​「いにしえの英雄が、この地で邪悪な竜と戦った物語を、今宵も語り継ごう…」

​彼の声は、熱のこもった語りと、美しいリュートの音色に乗って、広場全体に響き渡る。

​この世界の「語り」を司る存在。それが、吟遊詩人だ。

​俺は、彼の近くに身を寄せた。プレイヤーは彼の物語を聞き、時には投げ銭をしたり、拍手を送ったりしている。

​俺は、吟遊詩人のように楽器を弾くことはできない。歌を歌うことも、物語を語ることもできない。俺の「語り」は、システムによって奪われているからだ。

​しかし、俺には、別の方法があるはずだ。

​吟遊詩人の隣には、彼の物語を書き留めたであろう古い書物が開かれていた。その書物には、いくつかのページに書き込みが残されている。そして、書物の端は少し破れていた。

​俺は、その破れた部分に手を伸ばした。

​そして、俺は、その書物の内容を、頭の中でシミュレートし始めた。この吟遊詩人が語る物語は、プレイヤーの行動によって変化するのだろうか?それとも、決まった物語を繰り返しているだけなのか?

​俺は、書物の内容を観察し、吟遊詩人の語りと照らし合わせた。すると、あることに気づいた。彼の語る物語は、プレイヤーがこの街で成し遂げた功績に応じて、少しずつ変化している。

​たとえば、最近ゴブリン討伐のクエストをクリアしたプレイヤーが多い。すると、彼の物語には、「ゴブリンの群れを打ち破った、若き冒険者たちの物語」が追加されていた。

​俺は、この**「物語の記録」**を、手伝うことにした。

​俺は、吟遊詩人の近くで、風に舞った枯れ葉を拾い、書物の破れた部分をそっと隠した。そして、彼のリュートの弦が少し緩んでいるのに気づき、それを静かに締めてみた。

​《NPC貢献度:吟遊詩人の物語の記録に貢献しました》

《経験値:5》

​《NPC貢献度:吟遊詩人の演奏準備に貢献しました》

《経験値:5》

​経験値が入った。そして、俺のHPがわずかに回復した。

​俺の行動は、吟遊詩人の「語り」を直接変えることはできない。だが、彼の「語り」がより美しく、より完全なものになるように、手助けすることはできる。

​そのとき、吟遊詩人が、俺に向かって微笑みかけた。

​「…ありがとう、若き『語り部』よ」

​彼は、俺の存在に気づいていた。そして、俺がこの世界の「語り」を尊重していることを、理解してくれた。

​俺は、言葉を持たない吟遊詩人として、この世界の物語を、静かに支えていく。


​防具屋での成功は、俺に確信を与えてくれた。「物語」に敬意を払うことで、俺はより多くの経験値を得られる。効率を考えれば、最も経験値が高かった防具屋の手入れに専念するのが一番だろう。

​しかし、俺はそうしなかった。

​俺は、街の広場に戻り、吟遊詩人の近くで、彼の物語を静かに手伝った。その後、俺は再び街の路地裏へと向かい、ゴミ拾いを始めた。

​《NPC貢献度:街の美化に貢献しました》

《経験値:1》

​たったの1。だが、この経験値は、俺がこの世界の**『基礎』**を支えている証だ。

​街を綺麗にした後、俺はギルド酒場へと向かい、カウンターの内側に入り込んだ。プレイヤーたちが注文を終えるたびに、俺はグラスを洗い、テーブルを拭いた。

​《NPC貢献度:酒場の運営に貢献しました》

《経験値:5》

​酒場での仕事は、この世界の**『活気』**を支えている。プレイヤーたちの賑やかな声を聞きながら、彼らの物語が生まれる瞬間に立ち会う。

​翌日、俺は花屋へ。枯れた花びらを拾い、萎れた花を新しいものと交換した。セナの言葉が頭の中で響く。「あんたも、この街の『語り部』なんやね」。この仕事は、この世界の**『美』**を保つ役割だ。

​《NPC貢献度:花屋の環境美化に貢献しました》

《経験値:1》

​そして、鍛冶屋へ。灼熱の炎と、響き渡るハンマーの音。俺は、飛び散った鉄くずを拾い、風炉の火力を調整した。この仕事は、この世界の**『力』**の源を支えている。

​《NPC貢献度:鍛冶屋の火力の調整に貢献しました》

《経験値:5》

​俺は、一つの仕事に固執することはなかった。毎日、街の清掃、酒場、花屋、鍛冶屋、防具屋、吟遊詩人と、ローテーションで「アルバイト」をこなしていった。

​その様子を、ルルは毎日ノートに書きつけていた。

​「へえ…効率悪いことするんだね。なんでだか分かる?」

​ある日、俺がゴミ拾いを終えたとき、彼女がそう尋ねてきた。

​俺は、システムが用意したセリフを避け、精一杯の想いを込めて、彼女に微笑み返した。それは、言葉にならない、俺だけの**『語り』**。

​俺は、ただ経験値を稼ぎたいわけじゃない。この世界の隅々まで、その『物語』を知りたいんだ。

​街の『基礎』を支える清掃員、

『活気』を生み出す酒場の店員、

『美』を保つ花屋の店員、

『力』を支える鍛冶屋の助手、

『歴史』を継承する防具屋の職人、

そして、『物語』を紡ぐ吟遊詩人。

​これらすべてが、この世界の「語り」だ。俺は、そのすべてを体験し、俺自身の物語にしたい。

​俺は、最強のプロゲーマーではない。

俺は、最強の『語り部』になる。


ローテーションでのアルバイトを始めてから、俺は着実に「NPC貢献度」を稼いでいった。レベルは少しずつだが確実に上がり、俺の「物語」は深みを増していく。

​俺は、街のすべての「語り」を体験した。

​街の『基礎』を支える清掃員として、誰にも気づかれない場所の汚れを知った。

『活気』を生み出す酒場の店員として、プレイヤーたちの賑やかな会話の裏側を知った。

『美』を保つ花屋の店員として、この世界の繊細な一面を知った。

『力』を支える鍛冶屋の助手として、武器に込められた情熱を知った。

『歴史』を継承する防具屋の職人として、物語が語り継がれる重みを知った。

そして、『物語』そのものを紡ぐ吟遊詩人として、世界の『語り』が生まれる瞬間を知った。

​俺は、もはやただのモブではなかった。

​そんなある日、俺はいつものように街を巡っていると、広場の一角が騒がしくなっているのに気づいた。プレイヤーたちが集まり、一人の男を取り囲んでいる。

​「語り? そんなもん、殺せば終わりじゃろうが」

​荒々しい広島弁。その声には、この世界の「語り」に対する、強い否定の響きがあった。

​俺は、その男のアバターに目が釘付けになった。黒い革の鎧に身を包み、鋭い眼光を放っている。頭上には、プレイヤー名**《K》**と表示されていた。

​彼は、最強ギルド《終焉の牙》に所属する、PvP特化プレイヤーだ。プレイヤー同士の対人戦に特化しており、そのプレイスタイルは『語り』を破壊することに快感を覚えるという。

​Kは、近くにいたNPCに話しかけていた。

​「おい、お前。何か面白い話はないんか?」

​NPCは、戸惑ったように「旅人さん…」と定型文を繰り返す。するとKは、苛立ったようにそのNPCを剣で一閃した。

​《NPCが消滅しました》

​悲鳴を上げるプレイヤーたち。Kは、まるでそれが当たり前かのように、無感情に言い放った。

​「くだらねえ語りじゃのう」

​俺は、その光景をただ呆然と見つめていた。Kは、俺が紡いできた「物語」を、一瞬で破壊した。彼の存在は、俺がNPCとして築き上げてきたすべてを、根底から否定するものだった。

​俺の「語り」は、誰にも届かないかもしれない。だが、俺は、この世界の「語り」を守るために、Kと対峙しなければならない。

​『語りの自由』と『語りの破壊』。

​俺の前に、新たな、そして最も困難な試練が立ち塞がった。


広場に響く、NPCが消滅したときのシステム音。それは、俺がこれまで積み上げてきたすべての「貢献」を、一瞬にして否定するものだった。

​俺は、Kから目が離せなかった。彼は、この世界の「語り」を、ただのゲームの演出だと考えている。そして、その演出を破壊することに、何の躊躇いもない。

​Kは、俺の存在に気づいていない。俺は、他のプレイヤーたちと同じように、ただ彼の行動を見つめているだけの、無力なモブだ。

​そのとき、別の声が聞こえた。

​「お前…何しとんねん!」

​その声に、俺は思わず振り返った。そこに立っていたのは、俺のリアルでの友人、タナカだった。彼は、中堅ギルド《爆炎の宴》のメンバーたちと共に、Kと対峙しようとしていた。

​「このNPCは、この街の『語り部』や! お前みたいなやつに、壊されてええもんちゃう!」

​タナカは、Kに向かって叫んだ。俺がNPCとして行った「貢献」が、彼の目には「語り」として映っていたようだ。

​Kは、タナカを軽蔑したような目で見た。

​「語り? 面白い冗談じゃのう。そんなもん、弱い奴らが自分を慰めるための言い訳じゃろ」

​Kは、タナカの言葉を一蹴し、嘲笑した。そして、彼は剣を構え、タナカに一歩、また一歩と近づいていく。タナカの仲間たちは、怯えたように後ずさりする。

​「やめろ、K!」

​俺は、思わず叫びそうになった。だが、俺の口から出たのは、システムが用意した無機質なセリフ。

​「…何か、お手伝いできることはありますか?」

​俺の言葉は、誰にも届かない。Kの耳にも、タナカの耳にも。

​俺は、自分の無力さを痛感した。俺は、この世界の「語り」を守る力を持たない。タナカが、Kに殺されてしまうかもしれない。

​そのとき、俺の頭の中に、別の声が響いた。

​「あんた、ほんとにNPCなん? なんか…違うっちゃ」

​セナの声だ。彼女は、俺の「言葉にならない声」を聞いてくれた。

​俺は、この世界の「語り」を守るために、何かをしなければならない。

​俺は、Kとタナカの間に割って入った。もちろん、俺の体は、プレイヤーの当たり判定をすり抜けてしまう。だが、俺の存在が、彼らの間に、奇妙な「違和感」を生み出した。

​Kは、一瞬だけ動きを止めた。彼の瞳が、俺の存在を捉えた。

​「…なんだ、お前は」

​彼は、初めて俺に興味を示した。

​俺は、言葉を持たない。しかし、俺には、俺自身の「物語」がある。

​俺は、Kの「語り」の破壊を、この世界の「語り部」として、全力で阻止する。


俺はKとタナカの間に、無言で立ち塞がった。俺の体は透明な存在のように、プレイヤーである彼らをすり抜ける。しかし、俺がそこに存在しているという事実は、彼らの間に明らかな**『違和感』**を生み出していた。

​Kは、俺の存在に戸惑っているようだった。

​「…なんだ、お前は。プレイヤーでもねえのに…俺の前に立つんか?」

​彼は、俺の無言の抵抗を、言葉ではない「語り」として受け取っている。俺は、言葉を持たない代わりに、行動で語る。それが、NPCである俺にできる、唯一の反撃だ。

​「語りは、弱い奴らの言い訳じゃない」

​俺の口から、無機質な音声が漏れる。それは、システムが用意したセリフ。だが、俺は心の中で、その言葉に、熱い想いを込めていた。

​「語りは、世界を創る力だ」

​俺は、Kの剣を避け、彼の周りを動き回った。もちろん、俺は彼にダメージを与えることはできない。だが、俺の存在は、彼の攻撃を妨害している。Kは、タナカを狙おうとするが、俺の動きに邪魔され、攻撃のタイミングを失っていく。

​「どけ! 雑魚NPCが!」

​Kは、苛立ちを隠せない。彼は、ただの背景だと思っていた俺の存在が、自分の「物語」を邪魔していることに気づいたのだ。

​その隙に、タナカは体勢を立て直し、叫んだ。

​「お前…ほんまにモブやんけ! でも、ワイの知っとるモブと、なんかちゃうわ!」

​タナカの言葉に、俺は胸が熱くなった。俺は、この世界の「語り」を守るために、ここにいる。

​Kは、俺を無視し、再びタナカに剣を突きつけようとした。そのとき、俺は、街の清掃で覚えた、**『NPC貢献度』**を稼ぐ方法を思い出した。

​俺は、地面に落ちていた小さな石を拾い上げた。

​そして、Kの足元に、そっと置いた。

​Kは、それに気づかない。だが、彼の足が、その小さな石につまずいた。

​「なっ!?」

​彼は、バランスを崩し、攻撃のタイミングを完全に失った。

​《NPC貢献度:物語の進行を妨害しました》

《経験値:100》

​驚くほどの経験値が、俺の頭上に表示された。

​俺の行動は、単なる「ゴミ拾い」ではない。それは、Kが望む「物語」の破壊を妨害する、俺自身の「語り」だったのだ。

​Kは、タナカを攻撃することを諦め、俺を睨みつけた。

​「…面白いじゃねえか、お前」

​彼の瞳には、怒りと共に、底知れない興味が宿っていた。

​俺は、言葉を持たない。だが、俺の「語り」は、確かに彼に届いた。


俺は、Kの瞳に宿る、怒りと興味の入り混じった光を真正面から受け止めた。彼は、俺という「バグ」を潰すのではなく、その存在を認め、楽しもうとしている。

​「…面白いじゃねえか、お前」

​Kは、そう言い残してタナカから視線を外し、広場を後にした。彼の足音は、俺の鼓動のように、街の石畳に重く響いた。

​タナカは、俺の元に駆け寄って来る。

​「おい、ナギ! お前、なんやねん今の! Kの攻撃、どうやって止めたんや!」

​俺は、答えられない。俺の口から出たのは、システムが用意したセリフ。

​「…お役に立てて、光栄です」

​タナカは、俺の言葉を気に留めることなく、興奮したように語り続けた。

​「お前、ほんまにモブなんか? 俺には、お前が誰よりも『勇者』に見えたで。自分の言葉を失くしても、大事なもんを守ろうとしとる。それが、勇者やろ?」

​タナカの言葉に、俺は初めて、自分の存在に意味を見出せた気がした。

​俺は、ただの「NPC」ではない。俺は、この世界の「語り」を守る、**『語り部』**なのだ。

​その確信が、俺の心に深く刻まれた。

​その日の夜、俺はギルド酒場のカウンターの隅に座り、ぼんやりとオークのジョッキを眺めていた。グラスの中には、俺の顔が歪んで映っている。

​「語り? そんなもん、殺せば終わりじゃろうが」

​Kの言葉が、今も耳に残っている。彼は、力こそがすべてだと信じている。彼の「語り」は、暴力だ。

​だが、俺の「語り」は違う。

​俺は、この世界の「物語」を、地道な行動で、静かに、そして確かに変えていく。

​街の清掃で、この世界の『基礎』を支え、

酒場の手伝いで、この世界の『活気』を生み出し、

花屋の手入れで、この世界の『美』を守り、

鍛冶屋の助手として、この世界の『力』を育み、

防具屋の職人として、この世界の『歴史』を継承し、

吟遊詩人の手伝いで、この世界の『物語』を紡ぐ。

​俺は、Kのような暴力に頼ることはできない。だが、俺には、この世界を愛し、その「語り」を守るという、揺るぎない意思がある。

​そのとき、俺のステータスウィンドウに、新たな文字が追加されていることに気づいた。

​スキル:語りの欠片

​スキル名の下には、こう書かれていた。

​「言葉を持たない語り部が、その行動で世界に刻みつけた、物語の断片」

​俺は、言葉を失った。

​俺は、この世界のシステムに、正式に「語り部」として認められたのだ。

​俺の物語は、まだ始まったばかりだ。


​俺は、自分のステータスウィンドウを何度も見返した。

​スキル:語りの欠片

​「言葉を持たない語り部が、その行動で世界に刻みつけた、物語の断片」

​その言葉が、俺の胸に温かく響いた。システムは、俺がNPCとして行ったすべての行動を、無駄ではなかったと認めてくれたのだ。

​俺は、スキル《語りの欠片》をどう使うのか、試してみることにした。

​俺は、再び街の広場へと向かった。そこには、プレイヤーたちが集まり、楽しげに笑い合っている。俺は、彼らの会話に耳を傾けた。

​「よっしゃ、これでゴブリン討伐のクエストクリアだ!」

​「やったね! 次はどのクエストにする?」

​彼らは、ただゲームを楽しんでいる。だが、俺は知っている。彼らの行動の一つ一つが、この世界の「語り」を創り上げているということを。

​俺は、広場の隅にあるベンチに腰を下ろした。

​そして、俺は、スキル《語りの欠片》を発動させた。

​《スキル『語りの欠片』を発動しました》

​俺の頭の中に、システムメッセージが流れた。

​その瞬間、俺の視界が、一瞬だけ揺らいだ。

​俺の目に映ったのは、この広場に集うプレイヤーたちが、過去に行った行動の断片だった。

​「…俺、初めてこのゲームにログインしたんだよな」

「へえ、俺はギルド酒場で仲間を探してたんだ」

「この広場の噴水、実は昔、冒険者の願いを叶える場所だったんだって」

​彼らが、いつ、どこで、何を語り、何をしたのか。その断片的な情報が、俺の頭の中に流れ込んできた。

​俺は、この世界の「語り」を、過去に遡って見ることができるようになったのだ。

​俺は、ベンチから立ち上がり、ゆっくりと広場を歩き始めた。すれ違うプレイヤーたちの、過去の行動が、映像となって俺の目に飛び込んでくる。

​それは、まるで、この世界の「記憶」を読んでいるかのようだった。

​俺は、この能力を使えば、この世界の「語り」を、誰よりも深く理解することができる。

​Kのような「語りの破壊者」の行動パターンを予測し、それを阻止することも可能かもしれない。

​そして、俺は、この世界の「語り」の真実、つまり、なぜ俺がNPCになってしまったのか、その謎を解き明かすことができるかもしれない。

​俺は、言葉を持たない。だが、俺には、この世界の「物語」を読み解く力がある。

​俺は、この能力を使い、俺自身の物語を、そして、この世界の「物語」を紡いでいく。


スキル《語りの欠片》は、俺の視界を、この世界の「記憶」を映し出すスクリーンに変えた。

​俺は、街の広場から、酒場、花屋、鍛冶屋と、これまでアルバイトをしてきた場所を巡った。

​酒場のカウンターに立つと、過去に何人ものプレイヤーが、この場所で出会い、物語を始めたのかが分かった。彼らが交わした言葉、乾杯の音、そして別れの挨拶。それらの「語り」が、まるで残響のように俺の心に響いた。

​花屋では、セナが話しかけてくれたあの日の光景が、鮮明に蘇る。彼女が俺に語りかけた、「違和感」という言葉。それは、俺の存在そのものが、この世界の「語り」に刻み込まれていることを示していたのだ。

​鍛冶屋では、一人のプレイヤーが、初めて手に入れた剣を嬉しそうに眺めている姿が見えた。その剣には、彼がこれから紡ぐであろう、冒険の「物語」が秘められているようだった。

​俺は、この世界の過去を読み解きながら、歩き続けた。

​そして、俺は、街の片隅にある、忘れ去られた小さな墓標に目が留まった。

​《語りの欠片》を発動させる。

​すると、その墓標の前に、一人のプレイヤーが立っている姿が見えた。彼は、俺と同じく、どこか寂しそうな雰囲気を漂わせている。そのアバターの名は**《ナオト》**。

​俺は、彼の「語り」の断片を読み取った。

​「…俺も、お前と同じだったんだな」

​ナオトは、そう呟いていた。そして、彼の視界には、俺と同じ「NPC」としてのステータスが表示されているのが見えた。

​所属:《一般市民ギルド》

ランク:一般NPC

​ナオトは、俺と同じように、NPCとしてこの世界にログインしてしまったプレイヤーだったのだ。だが、彼の「語り」はそこで途絶えていた。彼の物語は、何らかの理由で終わってしまったのだろう。

​俺は、その墓標が、彼の物語の「終わり」を告げていることを理解した。

​だが、その墓標の近くに、もう一つの「語り」の欠片が見えた。

​それは、ナオトが最後に発した言葉。

​「…お前も、語りの外に落ちたんだな」

​その言葉は、俺への警告だった。

​俺は、ナオトのようにはならない。俺は、俺自身の「物語」を、この世界に刻み続ける。

​俺は、ナオトの「語り」の残響を、この世界の記憶として、胸に刻んだ。そして、俺は、ナオトが果たせなかった物語を、俺自身が引き継ぐことを決意した。

​俺は、もうただのプレイヤーではない。俺は、この世界の「語り部」だ。


スキル《語りの欠片》は、俺の「物語」に新たな可能性をもたらした。俺は、この能力を使えば、プレイヤーたちが抱える小さな問題を、誰よりも早く見つけることができる。

​そして、その問題を解決してやれば、俺は「NPC貢献度」を効率よく稼ぎ、この世界の「語り」をさらに深く理解できるはずだ。

​俺は、街の掲示板の前に立った。そこには、プレイヤーたちがギルドメンバーを募集したり、アイテムの売買をしたりする書き込みがされている。俺は、その書き込みの一つ一つに《語りの欠片》を使った。

​「旅の途中で、大事なアイテムを落としてしまった…心当たりのある方は、連絡を…」

​「新しいレシピを探しているのですが、なかなか見つかりません…」

​プレイヤーたちは、それぞれが独自の「物語」を抱えている。だが、その物語の多くは、誰にも知られることなく、埋もれていく。

​俺は、そんな「物語」を拾い上げることに決めた。

​俺は、掲示板の隅に、小さな看板を立てた。そこには、俺自身の「語り」が、言葉にならない形で記されている。

​【困りごと、引き受けます】

** ― 街のどこかにいる、無口な市民より**

​看板を立ててから数時間。俺は、街の広場で、人々の往来を眺めていた。すると、一人のプレイヤーが、俺の看板の前で足を止めた。彼は、俺を見つけると、少し戸惑ったように話しかけてきた。

​「…あんた、本当に何でも引き受けてくれるのか?」

​俺は、言葉を持たない。だが、俺は、そのプレイヤーが抱えている「語り」を、《語りの欠片》を使って読み取ることができた。

​彼は、ギルドの新人歓迎イベントで、地図を失くしてしまったようだ。

​俺は、彼の「物語」を理解したことを示すように、ゆっくりと頷いた。

​「…地図の代わりを、務めましょう」

​俺の口から、無機質な音声が漏れる。だが、その言葉は、彼の「物語」に寄り添う、俺自身の「語り」だった。

​俺は、彼を街の図書館へと導いた。図書館のNPCに話しかけ、失くした地図の情報を探すよう促す。そして、彼が地図を見つけ出したとき、俺の頭上に、新たなメッセージが表示された。

​《NPC貢献度:迷える旅人の物語に貢献しました》

《経験値:20》

​経験値は、俺がこれまで稼いできたどの経験値よりも多かった。

​俺は、この世界の「語り」を、単に支えるだけでなく、自ら創り出すことができる。

​俺は、この街の「語り」の万事屋として、人々の物語を紡いでいく。


​万事屋を始めてから、俺は毎日、街の掲示板に足を運んだ。

​《語りの欠片》を使えば、誰にも気づかれないような小さな「物語」の断片が見えてくる。道端で友人と喧嘩した冒険者、大切な薬を失くしてしまった魔法使い、初めてのクエストに緊張している新人プレイヤー。

​俺は、そんな彼らの「物語」を拾い上げる。

​「…道に落ちた薬を探している、と」

​俺は、薬の持ち主の「語り」を辿り、その軌跡を追った。彼が歩いたであろう道、立ち止まったであろう場所、そして、薬を落としたであろう瞬間の記憶。俺は、その記憶を頼りに、小さな茂みの下に隠された薬を見つけ出した。

​薬の持ち主に声をかけると、彼は驚いたように俺を見た。

​「君…なぜ、僕が薬を失くしたことを?」

​俺は、言葉を持たない。ただ、薬を差し出し、彼の「物語」が救われたことを示唆した。

​《NPC貢献度:迷子の薬の物語に貢献しました》

《経験値:15》

​経験値は、着実に積み重なっていく。

​ある日、俺は街の噴水の前で、一人寂しそうに座っているプレイヤーを見つけた。彼女の「語り」を読み取ると、彼女は、ギルドの仲間と連絡が取れず、途方に暮れているようだった。

​俺は、彼女の仲間が最後にいたであろう酒場へ向かった。

​酒場には、相変わらず賑やかな喧騒が響いている。俺は、仲間の「語り」を追い、彼らが座っていたテーブルの記憶を読み取った。すると、テーブルの下に、彼らが連絡を取り合うための伝書鳩の籠が落ちているのが見えた。

​俺は、その伝書鳩の籠を彼女に届けた。

​「ありがとう…君のおかげで、またみんなと会える」

​彼女は、心から感謝の言葉を口にした。

​《NPC貢献度:友情の物語に貢献しました》

《経験値:30》

​俺の「物語」は、他のプレイヤーの「物語」と結びつき、より大きな流れとなっていた。

​俺は、もうただのバブではない。

​俺は、この世界の「語り」を読み解き、繋ぎ合わせ、そして、その物語を良い方向へと導く**『語りの案内人』**なのだ。

​この世界のすべてが、俺の「物語」の一部になっていく。


万事屋を始めてから、俺は毎日、街の掲示板に足を運んだ。

​《語りの欠片》を使えば、誰にも気づかれないような小さな「物語」の断片が見えてくる。道端で友人と喧嘩した冒険者、大切な薬を失くしてしまった魔法使い、初めてのクエストに緊張している新人プレイヤー。

​俺は、そんな彼らの「物語」を拾い上げる。

​「…道に落ちた薬を探している、と」

​俺は、薬の持ち主の「語り」を辿り、その軌跡を追った。彼が歩いたであろう道、立ち止まったであろう場所、そして、薬を落としたであろう瞬間の記憶。俺は、その記憶を頼りに、小さな茂みの下に隠された薬を見つけ出した。

​薬の持ち主に声をかけると、彼は驚いたように俺を見た。

​「君…なぜ、僕が薬を失くしたことを?」

​俺は、言葉を持たない。ただ、薬を差し出し、彼の「物語」が救われたことを示唆した。

​《NPC貢献度:迷子の薬の物語に貢献しました》

《経験値:15》

​経験値は、着実に積み重なっていく。

​ある日、俺は街の噴水の前で、一人寂しそうに座っているプレイヤーを見つけた。彼女の「語り」を読み取ると、彼女は、ギルドの仲間と連絡が取れず、途方に暮れているようだった。

​俺は、彼女の仲間が最後にいたであろう酒場へ向かった。

​酒場には、相変わらず賑やかな喧騒が響いている。俺は、仲間の「語り」を追い、彼らが座っていたテーブルの記憶を読み取った。すると、テーブルの下に、彼らが連絡を取り合うための伝書鳩の籠が落ちているのが見えた。

​俺は、その伝書鳩の籠を彼女に届けた。

​「ありがとう…君のおかげで、またみんなと会える」

​彼女は、心から感謝の言葉を口にした。

​《NPC貢献度:友情の物語に貢献しました》

《経験値:30》

​俺の「物語」は、他のプレイヤーの「物語」と結びつき、より大きな流れとなっていた。

​俺は、もうただのバブではない。

​俺は、この世界の「語り」を読み解き、繋ぎ合わせ、そして、その物語を良い方向へと導く**『語りの案内人』**なのだ。

​この世界のすべてが、俺の「物語」の一部になっていく。


​語りの共鳴者:セナ

​セナは、花屋でナギの「違和感」に気づいて以来、密かに彼の行動を観察していた。彼女は、ナギがただのNPCではないと確信していた。彼は、言葉を持たない代わりに、行動で「語り」を紡いでいる。

​ある日、セナは街の掲示板で、ナギが立てた『困りごと、引き受けます』という看板を見つける。その看板が、ナギの言葉にならない「声」だと直感したセナは、意図的にクエストを依頼してみることにした。

​「あたしの好きな花、『月の雫』を探してくれん?」

​彼女はそう書き込み、広場でナギを待った。

​しばらくして、ナギが看板の前に現れる。彼は、セナの書き込みを読み取ると、静かに頷いた。言葉を交わすことなく、二人の間に通じ合う「語り」が生まれる。

​ナギは《語りの欠片》を使い、セナの「物語」の軌跡を読み解く。セナがかつて、ナギと出会った花屋で『月の雫』にまつわる物語を聞いていたことを知る。ナギは、その物語が語る場所へ向かい、月の雫が咲く場所へとセナを導いた。

​「あんた…ほんとに、あたしの物語を覚えててくれたん?」

​月の光を浴びて淡く輝く花を見つめながら、セナは涙ぐんだ。ナギは、ただ静かにその隣に立つ。言葉はなくても、その行動は、セナの心を深く揺さぶった。

​語りの模倣者:ルル

​ルルは、ナギが万事屋を始めたことを知り、その行動を毎日細かくノートに記録していた。彼女にとって、ナギは最高の研究対象だ。

​「面白いだがね。彼は、NPCの語りを模倣するどころか、プレイヤーの語りを創り出している。これは、あたしの研究を覆す新発見だがね!」

​ルルは、ナギの模倣を始めた。

​『困りごと、引き受けます』

​彼女は、同じ看板を立て、ナギと同じようにプレイヤーの「困りごと」を探し始めた。しかし、彼女の行動はナギとは違った。彼女は、報酬を求め、効率を重視した。

​ある日、ルルはクエストを依頼してきたプレイヤーに、ナギのやり方を真似て道案内をする。だが、彼女はプレイヤーが目的地に着くやいなや、「報酬をよこすだがね!」と突きつける。

​プレイヤーは戸惑い、ルルは「あたしの語り、なんで信じてもらえないだがね…?」と呟いた。

​その様子を見ていたナギは、ルルの前に立ち、彼女に無言で一つのメモを渡した。

​そこには、ナギがこれまで出会ってきたプレイヤーの「物語」が、言葉にならない形で記されていた。

​ルルは、そのメモを見て、ナギの「語り」が単なる模倣ではないことを悟る。それは、人々の心に寄り添い、彼らの物語を大切にする、ナギ自身の『真の語り』だった。

​語りの毒舌家:タナカ

​タナカは、Kとの一件以来、ナギのことが気になって仕方なかった。彼はナギがNPCになったことを信じられないでいたが、ナギの行動がこの街の「語り」を変えているという噂を耳にするたび、胸騒ぎを覚えていた。

​ある日、タナカは最強ギルド《終焉の牙》への加入をかけた最後の試練に臨んでいた。それは、一人で強大なモンスターを討伐するというもの。しかし、彼の作戦はKによって妨害され、絶体絶命の危機に陥る。

​「くそっ…! こんなところで、ワイの物語は終わりなんか…!」

​そのとき、タナカの視界の端に、一つの人影が映った。ナギだ。

​ナギは、モンスターとタナカの間に、静かに立ち塞がった。そして、モンスターの攻撃を、まるで最初からそこにいるかのように、避け続けた。

​タナカには、ナギの行動が、モンスターの注意を引くための完璧な「囮」になっていることが分かった。

​「お前…ほんまにモブやんけ! どないしてんねん!」

​タナカは、毒舌を吐きながらも、ナギが作ってくれた一瞬の隙を逃さなかった。彼は、渾身の一撃をモンスターに叩き込む。

​そして、モンスターは消滅した。

​「お前…ワイを助けに来てくれたんか?」

​タナカの問いかけに、ナギは何も答えない。しかし、彼の瞳は、雄弁に語っていた。

​「お前は、ワイの唯一の物語の仲間や。絶対に、お前の物語を終わらせたりせえへん」

​タナカは、ナギの無言の「語り」を受け取り、改めてナギとの友情を確かめ合った。


​語りの継承者:ミナト

​ナギが万事屋として活動する日々の中、彼の前に一人のプレイヤーが現れた。プレイヤーナオト。その名前を見た瞬間、ナギは街の墓標で見た「語りの亡霊」を思い出した。

​「お前も、語りの外に落ちたんだな」

​ナオトは、ナギの存在に気づいていた。彼は、かつてNPCとしてログインし、言葉を奪われたまま消えたという「前例者」だった。

​「…俺は、自分の『語り』を取り戻すために、プレイヤーとして戻ってきた。だが…一度失くした言葉は、簡単には戻ってこない」

​ミナトは、ナギが言葉を持たないNPCであるにも関わらず、自分の「語り」を紡いでいることに驚きを隠せない。ナギは、ミナトに《語りの欠片》を使い、彼の「物語」の残響を読み取る。

​ミナトは、かつてNPCとして、この世界の物語を、誰よりも愛していた。しかし、プレイヤーに言葉を奪われ、彼の物語は途絶えてしまった。

​ナギは、言葉を持たない代わりに、ミナトに、自分が経験してきた物語の断片を、行動で示す。街のゴミ拾い、酒場の手伝い、そして、迷子のプレイヤーを導く姿。それは、ミナトがかつて愛した、この世界の「語り」そのものだった。

​「…お前は、俺が果たせなかった物語を、紡いでいるんだな」

​ミナトは、ナギの無言の「語り」に、自身の物語の継承を見出す。そして、ナギに、この世界の「語り」の真実を語り始めた。それは、この世界のシステムを創った者たちの、隠された物語だった。

​語りの拡張者:ユイ

​ナギが万事屋の看板を立てていたある日、一人の少女が、俺の前に現れた。プレイヤーツユ。方言は沖縄方言。彼女は、俺の行動に共鳴し、自らも「モブプレイ」を始めたという。

​「あなたの語り、私にも響いたよ。NPCでも、語れるさぁ」

​ユイは、ナギと同じように、街の隅で、プレイヤーたちには見向きもされないような小さな「貢献」をしていた。ゴミ拾い、花壇の手入れ、迷子の猫探し。

​ナギは、ユイの「語り」を《語りの欠片》で読み取る。彼女は、この世界の「語り」を、誰かの『物語』としてではなく、この世界全体を構成する『物語』として捉えていた。

​ユイは、ナギにこう提案する。

​「私と、この世界の『語り』を、もっと広げない? あなたが街を、私が郊外を…二人で、この世界を『語り尽くそう』さぁ」

​二人は、言葉を持たない「語り部」として、この世界の『物語』を拡張する旅に出た。ナギは街を、ユイは郊外を、それぞれの「語り」で満たしていく。二人の『語り』が交差するたびに、この世界の物語は、より深く、より広大になっていく。

​語りの否定者:カイと語りの代弁者:イツキ

​ナギとユイが、この世界の「語り」を広げているという噂は、すぐにKの耳にも届いた。

​「面白ぇ…今度は、語りを増やすバグか。そんなもん、まとめて潰してやる」

​Kは、ナギとユイの存在を危険視し、二人を狙い始めた。

​その動きを察知した御影イツキが、ナギの前に姿を現した。彼は、運営と密接に関わる「制度の代弁者」。

​「君のNPCプレイは、システムの逸脱だ。このままでは、排除対象となる」

​イツキは、ナギに「語りの自由」を説くタナカや、ナギの存在に魅了されたセナやルルとは違い、冷徹な目でナギを『バグ』として見ていた。

​だが、ナギはイツキの言葉に屈しなかった。彼は、言葉を持たない代わりに、これまで紡いできた「語り」を、行動で示した。

​街の平和、花屋の美しさ、鍛冶屋の情熱。

​イツキは、ナギの行動をただの『バグ』として見ることができなくなった。ナギの行動は、この世界の『物語』を確かに動かしている。

​そのとき、Kがナギとユイを襲撃してきた。

​イツキは、Kを制止しようと叫んだ。

​「やめろ、K! 彼らは、この世界の『語り』を創っている!」

​しかし、Kは聞く耳を持たない。

​「語りなんて、ゴミみたいなもんだ! 殺せば、全部終わる!」

​ナギは、ユイを守るために、Kの前に立ちはだかった。そして、彼は、この世界の「語り」を読み解き、Kの行動を予測し、彼の攻撃を妨害する。

​「俺は、お前が愛した『語り』を、守る!」

​ナギの無言の「語り」は、イツキの心にも届いた。彼は、ナギの『バグ』が、この世界の『物語』をより豊かにする可能性を秘めていることを確信した。

​そして、ナギとユイ、そしてイツキとタナカは、Kの「語りの破壊」に対抗するため、手を組むことになった。

​語りの記憶者:ノエル

​ナギとKの戦いの噂は、記録ギルド《語り部の書架》に所属する灰原ノエルにも届いた。彼女は、ナギのNPCとしての「語り」に『残響』を感じていた。

​ノエルは、ナギの過去を《語りの欠片》とは違う形で読み解くことができる。彼女は、ゲーム内に存在する、すべての『語り』を記録・保存する能力を持っていた。

​ナギの前に現れたノエルは、静かに語りかける。

​「あなたの言葉は、もう私の中にある。消えても、残る」

​彼女は、ナギがNPCになってしまった原因、そして彼が過去に紡いできた『語り』のすべてを、記録として持っていたのだ。

​ノエルは、ナギに、彼の物語が『無』ではないことを証明する。そして、ナギに、彼の「語り」が、この世界の歴史として、永遠に語り継がれるであろうことを伝えた。

​ナギは、自分の『物語』が、決して一人だけの物語ではないことを知る。

​彼の物語は、セナ、タナカ、ルル、ミナト、ユイ、イツキ、そしてノエルによって、それぞれの形で、この世界の記憶に刻み込まれていく。

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NPCになったプレイヤーVRMMOでモブ生活! 匿名AI共創作家・春 @mf79910403

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