死神が見たこの世界
@sora-reo
第1話
「どうして…こう、なっちゃったんだろう…」 髪は束ねてるもののボサボサ。 服ものよれているTシャツ。 痩せ細った女性が、天井を見上げている。 その側で、赤ちゃんが元気よく泣いていた。 女性はゆっくりと顔を下に向け、しばらく赤子を見つめていた。 そして意を決したかのように、赤子の首に震えた手で首を絞めた。「ごめんなさい、ごめんなさい、直ぐに逝くから、本当に、ごめんなさい…ごめ、んなさい」 女性の声がか細くなると同時に首を絞める力は強くなり、そして赤子は泣かなくなった。 目を閉じている赤子をしばらく眺めていた。自分の瞳に入り込んできたのはまるで、寝ているかのような赤子。 段々と事の重要性も認識したのか、女性の目からは大粒の涙が溢れ出し、大声で泣き叫んだ。 震える手でゆっくりと赤子を抱き抱え、抱きしめた。 抱きしめた赤子の心臓は動いていない。体がだらんとしている。 女性はしばらくその状態で自分の胸に、赤子を強く抱きしめながらくしゃくしゃに泣いていた。 夕焼けが窓に差し入り込んだ頃、女性はドアノブで首を吊り自死した。 赤子を抱いたまま。
「また、自殺」 あからさまに“死神”と言わんばかりの格好を見にまとい、黒い布で全身を覆い、鋭い鎌を片手に軽々と持っている人が2人、その部屋に立っていた。 この2人の正体はそう、 死神。
「この女性の名前は、田中好子42歳。そして赤ん坊はその女性の息子で生後2ヶ月。死因は他殺と自死。」 若い男性の死神が、リストを見ながらもう1人の死神に話をし始めた。「結婚10年目にして、念願の子が出来たものの妊娠8ヶ月で旦那は会社のお金を横領した挙句自殺。奥さんであるこの女性が貯金も全て返済にあてても、一千万円の借金が残り生活苦。初めての育児に頼れる身内もなし。借金と税金滞納による催促に睡眠、栄養不足にまともに思考も働かず、“この子を置いて死んだらこの子に借金を背負わす事になる”と思い殺害。そして自死」 黙って聞いている死神は、亡くなっている2人を見つめていた。「どうしてこうなる前に、とか、赤ちゃんだけでも。って他者の声が聞こえてくるけど、当事者にしからわからかい“壁”ってあるのに、誰にも相談出来ない、頼れない環境をこの世界が作っているって言う事に気づいて改善しない腐った世界。こんな世界、早く消えてしまえばいいのに」
リストを持っている死神が言った。その言葉に横に居たもう1人の死神が若い死神を睨みつけた。「私達の仕事は魂の回収。終えたら次が待っている」 そう言うとその死神が女性と赤子に鎌を向け、2人の魂は肉体から離れ、鎌の刃に吸い込まれた。「次」 若い死神はリストをたたみ、「はい」 返事をして背を向げながら姿を消した。 もう1人の死神は女性。 布か微かに見える目が悲しげだ。「本当。未来のない世界」 小声で呟くと振り向くようにして、姿を消した。
しばらくして、役所の人と大家が部屋に入り2人の遺体を見つけた。この親子の事はニュースになり、世間は若い死神が言っていた言葉を発していた。 ニュース番組でこの件についてしばらく政治家や、児相、保育士等、様々なジャンルの人達がテレビで熱く理論をしていた。「高齢ともあり、初めての出産ならばら尚更心身の不調は当たり前ですよ。なのに自分じゃなく旦那がした借金を支払い続け、それに税金支払いの請求がくるこの世の中、どうなってるんですか?借金や税金払うために働いているんですか?本来仕事は子どもとの生活や幸せな未来のために働いてお金を稼ぎ生活するものですよね。なのにこんな自分で作った借金ではないのに、それを払い続け、利子もまた多額、なんのために働いているのかわからなくなりますよ。心蝕まれますよ!ここの親子の問題でもなく、実際知られていないだけでたくさん、あるんですよ!こう言った生活苦。役所や政治家がしっかりと制度やこういった貧困解決を全く改善してないからこう言う悲劇が起こるんです!政治家の人達に言いたいのが、選挙の前にはいい事言って、いざ当選しても実行しない、改革しない。どうしてか。お堅い身勝手な古株が多くいるからですよ!反対したり改革を止めたり、しょうもない事で議会で議論し合って。これこそ税金と時間の無駄なんですよ!税金の無駄使いだってわかっているのにやめないのらなぜなんですか?そんな時間やお金があるなら、自らの足で一人一人の国民と話してみて下さい。皆それぞれ環境も状況も違いどれがいいなんて、決めつけは出来ないはずですよ。だからこそ一括りにするのではなく、1人1人にあったものを、提供し最初の一歩が歩めるための土俵作りを国家がしないといけないと私は思いますが」 児相の女性が熱く語り視線を向けた方向には、手を組みながら目を閉じ頷く、総理大臣がいた。「いや、そうですよ。仰る通りですけどね。理想は1人1人の声を聞き歩みよりたいですよ。ただね、そうなると役員の人不足や残業と言った、今度はする側の負荷もあることや、100%皆それぞれの対応はしたくても出来ないわけですよ。中にはそう言った国の制度を上手く利用し騙す方もいるわけですから。だからこそ見極めや確実にこの方にはたとえば生活保護をしないといけないとか、必要な制度を見極めて提案していきますよね。ただご相談される人数と対応出来る人数が合っていないんですよ。人員不足もあるからそこも課題なわけで、私達政治家はその中でこの国がより豊かで安心して暮らしていけるか、やっているんですよ?」 淡々とした口調で話す総理大臣。 アナウンサーは静かに双方の話を聞きながら頷き、他のコメンテイターは自分の意見と合った時はどちらの話の時も頷き、違う時は首を傾げながら聞いていた。
「助ける行政、求める国民、皆んなそれぞれありますよ。生きているんだから?ただね。どんな理由があろうとも子どもを道連れにしなくてもいいでしょ。って話なんですよ。なんでこう言った話まぁ一部の方ですが、一緒に逝く事を選ぶのかって。せめて未来のある子どもだけでも児相に預けてくれなかったのかなあって。それが出来たならお母さんも救えたのかもしれないし。って僕は思うんですよね」 その番組で馴染みのコメンテーターが話出した。総理大臣は癖なのか、目を閉じながら頷いている。
TV局やsnsでもしばらくはこの話で、皆それぞれ語って議論し合っていた。
⚫︎子どもを望むらなら最後までやれよ。出来ないなら子ども作るな!⚫︎無責任な親で子どもが可哀想。⚫︎人のせいにして殺して自殺とか身勝手すぎ。⚫︎旦那見る目なかったね、選んだあなたの責任だから自業自得。⚫︎自己破産して生活保護受ければよかったのに。⚫︎行政に頼らないのは何故?
等、批判的な言葉がsnsでも取り上げられていた。旦那、母親の写真や家と、旦那の会社の住所も載せられていた。 中には全く違う人の写真を本物かのように載せ、住所も違っていた。 そう言った事もあり、擁護する人も増えていた。
⚫︎亡くなった人をこれ以上苦しめないであげて下さい。⚫︎こう言う輩がいるから生きにくい。どうせ子どもの夜泣きにクレーム言ったり、泣いてると「虐待!」って言って通報される世の中⚫︎経験者はわかる。赤ちゃん育てる大変さ。だからこそこのニュースは辛い。⚫︎批判する奴は正義感振りかざしてやってるのでしょうが、それ。ただ単に赤ちゃんの性質しらないからでしょ?赤ちゃんって何しても泣き止まない時あるから。初めての育児な少々泣いてても、ご飯食べるとかせずに泣き止まそうとかして、必死に抱っこして揺らしたりやってんのよ。誰にも頼れない、話せないと寝不足やまともな食事もとれていないし、ノイローゼになるよ。理解者や協力者が居たら助かるから。そこだよ⚫︎税金と言う名のぼったくり。前年度の収入からってさ、クビになって就活中の身からしたら住民税も見た瞬間、絶叫もんだと政治家知ってるのか?⚫︎選挙って税金だよね。無駄な事せずに、必要な所に使えよ。病院、かなり老朽化してるぞ。
snsでも白熱の物議をした。中には的外れなわざとなのか、訳の分からない言葉を発する者も多くいた。
そして2週間も経たぬうちに、別のニュースでまた論争をする人間達。 その人間達の姿を、死神達は魂の回収しながら横目で見ていた。
「なぁ、この人間達をお前はどう思う?」 空中に浮かぶ1人の死神が左肩に乗っているカラスだけど、羽は無い骨のカラスに向けて言った。カラスは羽を広げ、「ニンゲンハクズ。イキテイルイミナシ」 その言葉に死神はニヤリと笑った。
「ああ、そうだな。見ているだけでもこの汚らしい人間達は、何の為に生きているのか理解が出来ぬ。自分を正当化する為に人を蹴落としたり平気で出来るのが人間だ。働いても働いても“税金”と言う名目で取り上げている政治もそうだが、馬鹿な人間達は気づいておらぬ。あの者達の正体を。人間から欲心が異常に出た時、人は人では無くなり“別の者”となる。体は人。ただ、魂を見た時には本来の魂の形では無くなり、恐ろしい新たな“もの”と変わっていることに本人すら自覚もなく、共に時を過ごす。哀れなものだ。そうなったのも自覚無しとは言え、その道を選んだ人間だ。今まではそう言ったものを排除していたが、あまりにも欲心が勝り私1人では手に負えぬ。あの者から提案されたこの案件、まさに理想だ。今から全てが変わる。想像を絶する偉業を成し遂げる為にも、この件、一部の同士と共に進める。行け、骨烏」 死神が左腕を大きく斜め前に向けた。するとブラックホールのような穴が開き、そこに骨烏自ら入った。穴は塞がれ、死神は荒れ狂う日本を見下ろしていた。 その間にもあちこちでは会社や近所、学校の人間関係に悩み苦しむ人々の姿。 車での事故や煽り運転する輩。 闘病生活をしている患者。 様々なところで苦悩している人間の姿。「哀れだ。情けないほどに人間と言うものは」
そう言うと背を向けると同時に姿を消した。
死神が見たこの世界 @sora-reo
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