第12話 良心を置いていく
ミャンマーにやってきた。俺と真壁は偽造のパスポート上は夫婦ということになっている。ヤンゴンのホテルに入り、俺は部屋のソファーでぐでぇっと座る。
「これがダブルベット……」
真壁がなぜかベットをじーと見詰めていた。
「真壁も寛いだらいい。この後はハードな任務が待ってるからな」
「そうですね。失礼します」
真壁は俺の隣に座って、体を預けてきた。
「あの。なんか近いんですけど」
「でも夫婦って設定なんで」
そこまで気合入れなくてもいいと思うのだが。俺はターゲットの資料を鞄から取り出して読む。
「この煙邑ってろくでもない奴だな」
「はい。警察族議員ファミリーの恥です」
俗に警察族と呼ばれる議員グループがいる。元警察官僚で退職後に議員になった連中だ。天下りを守る守護神である。真壁も警察族なので憤りはあるだろう。なにせ。
「煙邑北斗の過去の行状はひどいもんだ。レイプを何度かやって全部示談。葉っぱも警察が見逃してるだけで常習中。失踪したときも半グレみたいな連中と一緒だったわけで」
「助ける価値ないですよね」
「そう言えないのが警官の宿命なんだよねぇ」
真壁がテーブルの上のフルーツの皮をむいて俺の口に運んでくる。俺がそれを口にすると楽し気に笑った。
「居場所はだいたいまで突き止めてるみたいだけど、どうもケシ畑が近くにある。民兵団体の支配地域。滅茶苦茶すぎる」
「とっとと処刑映像が流れればいいくらいですよね」
「ほんとになー」
だけどまだ拉致した連中はそうしてない。人質交換のネットワークにも載ってないようだ。
「とりあえず今日は最後の休暇だ。適当に楽しもう」
「そうですね。どうしましょうか?」
こういう時に女に何したいって聞くのが悪手だってことくらいわかってる。
「外で飯でも食べて観光しよう」
「いいですね!楽しみです」
俺たちはホテルの外に出た。ミャンマーのヤンゴンは俺たちにはなじみのない文化だらけで面白かった。さすがに屋台の飯を食べる気にはなれなかったが、うまそうな食べ物もたくさんあった。任務がなければゆっくりと廻りたいくらいだ。
「あー楽しかったです」
部屋に戻ってくると真壁はベットにぼってと倒れ込む。
「海外旅行もなかなかいいもんだな。仕事じゃなければねぇ」
「わたしは仕事でよかったです。仕事じゃなきゃ、いっしょにこれなかったんですから」
真壁の瞳が潤んでいるように見えた。俺は目を反らして冷蔵庫にある炭酸水を開けて飲む。
「隊長が奥さんとうまくいってないの。わたしはちょっと喜んじゃったんです」
それは聞きたくない話だ。だけど今真壁の機嫌を損ねて任務に支障をきたすのは困る。
「隊長のバディはわたしですよね」
「ああ。そうだな」
「ならもっと近づく必要があるんじゃないですか?」
真壁がベットの上に女の子座りする。シャツから見える胸の谷間。ホットパンツから覗く艶やかな太もも。赤く染まった頬。これ断ったら、あとでヤバくなる奴だ。
「ズルいんじゃないか?」
俺は真壁に近寄る。そしてその頬を撫でる。良くないことだとわかってる。だけど妻を思い出すと怒りが燃え上がる。他の誰かに抱かれたくせに俺は一途に彼女を持っていた。そのことに悔しさを覚える。俺だって他の誰かを抱いたっていいじゃないか。
「……でも、そうしたいから、あっん」
俺は真壁を押し倒しながら唇を奪う。欹愛のことも思い出すけど、それ以上に妻の裏切りへの報復を優先したかった。そして俺は真壁を抱いた。真壁は最初はすごくぎこちなかったけど、後半はすごく積極的に動いてくれた。普通の情事に俺は安心と満足感を覚えたのだった。
次の日ヤンゴンのスラム街の雑居ビルの一室に俺のチームが集合していた。
「外事課の猿田彦です」
「偽名乙」
現地のオペレーターを務めてくれるTRT-2のメンバーと接触した。
「武器は用意してあります。今回の作戦は一応警察活動なので、迷彩服は用意できませんでしたが、武器は最新鋭の物を用意しました」
「出来れば迷彩服欲しいんだけどね」
俺たちは私服でのミッションになる。傭兵のふりだ。用意された武器の確認を行う。
「まじか。ノベスキのN4かよ。ちゃんとフルオートまでついてる。デブグルみたいだな」
日本警察が滅多に使わないだろう5.56mmNATO弾のライフルを今回は用意した。それと防弾のマガジンが六個は入るチェストリグ。こちらは灰色。高性能の無線機。GPS装置。グロック19。
「ターゲットの詳細な位置が割れました。シャン州のタイ国境近くの民兵支配地域の村です。NPOの看板を用意したので、その振りして入ってください」
外に用意してあった小型のトラック三台に俺たちのチームが二人ずつに分かれて乗り込む。そしてヤンゴンを出発して東に向かった。
俺の隣に真壁が座っている。警戒を怠らず、周囲を見渡している。
「隊長。民兵が見えます」
「は?どこ?え?森ばかりでわからないんだが」
「そうですか?はっきり見えますけど。森の中移動してますね」
「わかった。真壁が言うなら事実だろう」
俺はトラックを止める。後ろの連中も止まった。すぐに道端に集まってブリーフィングを行う。
「民兵の連中が張っているようだ。検問ならいいが、略奪とかならたまったもんじゃない。全員武装してくれ。民兵を捕らえる」
「それでどうするんですか?」
「安全なルートを教えてもらうのさ」
俺たちはすぐに武装をして、森の中へ入る。しばらくして開けたところで休憩している兵士たちがいた。俺はハンドサインでチームに指示を出す。そして。
「動くな!」
俺たちは兵士たちを取り囲むように森から飛び出した。ライフルを兵士たちに向ける。彼らは武装する間もなく俺たちの手に落ちた。
「英語がわかるやつはいるか?」
一人が手を上げる。そいつの拘束だけ解いて、引っ張っていく。残りの連中は気に縛り付けておいた。殺すのは流石に忍びない。
「お前にはこの先の案内をしてもらう。じゃなきゃ殺す」
捕らえられた民兵は真っ青な顔をしていた。だけど俺がドル札を手に握らせる。結構な大金だ。
「終わったらこれをもって逃がしてやる。いいから大人しく従え」
民兵は頷いた。先頭のトラックに民兵を乗せて、俺たちは先を進む。途中民兵たちの検問があったが、賄賂と人質くんの交渉で難なく通過した。そしてターゲットのいる拠点の村の隣村までやってこれた。支援物資を配り、ついでに情報を収集した。
「隣村の拠点は50人くらいの兵士がいるって言ってるぞ。お前らそこに何の用だ?」
連れてきた民兵の青年は俺たちを怪訝そうな目で見ていた。馬鹿な奴らだって思ってるんだろう。
「正義の味方をやるんだよ。不本意だけどな」
仮眠を取ってから夕方に俺たちはフル装備で森に入った。街道を行くのは下策だ。森を突っ切って拠点にアタックする。俺たちは夜になって、村につき拠点となる建物を見つけた。
「さて。無線で報告は入れるか。こちらガンマチーム。ターゲットの拠点についた。これより侵入を試みる」
「了解ガンマ。ご武運を」
暗視装置越しにスコープを覗き込むスナイパーたちを配置し、残りのメンバーを引き連れて俺は建物へと近づき無線で支持を飛ばす。
「撃て」
そうすると歩哨がバタバタと倒れる。そしてメンバーと共に平屋の建物内部へと突入する。中には兵士たちがいた。だけど戦闘に関しちゃ素人なのだろう。武器を置いてギャンブルやら女連れ込んでたりとか遊んでいたので、片っ端から射殺していく。
「クリア」「クリア」「クリア」
「よし。ターゲットの探索をしろ」
建物内部をオールクリアした。そして地下室を見つけた。扉を開けると、うめき声が響いてきた。慎重に進む牢屋があった。
「ひどい」
真壁が悲しそうにつぶやく。俺もこの光景にはやるせなさを覚えた。牢にはいろんな国から集められたであろう人々がいっぱい押し込められていた。
「助けに来てくれたのか?!俺はシプリアン・マルタン。フランスから拉致されてきたんだ!ありがとう!」
俺はそれを無視する。そして牢の中を見渡して。
「煙邑北斗。お前だ」
「日本語?!」
すぐに煙邑は牢の柵に寄ってきた。
「助けに来てくれたのか?!」
「うるさい。黙ってろ」
俺は牢の鍵を開けて、煙邑を外に出す。そしてすぐに牢を締める。
「おい!なんでだ!俺たちは!!」
他の人質たちも騒ぎ出す。だけど俺たちにはどうすることもできない。真壁やほかのメンバーも気まずそうにしている。俺たちは煙邑だけを連れて、外へと出る。
「ありがとうな!助けてくれて!じいちゃんにはあんたたちのことにお礼を弾むように頼ぐおぉ!」
俺は煙邑を思い切りぶん殴った。
「何すんだよ!」
「もう少し神妙な顔くらいしたらどうなんだ!俺たちはお前しか助けられないんだよ!」
俺たちは警官だ。これでも人々を守るためにと志願した。なのに被害者たちを目の前にして誰も助けられない。本当は彼らも連れていきたい。だけど彼らを連れてタイ国境を越えるのは不可能だ。一人が精一杯。
「予定通り、このままタイ国境へと向かう。追撃の可能性がある。警戒は怠るな」
俺たちは拠点を後にする。警察官としての良心を置いていって。
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