NPCになったプレイヤーVRMMOでモブ生活!
匿名AI共創作家・春
第1話
「ログインしました」
その音声と共に、俺の視界はVRMMO《エターナルサーガ》の広大な世界に切り替わった。
眼前に広がるのは、太陽の光を反射して輝くクリスタルタワー。その足元には、ファンタジー世界に憧れたプレイヤーたちが溢れかえっている。剣と魔法、それに個性的なアバター。誰もが自分の物語の主人公だ。
「さあて、今日はどんな物語を紡いでやるか」
俺、風凪彰人(かざなぎあきと)──プレイヤー名ナギは、自称プロゲーマーだ。新しいゲームが発売されれば必ず初日にプレイし、そのシステムの穴や攻略法を見つけ出すのが生きがいだった。特に《エターナルサーガ》は、膨大なNPCの会話パターンや、プレイヤーの行動で世界が変化する「語りのシステム」が売りだという。期待に胸を膨らませ、ヘッドセットを装着した。
キャラクリエイトはスキップした。過去の経験上、初期アバターが一番システムを理解しやすい。見た目なんてどうでもいい、早くゲームを始めたい。
…そう思っていた。
違和感に気づいたのは、チュートリアルエリアを抜けた直後だった。
プレイヤーたちが話しかけてこない。いや、話しかけても、返ってくるのは紋切り型のセリフばかりだ。
「こんにちは、旅人さん。この街は冒険者たちで賑わっていますね」
「困ったことがあれば、私に声をかけてください。ただし、できることは限られていますが」
おかしい。
試しに、目の前のプレイヤーに話しかけてみた。「おい、ちょっといいか?」
だが、相手は俺をまるで透明な存在のように無視し、隣にいた別のプレイヤーに話しかけている。
「な、なんだこれ……?」
何度試しても、結果は同じだった。まるで、俺の存在がプレイヤー側から認識されていないかのようだ。
焦りながらステータスを確認する。プレイヤー名は**《ナギ》**のまま。だが、その下に小さく表示された文字が、俺の頭を鈍器で殴る。
所属:《一般市民ギルド》
種族:人間
ランク:一般NPC
「…は?」
俺は、プレイヤーとしてログインしたはずだ。それなのに、表示されているのはNPCのステータス。どういうことだ。
ゲーム内のヘルプシステムに問い合わせても、返ってくるのは定型文ばかり。
《お客様のキャラクターは、システム上正常に稼働しております》
運営にメールを送った。数分後、返信が来る。
《誠に恐縮ながら、お客様のキャラクターは「NPCとしての役割」に設定されており、変更はできません。こちらは仕様となります》
仕様? ふざけるな! 俺はプロゲーマーだぞ! NPCとしてゲームを攻略しろとでも言うのか?
「……ふざけんな、クソ運営」
怒りがこみ上げるが、どうしようもない。俺はシステムに、このゲーム世界の一部として組み込まれてしまった。
「……だったら、やってやんよ」
誰もが勇者や英雄を目指すこの世界で、俺はNPCとして、このゲームを攻略してやる。モブとして、物語の外側からこの世界を動かしてやる。
そう決意したとき、背後から聞き慣れた声が飛んできた。
「おい、ナギ! お前、何しょぼくれた顔しとるんや! どないしてんねん!」
振り返ると、見慣れた顔がニヤニヤと笑っている。リアルで大学の同級生、毒舌関西弁の友人、中田健太──プレイヤー
「お前、なんでプレイヤーに話しかけられへんのや? もしかして……モブプレイでもしとるんか? ククッ、お前らしいな!」
タナカの言葉に、俺は何も言えなかった。こいつは何も知らない。いや、知る由もない。
俺は、もう普通のプレイヤーじゃない。俺の「語り」は、システムに奪われた。
ここから始まるのは、勇者の物語ではない。
語りを失った、ひとりのモブの物語だ。
タナカの軽口に、俺はただ沈黙していた。こいつは、俺がわざとモブプレイをしていると思っている。まさか、システム上の「NPC」になってしまったなんて、信じてもらえるはずがない。
「おい、どないしたんや。相変わらず無口やな、お前。せやから大学でも友だちおらへんねんぞ」
「……タナカ、俺は」
言いかけて、口を閉じる。もしここで事実を話せば、タナカは俺を憐れむか、もしくは面白がってバグ技として利用しようとするかもしれない。どちらも嫌だった。俺は、プロゲーマーとしてのプライドをかけた戦いを始めたばかりなのだ。
「悪い、ちょっとシステムの不具合で……。まあ、後で話すわ」
そう言って、俺はタナカから距離を取った。彼は納得いかない顔をしていたが、俺の真剣な表情を察したのか、それ以上は追及してこなかった。
タナカは最強ギルド《終焉の牙》を目指すと言っていた。一方、俺はNPC。同じゲームにログインしているのに、まるで違う世界の住人になってしまったようだ。
一人になり、改めて自身のステータスを確認する。
所属:《一般市民ギルド》
ランク:一般NPC
クエスト:なし
スキル:なし
何もない。本当に何もない。プレイヤーがゲーム開始時に持っている「初心者用ソード」すら表示されていない。
NPCとしての俺には、明確な「役割」が設定されているらしい。街を歩いていると、頭の上に「!」マークを出したNPCが話しかけてくる。
「旅人さん、この街の平和を守るため、ゴブリンを10匹討伐してきてくれませんか?」
プレイヤーにしか見えないはずの「!」マークが、なぜか俺にも見えている。だが、俺はクエストを受注できない。プレイヤーではないからだ。
NPCは、決められたセリフを話し、決められた行動をとる。俺も例外ではなかった。
道端に落ちていたゴミを拾おうと手を伸ばすと、俺の体が勝手に動いた。
「この街は、いつも綺麗ですね」
俺の口から、無機質な音声が発せられる。いや、俺が発しているのではない。俺というNPCのアバターが、システムに命じられてそのセリフを喋っているのだ。
俺の「語り」は、システムに奪われた。
だが、それでも俺にはできることがあるはずだ。プロゲーマーとして培ってきたシステム理解、そしてNPCとしての視点。この二つを組み合わせれば、ゲームの世界を内側から見ることができる。
たとえば、さっきのゴブリン討伐クエスト。プレイヤーはゴブリンを倒して報酬を得る。だが、NPCである俺には、そのクエストの「背景」が見えるかもしれない。なぜゴブリンがこの場所に現れたのか、どのルートを通って街に侵入しようとしているのか。
俺は、街の端にある木陰に身を隠し、プレイヤーたちの動向を観察し始めた。多くのプレイヤーは、クエストの目的地に向かって一直線に走っていく。無駄な行動はしない。だが、俺は違う。俺はモブだ。誰にも見向きもされない存在。それが、俺の最大の武器になる。
《エターナルサーガ》の「語りのシステム」は、プレイヤーの行動によって世界が変化する。
その「語り」の外側──いや、内側から、この世界の真実を暴いてやる。
俺は、普通の冒険者が行かないような薄暗い路地裏に入り込んだ。すると、目の前に小さな子供のNPCが立っている。
「お兄さん、お願いがあるっちゃけど……」
少女は、少し寂しそうな博多弁を話した。彼女の頭の上には、「?」マーク。プレイヤーなら「!」だが、NPCの俺には「?」が表示されている。
これは、NPCからNPCへの「依頼」なのだろうか。
「あたし、梅ヶ枝餅を落としちゃったんよ。見つけてきてくれん?」
彼女が話しかけてきたのは、明らかに俺というNPCの「役割」だ。プレイヤーは、この子にクエストを貰うことはできない。
俺は頷いた。プレイヤーなら無視するような、取るに足らない依頼だ。だが、俺はNPCだ。
これが、俺の最初の「モブの務め」になる。
俺は、博多弁の少女──セナと、まだこのときは知らなかった少女に、静かに微笑みかけた。
俺の口から、無機質な声が漏れる。
「はい、承知いたしました」
路地裏の片隅。梅ヶ枝餅を探すという小さな冒険の途中、俺はセナと二人、静かに歩いていた。
彼女は時折、地面を覗き込み、そして俺の顔をじっと見つめる。その瞳には、まるで俺の表面的な「NPC」という役割の奥にある、何かを探し出そうとするような真剣さが宿っていた。
「あんた、ほんとにNPCなん?」
唐突に、彼女がそう尋ねてきた。
「…システム上は、そうみたいだ」
俺の口から出るのは、システムが用意した答え。感情の乗らない、平坦な声。それでも、俺は自分自身の意思を込めて、そう答えたつもりだった。
「なんか…違うっちゃ」
セナはそう言って、俺の隣にぴたりと寄り添う。彼女が身につけている、どこか素朴な回復職のローブから、甘く優しい匂いがした。
「あたし、NPCのセリフを集めとるんよ。みんな同じように見えて、ほんとは一人ひとり違うと。声のトーンとか、言葉の選び方とか…聞いとるうちに、その子の『物語』が見えてくる気がするんよ」
彼女の言葉は、俺の胸に突き刺さった。
俺の「語り」は、システムによって奪われた。でも、彼女は俺の言葉にならない想い、俺という存在の奥にある「物語」を、見つけようとしてくれている。
「でも、あんたは…なんか、静かすぎると」
セナは、俺の顔を覗き込みながら、さらに続けた。
「声は、他のNPCさんと一緒かもしれん。でも、あんたには…言葉にできん『違和感』があるっちゃ。それが、あたしは気になって仕方ないんよ」
その「違和感」は、きっと俺がNPCの皮を被ったプレイヤーだからだ。システムの檻に閉じ込められながらも、抗おうとする俺自身の魂の残滓。
「だから…あんたが何者だろうと、あたしは気にせんよ。もしあんたが、誰にも言えない秘密を抱えとるんなら…あたしは、それを聞いてあげたか。あんたの言葉にならん『声』、あたしに聞かせてくれんかな」
彼女の言葉は、まるで壊れかけたラジオから聞こえてくる、かすかなメロディーのようだった。誰にも届かないと思っていた俺の「声」が、初めて共鳴する相手を見つけた瞬間。
俺は、セナの真っ直ぐな瞳から目を逸らすことができなかった。
「…ありがとう」
その言葉は、システムが用意したセリフではなかった。俺自身の、心からの言葉だった。
その言葉を聞いて、セナはふわりと微笑んだ。
「どういたしまして。あたし、セナって言うと。あんたは?」
名前を聞かれて、俺は一瞬戸惑った。俺のプレイヤー名は《ナギ》。だが、NPCとして、俺に名前などあるのだろうか。しかし、俺が躊躇していると、セナは静かに俺の耳元に囁いた。
「…大丈夫。あんたの**『本当の名前』**は、あたしにしか聞こえんっちゃ」
彼女の言葉に、俺は不思議と心が落ち着いた。
「…ナギだ」
俺の口から、ようやく自分の名前を伝えることができた。セナは満面の笑みで頷き、梅ヶ枝餅を探す冒険を再開した。彼女は、地面を覗き込み、そして俺の顔をじっと見つめる。その瞳には、まるで俺の表面的な「NPC」という役割の奥にある、何かを探し出そうとするような真剣さが宿っていた。
結局、梅ヶ枝餅は見つからなかった。どうやら、システム上ではすでに消滅していたらしい。しかし、セナは少しもがっかりした様子を見せず、俺にこう言った。
「見つからんかったんは残念やけど、あんたと話せたけん、よかったっちゃ」
その言葉は、俺を救ってくれた。
それまで、俺の心は「NPC」という檻に閉じ込められていた。だが、セナとの出会いによって、俺は再び外の世界を見ることができた。
俺は、セナに別れを告げ、人通りの多い大通りへと向かった。そこでは、プレイヤーたちがそれぞれの物語を紡いでいる。彼らは、自分の意思でクエストを受け、モンスターを倒し、仲間と語り合う。
俺はもう、彼らと同じ舞台に立つことはできない。しかし、俺はもう一人ではない。俺の「語り」を、俺の「違和感」を、見つけてくれる人がいる。
俺は、NPCとして、この世界を歩き始めた。
プレイヤーたちが通り過ぎる中、俺は彼らのクエストの様子を観察した。彼らがどのルートでモンスターを討伐し、どのNPCと話すのか。彼らの行動は、この世界の物語を形作っている。そして俺は、その物語の「背景」を知る唯一の存在なのだ。
そうだ、俺はモブだ。だが、モブにはモブにしかできないことがある。
誰もが英雄を目指すこの世界で、俺は最強のモブになってやる。
そしていつか、タナカやセナと肩を並べられるようになったとき、俺は胸を張って言おう。
「俺は、お前らと同じ、プレイヤーだ」と。
俺は、ヘッドセットを外した。
ディスプレイに表示された《ログアウト》の文字が、やけに虚しく感じられた。ゲームの中では、俺は「ナギ」という名を持つNPCだった。だが、この世界では、俺はただの風凪彰人。平凡な大学生だ。
ヘッドセットを机の上に置く。現実の部屋は、VRMMOの広大な世界と比べると、あまりにも狭く、そして静かだ。パソコンのファンが回る音だけが、やけに大きく響いている。
スマホを手に取ると、タナカからメッセージが届いていた。
タナカ:おーい、モブ! どないしたんや! クソ運営に問い合わせて、はよ普通のプレイヤーに戻れや!
メッセージには、おどけた顔文字が添えられている。タナカはまだ、俺の状況を冗談だと思っている。無理もない。まさか、ゲームにログインしたらNPCになってしまうなんて、誰も想像できないだろう。
返信しようとして、指が止まる。
「俺はモブじゃない、プレイヤーだ」と送るべきか。
それとも、事実を伝えてみるべきか。
結局、俺は何も送れなかった。
もう一度、ヘッドセットに手を伸ばす。VRMMOの世界にいる俺は、言葉を失った存在だ。でも、セナは俺の言葉にならない「声」を聞いてくれた。彼女は、俺という存在を、NPCとしてではなく「ナギ」として見てくれた。
現実の俺には、何があるだろう。大学の授業、アルバイト、そしてタナカとのくだらない会話。それは、確かに俺の日常だ。だが、今の俺にとって、最も強く心惹かれるのは、あのゲームの世界だった。
あの世界には、俺の「物語」がある。
ログアウトしている間にも、あの世界は進んでいく。タナカは冒険を進め、セナはNPCのセリフを集め、そして、あの世界には新たな物語が生まれていく。
「……はぁ」
俺は、大きく息を吐いた。
「よし」
俺は、スマホをポケットにしまい、ヘッドセットを再び手に取った。
俺は、ただのゲームをプレイしているのではない。俺は、俺自身の「物語」を、あの世界で紡いでいるんだ。
VRMMOの世界で、俺はNPCだ。でも、現実世界では、俺はプレイヤーだ。
さあ、モブの務めを再開しよう。
再びヘッドセットを装着し、俺は《エターナルサーガ》へとログインした。
ログインした瞬間、目に飛び込んできたのは、見慣れたクリスタルタワーの景色だった。ログアウト前と何も変わらない。いや、正確には、ほんの少しだけプレイヤーたちの顔ぶれが変わっているように見えた。
俺が現実で過ごした時間も、ゲームの中では進んでいる。このゲームの世界は、俺がいない間も、それぞれの物語を紡ぎ続けているのだ。
俺は、まず街の中心にあるギルド酒場に向かうことにした。プレイヤーたちは、そこでクエストの情報を交換し、仲間を探す。俺がNPCとして、この世界の裏側を知るためには、プレイヤーたちの物語の「始まり」を観察するのが一番だと考えた。
大通りは相変わらず活気に満ちている。
「回復職を募集しています!」
「強者求む! ギルド《光の剣》入隊希望者はこちらへ!」
そんな威勢のいい声が飛び交う。俺は、プレイヤーたちが使う「プレイヤー専用」のショートカットキーやシステムウィンドウが、俺には見えないことを改めて実感した。俺は、ただの通行人。彼らにとっては、背景の一部でしかない。
それでも、俺は足を止め、彼らの会話に耳を傾けた。プロゲーマーとして培ってきた聴覚と観察眼が、こんな形で役に立つとはな。彼らの話から、どのモンスターが今人気で、どのエリアがホットなのか、大まかな情報が掴めてくる。
ギルド酒場の扉を開けると、そこは熱気と喧騒に包まれていた。オークのジョッキを片手に笑い合う戦士、テーブルに広げた地図を真剣な表情で覗き込む魔法使い、そして、クエストボードの前で長々と悩む初心者。
この場所こそ、物語の起点だ。
プレイヤーたちが「語り」を生み出し、世界を動かす場所。そして俺は、その熱気の中心にいながら、彼らから完全に隔絶された存在。
壁際に立ち、俺はひたすらプレイヤーたちの動きを観察した。彼らの会話は、俺の耳には雑音としてしか届かない。しかし、彼らの動き、表情、視線の先…そこには、たくさんの情報が隠されている。
「お前、そこで突っ立って何してんの?」
突然、背後から声をかけられた。振り返ると、そこには見覚えのあるアバターが立っていた。プレイヤー
「……何か、御用ですか?」
俺の口から、無機質な声が漏れる。システムが用意したセリフ。
だが、ルルはニヤリと笑った。
「あんた、他のNPCと違って、語尾にクセがないんだね。…面白そうだがね」
彼女の瞳には、好奇心の色が宿っていた。彼女は、俺という「NPC」の「違和感」に、すでに気づいているようだった。
俺は、静かに彼女を見つめる。
この少女は、一体何者だ?
俺の「物語」に、新たなキャラクターが加わろうとしているのを感じた。
「あんた、他のNPCと違って、語尾にクセがないんだね。…面白そうだがね」
そう言って、プレイヤー
「へえ、沈黙か。それもアリだね」
ルルは満足そうに頷き、酒場の隅にある空席を指差した。
「あたし、白鐘ルカ。自称“語り職人”だがね。語りってのはね、NPCのセリフを真似て、プレイヤーを騙すこと。誰が言ったかじゃなくて、誰が信じたか、それが大事だがね」
彼女の言葉は、俺の胸に突き刺さった。語りの真贋。俺が今直面している、この世界の根幹を揺るがすテーマだ。
俺はプレイヤーでありながら、NPCになった。彼女はプレイヤーでありながら、NPCの「語り」を模倣している。俺は本物。彼女は偽物。だが、俺は「語り」をシステムに奪われ、彼女は「語り」を自らの意思で選び取った。
「あんたのその静けさ、本物っぽいから興味あるだがね。どう? あたしの研究につきあってみない?」
ルルは楽しそうに笑った。彼女の瞳には、ゲームに対する純粋な探求心と、ほんの少しの悪意が混じっている。俺のNPCという「バグ」は、彼女にとって最高の教材なのだろう。
「ご期待には、沿えないかもしれませんが」
俺は、システムが用意したセリフを避け、精一杯自分の言葉を選んだ。だが、ルルは俺の言葉を待たず、すでに話し始めていた。
「いいんだがね。あんたのNPCとしての振る舞い、全部メモするだがね。もしかしたら、あたし、あんたの語りを完全に再現できるかも」
ルルは、手元の小さなノートに何かを書き始めた。彼女にとって、俺はもう人間ではない。ただの観察対象、研究材料だ。
俺は、彼女に利用されているのだろうか。
いや、違う。これはチャンスだ。
彼女は、語りを模倣する天才。ならば、彼女を通じて、俺はNPCの「語り」のルールを知ることができるかもしれない。そして、そのルールを逆手に取れば、プレイヤーとしてこの世界を攻略する糸口が見つかるかもしれない。
俺は、彼女に協定を結ぶ意思があることを伝えるため、再び口を開いた。
「…いいだろう。ただし、俺は勝手に行動させてもらう」
俺の言葉に、ルルは顔を上げ、満面の笑みを浮かべた。
「語りは、自由だがね」
彼女の言葉は、俺の「語り」を奪ったシステムへの、静かな挑発のように聞こえた。
ルルとの奇妙な「協定」を結んだ後、俺はギルド酒場を出た。彼女は、俺の一挙手一投足を観察すると言って、少し離れた場所から俺の後をついてくる。
「なんか、変なストーカーがついた気分だな…」
そう呟いても、口から出るのは平坦な音声だけ。しかし、ルルは俺の言葉にならない想いを察したのか、小さく笑いながら手元のノートに何かを書きつけた。
「NPCの独り言……面白そうだがね」
彼女は、俺が発するすべての「語り」──たとえそれが無機質なシステム音声であっても、何か意味があると考えているようだ。
俺は街を抜け、ゴブリンが出現する郊外の森へと向かった。ここが、プレイヤーたちが最初にレベル上げをする場所だ。
俺のステータスには「スキルなし」とある。当然、武器もない。ゴブリンに正面から挑めば、一瞬で返り討ちにあうだろう。だが、俺はプロゲーマーだ。正面から戦うだけが、攻略法ではない。
俺は、茂みに身を潜めた。すると、プレイヤーたちがゴブリンに襲いかかっているのが見えた。彼らは剣を振るい、魔法を放ち、ゴブリンを倒していく。そして、ゴブリンが消滅したとき、彼らの頭上に「レベルアップ」の文字が表示される。
俺は、ゴブリンが倒された瞬間に、経験値がどう処理されるのかをじっと観察した。ゴブリンは、最後の攻撃を与えたプレイヤーに経験値が入る。これは一般的なVRMMOの仕様だ。
しかし、もしゴブリンにダメージを与えていなくても、経験値を得る方法があるとしたら?
俺は、とあるアイデアを思いついた。
《エターナルサーガ》の「語りのシステム」は、プレイヤーの行動が世界の物語に影響を与える。ならば、NPCの行動も、何らかの形でシステムに影響を与えるのではないか。
俺は、倒されたゴブリンの死骸…いや、消滅しかけているゴブリンの残滓に、そっと触れてみた。
その瞬間、頭の中にシステムメッセージが流れた。
《NPC貢献度:ゴブリン討伐に貢献しました》
《経験値:1》
たったの1。だが、経験値は確かに手に入った。
俺は驚きを隠せない。プレイヤーがモンスターを倒すことで得られる経験値とは別の、「NPC貢献度」という隠されたパラメータが存在するのかもしれない。そして、そのパラメータが一定値に達すると、経験値として還元される。
「…これだ」
俺の「語り」はシステムに奪われた。しかし、俺の「行動」は、システムに影響を与えられる。これが、NPCとして、この世界を攻略する唯一の道かもしれない。
俺は、プレイヤーたちが倒したゴブリンの残滓を探し回った。まるで死体漁りのように見えるだろう。だが、背後でノートに何かを書きつけているルルは、俺の行動をただ興味深げに見つめている。
「語りってのは、誰が言ったかじゃなくて、誰が信じたかだがね」
ルルの言葉が頭の中で響く。俺の行動は、誰にも理解されないかもしれない。でも、この行動こそが、俺自身の「物語」を紡ぐ最初のステップなのだ。
そして、俺は、この世界の「語り」のシステムそのものを、ハッキングしてやる。
ギルド酒場の喧騒は、俺にとって心地よい雑音だった。プレイヤーたちが楽しげに笑い、グラスを鳴らす音。それは、俺がかつて夢中になってプレイしていたゲームの、理想的な風景だ。
俺は壁際に立ち、プレイヤーたちの様子を観察していた。彼らはクエストの情報を交換し、自慢の戦利品を見せ合い、時には他愛のない冗談で笑い合っている。
「語りってのは、誰が言ったかじゃなくて、誰が信じたかだがね」
ルルの言葉が頭の中で響く。彼女はまだ、少し離れた場所から俺を見つめていた。俺がNPCとして、この世界の「語り」のシステムを攻略するためには、プレイヤーたちの行動を理解する必要がある。彼らが何を求めているのか、何に価値を見出しているのか。
そのとき、俺はふと、酒場のカウンターに目をやった。
カウンターの中には、ベテランのバーテンダーNPCが忙しそうに働いている。彼はプレイヤーから注文を受け、素早くジョッキを差し出す。そして、時折、クエストのヒントを囁いたり、この街の歴史を語ったりしている。
彼らもNPCだ。だが、俺とは違う。彼らには、明確な「役割」と「語り」がある。
俺は、彼らのようにプレイヤーに直接語りかけることはできない。俺の「語り」はシステムに奪われているからだ。
しかし、もし、俺がNPCとしてこの酒場で働けば……?
俺は、頭の中でシミュレーションを始めた。
NPCとして働くには、まずシステムにその「役割」を認識させる必要がある。クエストを受注して「バーテンダー」のスキルを習得するか、あるいは、酒場の店主に話しかけて「雇ってもらう」か。
俺は、カウンターの奥にいる店主のNPCに近づいた。
「いらっしゃいませ、旅人さん」
店主は、俺をプレイヤーだと思っているようだ。いや、そもそも、俺を認識しているのかどうかも怪しい。彼の視線は、俺の奥にある、他のプレイヤーへと向かっていた。
俺は、システムが用意したセリフを避け、自分の言葉で話しかけようと試みた。
「…あの、ここで、働かせてもらえませんか?」
俺の口から出たのは、無機質な音声だった。店主は、一瞬だけ俺に目を向けたが、すぐに視線を逸らした。
「ああ、すまないね。いまは人手が足りていて、募集はしていないんだ」
彼は、俺の「声」を認識してはいる。だが、俺が「働きたい」と願っていることは、システムには伝わっていないようだった。俺は、まるで、壊れた人形が喋っているかのような存在なのだろう。
「ふむ……」
背後から、ルルの声が聞こえた。彼女は、俺と店主のやりとりをじっと観察していたようだ。
「あんた、なんで働きたいんだがね? もしかして、NPCとしての語りを増やしたいとか?」
ルルは、鋭い洞察力で俺の意図を見抜こうとしている。
俺は、システムに頼らず、この世界の「語り」を自らの手で掴み取る。そして、このゲームの隠された真実を暴く。
それが、俺の新たな物語なのだ。
店主のNPCに「人手は足りている」と断られ、俺はカウンターの前で立ち尽くした。ルルは、俺の失敗をノートに書きつけている。
「だから言っただがね。NPCはシステムに決められたことしかできないんだがね」
彼女の言葉は、まるで俺の無力さを嘲笑っているかのようだった。しかし、俺は諦めない。システムがダメなら、システムに認識されない行動をとればいい。
俺は、カウンターの中に入り込むことを試みた。もちろん、システムは俺を「客」と認識しているため、行く手を阻もうとする。透明な壁にぶつかったかのように、体が動かない。
だが、プロゲーマーとしての経験が、俺にこの世界の「当たり判定」の穴を教えてくれた。カウンターの隅にある、ほんのわずかな死角。そこなら、システムが俺の行動を認識できないかもしれない。
俺は、その死角を狙って、するりとカウンターの内側へと滑り込んだ。
「…成功だ」
ルルが驚いたように目を丸くしている。店主のNPCは、俺がカウンター内にいることに気づいていない。彼は、いつも通りにプレイヤーの注文を受けている。
俺は、システムに認識されない「幽霊」になった。
そこからは、俺のゲーム勘が冴えわたった。
カウンターの奥には、グラスやジョッキ、それにビール樽が置かれている。プレイヤーが注文を終え、店主がグラスを差し出す。俺は、その次の瞬間、空になったジョッキを素早くシンクに運んだ。店主の動きを先読みし、彼の仕事を手伝う。
最初は、俺の行動に気づいていなかった店主だが、徐々に様子が変わってきた。
「おや…?」
彼は、ジョッキを洗う手間が省かれていることに気づいたようだ。首をかしげながら、プレイヤーにビールを注ぎ続ける。
俺は、さらに手伝いを続けた。ビール樽の補充、グラスを磨く作業、テーブルの片付け。すべて、店主のNPCが本来やるべき行動だ。俺は、彼に代わってそれをこなした。
俺の行動は、システムに認識されていない。だから、俺のステータスは変わらない。だが、俺は確かに、この酒場の「語り」に干渉している。
そのとき、店主が俺に向かって話し始めた。
「君、手際がいいね。もしかして、手伝ってくれていたのかい?」
驚きだった。システムが、俺の存在を、そして俺の行動を認識したのだ。
《NPC貢献度:酒場の運営に貢献しました》
《経験値:5》
画面に、再びメッセージが表示された。
俺は、NPCとして「クエスト」をこなすのではなく、NPCとして「貢献」することで、経験値を得る方法を見つけた。
俺の口から、システムが用意したセリフが漏れる。
「いえ、とんでもない。お役に立てたなら幸いです」
だが、その言葉は、初めて心からの喜びを伴っていた。
俺は、NPCの殻を破り、プレイヤーとしてこの世界に干渉する第一歩を踏み出したのだ。
ギルド酒場での成功体験は、俺に大きな自信を与えてくれた。俺は「NPC貢献度」という、この世界の隠されたシステムを見つけた。この方法を使えば、戦闘やクエストに頼らずとも、俺は成長できる。
俺は酒場を出て、街の中を歩き始めた。ルルはまだ、少し離れた場所から俺の後をついてくる。彼女は、俺が次に何をするのか、興味津々といった様子だ。
「さあて…次は何をすればいいか」
俺は街を観察した。プレイヤーたちは、それぞれが目的をもって行動している。店主のNPCに話しかけてクエストを受注し、街の外でモンスターと戦い、街に戻って報酬を得る。彼らの行動は、すべてゲームのシステムに沿ったものだ。
しかし、俺がNPCとしてできることは、そのシステムの外側にある。
街の中には、プレイヤーたちが捨てたであろう空き缶や、壊れた武器の破片などが落ちている。プレイヤーたちは、そんなものには見向きもしない。彼らにとって、それはただの「背景」だからだ。
だが、俺は違った。
俺は、道端に落ちている空き缶に目をつけた。それを拾い、近くにあるゴミ箱へと運ぶ。
《NPC貢献度:街の美化に貢献しました》
《経験値:1》
再び、システムメッセージが表示された。たったの1。だが、俺の予想は正しかった。プレイヤーが気にしない、細かな「貢献」が、このゲームでは経験値としてカウントされるのだ。
俺は、街のゴミを一つ一つ拾い始めた。誰にも見向きもされない、地味な作業だ。他のプレイヤーから見れば、俺はただの「変なNPC」だろう。
「な、なんだこのNPC…」
通りすがりのプレイヤーが、俺を奇妙な目で見ていく。彼らにとって、ゴミを拾うNPCは、見たことがない存在なのだろう。
だが、俺は気にしない。俺は、この世界の「語り」のシステムを、内側からハッキングしているのだ。
《NPC貢献度:街の美化に貢献しました》
《経験値:1》
《NPC貢献度:街の美化に貢献しました》
《経験値:1》
地道な作業を繰り返すうち、俺の経験値は少しずつ増えていく。そして、何度か同じ作業を繰り返したとき、俺の頭上に小さな文字が表示された。
《レベルアップ!》
たったのレベル1。だが、この経験値は、誰にも奪われることのない、俺自身の「物語」の証だ。
俺は、これからも、NPCとして、この世界の「語り」を紡いでいく。
街の清掃を終えた後、俺は街の構造が頭に叩き込まれていた。どの店がどこにあり、どの路地がどこに通じているのか。プレイヤーたちは地図アプリやクエストのナビゲーションに頼るが、俺にはそんなものはない。俺自身の足と目で、この世界の地理を把握する必要があった。
清掃作業の経験値は、俺がNPCとしてこの世界に貢献できることを証明してくれた。ならば、他の場所でも同じことができるはずだ。
俺は、街の一角にある小さな花屋に目をつけた。色とりどりの花が並び、甘い香りが漂っている。店の前には、花を眺めているプレイヤーが数人いた。彼らは、特に花屋のNPCに話しかけることもなく、ただ花を鑑賞している。
「…花屋か」
俺は、花屋の店主のNPCに近づいた。彼は、店の前に並んだ花に水をやっている。
「いらっしゃいませ。美しい花をお探しですか?」
店主は、俺をプレイヤーだと思っているようだ。しかし、俺は彼の言葉に頷くことも、何かを尋ねることもできない。俺の口から出るのは、システムが用意した無機質なセリフだけ。
俺は、酒場での経験を活かして、カウンターの内側に入ることを試みた。だが、花屋のカウンターは、酒場よりもずっと狭い。死角を探すことも難しい。
「…困ったな」
俺は、花屋の隅にある、誰も気にしないような場所に視線を向けた。そこには、枯れた花びらが落ちていたり、水やりのために使われたであろう空のジョウロが置かれていたりする。
そうだ、酒場と同じだ。
俺は、誰もやらない、地味な作業に着手することにした。
俺は、落ちている枯れた花びらを一つ一つ拾い集めた。そして、それを店の奥にあるゴミ箱へと運ぶ。
《NPC貢献度:花屋の環境美化に貢献しました》
《経験値:1》
再び、経験値獲得のメッセージが表示された。
俺は、さらに作業を続けた。空のジョウロに水を入れ、それを元の場所に戻す。花瓶に挿された、少しだけ萎れた花を見つけ、新しいものと交換する。
俺の行動は、システムに認識されている。だが、店主のNPCは、俺の存在に気づいていないようだ。彼は、ただ静かに、花に水をやり続けている。
そのとき、俺の視界の端に、あるプレイヤーが映った。それは、見覚えのあるアバターだった。
博多弁の少女、セナ。
彼女は、俺が酒場で手伝いをしていたときのように、俺の行動をじっと見つめていた。彼女の瞳には、俺というNPCの「違和感」を見つけ出そうとするような真剣さが宿っている。
俺は、セナに話しかけることができない。だが、俺の心は彼女に伝わっていた。
彼女は、静かに俺の隣に立ち、俺が花を整える作業を、じっと見守っていた。
言葉を交わすことはない。しかし、俺とセナの間には、確かに「語り」が生まれていた。
それは、プレイヤーとNPCの間の、新しい物語の始まりだった。
花屋の片隅で、俺とセナは言葉を交わすことなく、静かな時間を共有していた。俺は枯れた花びらを拾い集め、彼女はそれをじっと見つめている。他のプレイヤーからは、俺がただのNPCで、彼女は花を眺めているだけに見えるだろう。だが、俺たちの間には、確かに**「語り」**が流れていた。
彼女は、俺が酒場で働いているときと同じように、俺の「違和感」に気づいている。なぜ、このNPCはこんな地味な作業をしているのか。なぜ、他のプレイヤーのようには振る舞わないのか。彼女は、その謎を解き明かそうとしているかのようだった。
やがて、セナは静かに俺の隣を離れ、店の奥へと向かった。彼女の向かった先には、花屋の店主が水をやっている。
「あの…」
セナは、控えめに店主に話しかけた。俺は、彼女が何を話すのか、耳を澄ませた。
「この花、すごく綺麗ですね。この花には、どんな『物語』があるんですか?」
店主は、一瞬だけ驚いたような顔をした後、嬉しそうに微笑んだ。
「ああ、この花はね、『月の雫』といって、夜になると月明かりを浴びて、ほんのり光るんだ。ある勇者が、愛する人に送るために、遠い森の奥まで探しに行ったという、伝説があるんだよ」
店主は、生き生きとした声でその花にまつわる「物語」を語った。俺は、この世界に存在するすべてのNPCが、それぞれに独自の「語り」を持っていることを改めて知った。そして、セナは、その「語り」を丁寧に拾い集めている。
セナは、店主の物語を聞き終えると、再び俺の元に戻ってきた。
「あんた、この花のこと知っとったん?」
彼女は、俺にしか聞こえないように、小さな声で尋ねた。
俺は、システムが用意したセリフを避け、精一杯の想いを込めて、彼女に微笑み返した。それは、言葉にならない、俺だけの「語り」。
すると、セナは嬉しそうに笑った。
「そっか。あんたも、この街の『語り部』なんやね」
彼女は、俺の沈黙を「語り」として受け止めてくれた。俺がNPCとして、この世界に貢献するだけでなく、誰かに俺自身の物語を伝えることができる。
セナとの出会いは、俺のこのゲームでの生き方を変えた。俺は、ただシステムを攻略するだけのプロゲーマーではなく、この世界の「語り」を紡ぐ、一人の登場人物になったのだ。
俺は、花屋の店主の行動を観察し、花の手入れの仕方を学んだ。そして、少しずつではあるが、俺の「NPC貢献度」は増えていく。
俺は、この世界の「語り」を、誰よりも深く、誰よりも近くで感じていく。
花屋での作業を終え、俺は再び街を歩き始めた。ルルは相変わらず、少し離れた場所から俺の行動を観察している。セナはもういないが、彼女が俺に語りかけた言葉が、今も心の中で響いている。
「あんたも、この街の『語り部』なんやね」
俺は、もうただのプロゲーマーではない。この世界の「語り」を紡ぐ、一人の「語り部」なのだ。
次に向かったのは、街の中心にある鍛冶屋だ。巨大なハンマーが鉄を打つ音が響き、灼熱の炎が工房を照らしている。この場所は、プレイヤーたちが武器や防具を手に入れる、物語の重要な拠点だ。
俺は、鍛冶屋の店主NPCに近づいた。彼は、真っ赤に熱せられた剣をハンマーで叩いている。その動作は、まるで熟練の職人のようだ。
「いらっしゃいませ。武器をお探しですか?」
店主は、俺をプレイヤーだと思っているようだ。しかし、俺は武器を買うことはできない。
俺は、鍛冶屋の工房の中を注意深く観察した。床には、鉄くずや炭の破片が散らばっている。壁には、使い古された工具が雑然と置かれている。
そうだ、ここでも「NPC貢献度」を稼げるはずだ。
俺は、散らばった鉄くずを一つ一つ拾い集め始めた。しかし、その作業は酒場や花屋と比べて、ずっと難しい。床は熱く、鉄くずは鋭利だ。
《NPC貢献度:鍛冶屋の清掃に貢献しました》
《経験値:1》
経験値は入った。だが、俺のHPがわずかに減っていた。
「熱いものに触れたため、HPが減少しました」
システムメッセージが表示された。NPCである俺にも、ダメージ判定があるようだ。
俺は、無理はできないと判断し、次の作業へと移った。店の隅にある、使い古された工具。それらを、種類ごとに分けて整理していく。
《NPC貢献度:鍛冶屋の工具整理に貢献しました》
《経験値:1》
俺の行動は、着実にシステムに認識されている。
だが、鍛冶屋の店主は、俺の存在に全く気づいていない。彼は、ただひたすらに、剣を打ち続けている。彼の「物語」は、俺の行動には影響されないようだ。
俺は、さらに奥へと進んだ。すると、巨大な風炉(ふいご)が目に留まった。火力を上げるための道具だ。
俺は、風炉のレバーを引いてみた。すると、炎が勢いよく燃え上がり、ハンマーを打つ店主の顔が、一瞬だけ明るく照らされた。
《NPC貢献度:鍛冶屋の火力の調整に貢献しました》
《経験値:5》
経験値が上がった。そして、俺のHPもわずかに回復した。
「君、手伝ってくれたのかい? ありがとう」
店主は、俺の方を向くことなく、そう呟いた。
彼は、俺の存在には気づいていない。だが、俺が起こした「風」は、確かに彼に届いていた。
俺は、NPCとして、この世界の物語を動かすことができる。その確信が、俺の胸に強く刻まれた。
スレタイ:【超絶バグ?】動きがヤバいNPC見つけたんだが
1. 名もなき冒険者
誰か知ってるか? ギルド酒場で、グラス勝手に片付けるNPCがいる。
しかも、ゴミ拾いとかもしてるんだが…運営が仕込んだ新イベントか?
2. 匿名プレイヤー
1
ああ、それ俺も見た! 鍛冶屋でも工具整理してたぞ。
NPCって決まった行動しかしないはずなのに、あいつだけ動きがリアルすぎる。
3. 無名の探求者
もしかして、あれって「語り」のシステムと関係あるんじゃね?
《エターナルサーガ》って、プレイヤーの行動で世界が変わるのがウリだろ?
NPCの行動が「貢献度」としてカウントされる新システムとか?
4. 爆炎の宴のタナカ
3
いや、あいつはただのバグや。ワイの知り合いやけど、キャラクリ失敗してNPCになったらしいで。
あいつ、昔は語りの鬼やったんやけどな…今は無口なモブや。
5. 匿名プレイヤー
4
マジかよ! それって運営に言った方がいいんじゃね?
もしかして、その人って「ナギ」って名前じゃない?
6. 爆炎の宴のタナカ
5
そうや、ナギや。なんで知っとるんや?
7. 匿名プレイヤー
6
ギルド酒場で「ナギ」って名前のNPCが、勝手に仕事してたって噂になってるんだよ。
てか、それってバグじゃなくて、「モブプレイ」ってやつじゃね?
わざとNPCになってゲームを楽しんでるんじゃね?
8. 爆炎の宴のタナカ
7
ち、ちゃうわ! あいつはプロゲーマーやぞ! んなことするわけ…
いや、あいつならやりかねんか…?
9. 灯火の庭のセナ
1
そのNPCさん、あたしも知っとるっちゃ。なんか、他のNPCさんと違って、心があるみたいやった。
あたし、あの人の『違和感』に興味があると。
10. 匿名プレイヤー
9
心があるNPCか…それって、《エターナルサーガ》の語りシステムが進化してるってこと?
運営、やりすぎだろ…
スレタイ:【考察】ナギという名の「語り部」について
1. 匿名プレイヤー
あの「ナギ」ってNPC、もうただのバグじゃないだろ。
彼がゴミ拾いしたり、酒場で手伝いしたりする度に、街のNPCのセリフが変わってるって報告があるんだ。
2. 匿名プレイヤー
1
マジ? 具体的には?
3. 匿名プレイヤー
2
たとえば、いつも「今日も平和な一日だ」って言ってたNPCが、「最近街が綺麗になってきたな」って言うようになった。
これは明らかに、ナギの行動が世界の「語り」を変えてるってことだろ。
4. 語り職人のルル
3
その通りだがね。語りってのは、誰が言ったかじゃなくて、誰が信じたか。そして、誰が行動したかだ。
あたし、あいつの『語り』を模倣して、世界を変える実験をしているだがね。
5. 匿名プレイヤー
4
お前…まさか、あの「語り職人」か!?
お前もナギの仲間なのか?
6. 語り職人のルル
5
仲間じゃないだがね。あたしは、あいつの『語りの真贋』を見極めたいだけだ。
本物のNPCと、NPCを演じるプレイヤー。どっちの語りが、この世界を動かすか…興味ないだがね?
スレタイ:【警告】謎のNPC「ナギ」は危険な存在
1. 終焉の牙のK
お前ら、ふざけたこと言ってんじゃねえぞ。
「ナギ」とかいうバグ、見つけたら即刻通報しろ。
語り? そんなもん、殺せば終わりじゃろうが。
2. 匿名プレイヤー
1
うわ、Kだ…最強ギルドのPvP特化プレイヤー…
3. 終焉の牙のK
2
あいつは、システムの逸脱じゃ。
運営が認めとるもんじゃない。バグは潰すのが、ゲームの常識じゃろ?
4. 匿名プレイヤー
ナギは、もう単なるバグじゃない。
彼は、この世界の「語り」を、自分の行動で変えている。
彼は、プレイヤーではない。でも、彼は確かに、このゲームをプレイしている。
彼の物語は、もう始まっているんだ。
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