花恋甘檻物語

緑山紫苑

第1話

  ××日目


暗闇のほうで泣き声が聞こえてきた。


気になったので、俺は泣き声のするほうへ足音を立てずに走る。


しばらく走っていると、暗闇の中にポツンと緑色が見えた。


俺がだんだんその緑色に近づくにつれて、その緑色は人だと分かった。


緑色は、そいつの髪の毛の色だった。


緑色の髪の毛をしたその人は、紫色の瞳からたくさんの水が、溢れ出ていた。


綺麗だ。


ほしい。


俺のものにしたい。


そう思った。


「おい、お前、、、」


「ぎゃあああああああああああああああ!!!!?」


「・・・・・・・・・!?」


緑の人は俺の顔を見るなり、跳びはねて、叫びながら走りだした。


なぜ?


「ま、待て!」


俺は緑の人を追いかけた。


絶対に捕まえてやる。


追いかけて追いかけて、俺があと一歩のところで緑の人に追いつきそうになったとき、


ふっと、暗くなった。


さっきまで俺の目の前で走っていた緑の人がいなくなっていた。


あと、もう少しもう少しで捕まえられたのに・・・。


ガンっ、!ガラララ・・・・・


八つ当たりのように、俺は近くにあった岩を殴って壊した。


「チャンスはあと二回・・・・・。」



 ×××日目


緑の人が去ってからだいぶ日が経ちました。


私はあの日からずっとあなたのことを恋しく思っております。


あなたの綺麗な深緑色の髪の毛や、


まるで宝石のように輝く紫色の瞳から、こぼれ落ちる涙、


耳が痛くなるほどの甲高い叫び声。


だいぶ昔のことのはずなのに、


昨日のことのようにはっきりと思い出すことができます。


もし、また、あなたがここに迷い込んできたとしても、


あなたが決して寂しくないように、


その瞳から涙を流す必要がないように、


私が優しく包み込んであげます。


あなたがずっとここに居たくなるように、私はたくさん修行を重ねました。


優しい人に見えるように言葉遣いを直しました。


魔法で美味しいお菓子を作れるようになりました。


さあ、おいで。


おいしいお菓子をたくさん用意して、あなたをずっと待っています。






転校生


「黒川蓮花です。よろしくお願いします。」


転校生がやってきた。


教室の中がざわめく。


うるさい。


特に女子。


でも、まあ、彼女たちが蓮花を見て騒いでしまうのもしょうがないかもしれない。


だって彼、黒川蓮花は、顔良し、ルックスよし、のイケメンなのだから。


・・・しかも結構イケボ。


蓮花の席は、たまたま席が空いていた、私、緑川紫苑の、隣になった。


紫苑のことを見るみんなの視線が痛い。


やめて!


みんな、そんなに睨まないで!


「私は緑川紫苑。よろしくね。」


「えっ・・・・・よろしくお願いします。紫苑さん。」







お弁当



「あ・・・・・・・・・・・・・・」


紫苑は手が滑って、お弁当箱をひっくり返してしまった。


まだ一口しか食べていないのに……


紫苑のおなかが、くう~と、音を立ててなった。


周りでは、皆、美味しそうにお弁当を食べている。


「水でも飲んでおなかを満たそう・・・・・」


紫苑は、水道へ水を飲みに行こうと立ち上がった。


「あの、もしよかったら、これ、食べますか?」


紫苑の隣の席から声が聞こえた。


「いいの?ありがとう蓮花君!」


助かった。


今まで、やたら女子にもてるめんどくさい奴だと思っていたけれど、


結構いい人ではないか!


紫苑は蓮花のお弁当箱、いや、重箱を見つめた。


一箱でも結構あるそれが、三段積み重なっていた。


蓋を開くと、ぎっちりと綺麗に中身が詰まっていた。


「初日なので張り切って作りすぎてしまって・・・。俺もさすがにこの量は食べきれないので、紫苑さんが食べてくれると助かります。」


蓮花はそう言って、少し恥ずかしそうにはにかんだ。


彼の白い肌がほんのりと薄桃色に染まる。


可愛い。


それから紫苑は重箱を一箱完食した。


どれもこれもおいしくて、ほっぺたがとろけ落ちそうだった。


そんなにお気に召したなら、また作ってきますよ。と、


蓮花が紫苑に言ってきたときには、天にも昇るような気持ちになった。






「うん。蓮花君は絶対にいいお嫁さんになれるよ!」








お弁当【蓮花】



「あっ・・・・・・・・・・・・」


俺の席の隣から声が聞こえた。


振り向いたら、紫苑さんのお弁当箱が、見事にひっくり返っていた。


紫苑さんは紫色の瞳を、うるうるさせて、しばらく固まっていた。


紫苑さんのお腹から、くうと音が聞こえてきた。


「ぷっくっ・・・・」


俺は笑いそうになるのを必死でこらえた。


「水でも飲んで、おなかを満たすか・・・」


それを聞いて俺は思わず紫苑さんに声をかけてしまった。


だって少し可哀想になってしまったんだもの。


「あの、もし、よかったら、これ食べますか?」


俺は、三段ある重箱の一つを、紫苑さんに差し出した。


「いいの?ありがとう蓮花君!」


彼女はオレに満面の笑みを向けて、重箱の一つを受け取った。


彼女は重箱をしばらく眺めてから、蓋をそっとあけた。


そして重箱の中身を見て目を見開いていた。


彼女は本当に自分が食べてよいのかと遠慮がちに、俺の方を見つめた。


「初日なので、張り切って作りすぎてしまって・・・俺もさすがにこの量は食べきれないので、紫苑さんが食べてくれると助かります。」


俺が遠慮する必要はないよ、むしろ食べてくれると助かるよ、という意味を込めて、そういうと、彼女は糸が切れたかのように、重箱の中身を食べ始めた。


紫苑さんは美味しい!美味しい!と言って、俺の作った料理を一口一口味わって食べてくれた。


特にだし巻き卵が気に入ったようだ。


重箱一箱だけでも、結構な量があるから、半分くらいは残すだろうな、と思っていたが、案外見事に米粒一つ残すことなく完食してくれた。


料理を作った側からすれば、それはまあ嬉しいわけで。


「そんなにお気に召したならまた作ってきますよ。」


俺がそういうと、紫苑さんはとろけるような笑顔を向けて笑った。


・・・・・・・この人、相当食べることが好きなんだな・・・・・・。


「うん。蓮花君は絶対にいいお嫁さんになれるよ!」


「・・・・・・・・!?」


俺は紫苑さんに、色々とツッコミたかったが、面倒くさくなったので、あえてスルーをした。









「、、、、。」


 買い物帰りに、紫苑は、見覚えのある背中を見つけた。


近づいてみると、やっぱりその見覚えのある背中は蓮花君だった。


蓮花君は、なにやら小さな紙を握りしめて、きょろきょろとあたりを見回し、行ったり来たりを繰り返していた。


どうしたんだろう。


「蓮花君。」


「ううぇえええ!!、、、、、、はい。なんでしょう、紫苑さん!」


「あの、、、、さっきからずっと蓮花君、この辺から動かないからどうしたのかなって。」


「その、実は道に迷ってしまって、、、」


「そうだったのね!紫苑、この辺に住んでるから、蓮花君の行きたいところわかるかも。どこに行くつもりだったの?」


蓮花君は少し迷ってから、紫苑に先ほど彼が握りしめていた、小さな紙きれを見せてきた。


紙切れには住所が書いてあった。


ふむふむ、どうやら蓮花君は、ここへ行きたいらしい。


んんっ!?ここは、、、


「ここ、紫苑の家がある、マンションと同じところだ、、、。」


「!?、、、、そうなんですか!」


蓮花君は驚いた声を上げた。


が、次の瞬間うれしそうに目を細めた。


そして、、、


「同じマンションだったのですね!これからどうぞよろしくお願いします。」


「? うん?」


「ちなみに紫苑さんは、何号室なのですか?」


「704号室だよ。」


「へえ。俺のは203号室だから、、、」


?なんかよくわからないけれど、蓮花君が嬉しそうでよかった。


そういえば、なぜ、彼はこのマンションへ行きたいのだろうか。


紫苑は、蓮花君と家のマンションに向かいながらそう思った。


このマンションに友達でもいるのかな?


「蓮花君は何でここに行きたいの?友達と遊ぶ約束でもしたの?」


「いえ、俺は、今日からここに住むことになりまして、、、」


「へ?」


え?


ちょっと待って、今なんて言った?


今日からここに住む?


ああ、蓮花君は転校してきたばっかだもんね。


うん。


すごい偶然。


、、、、、今日転校してきた転校生は、今日から私、紫苑と同じマンションに住むことになりました。









「おはようございます!」


えっ、ちょっと待って。


なんで家のドアを開けたら蓮花君がいるの?


「・・・おはよう。どうしたの?蓮花君。」


「あの・・・紫苑さんと一緒に高校に行きたいな~と、思いまして!と、友達と一緒に学校に通うの、あこがれてたんです!(∀`*ゞ)エヘヘ。」


蓮花君は顔を赤くしながら一生懸命に言葉を紡ぐ。


「そっか。」


紫苑は、なんだか不思議な気持ちになりながらもそう答えた。


友達と学校に通うのをあこがれてたとしても、なぜ紫苑と?


ああ、そうか、そういえば、昨日から同じマンションに住んでいるんだった。


家が近いからか。


紫苑は、男の子と話すのは、あまり慣れていない(幼馴染は除く)。


むしろちょっと苦手だ。


小学生くらいまでは普通に男の子と接することができていたが、中学に上がると、男の子と話すときに意識をしてしまうようになった。


背丈や体つきが明らかに自分と違っていて少し怖くなった。


そんなちょっと男性恐怖症気味な自分が家のドアを開けたら男の子が目の前に立っていて、・・・紫苑が緊張と驚きと恐怖が混ざり合って、体が固まってしまったのも無理ないと思う。


きっと蓮花君は純粋な気持ちで誰かと一緒に学校に通うことをしたかったのだろう。


紫苑にお弁当を分けてくれて、あまつさえまた作ってくれると言ってくれた優しい子だ。友達が男だろうが女だろうが、あまり気にしないのだろう。


「実は、学校に通う道を覚えてなくて・・・・・・」


紫苑がずっと無言で固まっていたからだろうか。


蓮花君が申し訳なさそうにそういった。


なんだ。


そういうことか。


紫苑は納得したと同時に少しがっかりした。


「そっか、蓮花君は、昨日ここに来たばっかりだもんね。一緒に学校に行こうか!」


「はい!ありがとうございます。」


蓮花君は、ほっとしたように唇を緩めた。


このマンションから高校までの距離は徒歩で二十分から三十分程度だ。


ほぼ、高校まで一直線なので、彼もすぐに道を覚えることができるだろう。


紫苑と蓮花は、楽しく話を弾ませながら、自分たちの通う高校へ向かった。


蓮花君と話すのは本当に楽しくて彼が男の子だということを紫苑は忘れそうになった。


今まで長いと感じていた登校時間が、短いと感じた。







都市伝説



「はあ。びっくりだよね。まさか昨日僕が風邪で休んでいる間に転校生が来てて、さらにその転校生と紫苑君が朝、仲良く一緒に学校に登校してくるんだもの。たった一日で君たちいつの間にそんなに仲良くなったの?まさかお付き合い始めちゃったりしてないよね?」


「「ええええええええ?!」」


「そんなことあるわけないわ!カエアン?何言ってるの!?」


「そそそそそそうですよ!紫苑さんは、友達です。」


紫苑と蓮花は、慌ててカエアンの言葉を否定した。


カエアンは、紫苑の小学生のころからの友達で幼馴染だ。


腰まである紫色の長い髪の毛をみつあみにしている。


大きな目に長めなまつげ、少し低めな小さな鼻。


ピンク色の形の整った唇…制服がなかったら絶対に女の子だと勘違いしてしまうだろう。


どう見ても美少女だ。


いや、実際は美少年なのだけれど。


紫苑も小学生の頃は女の子だと見事に勘違いしていた。


「いや、普通昨日転校してきたばっかりの子と、『また、お弁当を作ってきたんですよ。食べます?今日はサバの味噌煮に、さつまいもの甘煮、きんぴらごぼう・・・・・・・』『わあ!蓮花君の作った料理とってもおいしいんだもの!食べる食べる!食べるにきまってるう!ありがとう!うれしい!』なんて会話しないよ?!」


カエアンは、焦って突っ込んだ。


「カエアンさんも食べますか?」


蓮花は気を取り直すかのようにカエアンに料理を進めた。


カエアンも彼の料理を食べてみればいいと思う。


とってもおいしいんだから!


カエアンもそしたら絶対に変なことを言わなくなるはず!


だが、そんな紫苑の考えとは裏腹にカエアンは、


「いらない。僕にはシャルナさんが作ってくれたお弁当があるし。・・・・・・・・ライバルが作った料理なんて食べたくないもの。」


カエアンはそう言って蓮花を冷たく一瞥した。


蓮花は分かりやすくシュンと落ち込む。


「カエアン。今のはちょっと蓮花君にひどいんじゃない?」


カエアンは彼の何が気に入らないんだろうか?


それに今の言葉はカエアンらしくない。


紫苑が、カエアンのことを責めたからだろうか、カエアンは渋々、蓮花に謝った。


棒読みで。


三人は気を取り直して昼食を再開する。


「ねえ、知ってた?ここ最近、面白い都市伝説が流行ってるんだよ!」


「へー!どんなの?」


「あの・・・都市伝説とはどういうものなのでしょうか。」


カエアンの言葉に蓮花は首をかしげた。


「簡単に説明をすると、多くの人に広まっている噂話の事さ!」


「へえ!そうなのですか。ありがとうございます。カエアンさん。」


なんだ。


二人ともそれほど仲が悪いわけでもないのかも?


カエアンはさっそくここ最近流行ってるという都市伝説の内容を話し始めた。


「むかーし昔、あるところに一人の少年がいました。その少年は銀色の髪の毛に水色の瞳をしていました。白い肌をしていて、近づいて顔をよく見てみるとうっすらとそばかすが散っていました。少年の父親はアルコール依存症で、いつも少年とその少年の母親に暴力をふるっていました。母親はそんな父親が嫌になったのか、愛人の家に行ってばかりで、あまり家に帰ってこなくなりました。母親があまり家にいなくなったばかりか、父親は、少年に一方的に暴力を振るうようになりました。暴力はだんだんエスカレートしていき、父親は少年の指を包丁で切り落とそうとしました。少年は、父親から包丁を奪って、父親を刺し殺しました。ちょうどそのころ母親が帰ってきました。少年は母親も包丁で刺して殺しました。少年は自分以外の誰のことも信用していませんでした。そして、すべての人を恨んでいました。少年は両親を殺した後、家を飛び出しました。少年は手当たり次第に村の人を、殺し始めました。人殺しは罪なことです。少年は神様から怒りを買いました。少年は二度と人殺しができないように人が誰もいない、真っ暗な世界に飛ばされてしまいました。そのまま何百年もの月日が経ちました。少年はひどく反省をしました。自分以外誰もいない、誰とも話せない、それが少年にとってひどく苦痛を与えました。神様は反省をして、改心をした少年に、一つの仕事を与えました。太陽の光が届かない時間、夜に、人間界に向かって、光を届ける仕事です。少年は大きな光の玉を作り、人間界を照らすようになりました。いつの日にか、少年の作った光の玉は、『お月様』と、呼ばれるようになり、人々はそのお月様を作り、今でも光をともし続けている少年を、『月夜神様』と、あがめるようになりました。そうして少年は、神様の位を昇格し、魔法が使えるようになりました。知ってましたか?一つだけ、その、月夜神様に会える方法があるのです。満月の夜、十時から十一時の間に、九階以上ある階段を上り下りするのです。その時、どんなことが、あったとしても、言葉を発してはいけません。まず、一階で手を二回たたき、三階まで登ります。三階についたら、手を二回たたいて、九階まで登ります。九階についたら、手を一回たたいて二階まで降ります。二階についたら、手を七回たたいて、ダッシュで階段を駆け上がります。そうすると、後ろから赤色の髪の毛の女性が追いかけてきますが、決して振り向いてはいけません。しばらく階段を駆け上がっていると、いつの間にか、森の中を走っています。走るのをやめると、大きな立派なお屋敷が現れます。そのお屋敷の中に月夜神様はいます。月夜神様はさみしがり屋です。あの手この手を使ってあなたが元の世界に戻るのを邪魔します。気を付けて。十二時までに帰らないと一生そこから出ることができなくなります。ああ、それと、月夜神様の世界に行けるのは三回までです」


カエアンは身振り手振りを使って、面白おかしく、都市伝説を語ってくれた。


「すごいですね。その少年は、神様になったのですか!」


蓮花は楽しそうにそういった。


「あの手この手を使って、元の世界に帰るのを邪魔するのって・・・・こわーい!だって、月夜神様って、神様なんでしょ?!」


紫苑は、両手で自分の体を抱きしめて、震えるそぶりを見せた。


この後も三人は、都市伝説について、楽しく話を弾ませた。


紫苑はドキドキした。


この都市伝説は本当なのだろうか。


月夜神様に会う方法があまりにも具体的なので、次の満月の夜に、それを面白半分に実行してみようと紫苑は心に決めた。







また会えましたね



カエアンからあの都市伝説聞いた日から約十日ほどたった。


今日は満月である。


紫苑は大きく息を吸い込んだ。


やっとあの都市伝説を実行してみるときになったのだ。


紫苑の家のあるマンションは十四階建てである。


エレベーターがあるが、マンションの裏側に階段もあるのだ。


所々、ガムが吐き捨ててあったり、蜘蛛の巣があったりと、とてもきれいだとは言いがたい場所ではあるが。


「よ~し!」


 紫苑は階段の前で覚悟を決めて、手を叩こうとした。

その時!


「紫苑さんじゃないですか!こんなところで、どうしたんですか?」


「れ、蓮花君」


 蓮花は嬉しそうに紫苑に駆け寄ってきた。


この十日間で、同じマンションに住んでいるっていうのもあるだろうが、二人はとても仲良くなっていた。


「蓮花君こそどうしたの?こんな夜中に。」


「スーパーに、明日のお弁当の材料を買いに行ってたんですよ。ほら。卵と鶏肉が安かったので、明日のお昼は、親子丼にします。」


 蓮花はそう言って紫苑にエコバックの中身の食材を見せてきた。


ほおほお。


って、いつもこの時間に買い物に行ってたの!?


そして、家に帰ったらあの量の料理を作ってって・・なんか申し訳ないような・・・


「ところで、紫苑さんは、どうしてこんなところにいるんですか?エレベーターはあっちですよ?」


 蓮花はそう言って、話を戻してきた。


紫苑はしばらく迷っていたが、よく考えたら、蓮花は冷静で、現実主義者なので、都市伝説のことを言っても、あまり重要視せず、笑ってほっといてくれると思ったので、正直に答えた。


「前にさ、カエアンが、都市伝説の話をしてたでしょ?今日、満月だし、面白そうだから、実行してみようと思って!」


「・・・・・・・・・。」


「どうしたの?蓮花君。」


 蓮花が、急に黙り込んだので、紫苑は、不安になった。


「ここは本当は、笑って受け流すところなのでしょうが、なぜか、とても嫌な予感がします・・・・・・・そうですね、その都市伝説、俺も一緒にやります。」


 蓮花は、紫苑に神妙な顔を向けて、そういった。


彼は,なんだか少し、焦っているようだった。


「蓮花君はそういうの、興味ないと思ってた…」


「・・・・・・・興味ぐらいありますよ。それに、なんていうか、一緒にいないと紫苑さんが俺の前から消えてしまう気がして。紫苑さんは、止めても結局は実行するでしょう?」


「まあね。って、蓮花君、考えすぎ!紫苑はいなくならないから安心して!」


 こうして、蓮花と紫苑は、一緒に都市伝説を実行してみることになった。









 パン!パン!


 二人は二回手をたたき、無言で階段を上った。


 パン!パン!


 三階にたどり着くと二人は、また、二回手をたたいた。


そして、また階段を上る。


 パン!


 九階にたどり着くと、二人は今度は一回だけ手をたたき階段を降り始めた。


二階まで降りると、


 パン!パン!パン!パン!パン!パン!パン!


 二人は七回手をたたいて、猛ダッシュで階段を駆け上がり始めた。


 どんっどん・・・・どんどんどんどんドドドドドドドドド!!!!!


紫苑と蓮花の後ろから、ものすごいスピードで追いかけてくる足音が聞こえた。


きっと、これがカエアンが言ってた都市伝説の「赤い髪の毛の女の子が後ろから追いかけてくる」ってやつなのだろう。


確か、けっして後ろをふり見てはいけないんだっけ?


 蓮花と紫苑はひたすらに走った。


後ろを振り向かずに、ただひたすらに走った。


後ろから、何かを必死に訴えかける声が聞こえた気がしたが、無視してひたすら走った。









 気が付いたら、二人は森の中を走っていた。


真っ暗な森の中、空には大きく立派なお月様がドドーンと浮かんでいた。


いつも私たちが見ているお月様の百倍くらい大きなお月様だった。


紫苑は、走るのをやめた。


それにつられるように、蓮花も走ることをやめた。


「はあはあはあ!」


「ううっ・・・ゼーハーゼーハ―」


 紫苑と蓮花は、とても疲れていた。


それもそうだ。


五分ほど休むことなく、全速力で走っていたのだから。


「わあ!凄い!きっとあれだよね!」


 紫苑は、いつの間にかに目の前に現れた大きな立派なお屋敷を指さした。


「・・・・・・・・・・・・・・そうですね。」


 蓮花は、ありえないとでもいうように突然現れたお屋敷を凝視していた。









「また会えましたね。」


 紫苑の後ろから、男の人の声が聞こえた。


「あなたに、ずっと会いたかったんです。相変わらず、綺麗な深緑色の髪ですねえ。今日は泣いてないんですか?」


 紫苑は、恐るおそる声のするほうへ振り向いた。







お茶会



――お茶会――



 そこには、銀色の髪の毛に、水色の瞳をした青年が微笑んで、立っていた。


背の高さは紫苑よりも高く、蓮花よりも低かった。


蓮花君は紫苑のことをかばうように前に出て、その青年に問うた。


「貴方が月夜神様なのですか?」


 蓮花の問いに、青年は不思議そうにこてりと首をかしげた。


「?違うと思いますよ。私は、その様な名前ではなかったと思います。」


 そうなのか。


じゃあ、この青年は月夜神様ではないのか。


紫苑はそう思ったが、蓮花は、そうは思わなかったようだ。


「では、あなたの名前は?」


 蓮花は、青年に聞いた。


青年は、少し考えるかのように額に手を当てた。


「そうですねえ。ここには、今まで私以外誰もいなかったので、自分の名前など、とうの昔に忘れてしまいました。」


 青年は困ったように眉を下げた。


「では、きっと、貴方が月夜神様なのですよ。自身が気づいていないだけで。」


 蓮花は、確信に満ちた声で青年にそう言った。


「うーん。そうなんですかねえ。神様といわれた覚えも、それらしきことをした覚えもないのですけれど・・」


青年は不思議そうに手を口元にもっていき、くすくすと笑った。


「それなら、紫苑があなたに名前を付けてあげます!」


 紫苑は名案だとばかりに叫んだ!


そしたら、青年はにこにこと微笑みながら手をたたいた!


「そうですか!貴女が私に名を与えてくれるのですか!フフッ。ありがとうございます。」


 青年は、手を叩いで喜んでくれた。


「え~と、綺麗な銀色の髪の毛なので、シルバーさんとかどうです?」


「いいですね!ありがとうございます❤・・・・・・・緑の姫君。」


「え・・・・緑の姫君!?」


「貴女が私に名前を付けてくださったので、私も貴女に名前を付けてみました。・・・・・・・お気に召しませんでしたか?」


「い、いえ!そんなこと全然ないです!あまりにも素敵な名前だったので、驚いて…ありがとうございます。」


「ふふ。それは良かったです。」


 紫苑とシルバーがそうやってお話をしていると、蓮花がムスってした顔で割り込んできた。


「あーあーはいはいはい、楽しそうで何より。さあ、紫苑さん、もう帰りましょう。」


 蓮花が紫苑の手を引っ張る。


「え。でも、まだ十一時だよ。十二時まではまだ時間があるし…」


「何言ってるんですか!こんな得体のしれない男と食っちゃべってて、元の世界に戻れなくなったら、どうするんです!?それに明日は学校があるんですよ!早く帰って睡眠をとらないと、明日の朝、つらくなりますよ!」


蓮花は紫苑に向けて、必死な形相で詰め寄った。


蓮花がこんなに必死なのを紫苑は初めて見た。


紫苑が蓮花に向けて、うなずきかけたその時、シルバーがにっこりと笑って、(ただし目は笑ってない)


「そうですか、貴方はもう、帰ってしまうのですね。残念です。でも、緑の姫君は、十二時までここにいれるみたいじゃないですか。無理強いは嫌われますよ。・・・・・緑の姫君。十二時までまだ時間があります。私と菓子を食べながらお茶でも飲みませんか?」


「はい!喜んで!」


「紫苑さん?!」


 お菓子という単語に、紫苑は、ついつい了承してしまった。


蓮花はしばらくは反対していたが、やがて、


「わかりました!そのお茶会、俺も参加します。」


 ぶすっと頬を膨らませて、ふて腐れながらそう言った。








月夜神様と蓮花




「どうぞ、楽にしてください。」


 シルバーは、紫苑と蓮花に椅子に座るように促した。


私たちはおずおずと椅子に腰を掛けた。


お屋敷の中は、案外狭かった。


いや、この部屋が、狭かったというべきだろうか。


狭い狭いといったが、広くないとも言い難い。


パッと見ただけでも、この部屋は畳十二畳くらいはある。


お屋敷があまりにも大きかったので、この部屋が狭く感じてしまっただけである。


「お茶を入れてきますね。ああ、それと、机の上にあるお菓子はすべて食べていいですよ。」


 シルバーはそう言って、早々、どこかへ行ってしまった。


机の上には絶対に食べきれないだろう量のお菓子が山積みになっていた。


紫苑は他の人の家の中にいるということに、そわそわとしながら、クッキーをつまんで口に入れようとした。


「だめです!」


 即座に蓮花にクッキーを取り上げられてしまった。


紫苑は恨みがましそうに蓮花を見つめた。


「なんで?シルバーさんは、机の上にあるお菓子は食べていいって言ってたじゃない。」


「知らない人からもらったものをほいほいと口にしないでください!毒でも入っていたらどうするんですか!?」


「あんなにやさしそうな人が毒なんて入れるわけないよ!蓮花君、考えすぎ!」


「紫苑さんが考えなさすぎなんですよ!ああいう人は、大抵頭の中でよからぬことを企んでいるものなんです!」


「さっきから、黙って聞いていれば…なんですか。失礼ですよ。」


 シルバーさんの声が聞こえてきた。


振り返ってみるとお茶を運んできたシルバーさんは、冷めた顔をして蓮花をにらんでいた。


蓮花のほうを見てみると、彼もまた、シルバーのことをにらみつけていた。


あわわわ!どうしよう。


「れれれれ蓮花君、さすがにちょっとシルバーさんにひどいんじゃない?・・・紫苑のことを心配してくれたのはわかるけど・・・・ね?、謝りなよ。」


 紫苑は蓮花を謝るように促した。紫苑の思いが通じたのか、蓮花は眉を下げながら、口を開いた。


「確かに紫苑さんの言う通りですね!すみませんでした……… 本当のことですけど。」


 蓮花はシルバーに頭を下げた。


最後のほうに余計なことを口走ってたような気がするけれど、きっと、気のせいだ。


ちらりとシルバーのほうを見てみると、シルバーは俯いてプルプルと体を震わせていた。


そして…



「黙って聞いていれば、調子に乗りやがって!・・・・・・・・死ね!」





 シルバーさんの口から、えげつない怒鳴り声が聞こえてきた。



 ドゴッ


 ・・・シルバーさんは蓮花君の顔面をグーで殴りました。うそでしょお!!?



「はっ!ついついムカついて、殴っちゃいました!・・・・・すみません。」


 シルバーさんは、蓮花を殴った後、しまったというように顔を真っ青にして、蓮花君に謝った。


「いえ。俺のほうこそすみませんでした。」


「本当にすみません。怪我、大丈夫ですか。」


「大丈夫です。」



 それから、蓮花がシルバーに嫌味を言うことがなくなった。


紫苑がクッキーを食べても、もの言いたげな顔をしながらも何も言わなかった。









約束



三人は何気ない話をしながらお茶を楽しんだ。


いや。


二人は、の間違いかもしれない。


蓮花君は、あれから無言に紫苑とシルバーの話を聞いていた。


出されたお茶にも口をつけていない。


しばらくお茶を楽しんで、十二時になる五分前に蓮花は紫苑に言った。


「あと五分で十二時になります。さあ、紫苑さん。帰りましょう。」


「ああ、そうだね、蓮花君。シルバーさん、素敵なお茶会に、誘っていただき、ありがとうございます。お茶とお菓子、とってもおいしかったです。」


 紫苑はシルバーに、お礼を言って、椅子から立ち上がった。


そうすると、シルバーは、


「また、是非ここへ来てください、緑の姫君。お願いです。美味しいお茶にたくさんのお菓子を用意して、待ってます。」


 と、少し、寂しそうな表情をして笑った。


「はい!もちろんです!」


 紫苑は、シルバーにそう返事をして、蓮花と一緒に来た道を走って戻った。


 シルバーは泣きそうな顔をして紫苑の後姿を見つめていた。










 紫苑と蓮花が走っていたら、いつも間にか、二人は、二人が住んでいるマンションの階段を駆け下りていた。


良かった。


元の世界に戻ることができたみたい。


一階まで降りたとき、蓮花君はうつむいて、Tシャツの裾ををギュッと握りしめ、紫苑に震える声で聞いた。


「紫苑さんは…紫苑さんは、月夜神様、シルバーさんみたいな男性が好きなのですか?」


「え?うん、好きだけど・・・・」


「ハハッそうなんですか!どうやらお邪魔虫は俺のほうだったみたいですね!」


 蓮花は力なく泣きそうな顔をしてそう言った。


そんな事はない。


蓮花が紫苑についてきてくれたことで、紫苑はとても心強かった。


「蓮花君が、お邪魔虫なんて紫苑は思ったこと一度もないよ?」


「・・・・・・・・・・・・」


「蓮花君?」


「好きです。」


「え?」


「好きです。俺は紫苑さんの事が好きなんですよおおおおおおおお!」


「えええええええええええ!????」


 蓮花はそう言って、ぎゃんぎゃん大泣きをしだした。


「どーせ!どーせ!俺は考えすぎで、嫌みで、嫉妬深いヘタレですよ。シルバーさんみたいに大人っぽく、カッコ良くないですよーだ!」


 「え?ちょ、蓮花君。」


「ばあーか!ばあーか!この世のリア充死ね消えろ!うわあああああああああああああああ!俺だって、俺だって!紫苑さんが好きなのに!俺と俺だけとお付き合い・・・・ひっく・・・・て・・・ぐださっ…」


「え~と。大丈夫?」


「ぐすっ・・・・・・はい。」


 よかった…どうやら泣き止んだようだ。


「すみませんでした。迷惑でしたよね・・・・・・・。忘れてください。」


「ええ?!何で?紫苑、嬉しかったよ!ありがとう。」


「え!じゃ、じゃあ!!」


「でも、ちょっと、考える時間が欲しい…返事はちょっと待ってくれる?それに、ほら、紫苑、まだ、蓮花君のこと少ししか知らないし・・・・・」


「っ・・・・・・・・・!はい!」


 蓮花君は少し希望を持った顔で紫苑に返事をした。



 紫苑は生まれて初めて男の子に告白をされました。






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