二人の溺永愛~私は貴女が好きで、貴女は私が好き~

一ノ瀬 彩音

第1話 私と彼女①

放課後の生徒会室。

夕陽が差し込む窓辺で、山下希子は生徒会長である栗島奈々枝の後ろ姿を見つめていた。

その整然とした背筋、几帳面に書類を整理する指先、微かに漂うシャンプーの香り。

全てが、希子の胸を騒がせた。

奈々枝は、希子にとって幼馴染であり、そして密かに想いを寄せる相手でもあった。

一方の奈々枝もまた、希子の事を意識していた。

生徒会室へ時折サボりに来る彼女を追い出すのが彼女の日課でもあったが、その奔放な言動の中に、自分にはない自由さを感じ、惹かれていたのだ。

ある日、奈々枝は希子に居残り当番を言い渡した。それは、二人が共に過ごせる時間を確保するための策略だった。

「今日は、生徒会の仕事が溜まっているの。手伝ってくれるかしら?」

奈々枝の言葉に、希子は少し驚いた表情を見せたが、すぐに笑顔で応じた。

「いいよ! 任せて!」

それからというもの、二人は毎日のように生徒会室で過ごすようになった。

最初はぎこちなかった二人の会話も、次第に打ち解けていき、時には笑い声が響き渡ることもあった。

そんな中、希子は奈々枝に近づく機会を伺っていた。

ある日の放課後、二人きりの生徒会室で、希子は勇気を振り絞って奈々枝に告白した。

「奈々枝……私の事、どう思ってる?」

奈々枝は驚いた表情を見せたが、すぐに微笑んだ。

「希子のこと、大切に思ってるわ」

その言葉に、希子は胸が高鳴った。

しかし、奈々枝の返事はそれだけではなかった。

「でも、それは友達として、よ」

その言葉に、希子は絶望した。

それでも、希子は諦めきれなかった。

奈々枝への想いを断ち切ることができなかったのだ。

そんなある日、希子は奈々枝をデートに誘った。

奈々枝は、最初は戸惑っていたが、希子の熱意に押され、デートを承諾した。

二人は、街中を散策し、カフェでランチを楽しんだ。

その時、希子は奈々枝の手に触れた。

奈々枝は、最初は抵抗していたが、やがてそっと希子の手を握った。

二人は、お互いの体温を感じながら、ゆっくりと歩き始めた。

いつの間にか、二人は人気のない公園にたどり着いていた。

周囲には人影はなく、静かな時間が流れていた。

希子は、意を決して奈々枝の唇にキスをした。

「ちょっと、何するのよ」

慌てて突き飛ばしながら、奈々枝は赤面した。

だが、その瞳には嫌悪感は浮かんでおらず、ただ戸惑いと羞恥、そして僅かな期待が入り混じっているように見えた。

そんな反応に希子の鼓動は更に激しくなる。

彼女自身、何故こんな衝動的な行為に及んでしまったのか理解できていなかった。

普段なら、もっと慎重に事を進める筈だというのに、今は感情を抑えきれずにいる。

それは、この数ヶ月間の積み重ねによって生まれた変化だった。

今まで意識していなかった筈なのに、いつの間にか奈々枝の存在が大きく膨らみ、心を支配していく。

それが恋だと気づいたのは最近のことで、自分の気持ちに戸惑う日々を送っていた。

そして今日、とうとう抑えきれない程になった結果、こうして暴走してしまったのである。

奈々枝からの返事はなかった。

ただ黙って俯いているだけだ。

その沈黙が余計に居心地悪くさせるのか、希子は何度も咳払いをして気まずい空気を誤魔化そうとした。

だが、それでも奈々枝は口を開こうとはしなかった。

ただずっと無言のまま俯いているばかりである。

やがて耐え切れなくなったのか、希子の方から話しかけることにした。

「あの……ごめんなさい……」

すると漸く顔を上げてくれるものの、やはり何も答えてくれず再び黙り込んでしまう。

しかし今度は視線だけ此方に向けてきたため、恐らく話を聞いてくれるつもりはあるようだと思いホッとすることができた。

そこで思い切って続けてみる。

「急にあんなことされて嫌だったよね? 怒ってるよね? 

謝るしかないんだけど本当に申し訳ないと思ってるし許してくれなくても構わないからお願いだから

もう一度だけチャンスを与えて欲しいと思っているんだよ

でもどうしても言わせてほしいことがあるんだよ

だから聞いて欲しいんだよ良いかなダメかな」

一気に捲し立てるように言った所為か、息継ぎをする暇もなく早口になり過ぎてしまったために途中からは呼吸困難になりかけてしまい、最後の方など呂律すら回っていない状態であったものの、何とか言いたいことは伝えきることができたようだった。

それを聞いた奈々枝は小さく溜息を吐いた後、静かに語り始めた。

「別に怒ってなんかいないわよ。寧ろビックリしただけだし」

そう言うと今度は苦笑しながら続ける。

「それにしても突然過ぎて吃驚しちゃったわよ。まさか本当にされるなんて夢にも思わなかったものだから心の準備ができていなくて固まってしまったくらいなのよ?

しかもこんな所で突然されるなんて誰だって驚くと思うんだけどねぇ……まぁ、そういうわけだから今回は見逃してあげるけれど、次はないから覚悟しておくことね」

まるで教師のような口調で叱りつけてくる姿はまさに理想のお姉さんといった感じで可愛らしい雰囲気が出ており、そのギャップも魅力的だったりするのだけれど、今の希子にとっては死刑宣告に等しいものであり、これ以上余計なことをすれば二度と口を利いて貰えなくなる可能性が高いと考えると、大人しく引き下がる他選択肢は存在しなかったのである。

翌朝、登校した希子を迎えたのはいつも通りの光景だった。

クラスメイトたちとの挨拶、教師からの注意事項、ホームルームでの連絡事項……何一つ変わらない日常の中で、ただ一点、昨日までの自分が知る世界とは決定的に違う部分があった。

それは、奈々枝との関係だ。

昨日までとは違い、彼女と目が合うだけで、胸が締め付けられるような、甘い痛みが走る。

昨日の出来事が、まるで夢だったかのように、鮮明に蘇ってくるのだ。

授業中、ノートを取るふりをして、ちらりと奈々枝の横顔を盗み見る。

真剣な眼差しで教科書を読む彼女の姿は、とても美しく、そして愛くるしい。

思わず見惚れてしまいそうになるが、慌てて視線を逸らす。

それでも、またすぐに彼女の方を見てしまったりする自分がいた。

昼休みになり、希子はいつものように生徒会室へ向かうことにしたのだが……。

奈々枝は、既にそこに居たのである。

しかも、一人で黙々と書類整理をしていたのだ。

その姿を見た瞬間、希子の心臓は大きく跳ね上がった。

顔が熱くなり、まともに目を合わせられないまま立ち尽くしてしまうほど緊張している自分に驚いたのだ。

そんな様子に気づいたのか、奈々枝は顔を上げると希子の方を向くと微笑みながら声をかけてきた。

その声を聞いた途端、胸がキュンとなるのを感じた。

鼓動が激しくなり、息苦しさすら感じるほどだ。

こんなことは初めての経験だった為、戸惑うばかりだが不思議と嫌な気分はしなかったため、とりあえず深呼吸をして落ち着くことにしたものの効果はあまり見られなかったようだ。

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