第3話 誤認Sランク、勇者の登録試験』

 王都のスライム騒動から数日後。

 俺は王女リリアに付き添われ、冒険者ギルドへ向かっていた。


「勇者様、冒険者登録を済ませておけば、依頼も受けられますし国からの援助も受けやすくなりますわ」

「いや、俺、勇者って感じじゃないんだけど……ただモップで掃除してただけだし」

「その慎ましさこそ勇者様です!」


 なんだこの“勇者テンプレ褒め”。否定すればするほど神格化される、そんな地獄みたいな空気。


 石造りの重厚な扉を押し開けると、ギルドの中は昼間から酒臭く、筋骨隆々の戦士や魔導士たちでごった返していた。

 扉が軋む音に振り返った冒険者たちの視線が、一斉に俺に突き刺さる。


「……あれが例の“スライム殲滅の勇者”か」

「見た目はただのガキにしか見えねえが……」

「逆に怖ぇな。只者じゃねえ」


 ざわざわと空気が揺れる。俺は一歩引きかけたが、後ろからリリアに背を押された。


「勇者様、堂々と!」

「無理言うなって……!」


 仕方なく受付へ進むと、銀縁メガネをかけた事務的な雰囲気の女性が待っていた。


「はいはい、新規登録ですね。書類に記入をお願いします」

 声に抑揚はない。だが、視線だけは冷静に俺を観察している。


「えっと……ユウト、天城ユウトです」

「年齢は?」

「十七」

「職業は……勇者、でよろしいですね?」

「いやいやいや、勇者じゃなくて……」

「はい、勇者っと」

「勝手に決定された!?」


 後ろでリリアがうんうんと頷き、“それで良いのです”みたいな顔をしている。もう逃げ場はないらしい。


「では次に、魔力適性の計測を行います」


 受付嬢が差し出したのは直径二十センチほどの水晶玉。手を置けば魔力量や適性が数値化される、いわゆるゲームで見たことあるやつだ。


「手を置いて、力を抜いてください。大丈夫、痛みはありませんから」


 俺は緊張しながら手をのせた。ほんの軽い気持ちで。


 ――その瞬間。


 ビキィィィンッ!!


 水晶玉が爆発するかのように白光を放ち、横に設置されていたメーターの針が一気に振り切れて壁を突き破った。


「なっ……!? 計測器が……!」

「上限突破!? そんな馬鹿な!」

「勇者様の魔力が……Sランクを超えている……だと!?」


 酒をあおっていた冒険者たちが立ち上がり、ギルド中が騒然となる。受付嬢でさえ目を剥いて俺を凝視していた。


「ちょ、ちょっと待って!? 俺そんな力あるわけないって!」

「勇者様、どうかご安心を。結果は正直です」

「いやだから違うってば!?」


 俺の必死の否定は、誰にも届かなかった。



「こ、これは……にわかには信じがたい数値です」

 受付嬢アイナは動揺を隠せず、メガネの奥で目を見開いていた。

「確認のため、模擬戦を行いましょう。……カイン!」


「はっ!」


 呼ばれて前に出たのは、金髪でやたら精悍な顔立ちの若者。胸を張り、木剣を肩に担ぐ。


「俺は騎士団見習いのカイン! 勇者様の相手を務められるなんて光栄です!」

「いや、俺そんな大層な相手じゃないんだけど……」

「ご遠慮なく! 本気でいきます!」


 場内がざわめく。どうやらこいつ、ギルドの若手有望株らしい。


 試合場に立たされた俺は、武器を持っていないことに気づく。慌ててポーチを探ると、宿舎から持ってきた自炊道具――鍋と蓋が出てきた。


「……これしかないか」


 カインは木剣を構え、キラリと笑う。

「勇者様、行きます!」


 ドン、と床を蹴って一直線に突っ込んでくる。

 鋭い踏み込み、真っすぐ振り下ろされる木剣。


「うわっ、ちょ、待っ……!」


 俺は反射的に、鍋蓋を前に突き出した。


 ――ガキィィンッ!!


 衝撃が走り、カインの木剣が粉々に砕け散った。

 そのまま逆衝撃で彼の身体が宙を舞い、壁にドンッとめり込む。


「……え?」

「……は?」


 場内が静まり返る。


 次の瞬間――。


「すげぇぇえええ!!」

「勇者様が、鍋蓋一つで剣を粉砕したぞ!」

「魔法も使ってねえ……これが真の強者か!」


 冒険者たちが歓声を上げ、カインは白目をむいて気絶していた。


「……これで文句なしですね」

 受付嬢アイナが、苦笑いしながら告げる。

「勇者ユウト様。あなたのギルドランクは……特例でS。いえ、誤認Sランクとして登録されます」


「いやいや、“誤認”ってつけるなら違うんじゃないの!?」

「測定不能=上限突破。誤認のまま登録するしかないんです」


 俺は頭を抱えた。

 けれど周囲の冒険者やリリアの目は、憧れと尊敬でギラギラしている。


「勇者様! うちのパーティにぜひ!」

「いやいや、まずはウチが専属護衛ですわ!」

「王国の救世主だ!」


 押し寄せる熱気の中、俺はしょんぼりと鍋蓋を抱えてつぶやく。


「……また俺、何かやっちゃいました?」


 ――こうして俺は、誤認Sランクの勇者としてギルドに登録されてしまったのだった。

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