第11話 そして波はやってくる

 仕事は忙しいが家庭は円満だった。コツ?夜遅く帰っても妻を叩き起こしてセックスすることだね。絶対にネットが言ってたサレラリってやつだとおもう。


「お隣さんが最近ワンチャン飼いだしたの。可愛いのよ。お手を頑張ってしようとするんだけど小さいからこっちに手が届かなくて。うふふ」


 妻の他愛ない話が語られるテーブルの下で、欹愛は俺の太ももをつま先で撫でまわしていた。このスリリングな甘さにくらくらするような痺れを覚える。欹愛との関係も順調?ではあった。


「この間、ダイキくんに告られちゃったの」


「へぇ。それを俺に言うんだ?」


「ふふ。妬いちゃう?」


 俺は言葉では応えなくても体は正直に欹愛を責めたていた。


「もっと!もっとがいいよぉ!」


 娘だった女の嬌声が俺をどうしようもなく高ぶらせる。こいつの父親に聞かせてやりたい。お前の遺した者は俺のものなんだと。そう突きつけてやりたかった。









 今日もいつも通りのルーティンだと思っていた。だけど出勤したときに職場の空気がすごくピリピリしていた。


「何があった?」


 俺は真壁に尋ねた。彼女は真剣な眼差しで答えた。


「まだ内緒にしててください。公安委員会の父から聞いたのですが、政権与党の大物政治家のお孫さんが誘拐されたそうです」


「まじかよ。でもそれってうちに仕事来るのか?政治誘拐なら公開捜査になってうちらの短刀じゃないと思うんだが」


「それがどうもこの事件複雑らしくて、あ、部長」


 部長が多くの警察官僚たちと、見たことない連中を引き連れてオフィスにやってきた。


「加賀美隊長」


「はい」


「すぐに君のチームを集めてブリーフィングルームに。それから家族に連絡を。急で悪いが出張してもらう」


「え?どこへ?」


「表向きは福岡。だが本当の行き先は。まあそれはこれからブリーフィングで聞いてもらうことになる」


 部長がひどく真剣な顔をしている。同時に戸惑いのような、ためらっているような歪みも見える。嫌な予感しかしない。俺は真壁たちとブリーフィングルームに向かった。









 担当の管理官がいつも以上に真剣な目で俺たちを見ている。


「はっきり言います。この作戦は今まで以上のイリーガルな作戦となります」


「いまさらだろ。そんなは」


「いいえ。今までとは全く毛色が違うのです。では作戦を説明いたします。今回は誘拐された煙邑けむりむら北斗ほくとさん大学生二十歳を救出してもらいます」


「ふーん。救出してこいってことは居場所わかってるんだろ。普通にSATとかでいいんじゃないの?俺たちがやる必要ある?」


「居場所は……だいたいまでは攫んでいます」


「はぁ?なんだそれ?」


「……ターゲットは先日、新宿で仲間たちと飲んでいた時に、トイレに行くと言ってそのまま行方が分からなくなりました。現場を検証した結果と目撃者の証言から外国人らしきものたちに誘拐されたことが確認されました」


「ふむ?それで」


「そこから行方を追いかけたのですが、消息は途絶え捜査が行き詰まりを見せました。その後進展がありました。タイ警察から煙邑さんとおもしき日本人らしき目撃情報が寄せられたのです」


「タイ?は?おい。おいおいおいまさか!?」


「タイ警察の齎した情報によると、煙邑さんは海外の犯罪組織に人身売買されて、現在ミャンマーにいるそうです。アメリカの情報機関に情報照会を行ったところ、ミャンマーの犯罪組織で日本語担当の特殊詐欺工作員、ないしは麻薬加工現場で働かされている可能性が極めて高いようです」


「あーもういい。わかった。そこ行ってその上級国民さまを助けてこいってことだろ」


「おっしゃる通りです」


「馬鹿言ってんじゃねぇよ!!どう考えても無理だろ!」


 俺はデスクを思い切り叩く。部屋に音が響き渡る。みんな苦い顔をしている。誰もが嫌な沈黙に触れて気まずい。


「煙邑さんは政権与党の重鎮のお孫さんです。まだ素性はバレていないようで、脅迫はされていませんが、もしバレたら彼は国際的人質交換ネットワークに売り払われるでしょう。その後恐らくは処刑映像か日本政府に対して何らかの脅迫が行われることになります。これは民主主義への挑戦です」


「偉そうな大義で無茶を通そうとするな!警察が国外でドンパチやれっていうのか?!」


「だからイリーガルと言いました。これはミャンマーの主権を犯す行為です。ですがあの国の軍事政権に煙邑さんの保護を頼んでも無理でしょう。煙邑さんはタイの国境付近の未実効支配地帯です」


「ろくでもねぇ場所じゃねぇか」


「おしゃる通りです。同時にミャンマー政府の目も向かないので、無理は通せます。タイ政府には話をつけてあります。加賀美隊長のチームには偽造したパスポートでミャンマーに正規ルートで入ってもらいます。その後NPOの医療人道団体の振りをしてもらいながら国内を移動。ターゲットを保護し、国境を越えてタイへと逃れてください」


 余りにも無茶なことを言い出した。なんとも言えない気持ちで空を仰ぐ。この任務って戦後初の海外での日本政府による武力行使事件なんじゃ?


「簡単に言ってくれるけど、簡単じゃないよ?わかってる?」


「わかってます。ですが自衛隊が使えない以上、国内でこのミッションをこなせるのが、あなたがしかいないのです」


 正当に評価されているのか?過大評価なのか?


「いくらなんでもこれは部下を危険に曝す行為だ。イエスと言えない」


「そうですか。なら将来の年金額の上乗せなどを約束してもいいです」


「そういう問題じゃない」


「それなら他のチームに依頼しましょう」


「待て!それはもっと駄目だ!他のチームだったら確実に失敗する!無駄な犠牲を出すな!」


「ならあなた方しかいない。この作戦自体はもう決行が決まっているのです。あとは誰がやるかでしかないんですよ」


 冷たい官僚のロジックだ。動いた政策は必ず実行しないと気が済まない傲慢さ。気に入らない。だが他のチームだって俺の大切な仲間だ。出来るのは俺のチームだけ。


「わかったやる。だが万全のバックアップはしろよ。いいな」


「はい。もちろんです。年金の方もお約束します。危険手当もボーナスも期待しててください」


 死んだら金もくそもないのだが、所詮こいつらにとっては俺らは使いつぶし前提の兵隊でしかない。俺はため息をつくほかなかった。






 家に出張の話をして、準備に勤しむ。その最中に電話がかかってきた。


「なんかわかったのか?」


「はい。とても重要なことが判明しました。娘さんの父親にほぼ迫れると思います」


「まじか!だが今は時期が悪い。任務から戻ったらでいいか?」


「はい。お待ちしてます」


 任務終わったら、欹愛の問題が大きく前進しそうだ。それだけを楽しみに任務に励むしかない。俺はそう自分にいいかせて、ミャンマーへと旅立った。

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